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二十一話
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暗い、闇の中に閉じ込められてからどのくらいの時が経ったのだろうか。
自分の運命を呪ったけれど、廣光には、光葉という眩しいくらいに輝く光があった。
だからこそ、暗闇の中に閉じ込められようとも心を狂わせることなく、生きていられた。
じっとりとした洞窟の中にある檻は、常に湿気が酷く、壁や柱にはびっしりと苔が生えていた。
長く伸びた爪先で壁を引っ掻くと、その苔は意図も容易く剥がれ落ち、かわりに爪の中に苔と土が入り込んでしまう。
けれども、長い長い一日は、何かしなければ終わりは中々訪れない。
廣光は、ただただ、時間潰しのために壁の苔を爪先でそぎおとしていく。
「・・廣!」
小さなその声が聞こえて、廣光はびくりと肩を震わせると声のした方へと視線を向けた。
廣は壁に置いてある外が唯一見ることのできる穴の前に置いていた拳サイズの石をどけると、向こう側に真ん丸の大きな瞳が見えた。
「光葉・・来てくれたの?」
「うん。中々来れなくてごめんね。」
光葉はにっこりと笑うと、穴から真っ赤な林檎を無理矢理に押し込んだ。
壁に擦れて林檎は擦れて土は着いたが、廣光は瞳を輝かせてそれを受け取った。
「これ!どうしたの?」
「ふふ。森の木にたくさんなっていたの!」
その言葉に廣光は笑い声をあげた。
「はは!そんなわけないよー。」
「本当よー!あとね、これもなっていたの。」
光葉は小さな穴に次々と森で採れたのだという木の実や果物を入れていく。
どれも村の近くで採れるような木の実ではないのだが、光葉は楽しそうな声で森で採れたのだと言うばかりであった。
「ねぇ、本当に森で採れたの?」
「本当にだよ。」
「そっかぁ。」
廣光は林檎にかぶりつくと、その口に広がる甘さに涙が出そうになるのを必死に堪え、静かに食べていった。
光葉も林檎を食べているようで、お互いの咀嚼音が静かに響いた。
「ねぇ、少しずつこの穴を広げて、一緒に逃げよう。」
光葉の言葉に、廣光は食べていた手を止めると静かに言った。
「光葉。ダメだよ。」
「大丈夫。きっと大丈夫だから!」
「だーめ。ね?それより、外の話を聞かせて。父さんと母さんは?」
「・・廣光を出してもらえるように毎日村長さんのところに行ってるよ・・。」
「・・そんなことしなくていいのに。」
「廣!そんなことじゃないよ!大事なことだよ!」
「・・光葉。僕は、光葉が元気でいてくれたら、それだけでいいんだ。」
「廣・・。」
「だから。光葉。元気で、いつも笑っていてね?」
「廣・・でも、私は廣も一緒がいいよ。」
「ありがとう。光葉。」
「光・・光葉?・・光葉!」
「え?」
重たい瞼を開けると、そこには心配そうに顔を覗き込んでくる夜叉の顔が見えた。
「夜叉様?」
「よかった。」
「どうかしたのですか?」
体を起き上がらせてきょとんと夜叉を見つめると、夜叉は困ったように苦笑を浮かべると言った。
「周りを見てみろ。」
「え?」
光葉は自分は寝所でいつものように寝たはずだが何かあったのだろうかと辺りを見回して目を丸くした。
部屋には花が咲き誇り、何故か林檎の木やその他にも様々な木々が生い茂っている。
「まぁ。これは・・すごいですね。素敵では、ありますね。」
その言葉に夜叉は堪えきれずに思わず笑い声をもらすと、光葉の頭を撫で回した。
「本当に、光葉には驚かされてばかりだ。だが、この部屋も中々素敵なものではあるな。ははっ!」
夜叉は笑い声をあげると、近くに控えていた烏天狗に視線を向けた。
烏天狗は頷き、その場を後にした。
「この木々はどうしたのですか?」
「さぁ。どうしたんだろうなぁ。」
夜叉はおそらくは光葉には何かしらの力があり、それが一日、一日と次第に強くなっていっているのを感じていた。
だがしかし。
部屋いっぱいに広がる草花に、夜叉は苦笑を浮かべる。
「まるで森の木の実食べ放題のような部屋だな。食べれる木の実ばかりじゃないか。」
「まぁ!私そんなに食いしん坊じゃありませんよ?」
「ははっ。そうだなぁ。」
光葉はにこりと微笑むと、木から林檎をとって夜叉に一つ、自分に一つと採った。
それをじっと見つめていると、何故か瞳から涙が一滴こぼれ落ちる。
「え?」
光葉はそれを拭うと、首をかしげた。
「・・どうして?」
その時、先程まで見ていた夢が脳裏をかすめていく。
思い出せそうで思い出せない。
光葉か不安に思い表情を強張らせると、夜叉はそんな光葉を後ろから抱き締めて言った。
「大丈夫だ。側にいる。」
温もりが伝わると、ほっとする。
光葉は頷いた。
「はい。」
あと少しで、何かが思い出せそうである。
早く、早く思い出せとそう願うほどに不安になる。それでも、夜叉が側にいれば恐くない。
光葉は、夜叉の温もりを感じながら一口、林檎をかじったのであった。
自分の運命を呪ったけれど、廣光には、光葉という眩しいくらいに輝く光があった。
だからこそ、暗闇の中に閉じ込められようとも心を狂わせることなく、生きていられた。
じっとりとした洞窟の中にある檻は、常に湿気が酷く、壁や柱にはびっしりと苔が生えていた。
長く伸びた爪先で壁を引っ掻くと、その苔は意図も容易く剥がれ落ち、かわりに爪の中に苔と土が入り込んでしまう。
けれども、長い長い一日は、何かしなければ終わりは中々訪れない。
廣光は、ただただ、時間潰しのために壁の苔を爪先でそぎおとしていく。
「・・廣!」
小さなその声が聞こえて、廣光はびくりと肩を震わせると声のした方へと視線を向けた。
廣は壁に置いてある外が唯一見ることのできる穴の前に置いていた拳サイズの石をどけると、向こう側に真ん丸の大きな瞳が見えた。
「光葉・・来てくれたの?」
「うん。中々来れなくてごめんね。」
光葉はにっこりと笑うと、穴から真っ赤な林檎を無理矢理に押し込んだ。
壁に擦れて林檎は擦れて土は着いたが、廣光は瞳を輝かせてそれを受け取った。
「これ!どうしたの?」
「ふふ。森の木にたくさんなっていたの!」
その言葉に廣光は笑い声をあげた。
「はは!そんなわけないよー。」
「本当よー!あとね、これもなっていたの。」
光葉は小さな穴に次々と森で採れたのだという木の実や果物を入れていく。
どれも村の近くで採れるような木の実ではないのだが、光葉は楽しそうな声で森で採れたのだと言うばかりであった。
「ねぇ、本当に森で採れたの?」
「本当にだよ。」
「そっかぁ。」
廣光は林檎にかぶりつくと、その口に広がる甘さに涙が出そうになるのを必死に堪え、静かに食べていった。
光葉も林檎を食べているようで、お互いの咀嚼音が静かに響いた。
「ねぇ、少しずつこの穴を広げて、一緒に逃げよう。」
光葉の言葉に、廣光は食べていた手を止めると静かに言った。
「光葉。ダメだよ。」
「大丈夫。きっと大丈夫だから!」
「だーめ。ね?それより、外の話を聞かせて。父さんと母さんは?」
「・・廣光を出してもらえるように毎日村長さんのところに行ってるよ・・。」
「・・そんなことしなくていいのに。」
「廣!そんなことじゃないよ!大事なことだよ!」
「・・光葉。僕は、光葉が元気でいてくれたら、それだけでいいんだ。」
「廣・・。」
「だから。光葉。元気で、いつも笑っていてね?」
「廣・・でも、私は廣も一緒がいいよ。」
「ありがとう。光葉。」
「光・・光葉?・・光葉!」
「え?」
重たい瞼を開けると、そこには心配そうに顔を覗き込んでくる夜叉の顔が見えた。
「夜叉様?」
「よかった。」
「どうかしたのですか?」
体を起き上がらせてきょとんと夜叉を見つめると、夜叉は困ったように苦笑を浮かべると言った。
「周りを見てみろ。」
「え?」
光葉は自分は寝所でいつものように寝たはずだが何かあったのだろうかと辺りを見回して目を丸くした。
部屋には花が咲き誇り、何故か林檎の木やその他にも様々な木々が生い茂っている。
「まぁ。これは・・すごいですね。素敵では、ありますね。」
その言葉に夜叉は堪えきれずに思わず笑い声をもらすと、光葉の頭を撫で回した。
「本当に、光葉には驚かされてばかりだ。だが、この部屋も中々素敵なものではあるな。ははっ!」
夜叉は笑い声をあげると、近くに控えていた烏天狗に視線を向けた。
烏天狗は頷き、その場を後にした。
「この木々はどうしたのですか?」
「さぁ。どうしたんだろうなぁ。」
夜叉はおそらくは光葉には何かしらの力があり、それが一日、一日と次第に強くなっていっているのを感じていた。
だがしかし。
部屋いっぱいに広がる草花に、夜叉は苦笑を浮かべる。
「まるで森の木の実食べ放題のような部屋だな。食べれる木の実ばかりじゃないか。」
「まぁ!私そんなに食いしん坊じゃありませんよ?」
「ははっ。そうだなぁ。」
光葉はにこりと微笑むと、木から林檎をとって夜叉に一つ、自分に一つと採った。
それをじっと見つめていると、何故か瞳から涙が一滴こぼれ落ちる。
「え?」
光葉はそれを拭うと、首をかしげた。
「・・どうして?」
その時、先程まで見ていた夢が脳裏をかすめていく。
思い出せそうで思い出せない。
光葉か不安に思い表情を強張らせると、夜叉はそんな光葉を後ろから抱き締めて言った。
「大丈夫だ。側にいる。」
温もりが伝わると、ほっとする。
光葉は頷いた。
「はい。」
あと少しで、何かが思い出せそうである。
早く、早く思い出せとそう願うほどに不安になる。それでも、夜叉が側にいれば恐くない。
光葉は、夜叉の温もりを感じながら一口、林檎をかじったのであった。
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