【完結】皇女は当て馬令息に恋をする

かのん

文字の大きさ
10 / 54

第十話

しおりを挟む
 オーレリア皇女殿下の侍女ミリーは、月に一度、死にたくなる日があった。

 あぁ、今日は中庭でのお茶会の日。

 ミリーは身支度を整えながら大きくため息を付く。

 使用人たちの手洗い場は朝はとても混雑しているが、そんな中でミリーはまたため息をついた。

 その理由を他のメイドらも知っている。

 今日は庭でのお茶会の日。お茶会の会場となる中庭は、帝王様の執務室から見えるのである。だからこそ、死にたくなる。

 侍女らは侍女長の前に集まり、今日の予定を確認した後に、帝王様からの絶対の命令に従わなければならない。

 皆の顔が青ざめる。

 ある日は、虫。

 ある日は、毒。

 命令は絶対。

 命令に背けば、鞭で打たれ、その後に仕事を失う。

 仕事を失えば、次の職にはまずつけないだろう。街へ降りれば貧困はそこかしこであり、家族事そこへ落ちるのは目に見える。

 だが、侍女らが命令に従うのはそれらが理由ではない。

 侍女らは、硬い決意で結ばれていた。

 たとえ、オーレリア皇女殿下に嫌われても、信用されなくても自分達は側にいよう。

 皇女殿下に出来るだけ気付かれるように、虫を入れ、毒を入れる。

 そうすれば、賢い皇女殿下はにこやかに悲鳴を演じ、苦しむふりをする。

 皇女殿下が虫が平気な事は侍女らは知っていたし、毒は小さな頃より慣らされているので殆ど効かない事も知っている。

 これは茶番劇。

 帝王様の心を満たすだけの。

 侍女らはそれを知っている。そして、オーレリア皇女殿下はそれらに苦しみながらも、民のために行動をして下さる方。

 帝王様はオーレリア皇女殿下を魔女だと呼ぶ。

 だが、侍女らは、街の民らは聖女と呼ぶ。

 どんなに辛いことがあっても、どんなに苦しい事があっても、次の日には前を向き、皆を太陽の光のように照らしてくれる。

 ミリーは思う。

 オーレリア皇女殿下は素晴らしいお方。きっといずれこの国を導いてくださる。

 だから、嫌でも今は帝王様の命令に從う。

 いずれ自分にも罰が下るだろう。

 この手はオーレリア皇女殿下を傷つけ過ぎた。

 自分は将来的にはオーレリア皇女殿下の側にはいられないだろう。

 だから願ってしまう。

 どうか、どうか。

 オーレリア皇女殿下が幸せに笑っていられるような方が現れますように。

 幸せな愛情のある方と結ばれますように。

 ミリーは、帝王に打たれベッドの中で涙を流すオーレリア皇女の部屋の、侍女の控室で共に涙を流した。

 力のない私達侍女ですが、貴方様を必ずや影から支えてみせます。

 ミリーや皇女付きだった他の侍女らはリリアーナ付きの侍女になり、アルバスの密偵となって帝国で暗躍していく。



 オーレリアはレスターと共に何の花を植えるか図鑑を見ながら考えていた。

「にこにこと笑って、その花が好きなのですか?」

 レスターの言葉に、オーレリアは微笑みを浮かべた。

「この花、それにこれも、あ、これも。侍女のミリーが落ち込む私に花をいつも持ってきてくれたの。」

 その花たちを見て、レスターは微笑みを浮かべると言った。

「良い侍女をおもちですね。」

「え?」

「花言葉をご存知で?」

 オーレリアは首を傾げた。

「貴方の侍女は、きっと貴方を深く思っていたのでしょう。どの花も貴方への思いが込められている。希望。信頼。尊敬。幸福。貴方は思われてていたのだな。」

 花の絵を指でなぞりながら、オーレリアは花言葉を口にして、そして黙った。

 レスターはハンカチを取り出すとそっとオーレリアに手渡し黙ってただ横にいた。

 オーレリアはその優しさが嬉しくて、瞳からこぼれ落ちる涙をハンカチで抑えながら侍女を想った。

『オーレリア皇女殿下。お帰り、お待ちしております。』

 侍女達の言葉をオーレリアは信じてなどいなかった。

 信頼して裏切られるのが嫌だったから。

 けれど、それは間違いだったのだと気付く。

 オーレリアは顔を上げるとレスターにお礼を伝えた。

「ありがとうございます。レスター様のおかげで、私は改めて心が決まりました。」

 私を信じてくれる人がいる。

 ならば、その信頼を裏切らないように自分は真っ直ぐに立たねばならない。






しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

【短編】夫の国王は隣国に愛人を作って帰ってきません。散々遊んだあと、夫が城に帰ってきましたが・・・城門が開くとお思いですか、国王様?

五月ふう
恋愛
「愛人に会いに隣国に行かれるのですか?リリック様。」 朝方、こっそりと城を出ていこうとする国王リリックに王妃フィリナは声をかけた。 「違う。この国の為に新しい取引相手を探しに行くのさ。」 国王リリックの言葉が嘘だと、フィリナにははっきりと分かっていた。 ここ数年、リリックは国王としての仕事を放棄し、女遊びにばかり。彼が放り出した仕事をこなすのは、全て王妃フィリナだった。 「待ってください!!」 王妃の制止を聞くことなく、リリックは城を出ていく。 そして、3ヶ月間国王リリックは愛人の元から帰ってこなかった。 「国王様が、愛人と遊び歩いているのは本当ですか?!王妃様!」 「国王様は国の財源で女遊びをしているのですか?!王妃様!」 国民の不満を、王妃フィリナは一人で受け止めるしか無かったーー。 「どうしたらいいのーー?」

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

処理中です...