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腐れ大学生の異文化交流編
第19話 ここはあえてこう名乗ろう
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3つに区切られた語のうち、どれが名前でどれが姓なのかわからなかったが、私はひとまず、彼女をバイリィと呼ぶことにした。
「バイリィさん。私は、望みます。あなたが、この世界のことを、私に、教えてくれる」
何故か、バイリィはきょとんとした顔になった。
発音が間違っていたのか?
「バイリィさん。私は、望みます。あなたが、この世界のことを、私に、教えてくれる」
今度は発音に一層気を使って、先程のフレーズを繰り返す。
「違う、違う」
彼女は手の甲を見せて、二回振った。
何が違うと言うんだ。
意味がわからないので、私は口を閉じて彼女を観察した。彼女の口は、何かを言いたげにもごもごとしている。
言いたいことがあるなら言うがよかろうと思って、私は手のひらを彼女に突き出す形で向け、発言を求めた。
彼女は、私に配慮してか、ゆっくりと、聞き取りやすく、こう言った。
「あんた、私を、知らないの?」
珍しく、文章全体の訳がわかった。私の貧弱な語彙力に歩調を合わせてくれたということだろう。
だが、その意味するところについては察しがつかなかった。
彼女は、名前を聞けば「えっ、あのバイリィ様⁉」と驚くような有名人なのだろうか。
しかし、貴族の娘というには服装は質素で言行も粗野であるし、かといって、野盗を率いる指名手配中の女傑というには若すぎる。
ドラゴンを片手で撃退する戦闘力には度肝を抜かれたから、武闘派という意味で有名人なのだろうか。
だがしかし、知らんもんは知らん。
「私は、あなたを、知りません。でも、私は、あなたと、仲良くなりたいと、思っています」
となると、このような返答をする他あるまい。
バイリィはしばらく、私の返答を聞いて呆気に取られていた。
しかし、そのうち、くつくつと笑い始めた。
「zei,zei」
なんだか知らんが上機嫌だ。
「いいよ。あんたの、友達に、なってやる」
彼女は口の片端を吊り上げて笑い、両の手のひらを私に向けた。
それが何を意味するハンドサインなのかは不明だが、ダブル肯定の意だとすると、これ以上ない上々な反応ではなかろうか。
「なんでも、教えて、やるよ」
自分の言動の一体何が彼女の琴線に触れたのかはわからないが、どうやら私は彼女の気に入るところになったらしい。
これは僥倖。
「だが、その前に」
バイリィは言った。
「あんたの、名前を、教えろ」
そこで私は、彼女に自己紹介もせずに、おもてなしやらフレンド申請やらをしていたことに気がついた。
これは失敬。
「はい。私の、名前は――」
私はそこで自分の本名を言おうとして、はたと言い淀んだ。
もちろん、今更プライバシーがどうとか、そういったことを気にしていたワケではなく。
ここは、もう、かつて自分のいた世界ではないのだと、思ったのだ。
正直なところ、私は自分の名前があまり好きではなかった。
市役所へ改名手続きを申請したくなるほどキラキラしているワケではないが、漢字の並びから読みを類推しづらく、また、その読みもあまり自然なものではないからだ。
私は、せっかくだから、自分自身に名前をつけることにした。
「私は、イナバ。イナバ・シンジです」
それは、私が大学の文芸サークルで使っていたペンネームだった。
「バイリィさん。私は、望みます。あなたが、この世界のことを、私に、教えてくれる」
何故か、バイリィはきょとんとした顔になった。
発音が間違っていたのか?
「バイリィさん。私は、望みます。あなたが、この世界のことを、私に、教えてくれる」
今度は発音に一層気を使って、先程のフレーズを繰り返す。
「違う、違う」
彼女は手の甲を見せて、二回振った。
何が違うと言うんだ。
意味がわからないので、私は口を閉じて彼女を観察した。彼女の口は、何かを言いたげにもごもごとしている。
言いたいことがあるなら言うがよかろうと思って、私は手のひらを彼女に突き出す形で向け、発言を求めた。
彼女は、私に配慮してか、ゆっくりと、聞き取りやすく、こう言った。
「あんた、私を、知らないの?」
珍しく、文章全体の訳がわかった。私の貧弱な語彙力に歩調を合わせてくれたということだろう。
だが、その意味するところについては察しがつかなかった。
彼女は、名前を聞けば「えっ、あのバイリィ様⁉」と驚くような有名人なのだろうか。
しかし、貴族の娘というには服装は質素で言行も粗野であるし、かといって、野盗を率いる指名手配中の女傑というには若すぎる。
ドラゴンを片手で撃退する戦闘力には度肝を抜かれたから、武闘派という意味で有名人なのだろうか。
だがしかし、知らんもんは知らん。
「私は、あなたを、知りません。でも、私は、あなたと、仲良くなりたいと、思っています」
となると、このような返答をする他あるまい。
バイリィはしばらく、私の返答を聞いて呆気に取られていた。
しかし、そのうち、くつくつと笑い始めた。
「zei,zei」
なんだか知らんが上機嫌だ。
「いいよ。あんたの、友達に、なってやる」
彼女は口の片端を吊り上げて笑い、両の手のひらを私に向けた。
それが何を意味するハンドサインなのかは不明だが、ダブル肯定の意だとすると、これ以上ない上々な反応ではなかろうか。
「なんでも、教えて、やるよ」
自分の言動の一体何が彼女の琴線に触れたのかはわからないが、どうやら私は彼女の気に入るところになったらしい。
これは僥倖。
「だが、その前に」
バイリィは言った。
「あんたの、名前を、教えろ」
そこで私は、彼女に自己紹介もせずに、おもてなしやらフレンド申請やらをしていたことに気がついた。
これは失敬。
「はい。私の、名前は――」
私はそこで自分の本名を言おうとして、はたと言い淀んだ。
もちろん、今更プライバシーがどうとか、そういったことを気にしていたワケではなく。
ここは、もう、かつて自分のいた世界ではないのだと、思ったのだ。
正直なところ、私は自分の名前があまり好きではなかった。
市役所へ改名手続きを申請したくなるほどキラキラしているワケではないが、漢字の並びから読みを類推しづらく、また、その読みもあまり自然なものではないからだ。
私は、せっかくだから、自分自身に名前をつけることにした。
「私は、イナバ。イナバ・シンジです」
それは、私が大学の文芸サークルで使っていたペンネームだった。
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