【完結】旦那様の愛人の子供は、私の愛し子です

なか

文字の大きさ
25 / 60

20話

しおりを挟む
「ご、ごめんなさい。過ぎた提案をしたわ」

 自身の言葉に慌てて頭を下げようとするが、アウルムは即答した。

「では、そうしようか」

「へぁ?」

 提案しておきながら、あっさりと受け入れた彼におかしな声が漏れ出てしまう。
 しかし私の動揺すらお構いなく、彼は従者に荷物を持ってくるよう手配をしていく。初めて会った時のような手際に思わず声が出た。

「よろしいのですか? 自分で言うのもおかしいですが、ややこしい身の上にいますよ?」

 提案してきながら、彼へ被害が出る可能性を考えてしまう。
 私はジェレドの妻である事に変わりはない。この屋敷に住む事は秘匿だが、私と共に暮らす事が見つかれば逢瀬を疑われるのは必然だ。

 しかし、彼は私の心配でさえも「杞憂」だと切り捨てた。

「俺は、商談により五日に一度ほどしか帰らない。それに……バレなければ問題ないだろう」

 ハッキリと言われて、それもそうだと頷く。
 他に方法見当たらないのだし、私とアウルムにそのような感情の乱れはない。大丈夫だ。
 若干、言い聞かせるように自身を納得させ、奇妙な共同生活が始める事を決めた。


 その夜。ロイのために食事を用意していると、ふとダイニングテーブルに置かれた食事に目線が移る。
 蒸したジャガイモに、茹でた鶏肉。豪奢な器には似つかわしくない、簡素な料理。それらを無言で食し、特に感情も浮かべないアウルムが気になって仕方がない。

「おかあしゃ! きょーのごはん、なに」

「ロイの好きなオムライスだよ、今日は荷物の整理をお手伝いしてくれてありがとうね」
 
「やた!」 

 ソースのかけられたオムライスをロイの前に置くと、瞳がキラキラと輝き出すのが見えた。食べていいの? と問いかけてくるような視線に、微笑みを返して頷く。

「いただきますは?」

「いたらきまふ!」

 興奮して、若干かみかみだったロイの頭を撫でながら。私は再びアウルムへと視線を戻す。
 器は空になっており、もう食べ終わったのが分かる。食後にブドウ酒でも飲んでいるのかと思えば、彼のコップに注がれているのは水であった。

 嫌味でなく、彼の装いや調度品の豪奢さに比べて質素に見えてしまう料理に驚きが隠せない。
 あれだけ儲ける事に長けているのに、使い方は質素倹約なのだから。

「……なんだ、先程から」

 流石に凝視していたのが分かったのだろう、自身で水を汲みながら彼は視線をこちらへと向ける。
 こなれた手付き、私達の前でだけ倹約を装っているという訳ではなく、これが彼の「素」なのだろう。

「あの……食事はそれでいいの?」

「あぁ、別に腹が膨れればいい。何か文句はあるか?」

「いえ……ただ、貴方ならもっと豪勢な食卓なのかと」

「舌は貧しい方がいい。肥えさせれば満足する料理を常に食い続ける必要があるからな」

 そこまで徹底的に益を求めるとは。
 いきすぎだ。と言えればいいのだけど、それをあっさりと受け入れる彼ではないだろう。
 だけど、私はその考えだけには賛同できそうにない。
 
「次にこちらで食事をするのはいつですか」

「ん? 五日後だが」

「そうですか」

「?」
 
 首を傾げ、何かを問いかけようとした彼から逃げるように私はロイの口元を拭う。
 それ以上の追及はなく、食卓を去る彼の背を見つつ私は頬を上げた。


   ◇◇◇
 

 それから五日間、新たな屋敷で過ごす時間は快適であった。 
 洋服を作る作業も好調。なによりも、ロイが遊具で喜んでくれて笑みが絶えない。家人達も加わりロイと遊ぶのが日課にさえなっていた。
 幸せな時間を過ごし、迎えたアウルムが帰ってくる夜。

「これは……どういうつもりだ?」

「貴方の分です」

 食卓に並べたのは、グラタンだ。
「わぁ~」とまるで宝石を見るように瞳を輝かせるロイの対面に、もう一つの器が置かれている。
 私のではなく。アウルムのものだ。

「別に頼んではいない。いつもの食事でいい」

 使用人へ指示を飛ばそうとした彼へ、私は止めた。

「人が生きるには食事は絶対に必要です。豪勢に食べるのは控えても、普通の食事をするぐらいはいいのでは?」

「倹約できることはすべきだ」

「そうやって生きていれば、貴方自身の健康も危ぶまれるわ」

「必要最低限は食っている。料理は食わん」

 考えは変わらないか……まぁ、そう簡単に理念は覆せないだろう。
 美味しい物を食べるのは、心の健康のため。いつも同じ食事、味気のないものを食べていれば心は疲弊する事を危惧したけど、彼は聞く耳さえ持たない。
 諦めて、席に着いた時だった。
 先程までキラキラとグラタンを見つめていたロイが忽然と消えて、アウルムの服を掴み見上げていた。

「あうるう。いっしょたべよ」

「は? お、俺は」

「おかしゃんの、おいしいよ。いっしょ!」

「お、おい!」

 抵抗は出来ず、アウルムはあっさりと席に座らされていき、ロイが匙を手渡す。
 満面の笑みで「たべて~」と呟くロイに、根負けしてアウルムはグラタンを食す。
 途端に、目が見開かれたのが見えた。

「おいし?」

「……あぁ」

 無言で食べ進めていくアウルムに満足したのか、ロイも「いただきます!」と言って食べ始める。アウルムも釣られるように「頂く」と私へ視線を向けた。
 
「また食事を作っておきますので、要らなければ食事の時間をずらしてください」

「……ありがとう」

 最後に呟かれた言葉に、ニマリと笑みを浮かべると彼は視線を逸らす。しかし匙を止める事はなかった。
 ロイの優しさには感謝しないといけないと思いながら、私も匙を手に取った。




 再度五日後、料理の合間に食卓を覗く。
 ロイの対面には、期待したように座るアウルムが居た。
 何気ない会話を重ねているロイと彼を微笑ましく感じつつ、私は作った料理を並べていく。

 本心を明かせば、彼の健康への気遣いは第一の理由ではない。
 私は……こうして食卓を囲みたかったのだ、憧れていた家族のような時間を作ってみたかった。
 叶わぬ夢を今でも抱く自分の未練がましさに辟易する。

 だけど、この微笑ましい時間を今は大切にしたかった。

しおりを挟む
感想 219

あなたにおすすめの小説

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。

邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです

ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

処理中です...