【完結】旦那様の愛人の子供は、私の愛し子です

なか

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15話

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 屋敷へと向かったアウルムを見送った後に、私はロイへと視線を移す。
 ジェレドと顔を合わせたくはないが、ロイをずっと寒空の下に居続けてもらう訳にはいかない。
 ロイを連れて屋敷へと戻ろうとしたが、服の裾を掴んだのは他でもないロイだった。

「おかしゃん、ろいおそとであそぶ。……いえ、いや」

「ロイ……分かった。お姉様もマルクさんも遊んでくれる?」

「当然よ!」「もちろん」

 二人は即座に肯定を示してくれて、カレンも含めてロイの望む遊びを行った。
 遊んでいく内に、ロイは徐々に笑顔を取り戻してくれている。頬の赤みも少しずつ消えているが、痛くはないかと心配は募る。

「おあしゃん、つかまえた!」

「ふふ、つかまっちゃった」

 子供の体力は無限という言葉がよく似合う。お姉様とマルクは疲れ果てて、私も体力は限界の間際だ。だけど時刻は夕刻となり、陽が地平線に落ちていく間際まで遊んだお陰か、ロイはいつもの笑顔を取り戻してくれていた。

「つぎ! つぎはね。かけっこしたい」

「よ、よし。私が限界まで走ってあげるわ!」
「お、お姉様……ご無理はなさらず」

「きゃはは、おそーい!」

 もうすっかり私達が遊ばれているな、と苦笑が漏れた時。視界の隅に見えたのは、屋敷から出ていくジェレドの姿だった。彼は、こちらへと歩み寄って来ている。

「ロイ、カレンやお姉様達と一緒に、向こうで遊んできなさい」

「う? おあしゃんは?」

「ちょっとだけ休憩。直ぐに行くから、おりこうさんに遊べる? ロイ」

「うん!」

 駆けていくロイの背を見送り一息つくと、予想していた声が私へと降りかかる。

「エレツィア。さっきは……すまなかった」

「謝罪を、私にするんですか?」

「? ……君以外に誰かいるのか?」

 本当に、怒りしか湧かない。なぜ、暴行したロイ本人へ謝罪しようという気持ちがないのか。
 その仕草、言動に透けて見える。彼がロイを人でなく、道具のように見ているのが。

「実は、先程……ウィンソン伯爵家のアウルム殿が訪ねてきたんだ。我がフローレンス家と提携して金鉱脈の採掘事業を進めていきたい言ってくれた。俺は事業の中心に使命してもらえたから、暫く多忙で屋敷を離れる」

「そ……うですか」

「俺は、今までの事で両親にも呆れられていたけど、この事業を成功させれば見直してもらえるはずだ。それに、君への謝罪金にも色をつけられるよ」

「それは、どうも」

「これで俺がロイを引き取っても、安心できるだろ。もう、君は離縁する準備だけをしてくれればいい」

 彼は、何も分かっていない。私が求むのは、ロイの気持ちを思いやって欲しいだけだ。
 今、私と離れてジェレドに引き取られて、あの子が何を感じるのか。
 少しでもロイへ慈しみを持っていれば、分かる事なのに。

 苛立ちで視線が尖りそうになるのを耐えつつ、作り上げた微笑みを顔に貼り付ける。
 ここで言い合うよりも、今は一刻も早くロイが屋敷で安心できる環境を作るのが優先だ。

「応援しております。励んでください」

「っ!! あぁ。ありがとう、行ってくる!」

 唯一、ジェレドへ感謝すべきは、純情に言葉を受け取ってくれる事ぐらい。貼り付けた笑みと応援を真に受けた彼は満面の笑みを浮かべて、フローレンス本家に向かうために馬車へと乗り込んで行ってしまった。
 走り去っていく馬車、立ち昇る土煙が見えなくなった頃。押し殺していた怒りを吐き出すように、大きなため息を吐き出す。

「ため息は幸せが逃げていくぞ」

「っ……アウルム」

「ジェレド殿。話をしたら、よほど嬉しかったのだろうな、俺の見送りもなく屋敷から出て行くとは」

 頬に微笑を携えて呟く彼へ、思わず問いかけてしまう。感じていた疑問を。

「良かったのですか? 金鉱脈の採掘事業を任せるなど……貴方の損が大きいと思いましたが」

「あぁ、これは公表はしていないが、すでにその鉱山は掘り尽くして素寒貧だからな」

「へ?」
  
「明け渡す訳がないだろ、素の金鉱脈など。もう何も残っていない鉱山の処理に困っていたからあてがっただけだ。鉱脈の所有権を委託し、採掘事業をフローレンス家で主導して進めてもらう。万が一に金が出たとしても二割は分け前を頂く契約であり、金が出なくとも後処理はフローレンス家の責任だ」

 そういう事か……と腑に落ちた。

「まさかろくに確認もせずに即決してサインするとは思えなかったが……純粋なのだな。あの男は」

 言葉を選んでくれてはいるけれど、要約すると単純で騙しやすいジェレドをまんまと嵌めたのだろう。
 ロイには決して見せられない、悪い笑みを浮かべる彼。
 恐ろしく、狡猾で巧妙な手口。されど、協力者であるならば、これ程頼りになる人はいない。

「悪い人ですね」

「今は、その方がいいのだろ?」

「えぇ、ありがとう」

 彼の、狡猾なのに魅惑さえ感じる作り物の笑み。それが何よりも信頼できて、頼りになっている。

「事業の規模は大きい、半年は屋敷に帰るものままならないはずだ。その間に、洋服の作製を契約通りに果たしてもらうぞ、エレツィア」

「もちろん、期待以上を見せてみせますよ。アウルム」

「楽しみにしている。では、これ以上の面倒を被るのを避けるため、俺は帰る! 良き商いに感謝する」

 やはりずるい人だ。最後に見せる笑みは、まるで純粋な子供のように無垢な笑みを見せてくるのだから。
 豪奢な馬車に乗り込み、去っていくアウルムへ頭を下げながら。私はロイを迎えに歩き出す。

「おかしゃん!」

「お待たせ、ロイ。もうこわくないよ……屋敷に、帰りましょう」

 半年間。
 手に入れた平穏を無駄にはしない。目標である洋服は百着。
 必ず、達成してみせる。

 ロイの母親は、私だから。
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