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32話
「あ……お、俺は……」
「領地譲渡などの契約書はこちらです。今から別の話をいたしますので、貴方はこちらに名前を書いておいてくださいね」
アロルドにペンを渡して話を打ち切る。
もう断る選択肢がない彼は、震える手で契約書を読み、ただ呻く。
こっちはこれでいい、あともう一人だ。
「それでは……お母様、いえ…………リエンネとお呼びしますね」
元母、私を捨てた彼女へと視線を向ける。
今までずっと視線を逸らしていた彼女だけど、流石にこちらを見つめる。
「今までの経緯から、私が魔物憑きであるとローザに明かして、王家などにまで話を広げたのは分かっております」
「その通りよ」
「っ」
自然と幼い頃の記憶がよぎる。
悲しかった記憶、微かにあった愛されていた記憶。
入り混じる感情の中で元母を責めるのは、想像以上に苦しいものだった。
「まず、どうして私の居場所を知っていたのですか?」
「簡単よ……ノベール伯爵の屋敷にはまだ私の息のかかっている使用人がいる。金銭の取引をして情報を手に入れたの」
「……それで、私の居場所を捉えたのね」
「貴方が離婚をして居場所が不明だというもの。探すにはそれしかないでしょう」
「そこまでして、私に嫌がらせをしてなにをしたかったというの」
胸が苦しかった。
母を責める事、かつては確かに愛していた母の裏切りが悲しい。
だけど問いかける言葉を途切れさせはしない。
「私に直接会うのではなく、どうしてこんなやり方をしたのですか」
「っ」
「王家の管理下に置いて、どうしたかったの……教えてください」
父が私の手を握って傍に居てくれる。
だからこそ聞けた言葉であり、リエンネは視線を逸らして小さく答えた。
「怖かったのよ。私は貴方が怖くて仕方ない」
「っ!」
「魔物憑きであり、異常な力を持っている。娘であっても……それは本当に人間といえるの?」
母が離れた理由も混じった本心は苦しい。
だけどその心の内を聞くために今は黙って聞き入れる。
「なにより、私は貴方に会わせる顔が無かった」
「どういう意味ですか」
「魔物憑きに産んでしまった。貴方に不幸を背負わせたも同然の母に、会う資格などないわ」
「……」
「恨まれていると思っているの。私の怖さの中には……貴方に不幸を背負わせた罪悪感がずっと残っている」
母の言葉を聞き、私の感情を突き動かしたのはもう悲しみではない。
なにも知らずに話すこの人に、ただただ怒りが沸く。
「ふざけないで……」
「っ!」
「私が不幸だと決めつけないで、私は魔物憑きとして不幸に思った事などない。ずっと支えてくれる父が居て、傍に居てくれるエミネがいた」
「……セシーリア」
「そして今は、大切な人もいる」
「だけど、私が魔物憑きに産んだ事に……怒りを抱いているでしょう?」
「私が貴方に怒りを抱いている理由は、貴方が私を捨てた事だけです」
どれだけ悲しかったか、どれだけ泣いただろうか。
魔物憑きだからと娘でなくなった私の感情も、あの時の悲しみを知らぬ母の妄言には怒りしか沸かない。
捨てた貴方が、私を不幸だと決めつけるのも不愉快だ。
「父から聞きました。捨てた私を、いまさらどうして王家に差し出そうとしているの」
「…………王家が辺境伯様が魔物憑きだと気付いた時。研究をしたのは知っているわね。私はそれを聞いて貴方を知るために研究費用を支援して研究補助員となった」
「フィリクス様より聞いています」
「表向きは魔物憑きの研究だけど、実際は魔物憑きの殺傷方法を調べていたのよ……王家は」
その言葉に私も含めて、フィリクス様からも殺気と怒りが湧き立つ。
まさか……
「それで、私が殺傷されるようにしたいのですか? そうやって娘を無かった事にしようと?」
「違う、違うわ」
母は首を横に振り、慌てて話を続けた。
「殺傷方法を研究する過程で、副産物として新たな研究成果が生まれたの。貴方の魔物憑きを治せる可能性があるの!」
「っ!」
「それがもう少しで実現する所だった。なのに……王家は魔物憑きの研究を止めたのよ。唯一の研究対象だった辺境伯様が王家に従順だからこそ、結果のでない殺傷方法の研究をする必要はないと判断してね」
魔物憑きを治す事ができるかもしれない。
そう告げた母に、今度は私とフィリクス様が視線を合わせる。
だけど母の瞳は決して嘘を言っているわけではなかった。
「貴方が王家の管理下に入れば、また研究が始まる。だから私は……アロルド達を使ったの。レーヴ公爵に協力を持ちかければ王家との交渉もできるから」
「私は、そんな事を頼んでなんていない」
「だとしても、いずれ魔物憑きである事が多くの者に明かされて……差別されながら生きていくというの?」
記憶の中に蘇るのは、フィリクス様が受けていた差別の数々。
ただそこに居るだけで軽蔑されて、人間ではない扱いを受ける。
私について知られた時、その矢が向けられるのは同じだろう。
「私は貴方を捨てた事も、魔物憑きに産んでしまった罪悪感もずっとあった。だから……だから治す可能性に賭けて私財を全て投じたの!」
「……」
「貴方だって辺境伯様を見て分かったでしょう? 魔物憑きという存在がどこまで忌み嫌われているのか……どのような差別を受けているのか」
「えぇ、見て……きました」
「なら分かるはずよ。王家だっていつまでも貴方達に言いなりになる訳がない」
「王家とはすでに話をして––––」
私の言葉にリエンネは首を横に振る。
「貴方達はなにも知らないの。辺境伯領でどうしてここまで魔物憑きの差別が広がっているか分かる?」
「なにか理由があると言うのですか?」
「王家は領民の中に間者を潜ませて、領民たちに魔物憑きの恐怖について煽っているのよ。辺境伯様が領民と結託する事がないよう、常に孤独にさせるためにね」
色々と合点がいく気がした。
あそこまで領民が魔物憑きについて、感謝すらせず恐怖している理由。
必要以上に差別を煽る王家側の手の者がいるからなのね。
「王家は面目もあって決して魔物憑きを放っておかない。きっと策を講じてくるはずよ、なら争うよりも……人間に戻るためにも、王家に従いなさい。セシーリア」
「わた、しは……」
「私は母にはなれなかったけれど、貴方を人間にはできるはずだから」
魔物憑きが治せるかもしれない。
その選択を急に突きつけられた私の答えは、一つだった。
「断ります」
「………………え?」
「まず、知らない相手に差別されたってどうでもいいですし」
「は……え? 何言って、聞いてましたか?」
「それになにより、魔物食べられなくなるから。絶対いやです」
後ろから父の苦笑と、エミネの呆れたようなため息が聞こえる。
だけど……「まぁお嬢様らしいですね」と、エミネの安堵したような声が聞こえた。
「領地譲渡などの契約書はこちらです。今から別の話をいたしますので、貴方はこちらに名前を書いておいてくださいね」
アロルドにペンを渡して話を打ち切る。
もう断る選択肢がない彼は、震える手で契約書を読み、ただ呻く。
こっちはこれでいい、あともう一人だ。
「それでは……お母様、いえ…………リエンネとお呼びしますね」
元母、私を捨てた彼女へと視線を向ける。
今までずっと視線を逸らしていた彼女だけど、流石にこちらを見つめる。
「今までの経緯から、私が魔物憑きであるとローザに明かして、王家などにまで話を広げたのは分かっております」
「その通りよ」
「っ」
自然と幼い頃の記憶がよぎる。
悲しかった記憶、微かにあった愛されていた記憶。
入り混じる感情の中で元母を責めるのは、想像以上に苦しいものだった。
「まず、どうして私の居場所を知っていたのですか?」
「簡単よ……ノベール伯爵の屋敷にはまだ私の息のかかっている使用人がいる。金銭の取引をして情報を手に入れたの」
「……それで、私の居場所を捉えたのね」
「貴方が離婚をして居場所が不明だというもの。探すにはそれしかないでしょう」
「そこまでして、私に嫌がらせをしてなにをしたかったというの」
胸が苦しかった。
母を責める事、かつては確かに愛していた母の裏切りが悲しい。
だけど問いかける言葉を途切れさせはしない。
「私に直接会うのではなく、どうしてこんなやり方をしたのですか」
「っ」
「王家の管理下に置いて、どうしたかったの……教えてください」
父が私の手を握って傍に居てくれる。
だからこそ聞けた言葉であり、リエンネは視線を逸らして小さく答えた。
「怖かったのよ。私は貴方が怖くて仕方ない」
「っ!」
「魔物憑きであり、異常な力を持っている。娘であっても……それは本当に人間といえるの?」
母が離れた理由も混じった本心は苦しい。
だけどその心の内を聞くために今は黙って聞き入れる。
「なにより、私は貴方に会わせる顔が無かった」
「どういう意味ですか」
「魔物憑きに産んでしまった。貴方に不幸を背負わせたも同然の母に、会う資格などないわ」
「……」
「恨まれていると思っているの。私の怖さの中には……貴方に不幸を背負わせた罪悪感がずっと残っている」
母の言葉を聞き、私の感情を突き動かしたのはもう悲しみではない。
なにも知らずに話すこの人に、ただただ怒りが沸く。
「ふざけないで……」
「っ!」
「私が不幸だと決めつけないで、私は魔物憑きとして不幸に思った事などない。ずっと支えてくれる父が居て、傍に居てくれるエミネがいた」
「……セシーリア」
「そして今は、大切な人もいる」
「だけど、私が魔物憑きに産んだ事に……怒りを抱いているでしょう?」
「私が貴方に怒りを抱いている理由は、貴方が私を捨てた事だけです」
どれだけ悲しかったか、どれだけ泣いただろうか。
魔物憑きだからと娘でなくなった私の感情も、あの時の悲しみを知らぬ母の妄言には怒りしか沸かない。
捨てた貴方が、私を不幸だと決めつけるのも不愉快だ。
「父から聞きました。捨てた私を、いまさらどうして王家に差し出そうとしているの」
「…………王家が辺境伯様が魔物憑きだと気付いた時。研究をしたのは知っているわね。私はそれを聞いて貴方を知るために研究費用を支援して研究補助員となった」
「フィリクス様より聞いています」
「表向きは魔物憑きの研究だけど、実際は魔物憑きの殺傷方法を調べていたのよ……王家は」
その言葉に私も含めて、フィリクス様からも殺気と怒りが湧き立つ。
まさか……
「それで、私が殺傷されるようにしたいのですか? そうやって娘を無かった事にしようと?」
「違う、違うわ」
母は首を横に振り、慌てて話を続けた。
「殺傷方法を研究する過程で、副産物として新たな研究成果が生まれたの。貴方の魔物憑きを治せる可能性があるの!」
「っ!」
「それがもう少しで実現する所だった。なのに……王家は魔物憑きの研究を止めたのよ。唯一の研究対象だった辺境伯様が王家に従順だからこそ、結果のでない殺傷方法の研究をする必要はないと判断してね」
魔物憑きを治す事ができるかもしれない。
そう告げた母に、今度は私とフィリクス様が視線を合わせる。
だけど母の瞳は決して嘘を言っているわけではなかった。
「貴方が王家の管理下に入れば、また研究が始まる。だから私は……アロルド達を使ったの。レーヴ公爵に協力を持ちかければ王家との交渉もできるから」
「私は、そんな事を頼んでなんていない」
「だとしても、いずれ魔物憑きである事が多くの者に明かされて……差別されながら生きていくというの?」
記憶の中に蘇るのは、フィリクス様が受けていた差別の数々。
ただそこに居るだけで軽蔑されて、人間ではない扱いを受ける。
私について知られた時、その矢が向けられるのは同じだろう。
「私は貴方を捨てた事も、魔物憑きに産んでしまった罪悪感もずっとあった。だから……だから治す可能性に賭けて私財を全て投じたの!」
「……」
「貴方だって辺境伯様を見て分かったでしょう? 魔物憑きという存在がどこまで忌み嫌われているのか……どのような差別を受けているのか」
「えぇ、見て……きました」
「なら分かるはずよ。王家だっていつまでも貴方達に言いなりになる訳がない」
「王家とはすでに話をして––––」
私の言葉にリエンネは首を横に振る。
「貴方達はなにも知らないの。辺境伯領でどうしてここまで魔物憑きの差別が広がっているか分かる?」
「なにか理由があると言うのですか?」
「王家は領民の中に間者を潜ませて、領民たちに魔物憑きの恐怖について煽っているのよ。辺境伯様が領民と結託する事がないよう、常に孤独にさせるためにね」
色々と合点がいく気がした。
あそこまで領民が魔物憑きについて、感謝すらせず恐怖している理由。
必要以上に差別を煽る王家側の手の者がいるからなのね。
「王家は面目もあって決して魔物憑きを放っておかない。きっと策を講じてくるはずよ、なら争うよりも……人間に戻るためにも、王家に従いなさい。セシーリア」
「わた、しは……」
「私は母にはなれなかったけれど、貴方を人間にはできるはずだから」
魔物憑きが治せるかもしれない。
その選択を急に突きつけられた私の答えは、一つだった。
「断ります」
「………………え?」
「まず、知らない相手に差別されたってどうでもいいですし」
「は……え? 何言って、聞いてましたか?」
「それになにより、魔物食べられなくなるから。絶対いやです」
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