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五話 皆が幸せになる方法
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「私はずっとサマンサ嬢のことが好きだったんだ。」
熱のこもった瞳をロンは浮かべ、サマンサを見つめた。
サマンサは頬を赤く染めながら、ちらりとミラを見て、それでも手を振り払う事はしない。
「で、ですが、ロン様はお姉様の婚約者で・・・」
「君の両親にも話をして、婚約破棄にも賛成してもらった。私は君と婚約者になりたいんだ。」
サマンサが動揺していると、ザックとマリーナが口を開いた。
「ロン殿と婚約すれば、サマンサはずっと公爵家にいられるんだ。」
「そうよ。ずっとお父様とお母様と一緒よ?」
その言葉にサマンサは目を丸くすると、嬉しそうに声を上げた。
「そうなの!?私、公爵家にいてもいいの?」
「あぁ。当たり前だ。ロン殿とサマンサで公爵家を継ぐのだからね。」
ザックの言葉に、サマンサは瞳を輝かせたのちに、はっとしたように固まった。
「ちょっと待って・・でも、それって・・・お姉様はどうなるの?それに、何で婚約解消じゃなくて、破棄なの?それじゃあお姉様の名前に傷がついてしまうわ。」
慌てたようにサマンサがそう言うと、ロンはそんなサマンサを諭すように言った。
「破棄するのはね、けじめのようなものさ。公爵家を継ぐのにミラはふさわしくないと世間に知らしめる為。」
「そうそう。それにな、ミラに原因があるからなのだから、婚約者をミラからサマンサに代えるのは当たり前だろう?」
「元々、公爵家を継ぐのにふさわしいのはミラではなくサマンサだったのですよ。先に産まれたからと言って、それに拘る必要はなかったのだわ。」
つらつらと出てくる言葉を聞きながら、ミラは心の中が次第に冷えていく。
「そ・・そう・・なのかな。」
「そうだとも。ミラならば戦場の悪魔にふさわしいだろう?どうせ冷たい娘だ。」
「そうそう。サマンサのように繊細な子は心配だけれど、ミラなら、どこへ行っても平気でしょう?」
ザックとマリーナの言葉に、サマンサは動揺しながらも頷く。
ロンはミラをにやりと見ると言った。
「そうそう。それに、貴族の娘が、王命に従うのは当たり前。そうだろう?」
そんな言葉を聞きながら、ミラは小さく息を吐いた。
-ここにいる皆が幸せになれる方法はこれしかないのかもしれないわ。
サマンサを溺愛する両親は、サマンサのお願いを聞いてあげたい。そしてサマンサを好きだと言うロンは、サマンサにアンシェスター家に嫁いでほしくない。
邪魔なのは、元々ミラだけ。
ミラは四人に視線を向けて思った。
-この四人が幸せになるには、私は必要ないのだわ。
ザックは冷ややかな視線をミラに向けると言った。
「まぁ、そう言うわけだから、お前はアンシェスター家に嫁ぐ準備をしなさい。」
父親の言葉に、ミラは静かに立ち上がると美しい所作でカテーシーを行った。
「はい。かしこまりました。」
幼い頃にロンとの婚約が決まった。
だからロンの事を親しく思っていたし、慕っていた。
大切にしたいと思い、甘えていた。
けれども、それらはすべて幻だったのだ。
たとえ、婚約者を奪われても。
たとえ、両親が自分を愛してくれなくても。
たとえ、これまで公爵家を継ぐために学んだ日々が無駄になろうとも。
ミラの貴族の令嬢としての矜持が、この場で泣くことを拒んだ。
ミラは微笑を張り付けたままその場から下がる。
「お姉様なら、きっと辺境伯に嫁いでも大丈夫よね。」
そんなサマンサの声が聞こえた。
自分が可愛いから、姉を差し出した妹。
ミラは別段アンシェスター家に嫁ぐことが嫌な訳ではない。それが今までは自分の役割ではないと思っていたから考えなかっただけで、嫌悪感などはない。
アンシェスター家は南の国境を守る英雄であり、王の盾。そんな家へと嫁ぐことは誉れである。
それでも、これまでの自分の生きてきた道が、まるで無意味のように思えて、今までの頑張りは何だったのだろうかと思えてしまって、むなしくて、悲しくて、ミラは自室へ帰ると侍女を下がらせ、ソファに座り、静かに涙を流した。
ただただ、音もなく、涙が溢れた。
「私は・・・一体・・・なんなのかしらね。」
小さくそう呟いた。
自分以外で完成された家族の形。両親と妹、それに自分の婚約者であった人の姿が、脳裏に張り付いて、心が冷えていった。
熱のこもった瞳をロンは浮かべ、サマンサを見つめた。
サマンサは頬を赤く染めながら、ちらりとミラを見て、それでも手を振り払う事はしない。
「で、ですが、ロン様はお姉様の婚約者で・・・」
「君の両親にも話をして、婚約破棄にも賛成してもらった。私は君と婚約者になりたいんだ。」
サマンサが動揺していると、ザックとマリーナが口を開いた。
「ロン殿と婚約すれば、サマンサはずっと公爵家にいられるんだ。」
「そうよ。ずっとお父様とお母様と一緒よ?」
その言葉にサマンサは目を丸くすると、嬉しそうに声を上げた。
「そうなの!?私、公爵家にいてもいいの?」
「あぁ。当たり前だ。ロン殿とサマンサで公爵家を継ぐのだからね。」
ザックの言葉に、サマンサは瞳を輝かせたのちに、はっとしたように固まった。
「ちょっと待って・・でも、それって・・・お姉様はどうなるの?それに、何で婚約解消じゃなくて、破棄なの?それじゃあお姉様の名前に傷がついてしまうわ。」
慌てたようにサマンサがそう言うと、ロンはそんなサマンサを諭すように言った。
「破棄するのはね、けじめのようなものさ。公爵家を継ぐのにミラはふさわしくないと世間に知らしめる為。」
「そうそう。それにな、ミラに原因があるからなのだから、婚約者をミラからサマンサに代えるのは当たり前だろう?」
「元々、公爵家を継ぐのにふさわしいのはミラではなくサマンサだったのですよ。先に産まれたからと言って、それに拘る必要はなかったのだわ。」
つらつらと出てくる言葉を聞きながら、ミラは心の中が次第に冷えていく。
「そ・・そう・・なのかな。」
「そうだとも。ミラならば戦場の悪魔にふさわしいだろう?どうせ冷たい娘だ。」
「そうそう。サマンサのように繊細な子は心配だけれど、ミラなら、どこへ行っても平気でしょう?」
ザックとマリーナの言葉に、サマンサは動揺しながらも頷く。
ロンはミラをにやりと見ると言った。
「そうそう。それに、貴族の娘が、王命に従うのは当たり前。そうだろう?」
そんな言葉を聞きながら、ミラは小さく息を吐いた。
-ここにいる皆が幸せになれる方法はこれしかないのかもしれないわ。
サマンサを溺愛する両親は、サマンサのお願いを聞いてあげたい。そしてサマンサを好きだと言うロンは、サマンサにアンシェスター家に嫁いでほしくない。
邪魔なのは、元々ミラだけ。
ミラは四人に視線を向けて思った。
-この四人が幸せになるには、私は必要ないのだわ。
ザックは冷ややかな視線をミラに向けると言った。
「まぁ、そう言うわけだから、お前はアンシェスター家に嫁ぐ準備をしなさい。」
父親の言葉に、ミラは静かに立ち上がると美しい所作でカテーシーを行った。
「はい。かしこまりました。」
幼い頃にロンとの婚約が決まった。
だからロンの事を親しく思っていたし、慕っていた。
大切にしたいと思い、甘えていた。
けれども、それらはすべて幻だったのだ。
たとえ、婚約者を奪われても。
たとえ、両親が自分を愛してくれなくても。
たとえ、これまで公爵家を継ぐために学んだ日々が無駄になろうとも。
ミラの貴族の令嬢としての矜持が、この場で泣くことを拒んだ。
ミラは微笑を張り付けたままその場から下がる。
「お姉様なら、きっと辺境伯に嫁いでも大丈夫よね。」
そんなサマンサの声が聞こえた。
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ミラは別段アンシェスター家に嫁ぐことが嫌な訳ではない。それが今までは自分の役割ではないと思っていたから考えなかっただけで、嫌悪感などはない。
アンシェスター家は南の国境を守る英雄であり、王の盾。そんな家へと嫁ぐことは誉れである。
それでも、これまでの自分の生きてきた道が、まるで無意味のように思えて、今までの頑張りは何だったのだろうかと思えてしまって、むなしくて、悲しくて、ミラは自室へ帰ると侍女を下がらせ、ソファに座り、静かに涙を流した。
ただただ、音もなく、涙が溢れた。
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