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vol.1 迷い込みし者
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[Ⅰ]
今は何時頃だろう。
ここは、スマホも圏外になる山奥。
空は暗くなり、日も暮れようとしている。
周囲も肌寒くなってきた。
初夏の5月とはいえ、夜は少し冷える時期だ。
今日の俺は紺色の作務衣姿なので、それは大いに感じるところである。
おまけに、山中なだけあり足場も悪い。
靴は登山用のトレッキングブーツを履いてきて正解だったようだ。
さて、暗闇が覆う前に、とっとと仕事を終わらせるとしよう。
俺の眼前には今、追い詰められた妖魔の姿がある。
成体のヒグマよりも大きな体躯で、薄汚れた灰褐色の毛並みをした猿の化け物だ。
恐らく、狒々と呼ばれる妖魔の一種だろう。
この山の主……いや、山の神と言うべきか。
何れにしろ、その類の存在に違いない。
化け物は今、俺の呪術により、所々の皮膚が焼け爛れ、出血をしていた。
息も荒く、険しい表情で俺を睨んでいるところだ。
また、動く力も尽きたのか、諦めたように地べたに座り込んでいた。
当然だろう。奴の四方八方には、我が一族に伝わる霊障壁の結界により、行く手を阻まれている状態だからだ。
もうトドメを刺す頃合いである。
俺は背負っている破魔の力を持つ長刀を抜いた。
穢れを祓う、一族に伝わる降魔の剣である。
刃渡り90cmはある長モノだが、その分、刀身には幾つかの術紋が施してある。
俺が打った一振りだが、なかなか強力な霊刀の業物と言えよう。
銃刀法違反の懸念もあったが、山中での仕事の為、用意してきたのだ。
俺は刃の切っ先を化け物に向けた。
「さて……幾ら山の神とはいえ、沢山の人や家畜を攫って喰い殺すのは、流石に見過ごせんよ。真紋の一族の名において……お前をここで始末させてもらう」
するとそこで、狒々の化け物はなぜかニヤリと笑ったのだった。
まだ何か悪巧みを考えてるのかもしれない。
戦況的に、こちらに武があるが、用心はするとしよう。
「何がおかしい?」
化け物は弱々しく口を開いた。
「そうか……お前が噂に聞く、シンモンの末裔か……本当にいたとはな。若造のくせに大した腕前じゃ」
「さぁな……どのシンモンの事を言ってるのか知らんが、俺がこれからお前を滅する事には変わりない。悪いが、幾ら山の神とはいえ、滅ぼさせてもらうぞ。お前はやり過ぎた」
俺は奴に向かい、刀を正眼に構えた。
「フフフ……その昔、鬼神をも封じてしまう秘術を伝えし、シンモンという人の一族がいると聞いた事があるのだよ。そうか……お前がそうなのか。よもや……そのような術者が、我を退治しに現れようとはな……」
どうやら俺の一族は、妖魔の間ではそこそこ有名みたいだ。
「そういうわけだ。覚悟してもらおう」
「フッ……確かにこのままなら、我はそうなるだろうな。だが、ここで終わるわけにはゆかぬ。遥か昔、我が一族が伝えてきた秘宝を使う時が来たようじゃ……クククッ、お前も道連れじゃぁぁ! ガアァァ」
化け物はそう言うや否や、口から何かを吐き出した。
それはサッカーボールくらいありそうな虹色の水晶球であった。
続いて化け物は、奇妙な言霊を唱えたのである。
するとその直後、目も眩むほど、水晶球は眩く光り輝いたのだ。
これは予想外の展開であった。
おまけに、皮膚がヒリヒリと痛くなるほどの濃い霊力の波動が、光と共に水晶球から発せられていたのである。
恐らく、高位の術具なのだろう。
これは想定外であった。
まさかこんなモノを持っていたとは。
「クッ! なんだ、この強い霊力はッ! チッ……」
俺はすぐに攻撃と防御に移れるよう刀を構え、目を細めつつ、全方向に感覚を研ぎ澄ませた。
「これで終わりよ。お前を道連れにしてやる。クククッ」
化け物がそう言った次の瞬間だった。
突如、足元がおぼつかなくなり、宙に浮いたかのようなフワフワした感じになったのである。
それだけではない、耳鳴りのようなキンとした嫌な音まで聞こえてきたのだ。
だが、それも程なく、終わりを迎える。
眩い光は徐々に消えてゆき、地に足がついた感覚も戻ってきた。
また、嫌な耳鳴りも、それに伴い、次第にしなくなってきたからだ。
これは幻術の類なのかもしれない。
「チッ……何の術か知らんが、幻術など俺には通用せんぞ! 悪足掻きもそこまでだ!」
俺はそこで化け物を見据えた。
だがしかし……俺は思わず目を見開いたのである。
なぜなら、俺の眼前にはマーモセットのような、小さな可愛い猿が座り込んでいたからだ。
ヒグマよりも大きな狒々の妖魔は、どこにもいなかったのである。
これは不覚だった。
どうやら、一杯食わせられたのかもしれない。
「な!? どこに行った! 隠れたか、化け物め!」
すると、意外な所から声が聞こえてきた。
「クククッ……どこにも行ってはおらんよ。悪いが、道連れにさせてもらったぞ。クククッ」
声を発していたのは、なんと目の前の小さな猿であった。
「え? お前……あの狒々なのか? 随分、姿が違うが……いや、幻術か! 小賢しい真似を!」
「はぁ? 何を言っている。我は幻術など使っておらぬわ!」
猿は心外とばかりにイキリ返してきた。
「だってお前……めっちゃ小さくなってるやん」
「小さくだと……馬鹿馬鹿しい。我は……え?」
化け物は自分の手足を見て、暫し固まっていた。
どうやら、今気づいたのだろう。
「ほ、本当に、小さくなっているぅぅぅ! な、なぜだ! イカイ送りにする宝玉を使っただけなのに! なんで、我は小さくなっているんだァァ! しかも、コイツにやられた傷も、なぜか治っているぅぅぅ!」
化け物はなぜか知らないが、驚きのあまり吠えていた。
自分も巻き込まれる強力な幻術を使ったのだろうか?
まぁいい。わけわからんが、とりあえず、依頼業務を遂行するとしよう。
「知るかそんなもん! それよりもお前を始末させてもらうぞ! わけわからん術を使いやがって!」
化け物は慌てて俺に振り返った。
「ま、待て待て待て待て! ちょっと落ち着け! 周りの景色を見てみろ!」
「ああん、周りの景色だと? そんなもんどうでもいいわ。俺の仕事はお前の退治だ」
「だぁかぁらぁ! 我を退治しても、もう意味ないんだって! お前はもう日本にはおらんのじゃ。別の世界にいるのだからな」
「はぁ? 何言ってんだお前……化け物の癖に見苦しいぞ。いい加減、観念しろや!」
「だからぁ! 周りを見て見ろって!」
あまりにもしつこいので、俺はとりあえず、化け物を見据えつつ周囲をチラッと窺った。
だがその直後、俺は目を見開いたのである。
なぜなら、コイツの言う通り、見た事ない景色が広がっていたからだ。
俺はなぜか知らないが、見晴らしの良い小高い丘にある砂利道のような所にいたのである。
おまけに、さっきまで夕暮れ時だった筈なのに、まだ日も高かったのだ。
気温も暖かい。というか、暑かった。30度前後ありそうである。
それに加えて、頬を撫でるそよ風も、凄くリアルな感じなのであった。
とても幻覚とは思えない質感である。
「おい、これも幻術の一種か? 言っとくが、俺に幻術は通用せんぞ。ったく、可愛い姿に変えたところで、俺が容赦するとでも思ったかね」
「だから、幻術じゃないって! イカイにいるんだって!」
化け物は必死だった。
「はいはい、そういう設定ね。もういいよ。ン?」
するとその時だった。
後方から大きな声が聞こえてきたのである。
「どけどけぇ! 道のど真ん中で何してやがる! 邪魔なんだよ!」
俺は後ろを振り返る。
すると 馬車と戦士の一団が土煙を巻き上げ、こちらに向かって来ていたのだ。
「おわ!? 馬車かよ! つか、なんで馬車?」
馬車は荷を沢山積んでおり、馬に跨った中世の西洋風戦士達に護られるように走っていた。
かなり時代錯誤な光景であった。
この突然の事態に、俺はとりあえず、道を開けた。
これも幻術なのだろうか?
化け物も、なぜか俺の隣にちょこんと来て、奴等に道を開けた。
そして馬車の一行はスピードを落とし、俺達の前へとやって来たのだった。
俺はその際、そいつ等を少し観察した。
すると、顔付きや体躯を見る限り、欧米人のような感じだが、獣人みたいな狼男風の奴もいたのである。
それだけじゃない。魔法使い風のローブや杖を装備している者、寸胴のドワーフみたいなの、果ては、耳の長いエルフみたいな女までいたのだ。
かなりファンタジーな光景であった。
正直、面食らったのは言うまでもない。
(なんだ、こいつ等……揃いも揃って、ファンタジーコスプレ連中の幻か? いや、それよりも……本当に幻術か、これ? やけにリアルなんだが……)
これは正直な感想であった。
と、そこで、擦れ違いざまに、御者席のオッサン戦士が悪態を吐いてきたのである。
「ふん! 見たところ、異国の者か……妙な剣を振り回して街道のド真ん中で、猿と遊んでんじゃねぇよ! こちとら大事な荷物を運んでんだ! 冒険者ごっこなら他所でやれや!」
そして馬車はスピードを上げ、去って行ったのだった。
去り際、護衛の連中は俺をせせら笑い、小馬鹿にしたように見ていた。
そよ風に乗って、奴等の会話が聞こえてくる。
「なんだ、あれ……あんな貧相な装備で冒険するのかね。初めてみたよ、身の程知らずの阿呆だな」
「たぶん、酒場で相手にされなかったんだぜ。仲間がコザルだけって……お笑い系の新人冒険者だな。ヒッヒッヒッ」
「ちょっと、そこまで言うと悪いわよ。まだ冒険者と決まったわけじゃないわ。旅芸人かもしれないし」
「違いねぇ、ガッハッハッ」
とまぁ、そんな馬鹿笑いが聞こえてきたのである。
俺と化け物は無言で、小さくなってゆく馬車を暫し眺め続けた。
なんというか、わけのわからない幻術であった。
いや、そもそもこれは幻術なのだろうか?
呪術としての霊気の流れを全く感じないのだ。
俺の今までの経験からすると、呪術の類は使われていないとみて良いが……はて?
とりあえず、訊いてみるとしよう。
「おい……エテ公、一体どういう事だ? アレはなんなんだ。アレもお前の幻術か?」
「違うわ! 我々はイカイに来てしまったんじゃ!」
「さっきから言ってるが、なんなんだよ、イカイって」
「わからん奴だな! 異なる世界に来てしまったんじゃよ! ここは日本じゃないんじゃ」
「は?」
ことなるせかい? 異なる世界……異世界……異界!?
「異世界だとぉ! なんでそうなるんだよ!」
俺は思わず、声を荒げた。
当たり前だ。
「それはだな、我が一族に伝わる宝玉を使ったからじゃよ」
埒が明かないので、俺はエテ公の襟首を掴んで持ち上げ、強引に尋問した。
「だから、どういう事なんだって聞いてんだよ、エテ公! はっきり言えや!」
エテ公は苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「あ、あの宝玉は……言い伝えがあってな。いざという時に使えば、別の世界に逃げられるというシロモノなんじゃな。今回は逃げる暇もなかったから、お前も巻き込んでしまったんじゃよ。我を追い詰めるお前が悪いんじゃ!」
エテ公の口から語られる内容は、俄かには信じがたいモノであった。
だが、今の現状を顧みるに、呪術の類は使われていないのである。
エテ公の言い分も、全くの的外れでもないのだ。
化け物の苦し紛れの術で、異世界に転移したなんて考えたくもない話だった。
「ちょっと待て! 帰る方法はあるんだろうな」
「悪いが……知らん! うぐおぉぉ」
俺は思わず、このエテ公の首を絞めていた。
当然だ。人に仇成す妖魔は成敗すべし!
「ま、待って……わ、我を殺すと、もう日本に戻れぬ……かもしれ……ないぞ」
エテ公の必死の訴えに、俺は力を緩めた。
「ゲホゲホッ……容赦ない奴じゃな」
咳き込むエテ公に向かい、俺は容赦なく尋問を再開した。
「当たり前だ。俺の本来の目的は、お前の退治という事を忘れるなよ。で、話を戻すが、日本に戻れぬとはどういう事だ? 説明しろ。場合によっては……職務を遂行する」
「わ、わかったわい。なんちゅうやつじゃ」――
今は何時頃だろう。
ここは、スマホも圏外になる山奥。
空は暗くなり、日も暮れようとしている。
周囲も肌寒くなってきた。
初夏の5月とはいえ、夜は少し冷える時期だ。
今日の俺は紺色の作務衣姿なので、それは大いに感じるところである。
おまけに、山中なだけあり足場も悪い。
靴は登山用のトレッキングブーツを履いてきて正解だったようだ。
さて、暗闇が覆う前に、とっとと仕事を終わらせるとしよう。
俺の眼前には今、追い詰められた妖魔の姿がある。
成体のヒグマよりも大きな体躯で、薄汚れた灰褐色の毛並みをした猿の化け物だ。
恐らく、狒々と呼ばれる妖魔の一種だろう。
この山の主……いや、山の神と言うべきか。
何れにしろ、その類の存在に違いない。
化け物は今、俺の呪術により、所々の皮膚が焼け爛れ、出血をしていた。
息も荒く、険しい表情で俺を睨んでいるところだ。
また、動く力も尽きたのか、諦めたように地べたに座り込んでいた。
当然だろう。奴の四方八方には、我が一族に伝わる霊障壁の結界により、行く手を阻まれている状態だからだ。
もうトドメを刺す頃合いである。
俺は背負っている破魔の力を持つ長刀を抜いた。
穢れを祓う、一族に伝わる降魔の剣である。
刃渡り90cmはある長モノだが、その分、刀身には幾つかの術紋が施してある。
俺が打った一振りだが、なかなか強力な霊刀の業物と言えよう。
銃刀法違反の懸念もあったが、山中での仕事の為、用意してきたのだ。
俺は刃の切っ先を化け物に向けた。
「さて……幾ら山の神とはいえ、沢山の人や家畜を攫って喰い殺すのは、流石に見過ごせんよ。真紋の一族の名において……お前をここで始末させてもらう」
するとそこで、狒々の化け物はなぜかニヤリと笑ったのだった。
まだ何か悪巧みを考えてるのかもしれない。
戦況的に、こちらに武があるが、用心はするとしよう。
「何がおかしい?」
化け物は弱々しく口を開いた。
「そうか……お前が噂に聞く、シンモンの末裔か……本当にいたとはな。若造のくせに大した腕前じゃ」
「さぁな……どのシンモンの事を言ってるのか知らんが、俺がこれからお前を滅する事には変わりない。悪いが、幾ら山の神とはいえ、滅ぼさせてもらうぞ。お前はやり過ぎた」
俺は奴に向かい、刀を正眼に構えた。
「フフフ……その昔、鬼神をも封じてしまう秘術を伝えし、シンモンという人の一族がいると聞いた事があるのだよ。そうか……お前がそうなのか。よもや……そのような術者が、我を退治しに現れようとはな……」
どうやら俺の一族は、妖魔の間ではそこそこ有名みたいだ。
「そういうわけだ。覚悟してもらおう」
「フッ……確かにこのままなら、我はそうなるだろうな。だが、ここで終わるわけにはゆかぬ。遥か昔、我が一族が伝えてきた秘宝を使う時が来たようじゃ……クククッ、お前も道連れじゃぁぁ! ガアァァ」
化け物はそう言うや否や、口から何かを吐き出した。
それはサッカーボールくらいありそうな虹色の水晶球であった。
続いて化け物は、奇妙な言霊を唱えたのである。
するとその直後、目も眩むほど、水晶球は眩く光り輝いたのだ。
これは予想外の展開であった。
おまけに、皮膚がヒリヒリと痛くなるほどの濃い霊力の波動が、光と共に水晶球から発せられていたのである。
恐らく、高位の術具なのだろう。
これは想定外であった。
まさかこんなモノを持っていたとは。
「クッ! なんだ、この強い霊力はッ! チッ……」
俺はすぐに攻撃と防御に移れるよう刀を構え、目を細めつつ、全方向に感覚を研ぎ澄ませた。
「これで終わりよ。お前を道連れにしてやる。クククッ」
化け物がそう言った次の瞬間だった。
突如、足元がおぼつかなくなり、宙に浮いたかのようなフワフワした感じになったのである。
それだけではない、耳鳴りのようなキンとした嫌な音まで聞こえてきたのだ。
だが、それも程なく、終わりを迎える。
眩い光は徐々に消えてゆき、地に足がついた感覚も戻ってきた。
また、嫌な耳鳴りも、それに伴い、次第にしなくなってきたからだ。
これは幻術の類なのかもしれない。
「チッ……何の術か知らんが、幻術など俺には通用せんぞ! 悪足掻きもそこまでだ!」
俺はそこで化け物を見据えた。
だがしかし……俺は思わず目を見開いたのである。
なぜなら、俺の眼前にはマーモセットのような、小さな可愛い猿が座り込んでいたからだ。
ヒグマよりも大きな狒々の妖魔は、どこにもいなかったのである。
これは不覚だった。
どうやら、一杯食わせられたのかもしれない。
「な!? どこに行った! 隠れたか、化け物め!」
すると、意外な所から声が聞こえてきた。
「クククッ……どこにも行ってはおらんよ。悪いが、道連れにさせてもらったぞ。クククッ」
声を発していたのは、なんと目の前の小さな猿であった。
「え? お前……あの狒々なのか? 随分、姿が違うが……いや、幻術か! 小賢しい真似を!」
「はぁ? 何を言っている。我は幻術など使っておらぬわ!」
猿は心外とばかりにイキリ返してきた。
「だってお前……めっちゃ小さくなってるやん」
「小さくだと……馬鹿馬鹿しい。我は……え?」
化け物は自分の手足を見て、暫し固まっていた。
どうやら、今気づいたのだろう。
「ほ、本当に、小さくなっているぅぅぅ! な、なぜだ! イカイ送りにする宝玉を使っただけなのに! なんで、我は小さくなっているんだァァ! しかも、コイツにやられた傷も、なぜか治っているぅぅぅ!」
化け物はなぜか知らないが、驚きのあまり吠えていた。
自分も巻き込まれる強力な幻術を使ったのだろうか?
まぁいい。わけわからんが、とりあえず、依頼業務を遂行するとしよう。
「知るかそんなもん! それよりもお前を始末させてもらうぞ! わけわからん術を使いやがって!」
化け物は慌てて俺に振り返った。
「ま、待て待て待て待て! ちょっと落ち着け! 周りの景色を見てみろ!」
「ああん、周りの景色だと? そんなもんどうでもいいわ。俺の仕事はお前の退治だ」
「だぁかぁらぁ! 我を退治しても、もう意味ないんだって! お前はもう日本にはおらんのじゃ。別の世界にいるのだからな」
「はぁ? 何言ってんだお前……化け物の癖に見苦しいぞ。いい加減、観念しろや!」
「だからぁ! 周りを見て見ろって!」
あまりにもしつこいので、俺はとりあえず、化け物を見据えつつ周囲をチラッと窺った。
だがその直後、俺は目を見開いたのである。
なぜなら、コイツの言う通り、見た事ない景色が広がっていたからだ。
俺はなぜか知らないが、見晴らしの良い小高い丘にある砂利道のような所にいたのである。
おまけに、さっきまで夕暮れ時だった筈なのに、まだ日も高かったのだ。
気温も暖かい。というか、暑かった。30度前後ありそうである。
それに加えて、頬を撫でるそよ風も、凄くリアルな感じなのであった。
とても幻覚とは思えない質感である。
「おい、これも幻術の一種か? 言っとくが、俺に幻術は通用せんぞ。ったく、可愛い姿に変えたところで、俺が容赦するとでも思ったかね」
「だから、幻術じゃないって! イカイにいるんだって!」
化け物は必死だった。
「はいはい、そういう設定ね。もういいよ。ン?」
するとその時だった。
後方から大きな声が聞こえてきたのである。
「どけどけぇ! 道のど真ん中で何してやがる! 邪魔なんだよ!」
俺は後ろを振り返る。
すると 馬車と戦士の一団が土煙を巻き上げ、こちらに向かって来ていたのだ。
「おわ!? 馬車かよ! つか、なんで馬車?」
馬車は荷を沢山積んでおり、馬に跨った中世の西洋風戦士達に護られるように走っていた。
かなり時代錯誤な光景であった。
この突然の事態に、俺はとりあえず、道を開けた。
これも幻術なのだろうか?
化け物も、なぜか俺の隣にちょこんと来て、奴等に道を開けた。
そして馬車の一行はスピードを落とし、俺達の前へとやって来たのだった。
俺はその際、そいつ等を少し観察した。
すると、顔付きや体躯を見る限り、欧米人のような感じだが、獣人みたいな狼男風の奴もいたのである。
それだけじゃない。魔法使い風のローブや杖を装備している者、寸胴のドワーフみたいなの、果ては、耳の長いエルフみたいな女までいたのだ。
かなりファンタジーな光景であった。
正直、面食らったのは言うまでもない。
(なんだ、こいつ等……揃いも揃って、ファンタジーコスプレ連中の幻か? いや、それよりも……本当に幻術か、これ? やけにリアルなんだが……)
これは正直な感想であった。
と、そこで、擦れ違いざまに、御者席のオッサン戦士が悪態を吐いてきたのである。
「ふん! 見たところ、異国の者か……妙な剣を振り回して街道のド真ん中で、猿と遊んでんじゃねぇよ! こちとら大事な荷物を運んでんだ! 冒険者ごっこなら他所でやれや!」
そして馬車はスピードを上げ、去って行ったのだった。
去り際、護衛の連中は俺をせせら笑い、小馬鹿にしたように見ていた。
そよ風に乗って、奴等の会話が聞こえてくる。
「なんだ、あれ……あんな貧相な装備で冒険するのかね。初めてみたよ、身の程知らずの阿呆だな」
「たぶん、酒場で相手にされなかったんだぜ。仲間がコザルだけって……お笑い系の新人冒険者だな。ヒッヒッヒッ」
「ちょっと、そこまで言うと悪いわよ。まだ冒険者と決まったわけじゃないわ。旅芸人かもしれないし」
「違いねぇ、ガッハッハッ」
とまぁ、そんな馬鹿笑いが聞こえてきたのである。
俺と化け物は無言で、小さくなってゆく馬車を暫し眺め続けた。
なんというか、わけのわからない幻術であった。
いや、そもそもこれは幻術なのだろうか?
呪術としての霊気の流れを全く感じないのだ。
俺の今までの経験からすると、呪術の類は使われていないとみて良いが……はて?
とりあえず、訊いてみるとしよう。
「おい……エテ公、一体どういう事だ? アレはなんなんだ。アレもお前の幻術か?」
「違うわ! 我々はイカイに来てしまったんじゃ!」
「さっきから言ってるが、なんなんだよ、イカイって」
「わからん奴だな! 異なる世界に来てしまったんじゃよ! ここは日本じゃないんじゃ」
「は?」
ことなるせかい? 異なる世界……異世界……異界!?
「異世界だとぉ! なんでそうなるんだよ!」
俺は思わず、声を荒げた。
当たり前だ。
「それはだな、我が一族に伝わる宝玉を使ったからじゃよ」
埒が明かないので、俺はエテ公の襟首を掴んで持ち上げ、強引に尋問した。
「だから、どういう事なんだって聞いてんだよ、エテ公! はっきり言えや!」
エテ公は苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「あ、あの宝玉は……言い伝えがあってな。いざという時に使えば、別の世界に逃げられるというシロモノなんじゃな。今回は逃げる暇もなかったから、お前も巻き込んでしまったんじゃよ。我を追い詰めるお前が悪いんじゃ!」
エテ公の口から語られる内容は、俄かには信じがたいモノであった。
だが、今の現状を顧みるに、呪術の類は使われていないのである。
エテ公の言い分も、全くの的外れでもないのだ。
化け物の苦し紛れの術で、異世界に転移したなんて考えたくもない話だった。
「ちょっと待て! 帰る方法はあるんだろうな」
「悪いが……知らん! うぐおぉぉ」
俺は思わず、このエテ公の首を絞めていた。
当然だ。人に仇成す妖魔は成敗すべし!
「ま、待って……わ、我を殺すと、もう日本に戻れぬ……かもしれ……ないぞ」
エテ公の必死の訴えに、俺は力を緩めた。
「ゲホゲホッ……容赦ない奴じゃな」
咳き込むエテ公に向かい、俺は容赦なく尋問を再開した。
「当たり前だ。俺の本来の目的は、お前の退治という事を忘れるなよ。で、話を戻すが、日本に戻れぬとはどういう事だ? 説明しろ。場合によっては……職務を遂行する」
「わ、わかったわい。なんちゅうやつじゃ」――
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どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
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