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一話 珍妙な生き物
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「暗黒竜様。それ何?」
竜様方のメイドを務めるメルルは、栗色の髪を二つにくくり、仕事着に着替えると暗黒竜の口にくわえているものを見て首を傾げた。
小さな生き物であるそれは、生きているのか死んでいるのか分からないが、今までに見た事のない、ひどく珍妙な生き物であった。
獣のように毛皮があるわけでもなく、鋭い牙や爪もない様子。メルルと似ているような気もするが、根本的に背がとても低く小さい。
この夏でも冬でも春の木漏れ日のような竜の庭にはいない生き物である。
暗黒竜はそれをメルルの前にペッと吐き出すと、口をくわっと大きく開いて顎を横に動かした。
「これは、何ですか?」
「山の木に引っ掛かっていた。あぁ・・口が疲れた。メルル。それは我が子とする。しばらく世話をしてあげて。」
「え?暗黒竜様のお子様?・・確かに、暗黒竜様の唾液にまみれて匂いは移っているけれど、それは無理があると思うけれど。」
メルルの言葉に、暗黒竜は大きな欠伸をすると、竜の庭一番の日当たりのよい場所へと移動するとその大きな体を横たえて言った。
「まぁ、世話してやってよ。私は・・ちょっと・・昼寝を・・・・・・」
すやすやと寝息を立て始めてしまった暗黒竜に、メルルは大きくため息をつくと唾液まみれの、その小さな生き物をひょいと抱き上げて歩き出した。
生きてはいるようだが、ピクリとも動かない。
「元気になるといいけれど。」
暗黒竜とは似ても似つかない金色の髪をしている。子どもというからには、瞳の色くらいは似ているだろうかと想像してみるが、暗黒竜のような黒曜石の瞳を持つ者はそうそういないだろう。
そんな事をメルルは考えながら竜の庭を歩いていく。すると、美しい銀色の鱗を持った銀竜がメルルの腕に抱えられているモノを見て小首を傾げた。
「メルル。それは何?」
お喋り好きな銀竜に見つかってしまったので、昼までには皆にこの事が伝わるだろう。その方が手っ取り早いだろうとメルルは答えた。
「暗黒竜様のお子様だって。詳しくは、暗黒竜様が起きてから聞いてね。」
銀竜はその事を聞くとゴロゴロと喉を鳴らして笑い、空に向かって銀色の炎を上げる。よほど面白かったのだろう。そして他の者達に意気揚々と話をしに行くのであった。
今日は銀竜の鱗も磨きたかったのだが、子どもの世話をしなければならないので明日に鱗磨きは回すかと、ため息をつく。
「あと、銀竜様はもう少し落ち着きを持ってもらわなきゃね。さぁ、とにかくさっさと行きましょう。」
花畑を越え、小川の横を歩いていく。そして岩を飛び越えて反対側に渡ると、そこには小さな泉があった。メルルはそこを自分専用の洗い場と決めている。
他の竜達にとっては小さすぎるこの泉が、メルルには丁度いい。それを分かっていて、竜達もこの泉を遊び場にはせずにいてくれる。
メルルはその珍妙な生き物を泉へと入れると、体に張り付いている薄汚れた服を取り払った。
「ありゃま。これまた珍妙な。」
その時であった。珍妙な生き物がすごい勢いで暴れだし、顔を真っ赤にすると声を上げた。
「離して!俺は、男だ!」
「男?とりあえずじっとして。べたべただから洗わなきゃ。」
「自分で洗えるから!女の子が、男の服を脱がして洗うとか、ダメだから!」
必死になって暴れ回るので、メルルは大きくため息をつくとその珍妙な生き物に仕方がないとばかりに泡立ての木の実を渡す。
「それで体をよく洗って。さぁ、早く。」
「いや、いや・・その、あっち向いてて。女の子が男の体洗うの見るとか・・ダメだって!」
メルルはまた大きくため息をつくと後ろを向いて尋ねた。
「よく分からないけど、男とか女の子とかって何?」
その質問に、珍妙な生き物は言葉を失った。
★★★★
作者かのんからのお知らせ
『生まれ変わった魔法使い』も更新中です。よろしければそちらも読んでいただけたら嬉しいです。
竜様方のメイドを務めるメルルは、栗色の髪を二つにくくり、仕事着に着替えると暗黒竜の口にくわえているものを見て首を傾げた。
小さな生き物であるそれは、生きているのか死んでいるのか分からないが、今までに見た事のない、ひどく珍妙な生き物であった。
獣のように毛皮があるわけでもなく、鋭い牙や爪もない様子。メルルと似ているような気もするが、根本的に背がとても低く小さい。
この夏でも冬でも春の木漏れ日のような竜の庭にはいない生き物である。
暗黒竜はそれをメルルの前にペッと吐き出すと、口をくわっと大きく開いて顎を横に動かした。
「これは、何ですか?」
「山の木に引っ掛かっていた。あぁ・・口が疲れた。メルル。それは我が子とする。しばらく世話をしてあげて。」
「え?暗黒竜様のお子様?・・確かに、暗黒竜様の唾液にまみれて匂いは移っているけれど、それは無理があると思うけれど。」
メルルの言葉に、暗黒竜は大きな欠伸をすると、竜の庭一番の日当たりのよい場所へと移動するとその大きな体を横たえて言った。
「まぁ、世話してやってよ。私は・・ちょっと・・昼寝を・・・・・・」
すやすやと寝息を立て始めてしまった暗黒竜に、メルルは大きくため息をつくと唾液まみれの、その小さな生き物をひょいと抱き上げて歩き出した。
生きてはいるようだが、ピクリとも動かない。
「元気になるといいけれど。」
暗黒竜とは似ても似つかない金色の髪をしている。子どもというからには、瞳の色くらいは似ているだろうかと想像してみるが、暗黒竜のような黒曜石の瞳を持つ者はそうそういないだろう。
そんな事をメルルは考えながら竜の庭を歩いていく。すると、美しい銀色の鱗を持った銀竜がメルルの腕に抱えられているモノを見て小首を傾げた。
「メルル。それは何?」
お喋り好きな銀竜に見つかってしまったので、昼までには皆にこの事が伝わるだろう。その方が手っ取り早いだろうとメルルは答えた。
「暗黒竜様のお子様だって。詳しくは、暗黒竜様が起きてから聞いてね。」
銀竜はその事を聞くとゴロゴロと喉を鳴らして笑い、空に向かって銀色の炎を上げる。よほど面白かったのだろう。そして他の者達に意気揚々と話をしに行くのであった。
今日は銀竜の鱗も磨きたかったのだが、子どもの世話をしなければならないので明日に鱗磨きは回すかと、ため息をつく。
「あと、銀竜様はもう少し落ち着きを持ってもらわなきゃね。さぁ、とにかくさっさと行きましょう。」
花畑を越え、小川の横を歩いていく。そして岩を飛び越えて反対側に渡ると、そこには小さな泉があった。メルルはそこを自分専用の洗い場と決めている。
他の竜達にとっては小さすぎるこの泉が、メルルには丁度いい。それを分かっていて、竜達もこの泉を遊び場にはせずにいてくれる。
メルルはその珍妙な生き物を泉へと入れると、体に張り付いている薄汚れた服を取り払った。
「ありゃま。これまた珍妙な。」
その時であった。珍妙な生き物がすごい勢いで暴れだし、顔を真っ赤にすると声を上げた。
「離して!俺は、男だ!」
「男?とりあえずじっとして。べたべただから洗わなきゃ。」
「自分で洗えるから!女の子が、男の服を脱がして洗うとか、ダメだから!」
必死になって暴れ回るので、メルルは大きくため息をつくとその珍妙な生き物に仕方がないとばかりに泡立ての木の実を渡す。
「それで体をよく洗って。さぁ、早く。」
「いや、いや・・その、あっち向いてて。女の子が男の体洗うの見るとか・・ダメだって!」
メルルはまた大きくため息をつくと後ろを向いて尋ねた。
「よく分からないけど、男とか女の子とかって何?」
その質問に、珍妙な生き物は言葉を失った。
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