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ほどけぬ糸⑦
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「くっ!」
自室の扉を荒々しく閉めたのは、少しでも俺の怒りが伝わるように。
どうして分かってくれない。ロイのためにも、俺とエレツィアが愛し合う事が最善だと分かったのに。当のエレツィアが俺を拒絶した事が、悲しくて苛立たしい。
(こんなはずじゃ……無かったはずだ)
誰に聞かせる訳でもないのに、心の声が弁明する。
行動が間違っていたのは、誰よりも俺自身が分かっている。
無理強いする気は本当になかった。まずは話し合って気持ちを知ってもらうはずだったのだ。
俺とエレツィアの溝は深い。せめて気持ちを話し合い。
溝を埋めるキッカケになればと思い、彼女の部屋を覗いた時に見えてしまった。
エレツィアが愛おしそうに持つ、不出来なマフラー。決して品質が良いと思えぬそれを、彼女は微笑みと共に優しく撫でていた。
今まで、彼女のそんな表情を見たことが無かった。
俺には見せぬその笑みが、贈った誰かに向けているのだと気づいた瞬間。
燃え上がるような嫉妬心が芽生えてしまった。
(やっと、俺は君に向き合えたのに)
エレツィアを愛すると誓った途端に、彼女が俺を見てすらいない事に気付かされたことが悔しい。
だから、あの笑顔を止めたくて……身体が衝動的に動いてしまった。
ロイに暴行した時と同じように感情的に動いてしまう自分が嫌なのに、止められない。
猛省しようとも、自責の念が心を締め付けてくる。
「エレツィア……俺を……俺を一人にしないでくれ」
かつて愛した使用人のミアナ。そして愛を誓ったはずのリエスすらも俺の手元から霞のように消えてしまった。
残ったのは妻のエレツィアだけ。形式だけの関係だが、君を手離せば俺は本当に孤独になってしまう。
それだけは、嫌だ。一人になるのが怖くてたまらない。
君が居なくなってしまえば、二度と誰からも愛される事がないかもしれないという考えが胸を締め付ける。
エレツィアが俺を愛していない事は分かっている。態度、言動を見れば明らかなのだから。
だから姑息であっても、ロイを利用してでも……俺達は愛し合う夫婦に戻りたい。俺は愛を感じたいのだ。
(エレツィア。俺は、君を今度こそ愛してみせる。だから、そのためにも……)
自分のしてしまった行為は取り返しようがない。エレツィアの心は完全に離れて、俺を拒絶しているだろう。
だけど、覚悟は決まった。
すまないエレツィア、君に振り向いてもらうためにも。君が最も望まない方法を俺は選択するよ。
今度こそ、君と向きあってみせるから。
あの日、結婚式で誓った「幸せにする」という言葉。遅くなったけど。
今度こそ誓い通りに君と愛し合って、幸せにしてみせるから。
寝台に座り込み、窓から見える月明かりを見つめながら。固く心に誓った。
◇◇◇
翌朝、起床して早々に身の回りの世話をしてくれる使用人達はおらず、冷ややかな視線を向けられた。
昨夜の出来事を考えれば当然の反応だと分かっているが、心が痛まぬ訳ではない。
しかし、俺は普段通りを意識して。リビングへと向かう。エレツィアやロイは居ないのは、朝食の時間を早めたのだろう、まだ朝食の残り香が残っている。
「旦那様、お食事をお持ちいたします」
「いや、いい。エレツィアのところへ行く」
「っ!! お、お待ちください!」
突拍子もなく踵を返した俺に対して、周囲の使用人達は反応が遅れて止められない。そのまま足を早めて、エレツィアの私室をへと真っ直ぐに入った。
「エレツィア、ロイ」
入室した瞬間、おもちゃで遊んでいたらしきロイの表情が強張る。笑みを浮かべていたらしきエレツィアも、僅かな瞬間で無表情へと切り替わり、俺から庇うようにロイを背中へと回す。
まるで、強盗でも押し入ったかのような反応にズキリと胸が痛む。しかし、これが当然の反応だ。
「昨夜の事、本当にすまなかった。どうか……許して欲しい」
頭を下げ、エレツィアへと誠心誠意に謝罪を申し出る。彼女からの反応が返ってくるのを待たずに、俺はエレツィアの背に隠れてしまったロイへと視線を合わせた。
「ロイ、どうしようもなく……駄目な父ですまない。お前を怖がらせた事、お母さんに酷い事をして……本当にすまない」
「……」
「許してくれなんて言わない……だけど、最後に一度だけ。父にチャンスをくれないか?」
押し黙るロイへと、手を差し伸べる。
エレツィアの表情が一瞬にして険しくなるのを感じた。それもそうだろう。
彼女が許してはくれない事は知っているからこそ、優しく純粋なロイに許しを願っているのだから。
差し伸べた手、優しいロイなら必ず取ってくれると……
「おかしゃん……ないてた。だから、きらい」
跳ねのけられた手、差し伸べた手は虚しく虚空を掴んだ。
ロイの視線で気付いた。本気で嫌悪しているのだ。
俺は、僅か二歳の子供にさえ……嫌われている?
「すまない、ロイ。でも……俺は本当に君を愛したいと思ってる。許してくれ」
「……やだ」
エレツィアがロイを抱きかかえ、俺へと視線を見せる。
その瞳は鋭く、俺の事を見ているようで……まるで汚物を見ているかのようだった。
「ジェレド、昨夜の件は正式にフローレンス家へ抗議いたします。また、他の貴族家へも周知いたしますので、お覚悟を」
突き放す言葉に、俺の想いなど。
ただ虚しいものなのだと……ようやく分かってしまった。
エレツィアはもう、俺と向き合う気など……微塵もないのだから。
自室の扉を荒々しく閉めたのは、少しでも俺の怒りが伝わるように。
どうして分かってくれない。ロイのためにも、俺とエレツィアが愛し合う事が最善だと分かったのに。当のエレツィアが俺を拒絶した事が、悲しくて苛立たしい。
(こんなはずじゃ……無かったはずだ)
誰に聞かせる訳でもないのに、心の声が弁明する。
行動が間違っていたのは、誰よりも俺自身が分かっている。
無理強いする気は本当になかった。まずは話し合って気持ちを知ってもらうはずだったのだ。
俺とエレツィアの溝は深い。せめて気持ちを話し合い。
溝を埋めるキッカケになればと思い、彼女の部屋を覗いた時に見えてしまった。
エレツィアが愛おしそうに持つ、不出来なマフラー。決して品質が良いと思えぬそれを、彼女は微笑みと共に優しく撫でていた。
今まで、彼女のそんな表情を見たことが無かった。
俺には見せぬその笑みが、贈った誰かに向けているのだと気づいた瞬間。
燃え上がるような嫉妬心が芽生えてしまった。
(やっと、俺は君に向き合えたのに)
エレツィアを愛すると誓った途端に、彼女が俺を見てすらいない事に気付かされたことが悔しい。
だから、あの笑顔を止めたくて……身体が衝動的に動いてしまった。
ロイに暴行した時と同じように感情的に動いてしまう自分が嫌なのに、止められない。
猛省しようとも、自責の念が心を締め付けてくる。
「エレツィア……俺を……俺を一人にしないでくれ」
かつて愛した使用人のミアナ。そして愛を誓ったはずのリエスすらも俺の手元から霞のように消えてしまった。
残ったのは妻のエレツィアだけ。形式だけの関係だが、君を手離せば俺は本当に孤独になってしまう。
それだけは、嫌だ。一人になるのが怖くてたまらない。
君が居なくなってしまえば、二度と誰からも愛される事がないかもしれないという考えが胸を締め付ける。
エレツィアが俺を愛していない事は分かっている。態度、言動を見れば明らかなのだから。
だから姑息であっても、ロイを利用してでも……俺達は愛し合う夫婦に戻りたい。俺は愛を感じたいのだ。
(エレツィア。俺は、君を今度こそ愛してみせる。だから、そのためにも……)
自分のしてしまった行為は取り返しようがない。エレツィアの心は完全に離れて、俺を拒絶しているだろう。
だけど、覚悟は決まった。
すまないエレツィア、君に振り向いてもらうためにも。君が最も望まない方法を俺は選択するよ。
今度こそ、君と向きあってみせるから。
あの日、結婚式で誓った「幸せにする」という言葉。遅くなったけど。
今度こそ誓い通りに君と愛し合って、幸せにしてみせるから。
寝台に座り込み、窓から見える月明かりを見つめながら。固く心に誓った。
◇◇◇
翌朝、起床して早々に身の回りの世話をしてくれる使用人達はおらず、冷ややかな視線を向けられた。
昨夜の出来事を考えれば当然の反応だと分かっているが、心が痛まぬ訳ではない。
しかし、俺は普段通りを意識して。リビングへと向かう。エレツィアやロイは居ないのは、朝食の時間を早めたのだろう、まだ朝食の残り香が残っている。
「旦那様、お食事をお持ちいたします」
「いや、いい。エレツィアのところへ行く」
「っ!! お、お待ちください!」
突拍子もなく踵を返した俺に対して、周囲の使用人達は反応が遅れて止められない。そのまま足を早めて、エレツィアの私室をへと真っ直ぐに入った。
「エレツィア、ロイ」
入室した瞬間、おもちゃで遊んでいたらしきロイの表情が強張る。笑みを浮かべていたらしきエレツィアも、僅かな瞬間で無表情へと切り替わり、俺から庇うようにロイを背中へと回す。
まるで、強盗でも押し入ったかのような反応にズキリと胸が痛む。しかし、これが当然の反応だ。
「昨夜の事、本当にすまなかった。どうか……許して欲しい」
頭を下げ、エレツィアへと誠心誠意に謝罪を申し出る。彼女からの反応が返ってくるのを待たずに、俺はエレツィアの背に隠れてしまったロイへと視線を合わせた。
「ロイ、どうしようもなく……駄目な父ですまない。お前を怖がらせた事、お母さんに酷い事をして……本当にすまない」
「……」
「許してくれなんて言わない……だけど、最後に一度だけ。父にチャンスをくれないか?」
押し黙るロイへと、手を差し伸べる。
エレツィアの表情が一瞬にして険しくなるのを感じた。それもそうだろう。
彼女が許してはくれない事は知っているからこそ、優しく純粋なロイに許しを願っているのだから。
差し伸べた手、優しいロイなら必ず取ってくれると……
「おかしゃん……ないてた。だから、きらい」
跳ねのけられた手、差し伸べた手は虚しく虚空を掴んだ。
ロイの視線で気付いた。本気で嫌悪しているのだ。
俺は、僅か二歳の子供にさえ……嫌われている?
「すまない、ロイ。でも……俺は本当に君を愛したいと思ってる。許してくれ」
「……やだ」
エレツィアがロイを抱きかかえ、俺へと視線を見せる。
その瞳は鋭く、俺の事を見ているようで……まるで汚物を見ているかのようだった。
「ジェレド、昨夜の件は正式にフローレンス家へ抗議いたします。また、他の貴族家へも周知いたしますので、お覚悟を」
突き放す言葉に、俺の想いなど。
ただ虚しいものなのだと……ようやく分かってしまった。
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