44 / 60
35話
しおりを挟む
「約二年分の売上にしては、破格だ。しかし、その顔を見るに足りないようだな」
アウルムの言う通り、利益はかなりの額だ。
しかし、やはり一億ギルに届かぬ自身の歯がゆさに唇を噛む。
悔しい……と、無礼だが思ってしまう。
「そんな顔をするな。言っただろ、俺にも手助けぐらいさせろ」
彼と交わしていた言葉を思い出す。
毎日を必死で取り組む内、忘れていた。彼の言葉……
しかし、何を。
「俺が、ローレシア家から譲渡された屋敷の権利を君に譲ろう」
「っ!!」
かつてジェレドが採掘事業の予算を横領して建てた屋敷の権利書が、机の上に置かれる。
そして、彼は笑みを浮かべた。
「受け取れ。邸は約五千万程の価値がある……足りるか?」
「よ……よいの、ですか?」
本心は、今すぐにでも謝意を示し。飛びついてでも受け取りたい権利書だった。
しかし尋ねずにはいられなかった。手助けというには、あまりに破格だから。
「今回の事業のおかげで、俺も多くの名家との繋がりを持てた。今後のあらゆる事業を有利に進められると思えば、安い対価だ」
「それで……も」
「……いいから」
アウルムは権利書を掴み、それを私へと押し渡す。
立ち上がった彼を見上げる私は、受け取ってしまう。
「遠慮するな。ロイの幸せを必ず掴んでみせろ」
ポンと頭に手を置かれてしまえば、胸の鼓動は収まる事は無い。
一気に顔が火照って俯いてしまう。
「……」
「ど……どうしました?」
何故か、私の顔を見て同じように呆然としてしまった彼に声をかける。
その金眼が私を見つめて、頬に手を当てて……
「おかあさん! あうるむきてるの!?」
バンっと扉が開いて、勢い良く入って来たのはロイだった。頬に当てられた手が離れて、彼の意図は組み取れずに混乱してしまう。当の本人といえば、先の事がなかったように大きくなったロイを抱き上げていた。
「ロイ、元気にしていたか」
「うん! あえてうれしい」
五歳となったロイは、元気にあふれた笑みを浮かべてアウルムに甘える。
二人の親しい間柄に微笑ましい。
私も今は先の行為に悶々と考える事は止めておこう。
「アウルム、お時間があれば……今日は夕食でも共にしますか?」
ジェレドは今日、ドルトン様の執務を手伝うために不在。
故に夕食へ彼を誘うと、彼は明るい声色で「お願いしたい」と答えてくれた。ロイも夕食まで一緒にいられる事が嬉しくて喜んでいる。
「あうるむ。ごはんできるまで、そといこ! さきいってる!」
「あ、おい! 外は寒いから着込んでいけ」
今や、ロイの体調さえ気遣う彼に微笑みつつ。私は外に行こうとするロイへ上着とアウルムがくれたマフラーを手渡す。
「新しいのはいらないか? ロイ」
アウルムの問いかけに、ロイはマフラーを抱きしめ笑って答えた。
「ロイね、このマフラーが一番すきなの。だから、他はいらない!」
「……そうか」
ロイはマフラーを巻いて外へ行き、静かになった室内でアウルムが口火を切った。
「もう、あうるうと間違って呼ばれる事はないのだな」
その呟かれた言葉に、共感にも似た笑みがこぼれてしまう。
「私も、おかあさんとロイに呼んでもらえるようになりましたが、寂しさもありますね」
「そうだな。成長は嬉しいが、恋しくもある」
「でも、嬉しさが勝るわ」
外からは、ロイが笑ってアウルムを呼んでいる。それに応えて外に向かう彼を見送った。
私は夕食の準備に向かいつつ、窓から見える二人が遊ぶ姿に覚悟を決める。
五歳となり、誓約書の期限を迎えて。準備は整った。
今日の夜には、伝えよう。
離縁を申し出る、私の意志を。
◇◇◇
その夜、寝付いたロイの髪をそっと撫でて。私はジェレドの一室へと向かう。
いつもの廊下のはずなのに、心は緊張の音が鳴る。
覚悟は決めた、選択に後悔はないはずなのに……未だに怯え、戸惑う自分がいるのだ。
それでも、足は止めず。彼の寝室の前で一呼吸を置いて、扉を開いた。
「っ……エレツィア」
ノックの後に入室した瞬間。寝台に腰掛けていたジェレドは笑みを浮かべて私へと歩み寄った。
何も知らずに、歓迎するように私の手を引くのだ。
「来てくれて、嬉しいよ。最近は忙しくて話が出来なかったから……」
「ジェレド……話があります」
「そうだ、聞いてくれ。最近は父と共に事業を起こす計画もしていてね。君とロイが困らぬように立派になろうと」
「話を聞いて」
「エレツィア……その話は、聞きたくない」
誓約書の期間が訪れ、普段は寄り付きもしない彼の寝室に私がやって来た事で、話の内容を察しているのだろう。
作っていた明るい笑みは消えて、その瞳には悲しい影がよぎる。
「俺は……君を愛したいんだ。本気で、向き合いたい……」
握られた手、囁く愛の言葉と共に絡められる指をほどいて。
私は首を横に振り、凛と伸ばした姿勢のまま……後悔のない選択を彼へと。
「誓約書通り、貴方とは……離縁をさせてもらいます。ジェレド」
アウルムの言う通り、利益はかなりの額だ。
しかし、やはり一億ギルに届かぬ自身の歯がゆさに唇を噛む。
悔しい……と、無礼だが思ってしまう。
「そんな顔をするな。言っただろ、俺にも手助けぐらいさせろ」
彼と交わしていた言葉を思い出す。
毎日を必死で取り組む内、忘れていた。彼の言葉……
しかし、何を。
「俺が、ローレシア家から譲渡された屋敷の権利を君に譲ろう」
「っ!!」
かつてジェレドが採掘事業の予算を横領して建てた屋敷の権利書が、机の上に置かれる。
そして、彼は笑みを浮かべた。
「受け取れ。邸は約五千万程の価値がある……足りるか?」
「よ……よいの、ですか?」
本心は、今すぐにでも謝意を示し。飛びついてでも受け取りたい権利書だった。
しかし尋ねずにはいられなかった。手助けというには、あまりに破格だから。
「今回の事業のおかげで、俺も多くの名家との繋がりを持てた。今後のあらゆる事業を有利に進められると思えば、安い対価だ」
「それで……も」
「……いいから」
アウルムは権利書を掴み、それを私へと押し渡す。
立ち上がった彼を見上げる私は、受け取ってしまう。
「遠慮するな。ロイの幸せを必ず掴んでみせろ」
ポンと頭に手を置かれてしまえば、胸の鼓動は収まる事は無い。
一気に顔が火照って俯いてしまう。
「……」
「ど……どうしました?」
何故か、私の顔を見て同じように呆然としてしまった彼に声をかける。
その金眼が私を見つめて、頬に手を当てて……
「おかあさん! あうるむきてるの!?」
バンっと扉が開いて、勢い良く入って来たのはロイだった。頬に当てられた手が離れて、彼の意図は組み取れずに混乱してしまう。当の本人といえば、先の事がなかったように大きくなったロイを抱き上げていた。
「ロイ、元気にしていたか」
「うん! あえてうれしい」
五歳となったロイは、元気にあふれた笑みを浮かべてアウルムに甘える。
二人の親しい間柄に微笑ましい。
私も今は先の行為に悶々と考える事は止めておこう。
「アウルム、お時間があれば……今日は夕食でも共にしますか?」
ジェレドは今日、ドルトン様の執務を手伝うために不在。
故に夕食へ彼を誘うと、彼は明るい声色で「お願いしたい」と答えてくれた。ロイも夕食まで一緒にいられる事が嬉しくて喜んでいる。
「あうるむ。ごはんできるまで、そといこ! さきいってる!」
「あ、おい! 外は寒いから着込んでいけ」
今や、ロイの体調さえ気遣う彼に微笑みつつ。私は外に行こうとするロイへ上着とアウルムがくれたマフラーを手渡す。
「新しいのはいらないか? ロイ」
アウルムの問いかけに、ロイはマフラーを抱きしめ笑って答えた。
「ロイね、このマフラーが一番すきなの。だから、他はいらない!」
「……そうか」
ロイはマフラーを巻いて外へ行き、静かになった室内でアウルムが口火を切った。
「もう、あうるうと間違って呼ばれる事はないのだな」
その呟かれた言葉に、共感にも似た笑みがこぼれてしまう。
「私も、おかあさんとロイに呼んでもらえるようになりましたが、寂しさもありますね」
「そうだな。成長は嬉しいが、恋しくもある」
「でも、嬉しさが勝るわ」
外からは、ロイが笑ってアウルムを呼んでいる。それに応えて外に向かう彼を見送った。
私は夕食の準備に向かいつつ、窓から見える二人が遊ぶ姿に覚悟を決める。
五歳となり、誓約書の期限を迎えて。準備は整った。
今日の夜には、伝えよう。
離縁を申し出る、私の意志を。
◇◇◇
その夜、寝付いたロイの髪をそっと撫でて。私はジェレドの一室へと向かう。
いつもの廊下のはずなのに、心は緊張の音が鳴る。
覚悟は決めた、選択に後悔はないはずなのに……未だに怯え、戸惑う自分がいるのだ。
それでも、足は止めず。彼の寝室の前で一呼吸を置いて、扉を開いた。
「っ……エレツィア」
ノックの後に入室した瞬間。寝台に腰掛けていたジェレドは笑みを浮かべて私へと歩み寄った。
何も知らずに、歓迎するように私の手を引くのだ。
「来てくれて、嬉しいよ。最近は忙しくて話が出来なかったから……」
「ジェレド……話があります」
「そうだ、聞いてくれ。最近は父と共に事業を起こす計画もしていてね。君とロイが困らぬように立派になろうと」
「話を聞いて」
「エレツィア……その話は、聞きたくない」
誓約書の期間が訪れ、普段は寄り付きもしない彼の寝室に私がやって来た事で、話の内容を察しているのだろう。
作っていた明るい笑みは消えて、その瞳には悲しい影がよぎる。
「俺は……君を愛したいんだ。本気で、向き合いたい……」
握られた手、囁く愛の言葉と共に絡められる指をほどいて。
私は首を横に振り、凛と伸ばした姿勢のまま……後悔のない選択を彼へと。
「誓約書通り、貴方とは……離縁をさせてもらいます。ジェレド」
161
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
あなたへの愛を捨てた日
柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。
しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。
レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。
「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」
エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?
ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」
「はあ……なるほどね」
伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。
彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。
アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。
ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。
ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる