【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか

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一巡「後悔」

3話

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 棺で眠るアンネッテを見送り、参列者が去っていく。
 俺はただ一人残り、悲しみの気持ちを落ち着かせていた。

「大丈夫……? レオン」

 聞き慣れた声は、俺の母ーミランダのものだ。
 紫色の髪に、俺と同じく紅の瞳が潤み。
 抱きしめてくれた。

「アンネッテの事は、残念ね」

「母上……申し訳ありません。このような醜態を、貴方に見せるなど」

「いいのよ、気にしないで」

 母の言葉を皮切りに、絶え間なく流れ出す涙。
 いま、誰かの親切はいつも以上に感情を揺らす。

「こんな時だけど、貴方には言っておかないといけない事があるの」

「母上?」

「王家と貴族の会議で正式にセレリナ・フォンドを……次期王妃にする事が決まり、セレリナが引き受けたの」

「っ!!」

 セレリナ……君は意中の相手が居るのではないのか?
 アンネッテは君のため……俺に頭まで下げたのだぞ。
 抱いた疑念に背を押すように、先程の貴族たちの言葉がよぎった。

『王妃になるため、セレリナ嬢がアンネッテ嬢を殺害したのだろう』

 さらに、母上が言葉を続ける。

「私は、セレリナが妃になるのは反対よ」

「え? 母上が?」

 王家の判断に異を唱える母に驚く。
 王妃ミランダ。母はその肩書きに見合う働きをするが、それ以上はしない。

 王家の判断に従い、意見もしない。
 それが、母だったはず。

「なぜ……母上……」

「貴方も葬儀で聞いたでしょう? アンネッテの死で、誰が一番得をしたのか」

「っ!!」

「それに、アンネッテに最後に会ったのはセレリナなのよ。二人が会った後、殺されたアンネッテが見つかったの」

 その言葉に、動揺と共に疑心が生じる。

「貴方は……セレリナに騙されぬようにね」


 アンネッテを、セレリナが殺すとは思えない。
 だが……セレリナが意中の相手と婚姻を結んでいないなら、破局したということ。
 そうなれば、手にするはずだった王妃の座に固執するのも、不自然ではない。

「……」

 駄目だ、疑いが頭を埋め尽くす。
 小さな疑いが……彼女の全てを怪しさへと誘導していくのだ。


   ◇◇◇



 三ヶ月後。
 
「レオン殿下、セレリナ様のお話を聞きましたか?」

 大臣––スルードは、今日も喜々として報告へ来る。
 それは、セレリナについてだ。

「なんだ?」

「あの方が王妃となると決まった時、貴族が反対していたのは知っておりますよね?」

「あぁ……」

「そんな貴族達も、社交界でセレリナ様と話して意見を変えております。あの方の公爵令嬢たる毅然とした性格に惹かれ、今や王妃に望む声が多数派ですよ」

「……」

「アンネッテ様の事は非常に残念でしたが……セレリナ様が妃になってくだされば、殿下の地位は盤石でしょう」

 次代の王政に期待を膨らませるスルードとは反対に、俺の中には黒い感情が芽生える。
 本来なら称賛すべきセレリナの手腕。
 しかし、アンネッテが居るべき位置が侵食されていくようで……不快だ。

「もう、話はいい」

「殿下。セレリナ様の王妃教育が始まるまで、あと一か月です。一度顔合わせを……」

「忙しい」

 そんな言い訳を、強い語気で放つ。
 沈黙になり、気まずくなった部屋から逃げれば……母上とすれ違った。

「レオン、セレリナについて聞いたわね?」
 
「……聞き及んでおります」

「騙されないようにね。アンネッテを殺したかもしれない女よ、王妃になるために必死なのも当然なのだから」

「……そう、ですね」

 会う度に母が俺へと疑いを告げる。
 いつしか俺も、疑惑が日を重ねるごとに膨れ上がり……確信に生まれ変わり始めていた。

 アンネッテを殺害したのはセレリナ。
 そう……思うようになっていたのだ。



 それから一か月後。
 いよいよセレリナが王妃教育のために入宮する日がきた。

「レオン、彼女を大事にするのだぞ」

 そう呟き俺の肩を叩くのは、俺の父上で現王––ゴルド。
 
「前王妃候補については、残念だった……しかしあの状況の中、王家の頼みで次期王妃を受け入れてくれたセレリナには感謝しなさい」

「……」

「貴族達の反対や、非難、中傷も承知で……セレリナは王妃としてお前を支えると承諾したのだ。あんな良い女性は、きっと人生で二度会える機会はない」

「父上、俺は……」

「さぁ、挨拶に行きなさい」

 背を押され、セレリナの待つ部屋へと一人向かう。
 その足取りが重いのは、俺の思考の中で……憎悪が膨れていたから。
 今や俺の中で、セレリナは、アンネッテから王妃を奪った女性にしか思えなかった。

「お久しぶりです……レオン様」

 部屋に入れば、久しぶりに会ったセレリナは美しい顔立ちに微笑みを携えて礼をする。
 見惚れるほどに綺麗な姿に輝きすら見え、称賛の言葉が幾つも浮かぶ。

 が……

「よく、俺の前に姿を現せたな」

 こぼれたのは、憎悪に満ちた言葉。
 アンネッテの居場所を、この女が奪った。
 そんな思考が溢れ、俺の心を突き動かして止まらない。

「レ……レオン様……?」

「セレリナ、どの面を下げて来た」

「私は、王妃となるために…」

「俺は認めない」

「っ!!」

 冷たく言い放てば、同席していた大臣が血相を変えた。

「レオン殿下! セレリナ様は王家の頼みを引き受けてくださったのです! そのような態度は」

「黙れ!」

 一喝し、静寂の中でセレリナへ詰め寄る。

「アンネッテを殺して得た地位は、満足か?」

「っ!! なにを……!」

 驚く反応に、疑いをさらに強める。
 彼女がどのような反応でも、俺は疑惑に結びつけてしまう。

「殿下、私は無実の罪を責められるいわれはありません。それに、殿下は私とアンネッテの関係を知って」

「アンネッテの死で、誰が一番得をした? 分かっているぞ、お前が嫉妬心を抱いていたのを」

「っ……私は純粋に心から祝福して」

「殿下! いい加減にしてください! 次代を共に歩む妃様になんて言葉を!」

 大臣が叫ぶが、気にせずにセレリナを睨む。
 もはや歯止めが効かぬ憎悪は、誰かの言葉で止まらない。

「俺は、父上や貴族たちの決定には従う。だが……お前を愛することはない」

 ここまで言って、セレリナが婚約を受け入れるはずがない。
 激怒する権利が彼女にはある。
 なのに……

「……それでも私は王家のため、民のため、貴方のためにも。王妃として国を支えてまいります」

 唇を噛み絞め涙を耐え、彼女は呟く。
 そこまでして、王妃になりたいのか?

「…………さっさと出て行け」

「承知……いたしました」

 下唇が赤くなる程に涙を堪える姿には、悔しさと悲しみが滲み出ている。
 その姿に、疑心が揺らぐ。

 しかし……

「アンネッテ、すまない。本当は君を王妃に……」

 漏らした本音が、再び憎悪を引き戻す。

 大臣のスルードからの責める視線も、気にはしない。
 俺は間違っていないはずなのだから。



 そうだ、俺はこれまで失敗なき人生を過ごしてきた、今回も俺が正しいはずだ。
 セレリナの罪は、疑い通りのはずで間違っていない。
 抱いた疑心は……もはや歯止めが効かなかった。
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