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戻らない君⑦ アロルドside
俺は君に帰って来て欲しいと心から思っていた。
自分勝手な願いだって事も、独りよがりな感情だってこともよく分かっている。
浅はかで愚かな行為の数々をしてしまった。
揺れる葛藤の中で、どうしても君と話をしたくてリエンネの手も借りた。
君に戻ってきてほしい想いもあっての行動だったのに、それこそが最悪な結果を招いた。
『セシーリアは魔物憑きであり、王家が管理すべきなのです』
リエンネはセシーリアの父や、レーヴ公爵が同席する場でそう告げた。
俺はその時は『魔物憑き』という言葉について、うろ覚え程度にしか分かっていなかった。
唯一分かるのは、リエンネがセシーリアのなんらかの秘密を明かした事だけは理解できた。
しかし俺は彼女を取り戻せるのならと同意しか出来なかった、激昂するノベール伯爵に味方する事もなにも出来なかった。
だがその夜、家令に命じた。
『魔物憑きについて、調査をしろ』
『え? アロルド様……セシーリア様への調査は』
『中止でいい……俺は魔物憑きという言葉を、どこかで聞いた気がするんだ。なにか重要な事を忘れている気がするんだ』
あれから、魔物憑きについて調べた。
各地の伝聞で恐れられている事、童話の中では人に脅威をもたらす人を模倣した存在。
人間ではないナニカなど、記される内容は多岐にわたる。
様々な記述を見ても俺には恐怖はなかった。
むしろ酷い後悔に襲われた。
なぜか?
俺が初めてセシーリアの父、ノベール伯爵と出会った時に交わした約束を思い出したからだ。
『俺の婚約相手に……セシーリア・ノベールを、ですか?』
当時、セシーリアとの婚約といえば多くの貴族が望むものだった。
なにせ学園でも成績優秀であり、社交の場で見せる気遣い溢れる仕草や、会話をすれば感じる教養。
立ち振る舞いは華のように華美であり、彼女は皆の視線を集めていた。
だから皆が婚約の手を挙げていたのに、ノベール伯爵が渋るおかげで皆が辛酸を舐めていた。
なのにそのノベール伯爵が結婚を認めるというのだ。
『両家のためにもアロルド殿との結婚が良いと考えております』
俺はその時、すでにローザへと恋情を抱いていた。
貴族にあるまじき個人間の恋愛であり、それをノベール伯爵が知る由もない。
だが俺はローザとの関係が乱される苛立ちで問いかけを漏らした。
『どうして、俺なのですか』
『それに答える前に聞きたい。君は魔物憑きを知っておりますか』
『え?』
ノベール伯爵の問いかけに答えたのは、他ならぬ俺の両親だった。
『いいえ、我が家はアロルドにその事を教えていません』
『理由を聞いても?』
『まだアロルドが十歳の時、私達が用があって辺境伯領の近くを通った際に魔物に襲われたのです。その際にまだ若い辺境伯様に救っていただいた』
なにを言っているのか分からない俺は、ただ婚約への不満で視線を逸らしていた。
だが、思えばこの時に話を聞いておくべきだったのだろう。
『あの日、若き辺境伯のフィリクス様に救われ、心配までしていただいて考えを改めたのです。世間が抱く魔物憑きの偏見は間違っていると』
『……素晴らしい考えです。魔物憑きに限らず、そうした偏見や差別に対して疑問符をもっているご家庭ならばきっとセシーリアの成長にも繋がると思った事が婚約を受けたキッカケです』
『ははは、まるでセシーリア殿が魔物憑きのような言い方ですな』
俺の父親が豪快に笑う中。
ノベール伯爵は俺を真っ直ぐに見つめて、一つの問いかけを投げた。
『アロルド殿、貴方に一つ問いかけたい。仮にセシーリアに人とは違う何かがあったとして……貴方はどう思いますか?』
俺は聞かれた言葉の真意に気づいていなかった。
だけどただ素直に、思った事を答える。
『人とは違うとは言っても、それも個性のはず。尊重されこそすれ、それを責める事はありません』
『……どうか、どうか。その考えを忘れないでください。それさえ変わらなければ……あの子はきっと妻として責務を全うして、貴方を支えてくれるはずです』
ノベール伯爵は立ち上がり、俺に握手を求めた。
応じると、固く、強く握られる。
『私は、あの子にだって普通の……幸せな結婚を送らせてやりたいと思っています』
『親なら、誰もが思う事です』
『だからこそ約束して欲しいのです。あの子を幸せにしてあげてください。魔物憑きに偏見のない貴方なら……なにがあっても……きっと』
呟かれた言葉に、俺は意味が分からずも応じた握手を握り返した。
あの日、俺は確かにセシーリアの父と約束をしていたはずだった。
なのに、なのに。
俺は君になんて扱いをしたのだろうか。
魔物憑きの資料を見ながら、押し寄せる後悔に吐き気がする。
『三年、魔物被害がなかったのも……領地を繁栄させてくれたのだって彼女だった。なのに俺はノベール伯爵との約束すら守れず……』
考える程に動悸が止まらない、罪悪感が湧き立つ。
妻として支えてくれたセシーリアに、何一つ報いる事が出来ていない自分自身へ酷い嫌悪を抱いた。
『俺を支えてくれていた彼女が、人間じゃないなんて、俺は思えない』
心からそう思った。
だからこそ謝りたいと思ったんだ、差別の対象でありながら……正体が明るみになるリスクを抱えて俺の領地で魔物を狩ってくれていた事。
白い結婚の中で迷惑をかけてしまったこと、俺という情けない男に人生を捨てさせたこと。
謝らなければならないと思っていたんだ。
それは叶わないが、俺は君の父を守るために飛竜へ身を投げ出した。
「セシーリア……君に謝りたかった。けど、これで……君の父との約束だけは果たせたな」
もう遅いだろう。
でも俺は君にとって、きっと幸せを届けてくれる父親を救う事ができた。
情けなくて、惨めで、何一つ君のために生きる事など出来なかった。
でもこれで、約束だけは果たせたかもしれない。
目の前に飛来した飛竜はあっけなく、俺の眼前に牙を向けて……ためらいもなく顎を閉じた。
「どういう事、なにを勝手に終わったように言っているの」
あれ……死んでない?
何事かと瞳を開けば、巨大な牙をセシーリアは片手で受け止めていた。
今まさに俺を食おうとした飛竜が必死に牙を下ろそうともがいているが、ピクリと動く事もない。
「え……い、生きて……」
「アロルド、なにを謝りたかったというの」
すでに空には何体もの飛竜が飛び交っており、滑空してこちらへと向かってくるのが分かる。
だけどセシーリアは俺を見つめたまま、その答えを待っていた。
戸惑いながらも、言うしかない雰囲気に口を開く。
「き、君が魔物憑きでありながら、俺の妻として生きてくれた事。それに何一つ返せなかった」
「……貴族の妻として、当然の責務を果たしていただけよ」
「だけど君は魔物憑きでありながら、俺の領地の魔物を狩ってくれていただろう! それは妻の領分じゃないはずだ」
顎を掴まれた飛竜がさらに力を込めているのが分かった。
セシーリアは止めているが、地面がひび割れていく。
だけどこちらに向けてくる視線は変わらない、早く答えないと彼女が危ない!
「ま、魔物憑きだ皆に知られるリスクを犯しながら、俺のために魔物を狩って……差別される事も厭わずに俺を支えてくれていたというのに、君の支えを無下にした。俺は謝罪してもしきれない人間だ」
「……」
「だけどこれだけは伝えたかったんだ。すまなか––––」
バキッツッツ!!!!!
軽快な程に轟音が響き、目の前にあった頑強な飛竜の牙が……セシーリアの拳で砕かれた。
「え……」
なんだこれ、なにが起こっている。
彼女はさらに飛竜を蹴り上げ、尻尾を掴んで近づいていた飛竜にぶつけているじゃないか。
嘘だろ、なんだこの力。
こっちの死の覚悟が馬鹿らしく、彼女への心配など杞憂だと分からされる。
「私が魔物を狩っていたのは、私のためです。だから貴方が謝罪をする必要はないわ」
セシーリアは悠然と会話を続けるが、正直に言って聞いている余裕はない。
驚きすぎて言葉が出ないのだから。
「え……あ……えっと」
「ぶっちゃけ理由はなんだって良かったの。魔物を食べたかっただけだから」
「え、食べ? え……えぇぇ」
ようやく理解が追いついたと思った矢先。
その理由を聞いた瞬間、身体中の力が抜けていく気がした。
自分勝手な願いだって事も、独りよがりな感情だってこともよく分かっている。
浅はかで愚かな行為の数々をしてしまった。
揺れる葛藤の中で、どうしても君と話をしたくてリエンネの手も借りた。
君に戻ってきてほしい想いもあっての行動だったのに、それこそが最悪な結果を招いた。
『セシーリアは魔物憑きであり、王家が管理すべきなのです』
リエンネはセシーリアの父や、レーヴ公爵が同席する場でそう告げた。
俺はその時は『魔物憑き』という言葉について、うろ覚え程度にしか分かっていなかった。
唯一分かるのは、リエンネがセシーリアのなんらかの秘密を明かした事だけは理解できた。
しかし俺は彼女を取り戻せるのならと同意しか出来なかった、激昂するノベール伯爵に味方する事もなにも出来なかった。
だがその夜、家令に命じた。
『魔物憑きについて、調査をしろ』
『え? アロルド様……セシーリア様への調査は』
『中止でいい……俺は魔物憑きという言葉を、どこかで聞いた気がするんだ。なにか重要な事を忘れている気がするんだ』
あれから、魔物憑きについて調べた。
各地の伝聞で恐れられている事、童話の中では人に脅威をもたらす人を模倣した存在。
人間ではないナニカなど、記される内容は多岐にわたる。
様々な記述を見ても俺には恐怖はなかった。
むしろ酷い後悔に襲われた。
なぜか?
俺が初めてセシーリアの父、ノベール伯爵と出会った時に交わした約束を思い出したからだ。
『俺の婚約相手に……セシーリア・ノベールを、ですか?』
当時、セシーリアとの婚約といえば多くの貴族が望むものだった。
なにせ学園でも成績優秀であり、社交の場で見せる気遣い溢れる仕草や、会話をすれば感じる教養。
立ち振る舞いは華のように華美であり、彼女は皆の視線を集めていた。
だから皆が婚約の手を挙げていたのに、ノベール伯爵が渋るおかげで皆が辛酸を舐めていた。
なのにそのノベール伯爵が結婚を認めるというのだ。
『両家のためにもアロルド殿との結婚が良いと考えております』
俺はその時、すでにローザへと恋情を抱いていた。
貴族にあるまじき個人間の恋愛であり、それをノベール伯爵が知る由もない。
だが俺はローザとの関係が乱される苛立ちで問いかけを漏らした。
『どうして、俺なのですか』
『それに答える前に聞きたい。君は魔物憑きを知っておりますか』
『え?』
ノベール伯爵の問いかけに答えたのは、他ならぬ俺の両親だった。
『いいえ、我が家はアロルドにその事を教えていません』
『理由を聞いても?』
『まだアロルドが十歳の時、私達が用があって辺境伯領の近くを通った際に魔物に襲われたのです。その際にまだ若い辺境伯様に救っていただいた』
なにを言っているのか分からない俺は、ただ婚約への不満で視線を逸らしていた。
だが、思えばこの時に話を聞いておくべきだったのだろう。
『あの日、若き辺境伯のフィリクス様に救われ、心配までしていただいて考えを改めたのです。世間が抱く魔物憑きの偏見は間違っていると』
『……素晴らしい考えです。魔物憑きに限らず、そうした偏見や差別に対して疑問符をもっているご家庭ならばきっとセシーリアの成長にも繋がると思った事が婚約を受けたキッカケです』
『ははは、まるでセシーリア殿が魔物憑きのような言い方ですな』
俺の父親が豪快に笑う中。
ノベール伯爵は俺を真っ直ぐに見つめて、一つの問いかけを投げた。
『アロルド殿、貴方に一つ問いかけたい。仮にセシーリアに人とは違う何かがあったとして……貴方はどう思いますか?』
俺は聞かれた言葉の真意に気づいていなかった。
だけどただ素直に、思った事を答える。
『人とは違うとは言っても、それも個性のはず。尊重されこそすれ、それを責める事はありません』
『……どうか、どうか。その考えを忘れないでください。それさえ変わらなければ……あの子はきっと妻として責務を全うして、貴方を支えてくれるはずです』
ノベール伯爵は立ち上がり、俺に握手を求めた。
応じると、固く、強く握られる。
『私は、あの子にだって普通の……幸せな結婚を送らせてやりたいと思っています』
『親なら、誰もが思う事です』
『だからこそ約束して欲しいのです。あの子を幸せにしてあげてください。魔物憑きに偏見のない貴方なら……なにがあっても……きっと』
呟かれた言葉に、俺は意味が分からずも応じた握手を握り返した。
あの日、俺は確かにセシーリアの父と約束をしていたはずだった。
なのに、なのに。
俺は君になんて扱いをしたのだろうか。
魔物憑きの資料を見ながら、押し寄せる後悔に吐き気がする。
『三年、魔物被害がなかったのも……領地を繁栄させてくれたのだって彼女だった。なのに俺はノベール伯爵との約束すら守れず……』
考える程に動悸が止まらない、罪悪感が湧き立つ。
妻として支えてくれたセシーリアに、何一つ報いる事が出来ていない自分自身へ酷い嫌悪を抱いた。
『俺を支えてくれていた彼女が、人間じゃないなんて、俺は思えない』
心からそう思った。
だからこそ謝りたいと思ったんだ、差別の対象でありながら……正体が明るみになるリスクを抱えて俺の領地で魔物を狩ってくれていた事。
白い結婚の中で迷惑をかけてしまったこと、俺という情けない男に人生を捨てさせたこと。
謝らなければならないと思っていたんだ。
それは叶わないが、俺は君の父を守るために飛竜へ身を投げ出した。
「セシーリア……君に謝りたかった。けど、これで……君の父との約束だけは果たせたな」
もう遅いだろう。
でも俺は君にとって、きっと幸せを届けてくれる父親を救う事ができた。
情けなくて、惨めで、何一つ君のために生きる事など出来なかった。
でもこれで、約束だけは果たせたかもしれない。
目の前に飛来した飛竜はあっけなく、俺の眼前に牙を向けて……ためらいもなく顎を閉じた。
「どういう事、なにを勝手に終わったように言っているの」
あれ……死んでない?
何事かと瞳を開けば、巨大な牙をセシーリアは片手で受け止めていた。
今まさに俺を食おうとした飛竜が必死に牙を下ろそうともがいているが、ピクリと動く事もない。
「え……い、生きて……」
「アロルド、なにを謝りたかったというの」
すでに空には何体もの飛竜が飛び交っており、滑空してこちらへと向かってくるのが分かる。
だけどセシーリアは俺を見つめたまま、その答えを待っていた。
戸惑いながらも、言うしかない雰囲気に口を開く。
「き、君が魔物憑きでありながら、俺の妻として生きてくれた事。それに何一つ返せなかった」
「……貴族の妻として、当然の責務を果たしていただけよ」
「だけど君は魔物憑きでありながら、俺の領地の魔物を狩ってくれていただろう! それは妻の領分じゃないはずだ」
顎を掴まれた飛竜がさらに力を込めているのが分かった。
セシーリアは止めているが、地面がひび割れていく。
だけどこちらに向けてくる視線は変わらない、早く答えないと彼女が危ない!
「ま、魔物憑きだ皆に知られるリスクを犯しながら、俺のために魔物を狩って……差別される事も厭わずに俺を支えてくれていたというのに、君の支えを無下にした。俺は謝罪してもしきれない人間だ」
「……」
「だけどこれだけは伝えたかったんだ。すまなか––––」
バキッツッツ!!!!!
軽快な程に轟音が響き、目の前にあった頑強な飛竜の牙が……セシーリアの拳で砕かれた。
「え……」
なんだこれ、なにが起こっている。
彼女はさらに飛竜を蹴り上げ、尻尾を掴んで近づいていた飛竜にぶつけているじゃないか。
嘘だろ、なんだこの力。
こっちの死の覚悟が馬鹿らしく、彼女への心配など杞憂だと分からされる。
「私が魔物を狩っていたのは、私のためです。だから貴方が謝罪をする必要はないわ」
セシーリアは悠然と会話を続けるが、正直に言って聞いている余裕はない。
驚きすぎて言葉が出ないのだから。
「え……あ……えっと」
「ぶっちゃけ理由はなんだって良かったの。魔物を食べたかっただけだから」
「え、食べ? え……えぇぇ」
ようやく理解が追いついたと思った矢先。
その理由を聞いた瞬間、身体中の力が抜けていく気がした。
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