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32話
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「すまないな、商談の帰りに寄らせてもらった」
「うー? あうるうだ」
部屋に入り、声を出したアウルムにいち早くロイは反応して眠気まなこでニコリと笑う。
その可愛らしい笑みに、つられて笑ったアウルムがそっとロイの頭を撫でた。
「起こしたか、すまないな」
「だいじょぶ……だよ。あうるう」
まだ、眠いのだろう。
目をくしくしとかいているロイの頭をアウルムはそっと撫でる。そうすれば、コロンとまた膝の上に頭を乗せて、ロイは安らかな寝息を立て始めた。
暫くの時間を静かに過ごし、ロイは別室で寝てもらう。そして、再び部屋に帰ってきた私を、彼は見つめた。
「疲れているな」
「そう……ですね」
「何があった?」
疲れと、悩みから元気が無くなっている事を見抜いたのか。彼は私へと視線を向けて問いかける。
心配をしてくれる嬉しさから、思わず涙がこぼれそうになるが。いきなり泣いておかしな女だと思われるのも嫌なので、グッと目を閉じる。
「アウルム、もし……何かを選択する際に、誰かが不幸になるとすれば貴方はどうしますか?」
自分でも遠回しな質問だとは理解している。だけど、彼に事情を話す事が何処か怖かった。
彼の損益の考えなら、答えは「感情を殺せばいい」と言いいそうだと思ってしまった。
「誰かが不幸になる……か?」
「えぇ、自分か……大切な誰かが不幸になるのです」
存外、私は隠し立てしながら話すのは苦手なようだ。ここまで言ってしまえば、彼も何かを察したのだろう。
視線が私を見つめて。一呼吸おき、彼は口を開いた。
「なにが、君にそんな考えを抱かせた?」
「え?」
「なぜ、そんな悲しい表情をしている。答えろ……エレツィア」
彼は、懐からハンカチを取り出して私の頬を拭う。
自分でも気づいていなかった。
アウルムを前にして……涙を流していた事に。
彼の存在が嬉しくて、頼りたくて。でも……ジェレドが怖いと思う感情が混ざって瞳が潤んでいた。
「アウルム……」
「遠回しに聞くな、全て話せ……」
彼の真っ直ぐに見つめてくる視線、損得なんて関係なく聞いてくれる事が。
嬉しくて、瞳から雫がこぼれて。嗚咽が漏れてしまう。
今までの苦しみを、吐き出すように……感情がこぼれていくのだ。
そんな私の涙を、彼はずっと拭ってくれた。
「全部聞いてやる。だからもう、そんな顔するな。大丈夫だ」
「アウルム……わ、私……」
大丈夫だと、言ってくれる事が私にはなによりも嬉しくて。
流れる涙を拭いつつ、今までの出来事を全て明かしていく。襲われた事も、脅されている事も……全てを。
「わ、私……どうすればいいか。分からないの……ロイを不幸にしたくない。でも、私はジェレドと一生共にする未来なんて、受け入れられない」
全てを聞いた彼は、私の頭をまるで子供のように撫でる。
その行為に顔を上げれば、彼は自信に満ち溢れた笑みを見せた。
「エレツィア、俺と初めて会った時を思い出せ。あの時の何が何でも商談を成功させようという気迫と根性。それはロイのためだっただろ。あの時とやる事は変わらない」
「でも、もし私がジェレドを拒否すれば、ロイの出生を明かされてしまう」
思わず言い返す。今までの悩みを一笑に伏したように思える彼の言葉へ。
彼は私の返答にも真っ直ぐに答えてくれた。
「大丈夫だ……ロイの出自を明かされても、君が母なら問題ない」
「え?」
「貴族とは浅ましくあるが単純だ。君と蜜月を結ぶ方が益と知らしめれば、ロイの出自を責めるどころか救済を申し出るだろう」
「そして」と、彼は言葉を続けた。
「君はもうすでに、その信を得ているぞ? 俺に対して、自身が益だと証明してくれて、ジェレドの心情を利用し事業を広げてみせただろう。その事業の勢いは止まらぬ、周囲は君を認めはじめている。安心しろ」
「アウルム……」
「君はもう俺の大事な……人だ。……だから手助けぐらいさせろ」
細められる瞳。彼の笑み。
初めての会った時とは違うのは。その笑みには親しみがこもっている事。
「君とロイが幸せになれるよう、俺が助力する」
「っ!!」
顔を上げた瞬間、アウルムは話を続ける。
「君は何も気にせずロイの母となるため、事業に集中しろ。あとの邪魔は俺が払ってやる」
「い……いいの?」
「当たり前だ。でも代わりに……」
彼の話に顔を上げる。夕陽が差し込む中、彼の金眼がキラキラと光り、美麗な顔立ちがぐっと私に近づいた。
見つめてくる瞳は私を捕えて、離さない。
「俺はまた君のハンバーグが食いたい。ロイも一緒に……三人で」
そう呟き、彼は私の頭をそっと撫でてくれた。
優しい仕草、慈しむような手つきはあの男とは違って……嬉しくて、涙がこぼれる。
「ありがとう……アウルム。ありがとう」
「大丈夫だ、だから。もう泣くな」
「うん。うん……」
「ほら、顔を上げろ」
彼が差し出す手。
答えの無かった選択肢を、共にいてくれる事を約束してくれた彼へ、謝意と共に握手をしようとした時だった。
「旦那様、お待ちを! 旦那様!」
部屋の外から聞こえてきた声、同時に耳に響く轟音と共に開け放たれた部屋の扉。
それは、ジェレドだった。
アウルムと私が手を重ね合わせる姿を見てなのか、彼は歯を食いしばってアウルムを睨みつけたかと思うと、私へと手を伸ばす。
「っ!!」
ジェレドにより強く、強引に引かれた身体。抱き寄せられて離さないように握られた手。
痛みと共に表情を歪める私に構う事もなく、ジェレドは叫んだ。
「俺の妻に、何用ですか? アウルム殿!」
「うー? あうるうだ」
部屋に入り、声を出したアウルムにいち早くロイは反応して眠気まなこでニコリと笑う。
その可愛らしい笑みに、つられて笑ったアウルムがそっとロイの頭を撫でた。
「起こしたか、すまないな」
「だいじょぶ……だよ。あうるう」
まだ、眠いのだろう。
目をくしくしとかいているロイの頭をアウルムはそっと撫でる。そうすれば、コロンとまた膝の上に頭を乗せて、ロイは安らかな寝息を立て始めた。
暫くの時間を静かに過ごし、ロイは別室で寝てもらう。そして、再び部屋に帰ってきた私を、彼は見つめた。
「疲れているな」
「そう……ですね」
「何があった?」
疲れと、悩みから元気が無くなっている事を見抜いたのか。彼は私へと視線を向けて問いかける。
心配をしてくれる嬉しさから、思わず涙がこぼれそうになるが。いきなり泣いておかしな女だと思われるのも嫌なので、グッと目を閉じる。
「アウルム、もし……何かを選択する際に、誰かが不幸になるとすれば貴方はどうしますか?」
自分でも遠回しな質問だとは理解している。だけど、彼に事情を話す事が何処か怖かった。
彼の損益の考えなら、答えは「感情を殺せばいい」と言いいそうだと思ってしまった。
「誰かが不幸になる……か?」
「えぇ、自分か……大切な誰かが不幸になるのです」
存外、私は隠し立てしながら話すのは苦手なようだ。ここまで言ってしまえば、彼も何かを察したのだろう。
視線が私を見つめて。一呼吸おき、彼は口を開いた。
「なにが、君にそんな考えを抱かせた?」
「え?」
「なぜ、そんな悲しい表情をしている。答えろ……エレツィア」
彼は、懐からハンカチを取り出して私の頬を拭う。
自分でも気づいていなかった。
アウルムを前にして……涙を流していた事に。
彼の存在が嬉しくて、頼りたくて。でも……ジェレドが怖いと思う感情が混ざって瞳が潤んでいた。
「アウルム……」
「遠回しに聞くな、全て話せ……」
彼の真っ直ぐに見つめてくる視線、損得なんて関係なく聞いてくれる事が。
嬉しくて、瞳から雫がこぼれて。嗚咽が漏れてしまう。
今までの苦しみを、吐き出すように……感情がこぼれていくのだ。
そんな私の涙を、彼はずっと拭ってくれた。
「全部聞いてやる。だからもう、そんな顔するな。大丈夫だ」
「アウルム……わ、私……」
大丈夫だと、言ってくれる事が私にはなによりも嬉しくて。
流れる涙を拭いつつ、今までの出来事を全て明かしていく。襲われた事も、脅されている事も……全てを。
「わ、私……どうすればいいか。分からないの……ロイを不幸にしたくない。でも、私はジェレドと一生共にする未来なんて、受け入れられない」
全てを聞いた彼は、私の頭をまるで子供のように撫でる。
その行為に顔を上げれば、彼は自信に満ち溢れた笑みを見せた。
「エレツィア、俺と初めて会った時を思い出せ。あの時の何が何でも商談を成功させようという気迫と根性。それはロイのためだっただろ。あの時とやる事は変わらない」
「でも、もし私がジェレドを拒否すれば、ロイの出生を明かされてしまう」
思わず言い返す。今までの悩みを一笑に伏したように思える彼の言葉へ。
彼は私の返答にも真っ直ぐに答えてくれた。
「大丈夫だ……ロイの出自を明かされても、君が母なら問題ない」
「え?」
「貴族とは浅ましくあるが単純だ。君と蜜月を結ぶ方が益と知らしめれば、ロイの出自を責めるどころか救済を申し出るだろう」
「そして」と、彼は言葉を続けた。
「君はもうすでに、その信を得ているぞ? 俺に対して、自身が益だと証明してくれて、ジェレドの心情を利用し事業を広げてみせただろう。その事業の勢いは止まらぬ、周囲は君を認めはじめている。安心しろ」
「アウルム……」
「君はもう俺の大事な……人だ。……だから手助けぐらいさせろ」
細められる瞳。彼の笑み。
初めての会った時とは違うのは。その笑みには親しみがこもっている事。
「君とロイが幸せになれるよう、俺が助力する」
「っ!!」
顔を上げた瞬間、アウルムは話を続ける。
「君は何も気にせずロイの母となるため、事業に集中しろ。あとの邪魔は俺が払ってやる」
「い……いいの?」
「当たり前だ。でも代わりに……」
彼の話に顔を上げる。夕陽が差し込む中、彼の金眼がキラキラと光り、美麗な顔立ちがぐっと私に近づいた。
見つめてくる瞳は私を捕えて、離さない。
「俺はまた君のハンバーグが食いたい。ロイも一緒に……三人で」
そう呟き、彼は私の頭をそっと撫でてくれた。
優しい仕草、慈しむような手つきはあの男とは違って……嬉しくて、涙がこぼれる。
「ありがとう……アウルム。ありがとう」
「大丈夫だ、だから。もう泣くな」
「うん。うん……」
「ほら、顔を上げろ」
彼が差し出す手。
答えの無かった選択肢を、共にいてくれる事を約束してくれた彼へ、謝意と共に握手をしようとした時だった。
「旦那様、お待ちを! 旦那様!」
部屋の外から聞こえてきた声、同時に耳に響く轟音と共に開け放たれた部屋の扉。
それは、ジェレドだった。
アウルムと私が手を重ね合わせる姿を見てなのか、彼は歯を食いしばってアウルムを睨みつけたかと思うと、私へと手を伸ばす。
「っ!!」
ジェレドにより強く、強引に引かれた身体。抱き寄せられて離さないように握られた手。
痛みと共に表情を歪める私に構う事もなく、ジェレドは叫んだ。
「俺の妻に、何用ですか? アウルム殿!」
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