【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか

文字の大きさ
39 / 48

32話

「あ……お、俺は……」

「領地譲渡などの契約書はこちらです。今から別の話をいたしますので、貴方はこちらに名前を書いておいてくださいね」

 アロルドにペンを渡して話を打ち切る。
 もう断る選択肢がない彼は、震える手で契約書を読み、ただ呻く。
 こっちはこれでいい、あともう一人だ。

「それでは……お母様、いえ…………リエンネとお呼びしますね」

 元母、私を捨てた彼女へと視線を向ける。
 今までずっと視線を逸らしていた彼女だけど、流石にこちらを見つめる。

「今までの経緯から、私が魔物憑きであるとローザに明かして、王家などにまで話を広げたのは分かっております」

「その通りよ」

「っ」

 自然と幼い頃の記憶がよぎる。
 悲しかった記憶、微かにあった愛されていた記憶。
 入り混じる感情の中で元母を責めるのは、想像以上に苦しいものだった。

「まず、どうして私の居場所を知っていたのですか?」

「簡単よ……ノベール伯爵の屋敷にはまだ私の息のかかっている使用人がいる。金銭の取引をして情報を手に入れたの」

「……それで、私の居場所を捉えたのね」

「貴方が離婚をして居場所が不明だというもの。探すにはそれしかないでしょう」

「そこまでして、私に嫌がらせをしてなにをしたかったというの」

 胸が苦しかった。
 母を責める事、かつては確かに愛していた母の裏切りが悲しい。
 だけど問いかける言葉を途切れさせはしない。

「私に直接会うのではなく、どうしてこんなやり方をしたのですか」

「っ」

「王家の管理下に置いて、どうしたかったの……教えてください」

 父が私の手を握って傍に居てくれる。
 だからこそ聞けた言葉であり、リエンネは視線を逸らして小さく答えた。

「怖かったのよ。私は貴方が怖くて仕方ない」

「っ!」

「魔物憑きであり、異常な力を持っている。娘であっても……それは本当に人間といえるの?」

 母が離れた理由も混じった本心は苦しい。
 だけどその心の内を聞くために今は黙って聞き入れる。

「なにより、私は貴方に会わせる顔が無かった」

「どういう意味ですか」

「魔物憑きに産んでしまった。貴方に不幸を背負わせたも同然の母に、会う資格などないわ」

「……」

「恨まれていると思っているの。私の怖さの中には……貴方に不幸を背負わせた罪悪感がずっと残っている」

 母の言葉を聞き、私の感情を突き動かしたのはもう悲しみではない。
 なにも知らずに話すこの人に、ただただ怒りが沸く。

「ふざけないで……」

「っ!」

「私が不幸だと決めつけないで、私は魔物憑きとして不幸に思った事などない。ずっと支えてくれる父が居て、傍に居てくれるエミネがいた」

「……セシーリア」

「そして今は、大切な人もいる」

「だけど、私が魔物憑きに産んだ事に……怒りを抱いているでしょう?」

「私が貴方に怒りを抱いている理由は、貴方が私を捨てた事だけです」

 どれだけ悲しかったか、どれだけ泣いただろうか。
 魔物憑きだからと娘でなくなった私の感情も、あの時の悲しみを知らぬ母の妄言には怒りしか沸かない。
 捨てた貴方が、私を不幸だと決めつけるのも不愉快だ。

「父から聞きました。捨てた私を、いまさらどうして王家に差し出そうとしているの」

「…………王家が辺境伯様が魔物憑きだと気付いた時。研究をしたのは知っているわね。私はそれを聞いて貴方を知るために研究費用を支援して研究補助員となった」

「フィリクス様より聞いています」

「表向きは魔物憑きの研究だけど、実際は魔物憑きの殺傷方法を調べていたのよ……王家は」

 その言葉に私も含めて、フィリクス様からも殺気と怒りが湧き立つ。
 まさか……

「それで、私が殺傷されるようにしたいのですか? そうやって娘を無かった事にしようと?」

「違う、違うわ」

 母は首を横に振り、慌てて話を続けた。

「殺傷方法を研究する過程で、副産物として新たな研究成果が生まれたの。貴方の魔物憑きを治せる可能性があるの!」

「っ!」

「それがもう少しで実現する所だった。なのに……王家は魔物憑きの研究を止めたのよ。唯一の研究対象だった辺境伯様が王家に従順だからこそ、結果のでない殺傷方法の研究をする必要はないと判断してね」

 魔物憑きを治す事ができるかもしれない。
 そう告げた母に、今度は私とフィリクス様が視線を合わせる。
 だけど母の瞳は決して嘘を言っているわけではなかった。

「貴方が王家の管理下に入れば、また研究が始まる。だから私は……アロルド達を使ったの。レーヴ公爵に協力を持ちかければ王家との交渉もできるから」

「私は、そんな事を頼んでなんていない」

「だとしても、いずれ魔物憑きである事が多くの者に明かされて……差別されながら生きていくというの?」

 記憶の中に蘇るのは、フィリクス様が受けていた差別の数々。
 ただそこに居るだけで軽蔑されて、人間ではない扱いを受ける。
 私について知られた時、その矢が向けられるのは同じだろう。

「私は貴方を捨てた事も、魔物憑きに産んでしまった罪悪感もずっとあった。だから……だから治す可能性に賭けて私財を全て投じたの!」

「……」

「貴方だって辺境伯様を見て分かったでしょう? 魔物憑きという存在がどこまで忌み嫌われているのか……どのような差別を受けているのか」

「えぇ、見て……きました」

「なら分かるはずよ。王家だっていつまでも貴方達に言いなりになる訳がない」

「王家とはすでに話をして––––」

 私の言葉にリエンネは首を横に振る。

「貴方達はなにも知らないの。辺境伯領でどうしてここまで魔物憑きの差別が広がっているか分かる?」

「なにか理由があると言うのですか?」

「王家は領民の中に間者を潜ませて、領民たちに魔物憑きの恐怖について煽っているのよ。辺境伯様が領民と結託する事がないよう、常に孤独にさせるためにね」

 色々と合点がいく気がした。
 あそこまで領民が魔物憑きについて、感謝すらせず恐怖している理由。
 必要以上に差別を煽る王家側の手の者がいるからなのね。

「王家は面目もあって決して魔物憑きを放っておかない。きっと策を講じてくるはずよ、なら争うよりも……人間に戻るためにも、王家に従いなさい。セシーリア」

「わた、しは……」

「私は母にはなれなかったけれど、貴方を人間にはできるはずだから」

 魔物憑きが治せるかもしれない。
 その選択を急に突きつけられた私の答えは、一つだった。













「断ります」

「………………え?」

「まず、知らない相手に差別されたってどうでもいいですし」

「は……え? 何言って、聞いてましたか?」

「それになにより、魔物食べられなくなるから。絶対いやです」

 後ろから父の苦笑と、エミネの呆れたようなため息が聞こえる。
 だけど……「まぁお嬢様らしいですね」と、エミネの安堵したような声が聞こえた。
感想 167

あなたにおすすめの小説

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。過激ざまぁタグあります。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

【完結】私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜

恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」 不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。 結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、 「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。 元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。 独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場! 無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。 記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける! ※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。  苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる  物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ

ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。 スピーナ子爵家の次女。 どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。 ウィオラはいつも『じゃない方』 認められない、 選ばれない… そんなウィオラは―― 中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。 よろしくお願いします。

幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました

ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。 けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。 やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。 ――もう、この結婚には見切りをつけよう。 夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。 身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。 一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。 幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。

夫は私を愛していないそうなので、遠慮なく離婚します。今さら引き止められても遅いです

藤原遊
恋愛
王妃付き護衛騎士である夫に、「お前を愛したことはない」と告げられた。 理由は単純。 愛などなくても、仕事に支障はないからだという。 ──そうですか。 それなら、こちらも遠慮する必要はありませんね。 王妃の機嫌、侍女たちとの関係、贈り物の選定。 夫が「当然のように」こなしていたそれらは、すべて私が整えていたもの。 離婚後、少しずつ歯車は狂い始める。 気づいたときにはもう遅い。 積み上げてきた信用は、静かに崩れていく。 一方で私は、王妃のもとへ。 今さら引き止められても、遅いのです。

「離縁状の印が乾く前に、王太子殿下から花束が届きました」〜五年間「置物」と呼ばれた侯爵夫人、夫が青ざめるのは王家との縁が切れてからでした〜

まさき
恋愛
侯爵夫人として過ごした五年間、夫に名前を呼ばれたことが一度もなかった。 愛人を夜会に連れてきた翌朝、私は離縁状を置いて屋敷を出た。 夫は「すぐ戻る」と思っていたらしい。 でも届いたのは、王太子殿下からの白薔薇だった。 「五年、待ちすぎました。今度こそ私の隣に」 幼馴染の殿下は、いつも私を「アメリア」と呼んでくれた。 ただそれだけで、五年分の何かが、ほどけていった。 夫が全てを失うのはこれからの話。 私が本当の笑顔を取り戻すのも、これからの話。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。