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vol.1 迷い込みし者
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[Ⅰ]
今は何時頃だろう。
ここは、スマホも圏外になる山奥。
空は暗くなり、日も暮れようとしている。
周囲も肌寒くなってきた。
初夏の5月とはいえ、夜は少し冷える時期だ。
今日の俺は紺色の作務衣姿なので、それは大いに感じるところである。
おまけに、山中なだけあり足場も悪い。
靴は登山用のトレッキングブーツを履いてきて正解だったようだ。
さて、暗闇が覆う前に、とっとと仕事を終わらせるとしよう。
俺の眼前には今、追い詰められた妖魔の姿がある。
成体のヒグマよりも大きな体躯で、薄汚れた灰褐色の毛並みをした猿の化け物だ。
恐らく、狒々と呼ばれる妖魔の一種だろう。
この山の主……いや、山の神と言うべきか。
何れにしろ、その類の存在に違いない。
化け物は今、俺の呪術により、所々の皮膚が焼け爛れ、出血をしていた。
息も荒く、険しい表情で俺を睨んでいるところだ。
また、動く力も尽きたのか、諦めたように地べたに座り込んでいた。
当然だろう。奴の四方八方には、我が一族に伝わる霊障壁の結界により、行く手を阻まれている状態だからだ。
もうトドメを刺す頃合いである。
俺は背負っている破魔の力を持つ長刀を抜いた。
穢れを祓う、一族に伝わる降魔の剣である。
刃渡り90cmはある長モノだが、その分、刀身には幾つかの術紋が施してある。
俺が打った一振りだが、なかなか強力な霊刀の業物と言えよう。
銃刀法違反の懸念もあったが、山中での仕事の為、用意してきたのだ。
俺は刃の切っ先を化け物に向けた。
「さて……幾ら山の神とはいえ、沢山の人や家畜を攫って喰い殺すのは、流石に見過ごせんよ。真紋の一族の名において……お前をここで始末させてもらう」
するとそこで、狒々の化け物はなぜかニヤリと笑ったのだった。
まだ何か悪巧みを考えてるのかもしれない。
戦況的に、こちらに武があるが、用心はするとしよう。
「何がおかしい?」
化け物は弱々しく口を開いた。
「そうか……お前が噂に聞く、シンモンの末裔か……本当にいたとはな。若造のくせに大した腕前じゃ」
「さぁな……どのシンモンの事を言ってるのか知らんが、俺がこれからお前を滅する事には変わりない。悪いが、幾ら山の神とはいえ、滅ぼさせてもらうぞ。お前はやり過ぎた」
俺は奴に向かい、刀を正眼に構えた。
「フフフ……その昔、鬼神をも封じてしまう秘術を伝えし、シンモンという人の一族がいると聞いた事があるのだよ。そうか……お前がそうなのか。よもや……そのような術者が、我を退治しに現れようとはな……」
どうやら俺の一族は、妖魔の間ではそこそこ有名みたいだ。
「そういうわけだ。覚悟してもらおう」
「フッ……確かにこのままなら、我はそうなるだろうな。だが、ここで終わるわけにはゆかぬ。遥か昔、我が一族が伝えてきた秘宝を使う時が来たようじゃ……クククッ、お前も道連れじゃぁぁ! ガアァァ」
化け物はそう言うや否や、口から何かを吐き出した。
それはサッカーボールくらいありそうな虹色の水晶球であった。
続いて化け物は、奇妙な言霊を唱えたのである。
するとその直後、目も眩むほど、水晶球は眩く光り輝いたのだ。
これは予想外の展開であった。
おまけに、皮膚がヒリヒリと痛くなるほどの濃い霊力の波動が、光と共に水晶球から発せられていたのである。
恐らく、高位の術具なのだろう。
これは想定外であった。
まさかこんなモノを持っていたとは。
「クッ! なんだ、この強い霊力はッ! チッ……」
俺はすぐに攻撃と防御に移れるよう刀を構え、目を細めつつ、全方向に感覚を研ぎ澄ませた。
「これで終わりよ。お前を道連れにしてやる。クククッ」
化け物がそう言った次の瞬間だった。
突如、足元がおぼつかなくなり、宙に浮いたかのようなフワフワした感じになったのである。
それだけではない、耳鳴りのようなキンとした嫌な音まで聞こえてきたのだ。
だが、それも程なく、終わりを迎える。
眩い光は徐々に消えてゆき、地に足がついた感覚も戻ってきた。
また、嫌な耳鳴りも、それに伴い、次第にしなくなってきたからだ。
これは幻術の類なのかもしれない。
「チッ……何の術か知らんが、幻術など俺には通用せんぞ! 悪足掻きもそこまでだ!」
俺はそこで化け物を見据えた。
だがしかし……俺は思わず目を見開いたのである。
なぜなら、俺の眼前にはマーモセットのような、小さな可愛い猿が座り込んでいたからだ。
ヒグマよりも大きな狒々の妖魔は、どこにもいなかったのである。
これは不覚だった。
どうやら、一杯食わせられたのかもしれない。
「な!? どこに行った! 隠れたか、化け物め!」
すると、意外な所から声が聞こえてきた。
「クククッ……どこにも行ってはおらんよ。悪いが、道連れにさせてもらったぞ。クククッ」
声を発していたのは、なんと目の前の小さな猿であった。
「え? お前……あの狒々なのか? 随分、姿が違うが……いや、幻術か! 小賢しい真似を!」
「はぁ? 何を言っている。我は幻術など使っておらぬわ!」
猿は心外とばかりにイキリ返してきた。
「だってお前……めっちゃ小さくなってるやん」
「小さくだと……馬鹿馬鹿しい。我は……え?」
化け物は自分の手足を見て、暫し固まっていた。
どうやら、今気づいたのだろう。
「ほ、本当に、小さくなっているぅぅぅ! な、なぜだ! イカイ送りにする宝玉を使っただけなのに! なんで、我は小さくなっているんだァァ! しかも、コイツにやられた傷も、なぜか治っているぅぅぅ!」
化け物はなぜか知らないが、驚きのあまり吠えていた。
自分も巻き込まれる強力な幻術を使ったのだろうか?
まぁいい。わけわからんが、とりあえず、依頼業務を遂行するとしよう。
「知るかそんなもん! それよりもお前を始末させてもらうぞ! わけわからん術を使いやがって!」
化け物は慌てて俺に振り返った。
「ま、待て待て待て待て! ちょっと落ち着け! 周りの景色を見てみろ!」
「ああん、周りの景色だと? そんなもんどうでもいいわ。俺の仕事はお前の退治だ」
「だぁかぁらぁ! 我を退治しても、もう意味ないんだって! お前はもう日本にはおらんのじゃ。別の世界にいるのだからな」
「はぁ? 何言ってんだお前……化け物の癖に見苦しいぞ。いい加減、観念しろや!」
「だからぁ! 周りを見て見ろって!」
あまりにもしつこいので、俺はとりあえず、化け物を見据えつつ周囲をチラッと窺った。
だがその直後、俺は目を見開いたのである。
なぜなら、コイツの言う通り、見た事ない景色が広がっていたからだ。
俺はなぜか知らないが、見晴らしの良い小高い丘にある砂利道のような所にいたのである。
おまけに、さっきまで夕暮れ時だった筈なのに、まだ日も高かったのだ。
気温も暖かい。というか、暑かった。30度前後ありそうである。
それに加えて、頬を撫でるそよ風も、凄くリアルな感じなのであった。
とても幻覚とは思えない質感である。
「おい、これも幻術の一種か? 言っとくが、俺に幻術は通用せんぞ。ったく、可愛い姿に変えたところで、俺が容赦するとでも思ったかね」
「だから、幻術じゃないって! イカイにいるんだって!」
化け物は必死だった。
「はいはい、そういう設定ね。もういいよ。ン?」
するとその時だった。
後方から大きな声が聞こえてきたのである。
「どけどけぇ! 道のど真ん中で何してやがる! 邪魔なんだよ!」
俺は後ろを振り返る。
すると 馬車と戦士の一団が土煙を巻き上げ、こちらに向かって来ていたのだ。
「おわ!? 馬車かよ! つか、なんで馬車?」
馬車は荷を沢山積んでおり、馬に跨った中世の西洋風戦士達に護られるように走っていた。
かなり時代錯誤な光景であった。
この突然の事態に、俺はとりあえず、道を開けた。
これも幻術なのだろうか?
化け物も、なぜか俺の隣にちょこんと来て、奴等に道を開けた。
そして馬車の一行はスピードを落とし、俺達の前へとやって来たのだった。
俺はその際、そいつ等を少し観察した。
すると、顔付きや体躯を見る限り、欧米人のような感じだが、獣人みたいな狼男風の奴もいたのである。
それだけじゃない。魔法使い風のローブや杖を装備している者、寸胴のドワーフみたいなの、果ては、耳の長いエルフみたいな女までいたのだ。
かなりファンタジーな光景であった。
正直、面食らったのは言うまでもない。
(なんだ、こいつ等……揃いも揃って、ファンタジーコスプレ連中の幻か? いや、それよりも……本当に幻術か、これ? やけにリアルなんだが……)
これは正直な感想であった。
と、そこで、擦れ違いざまに、御者席のオッサン戦士が悪態を吐いてきたのである。
「ふん! 見たところ、異国の者か……妙な剣を振り回して街道のド真ん中で、猿と遊んでんじゃねぇよ! こちとら大事な荷物を運んでんだ! 冒険者ごっこなら他所でやれや!」
そして馬車はスピードを上げ、去って行ったのだった。
去り際、護衛の連中は俺をせせら笑い、小馬鹿にしたように見ていた。
そよ風に乗って、奴等の会話が聞こえてくる。
「なんだ、あれ……あんな貧相な装備で冒険するのかね。初めてみたよ、身の程知らずの阿呆だな」
「たぶん、酒場で相手にされなかったんだぜ。仲間がコザルだけって……お笑い系の新人冒険者だな。ヒッヒッヒッ」
「ちょっと、そこまで言うと悪いわよ。まだ冒険者と決まったわけじゃないわ。旅芸人かもしれないし」
「違いねぇ、ガッハッハッ」
とまぁ、そんな馬鹿笑いが聞こえてきたのである。
俺と化け物は無言で、小さくなってゆく馬車を暫し眺め続けた。
なんというか、わけのわからない幻術であった。
いや、そもそもこれは幻術なのだろうか?
呪術としての霊気の流れを全く感じないのだ。
俺の今までの経験からすると、呪術の類は使われていないとみて良いが……はて?
とりあえず、訊いてみるとしよう。
「おい……エテ公、一体どういう事だ? アレはなんなんだ。アレもお前の幻術か?」
「違うわ! 我々はイカイに来てしまったんじゃ!」
「さっきから言ってるが、なんなんだよ、イカイって」
「わからん奴だな! 異なる世界に来てしまったんじゃよ! ここは日本じゃないんじゃ」
「は?」
ことなるせかい? 異なる世界……異世界……異界!?
「異世界だとぉ! なんでそうなるんだよ!」
俺は思わず、声を荒げた。
当たり前だ。
「それはだな、我が一族に伝わる宝玉を使ったからじゃよ」
埒が明かないので、俺はエテ公の襟首を掴んで持ち上げ、強引に尋問した。
「だから、どういう事なんだって聞いてんだよ、エテ公! はっきり言えや!」
エテ公は苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「あ、あの宝玉は……言い伝えがあってな。いざという時に使えば、別の世界に逃げられるというシロモノなんじゃな。今回は逃げる暇もなかったから、お前も巻き込んでしまったんじゃよ。我を追い詰めるお前が悪いんじゃ!」
エテ公の口から語られる内容は、俄かには信じがたいモノであった。
だが、今の現状を顧みるに、呪術の類は使われていないのである。
エテ公の言い分も、全くの的外れでもないのだ。
化け物の苦し紛れの術で、異世界に転移したなんて考えたくもない話だった。
「ちょっと待て! 帰る方法はあるんだろうな」
「悪いが……知らん! うぐおぉぉ」
俺は思わず、このエテ公の首を絞めていた。
当然だ。人に仇成す妖魔は成敗すべし!
「ま、待って……わ、我を殺すと、もう日本に戻れぬ……かもしれ……ないぞ」
エテ公の必死の訴えに、俺は力を緩めた。
「ゲホゲホッ……容赦ない奴じゃな」
咳き込むエテ公に向かい、俺は容赦なく尋問を再開した。
「当たり前だ。俺の本来の目的は、お前の退治という事を忘れるなよ。で、話を戻すが、日本に戻れぬとはどういう事だ? 説明しろ。場合によっては……職務を遂行する」
「わ、わかったわい。なんちゅうやつじゃ」――
今は何時頃だろう。
ここは、スマホも圏外になる山奥。
空は暗くなり、日も暮れようとしている。
周囲も肌寒くなってきた。
初夏の5月とはいえ、夜は少し冷える時期だ。
今日の俺は紺色の作務衣姿なので、それは大いに感じるところである。
おまけに、山中なだけあり足場も悪い。
靴は登山用のトレッキングブーツを履いてきて正解だったようだ。
さて、暗闇が覆う前に、とっとと仕事を終わらせるとしよう。
俺の眼前には今、追い詰められた妖魔の姿がある。
成体のヒグマよりも大きな体躯で、薄汚れた灰褐色の毛並みをした猿の化け物だ。
恐らく、狒々と呼ばれる妖魔の一種だろう。
この山の主……いや、山の神と言うべきか。
何れにしろ、その類の存在に違いない。
化け物は今、俺の呪術により、所々の皮膚が焼け爛れ、出血をしていた。
息も荒く、険しい表情で俺を睨んでいるところだ。
また、動く力も尽きたのか、諦めたように地べたに座り込んでいた。
当然だろう。奴の四方八方には、我が一族に伝わる霊障壁の結界により、行く手を阻まれている状態だからだ。
もうトドメを刺す頃合いである。
俺は背負っている破魔の力を持つ長刀を抜いた。
穢れを祓う、一族に伝わる降魔の剣である。
刃渡り90cmはある長モノだが、その分、刀身には幾つかの術紋が施してある。
俺が打った一振りだが、なかなか強力な霊刀の業物と言えよう。
銃刀法違反の懸念もあったが、山中での仕事の為、用意してきたのだ。
俺は刃の切っ先を化け物に向けた。
「さて……幾ら山の神とはいえ、沢山の人や家畜を攫って喰い殺すのは、流石に見過ごせんよ。真紋の一族の名において……お前をここで始末させてもらう」
するとそこで、狒々の化け物はなぜかニヤリと笑ったのだった。
まだ何か悪巧みを考えてるのかもしれない。
戦況的に、こちらに武があるが、用心はするとしよう。
「何がおかしい?」
化け物は弱々しく口を開いた。
「そうか……お前が噂に聞く、シンモンの末裔か……本当にいたとはな。若造のくせに大した腕前じゃ」
「さぁな……どのシンモンの事を言ってるのか知らんが、俺がこれからお前を滅する事には変わりない。悪いが、幾ら山の神とはいえ、滅ぼさせてもらうぞ。お前はやり過ぎた」
俺は奴に向かい、刀を正眼に構えた。
「フフフ……その昔、鬼神をも封じてしまう秘術を伝えし、シンモンという人の一族がいると聞いた事があるのだよ。そうか……お前がそうなのか。よもや……そのような術者が、我を退治しに現れようとはな……」
どうやら俺の一族は、妖魔の間ではそこそこ有名みたいだ。
「そういうわけだ。覚悟してもらおう」
「フッ……確かにこのままなら、我はそうなるだろうな。だが、ここで終わるわけにはゆかぬ。遥か昔、我が一族が伝えてきた秘宝を使う時が来たようじゃ……クククッ、お前も道連れじゃぁぁ! ガアァァ」
化け物はそう言うや否や、口から何かを吐き出した。
それはサッカーボールくらいありそうな虹色の水晶球であった。
続いて化け物は、奇妙な言霊を唱えたのである。
するとその直後、目も眩むほど、水晶球は眩く光り輝いたのだ。
これは予想外の展開であった。
おまけに、皮膚がヒリヒリと痛くなるほどの濃い霊力の波動が、光と共に水晶球から発せられていたのである。
恐らく、高位の術具なのだろう。
これは想定外であった。
まさかこんなモノを持っていたとは。
「クッ! なんだ、この強い霊力はッ! チッ……」
俺はすぐに攻撃と防御に移れるよう刀を構え、目を細めつつ、全方向に感覚を研ぎ澄ませた。
「これで終わりよ。お前を道連れにしてやる。クククッ」
化け物がそう言った次の瞬間だった。
突如、足元がおぼつかなくなり、宙に浮いたかのようなフワフワした感じになったのである。
それだけではない、耳鳴りのようなキンとした嫌な音まで聞こえてきたのだ。
だが、それも程なく、終わりを迎える。
眩い光は徐々に消えてゆき、地に足がついた感覚も戻ってきた。
また、嫌な耳鳴りも、それに伴い、次第にしなくなってきたからだ。
これは幻術の類なのかもしれない。
「チッ……何の術か知らんが、幻術など俺には通用せんぞ! 悪足掻きもそこまでだ!」
俺はそこで化け物を見据えた。
だがしかし……俺は思わず目を見開いたのである。
なぜなら、俺の眼前にはマーモセットのような、小さな可愛い猿が座り込んでいたからだ。
ヒグマよりも大きな狒々の妖魔は、どこにもいなかったのである。
これは不覚だった。
どうやら、一杯食わせられたのかもしれない。
「な!? どこに行った! 隠れたか、化け物め!」
すると、意外な所から声が聞こえてきた。
「クククッ……どこにも行ってはおらんよ。悪いが、道連れにさせてもらったぞ。クククッ」
声を発していたのは、なんと目の前の小さな猿であった。
「え? お前……あの狒々なのか? 随分、姿が違うが……いや、幻術か! 小賢しい真似を!」
「はぁ? 何を言っている。我は幻術など使っておらぬわ!」
猿は心外とばかりにイキリ返してきた。
「だってお前……めっちゃ小さくなってるやん」
「小さくだと……馬鹿馬鹿しい。我は……え?」
化け物は自分の手足を見て、暫し固まっていた。
どうやら、今気づいたのだろう。
「ほ、本当に、小さくなっているぅぅぅ! な、なぜだ! イカイ送りにする宝玉を使っただけなのに! なんで、我は小さくなっているんだァァ! しかも、コイツにやられた傷も、なぜか治っているぅぅぅ!」
化け物はなぜか知らないが、驚きのあまり吠えていた。
自分も巻き込まれる強力な幻術を使ったのだろうか?
まぁいい。わけわからんが、とりあえず、依頼業務を遂行するとしよう。
「知るかそんなもん! それよりもお前を始末させてもらうぞ! わけわからん術を使いやがって!」
化け物は慌てて俺に振り返った。
「ま、待て待て待て待て! ちょっと落ち着け! 周りの景色を見てみろ!」
「ああん、周りの景色だと? そんなもんどうでもいいわ。俺の仕事はお前の退治だ」
「だぁかぁらぁ! 我を退治しても、もう意味ないんだって! お前はもう日本にはおらんのじゃ。別の世界にいるのだからな」
「はぁ? 何言ってんだお前……化け物の癖に見苦しいぞ。いい加減、観念しろや!」
「だからぁ! 周りを見て見ろって!」
あまりにもしつこいので、俺はとりあえず、化け物を見据えつつ周囲をチラッと窺った。
だがその直後、俺は目を見開いたのである。
なぜなら、コイツの言う通り、見た事ない景色が広がっていたからだ。
俺はなぜか知らないが、見晴らしの良い小高い丘にある砂利道のような所にいたのである。
おまけに、さっきまで夕暮れ時だった筈なのに、まだ日も高かったのだ。
気温も暖かい。というか、暑かった。30度前後ありそうである。
それに加えて、頬を撫でるそよ風も、凄くリアルな感じなのであった。
とても幻覚とは思えない質感である。
「おい、これも幻術の一種か? 言っとくが、俺に幻術は通用せんぞ。ったく、可愛い姿に変えたところで、俺が容赦するとでも思ったかね」
「だから、幻術じゃないって! イカイにいるんだって!」
化け物は必死だった。
「はいはい、そういう設定ね。もういいよ。ン?」
するとその時だった。
後方から大きな声が聞こえてきたのである。
「どけどけぇ! 道のど真ん中で何してやがる! 邪魔なんだよ!」
俺は後ろを振り返る。
すると 馬車と戦士の一団が土煙を巻き上げ、こちらに向かって来ていたのだ。
「おわ!? 馬車かよ! つか、なんで馬車?」
馬車は荷を沢山積んでおり、馬に跨った中世の西洋風戦士達に護られるように走っていた。
かなり時代錯誤な光景であった。
この突然の事態に、俺はとりあえず、道を開けた。
これも幻術なのだろうか?
化け物も、なぜか俺の隣にちょこんと来て、奴等に道を開けた。
そして馬車の一行はスピードを落とし、俺達の前へとやって来たのだった。
俺はその際、そいつ等を少し観察した。
すると、顔付きや体躯を見る限り、欧米人のような感じだが、獣人みたいな狼男風の奴もいたのである。
それだけじゃない。魔法使い風のローブや杖を装備している者、寸胴のドワーフみたいなの、果ては、耳の長いエルフみたいな女までいたのだ。
かなりファンタジーな光景であった。
正直、面食らったのは言うまでもない。
(なんだ、こいつ等……揃いも揃って、ファンタジーコスプレ連中の幻か? いや、それよりも……本当に幻術か、これ? やけにリアルなんだが……)
これは正直な感想であった。
と、そこで、擦れ違いざまに、御者席のオッサン戦士が悪態を吐いてきたのである。
「ふん! 見たところ、異国の者か……妙な剣を振り回して街道のド真ん中で、猿と遊んでんじゃねぇよ! こちとら大事な荷物を運んでんだ! 冒険者ごっこなら他所でやれや!」
そして馬車はスピードを上げ、去って行ったのだった。
去り際、護衛の連中は俺をせせら笑い、小馬鹿にしたように見ていた。
そよ風に乗って、奴等の会話が聞こえてくる。
「なんだ、あれ……あんな貧相な装備で冒険するのかね。初めてみたよ、身の程知らずの阿呆だな」
「たぶん、酒場で相手にされなかったんだぜ。仲間がコザルだけって……お笑い系の新人冒険者だな。ヒッヒッヒッ」
「ちょっと、そこまで言うと悪いわよ。まだ冒険者と決まったわけじゃないわ。旅芸人かもしれないし」
「違いねぇ、ガッハッハッ」
とまぁ、そんな馬鹿笑いが聞こえてきたのである。
俺と化け物は無言で、小さくなってゆく馬車を暫し眺め続けた。
なんというか、わけのわからない幻術であった。
いや、そもそもこれは幻術なのだろうか?
呪術としての霊気の流れを全く感じないのだ。
俺の今までの経験からすると、呪術の類は使われていないとみて良いが……はて?
とりあえず、訊いてみるとしよう。
「おい……エテ公、一体どういう事だ? アレはなんなんだ。アレもお前の幻術か?」
「違うわ! 我々はイカイに来てしまったんじゃ!」
「さっきから言ってるが、なんなんだよ、イカイって」
「わからん奴だな! 異なる世界に来てしまったんじゃよ! ここは日本じゃないんじゃ」
「は?」
ことなるせかい? 異なる世界……異世界……異界!?
「異世界だとぉ! なんでそうなるんだよ!」
俺は思わず、声を荒げた。
当たり前だ。
「それはだな、我が一族に伝わる宝玉を使ったからじゃよ」
埒が明かないので、俺はエテ公の襟首を掴んで持ち上げ、強引に尋問した。
「だから、どういう事なんだって聞いてんだよ、エテ公! はっきり言えや!」
エテ公は苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「あ、あの宝玉は……言い伝えがあってな。いざという時に使えば、別の世界に逃げられるというシロモノなんじゃな。今回は逃げる暇もなかったから、お前も巻き込んでしまったんじゃよ。我を追い詰めるお前が悪いんじゃ!」
エテ公の口から語られる内容は、俄かには信じがたいモノであった。
だが、今の現状を顧みるに、呪術の類は使われていないのである。
エテ公の言い分も、全くの的外れでもないのだ。
化け物の苦し紛れの術で、異世界に転移したなんて考えたくもない話だった。
「ちょっと待て! 帰る方法はあるんだろうな」
「悪いが……知らん! うぐおぉぉ」
俺は思わず、このエテ公の首を絞めていた。
当然だ。人に仇成す妖魔は成敗すべし!
「ま、待って……わ、我を殺すと、もう日本に戻れぬ……かもしれ……ないぞ」
エテ公の必死の訴えに、俺は力を緩めた。
「ゲホゲホッ……容赦ない奴じゃな」
咳き込むエテ公に向かい、俺は容赦なく尋問を再開した。
「当たり前だ。俺の本来の目的は、お前の退治という事を忘れるなよ。で、話を戻すが、日本に戻れぬとはどういう事だ? 説明しろ。場合によっては……職務を遂行する」
「わ、わかったわい。なんちゅうやつじゃ」――
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【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
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16歳になったばかりの高校2年の主人公。
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【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~
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【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】
事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。
神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。
作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。
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