のっぺら無双

やあ

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記録三:樹海道中〜緑の遺跡到着

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 日の光が木々の隙間からキノクニ達を照らします。
 小鳥達は静かにさえずり、獣や魔物を起こさぬよう、ヒナ鳥をあやしています。

 「これを。」

 「これは…弓矢?
 どうしたんですか?これ…」

 「お前は弓矢が使えるだろう。
 下手に短剣を振り回すより余程戦闘が円滑に進む。
 持っておけ。」

 「え…
 でも、近くの敵に襲われるんじゃ…」

 「見つからなければいい。
 それに1人ならばその危険もあるが、私が敵を引き付ければその心配も無い。」

 「そっか…ありがとうございます。
 …あ、わたし、メールと言います。
 よろしくお願いします。」

 「名は呼ばん…
 名を取り催眠をかける魔物もいるからな…」

 「あ…はい…」

 キノクニは弓矢の出所も告げぬままそれをメールに押し付けると、火を消し、手早く荷物をまとめました。
 
 「…ふああああ…あふ…もう朝か?
 …お早うさん。嬢ちゃん。」

 「グリモアさん。お早うございます。あ、わたし、メールです。
 よかったら覚えて頂くだけでもありがたいです…」

 「メールちゃんな!
 しっかり覚えたでー!
 …ヌフフ。ええね。朝から女の子の声が聞けると、胸が沸き立つね!
 なあ。キノクニ!」

 「本よ。
 遺跡まであとどれくらいだ。」

 「無視かいな?!
 …ああ…
 大体10㎞っちゅうところやな。
 お前の足で歩けば、半日で着く。
 せやけど今日からは…」

 「大丈夫です!
 森を歩くのには慣れています!
 今まで通りに向かってください!!」

 「…わかった。娘、本を持て。
 そいつは私と同じ程には気配察知が出来る。」

 「可哀想に!名前で呼んだれや!
 …よろしくな!メールちゃん!」

 「は…いや…でも…良いんですか?
 大事な方なんですよね…?」

 「ただの喋る本だ。
 道は知っているが…
 道は自分で切り拓くこともできる。
 ただ、最短で無駄が無いのは、知っている者に聞くことだ。
 故に持っている。それだけだ。」  

 「ひっどお!なんやねん!
 ひどいわー!メールちゃん!
 オレ、君だけでもちゃんと遺跡に案内したるさかいな!」

 「あ…できればその…
 キノクニさんと一緒が良いです…」

 「…わかったで!任しとき!」

 キノクニは荷物を背負うと剣を右手に持ち、周りの大木を切り倒し、広場のようにしました。

 「何かあっても、最悪ここに戻り、焚き火を上げろ。
 煙が昇れば合流できる。
 香草が魔物を除ける。」

 「はい。分かりました。」

 「では行くぞ。」

 「出発進行ー!」

 こうして一行は、緑の遺跡に向け、歩き始めるのでした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 わたしはキノクニさんの背中を見ながらただただついて行く。
 
 村の人達とは違う逞しくて広い背中…昨日思わず触ってしまった胸も、筋肉に覆われてゴツゴツしてた。
 
 腕も太くて力強いし、手はでかくて硬い…とても男らしい人。

 「…ねえ、グリモアさん…」

 「お?なんやメールちゃん。」

 「キノクニさん、わたしのこと嫌いなのかな…
 その…あんなことしちゃったし…」

 「なんでそう思たん?」

 「わたしの名前を呼ばないっていわれたの…」

 「ああ。
 アイツな、一回ナトリっちゅうバケモンに名前取られて酷い目におうたんや。
 それから名前は呼ばんし、呼ばせんのが癖になっとんねん。
 まぁこの樹海にはそんなもんおらんから心配無いって言うたけどな!
 気にしなや。」

 「そっか…
 ねえ、キノクニさんっていくつ…?」

 「ん~…確か27ぐらいやったかな…
 前に鑑定した時26やったから確かそんくらいなはずやで…」

 「そっか…わたしが18だから…
 大丈夫かな…」

 「何考えてんの?メールちゃん?」

 「えっ…いや、なんでもない。」

 昨日、キノクニさんにおおいかぶさってから、妙に体が熱い…意識しないようにはしてるけど…。
 
 顔は無いけど、大人の男であるキノクニさん。やっぱり、わたしのような子供には興味無いんだろうな…。

 でも、わたしの裸を見て、どう思っただろう。

 「あの…キノクニさん…」

 「…なんだ。」

 「その…わたしの裸…どうでした?」

 「どうとは?」

 「え…いや…どう思いました?」

 「特には。」

 「えぇ…」

 「オレはごっつ綺麗や思たでー!」

 「はは…そうですか…」

 熱が急激に引いて行くのが分かった。なんだったんだろ…。
 
 まぁいいか。歩こう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「待て。」

 キノクニは足を止め、メールの歩みを制止しました。

 「どうし…」

 「声を落とせ。ゴブリンだ。」

 「えっ…どこですか…」

 「前方右手に見える茂みの中…
 目をこらせ…」

 「……あっ、見えた…」

 「何体いるか分かるな?
 弓を構えろ。力を示せ。」

 「はっ……はい…!」

 50mほど先の茂みに、たしかにゴブリンが潜んでいました。その数4体…。
 
 メールは矢を4本番え、狙います。

 「メールちゃん?そら幾ら何でも無茶なんとちゃうか…?」

 「黙れ本よ。」

 「ほいほ~い…」

 メールは集中し、狙いを絞ります。
 
 集中力が極限まで高まり、目一杯弦を絞ったところで…

 スフィンッ!!!!

 一気に矢を放ちました。

 「ガッ?!」

 「ギャッ!」

 「グェ!!」

 「ギィ!」

 4本中3本はゴブリンの頭に当たりましたが、1本は外れてゴブリンの腕に当たってしまいました。

 ビュンッ!

 ズカンッ!!

 「ガガガ…」

 ドシャッ…!

 最後の1匹の頭に剣が刺さります。キノクニが投げた剣でした。
 
 「惜しかったな。」

 「す…すいません。」

 「一気に狙う事は構わん。
 奴らは同じ茂みに隠れていた。
 1体ずつやれば必ず気付かれる。
 だが石などを投げて撹乱する事も出来たはずだ。違うか。」

 「あ、はい…そうですね…」

 「常に考えろ。最善と最適を。
 …4本撃ちはもう少し訓練してからだ。モノになれば心強くなる。」

 「はっ…はい!ありがとうございます!」

 キノクニは剣を回収し、再び歩を進め始めました。
 
 メールは歩きながら、言われたことを反復しつつ、再び体が熱くなるのを感じていました。
 
 グリモアはあくびをしていました。

 その後もゴブリンを倒し、弓矢の訓練をしつつ進み…

 夕方近くに、漸く遺跡に辿り着きました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「休憩だ。」

 「え、でも…」

 「ここまで休み無しに戦闘と移動を繰り返した。
 疲れを取らねば探索に支障が出る。
 休め。」

 「はい。」

 キノクニは遺跡の前に荷物を降ろし、探索用の装備を取り出しつつ、メールに休みを促します。

 「すぴー…すぴー…」

 グリモアは眠っていました。なんと呑気なものなのでしょう。

 遺跡の横には池があり、綺麗な水をたたえていました。
 キノクニはそれを水筒に入れると、手早く火を起こし、煮沸し始めました。

 「慣れたか。」

 「はい…いえ……嘘です。
 …魔物とは言え…殺すことには…」

 「慣れんか。」

 「はい…」

 「慣れたくば心を無にしろ。
 1つの地平線をたもつのだ。
 …だが、お前は慣れずともいいのかもしれない。」

 「…キノクニさんも、心を無にするんですか?」

 「私は…多くの命を狩ってきた。
 最早無にせずとも、殺しがこの手に染みついてしまった。
 …お前は私のことが、この顔が、怖くは無いのか。」

 「…初めて見た時は、怖かったですけど……今は、慣れました。
 キノクニさん、いい人ですから…
 わたしの裸見ても…
 襲わなかったし…」

 「私はゴブリンとは違う。
 それに子供には興味が無い。」

 「もう18ですよ?!」

 「子供ではないか。」

 「むぅ…そうですけど…」

 メールは頬を膨らませ、ムッとした表情を浮かべました。
 
 キノクニは不思議でした。今までこの顔に慣れたなどという者に、会ったことが無かったからです。
 
 「…なんやなんやのん?
 いい雰囲気醸し出してへん?
 おいちゃんも混ぜてーやー!」

 「グリモアさん!起きてたの?!」

 「ちょっと前からなー!
 なあなあメールちゃん!
 俺ともお話しよー!」

 「休憩は終わりだ。水も確保した。
 持っておけ。」

 「あ…はい。」

 「えー!なんやのん、もおー!」

 グリモアはプンプンと怒っていますが、そこはキノクニ、やはりお構い無しに火を消し、軽くまとめた荷物をウエストバッグに入れ、剣を右手に遺跡を見据えます。

 「はー…
 ま、やいやい言うてもしゃーないな…
ほな、遺跡の扉に、オレを掲げてんか?メールちゃん。」

 「はい!」

 メールはグリモアを扉に掲げました。

 「こほん…
"我が呼びかけに応えよ。緑の古物よ。その胸を晒せ。グリモアの名の下に"」

 ガッ!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…

 グリモアの声に応えるように、重い岩戸がゆっくりと開いていきます。

 ゆっくりゆっくりと、出し惜しみするかのように。

 半ば扉が開いたその時…

 「伏せろ!」

 「きゃあ!」
 「うおわぁ!?」

 シュバアッ!!

 シュルルルル!!

 キノクニがメールを庇い、扉から出て来た触手に絡め取られてしまいました。
 
 メールは伏せた状態から、弓矢を構えて扉の奥を狙います。

 「…お前はお前の目的を果たせ。」

 「待っていて下さい!
 すぐに倒します!」

 「あかん!両側からまた触手や!」

 メールが間一髪飛び退くと、先程までメールのいた場所に触手が突き刺さります。
 かなりの硬さなようで、深々と地面を抉っています。

 そしてついにキノクニは触手達にぐるぐる巻きにされ、扉に引きずり込まれていってしまいました。

 後にはただ、呆然とするメールと、なにかを考えるグリモアだけが取り残されていました。

 続きは次回のお楽しみです。

 




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