7 / 9
第七話 決着の時
しおりを挟む結月は大きく深呼吸をし、迷いや不安を拭い去る。
巫女としての使命を果たす時。
目を閉じて、幼少の頃見ていた母の姿を思い出した。
「守りたいという思いを力に変えるの。恐れては駄目。巫女にしか出来ないことなんだから」
泣いている結月の頬にそっと手を添えながら微笑む母。
そこにあったのは、包み込むような優しさと、巫女としての揺るぎない覚悟だった。
母の言葉をもう一度胸に刻む。
ぐっと拳を握り、目を開いた時。
どこからともなく、懐かしい声がふわりと耳をかすめた。
「……結月」
はっと息を呑む。
自分の名を呼んだのは幼い頃に何度も聞いた、あの声。
──お母さん……。
声は聞こえたのに姿は全く見えない。
でも確かに、母の温もりがここにある。涙が溢れそうになった。
「自分を信じて。見失わないで。大丈夫、お父さんとお母さんの子だもの。大好きよ、結月」
すっと空気に溶け込むようその声が消えていく中で、結月は静かに指先で涙を拭っていた。
──お父さん、お母さん、ありがとう。
結月は胸元に入れていた母の簪を取り出す。
簪がいつもより綺麗に見えた。
まるで母の声と共鳴したかのように、黄金の光輝を放っているからだ。
簪に触れている指先が、じんわりと温かくなる。
それは単なる懐かしさや感傷ではなく、体内から広がる確かな力だった。
──私、もう恐れたりしない……!
恐怖を払拭し、信念を確固たるものへと変えていくように、結月はゆっくりと頭の覆い布を解く。
流れるように落ちた髪の一筋一筋が銀の絹糸のように輝き、凛とした空気が彼女を纏った。
この銀髪を人前に晒すのは、何年ぶりになるだろう。
幼い頃から避けられ、忌まれたこの髪。
それを本当の気持ちと一緒に布の下に隠していた。
けれど、この瞬間だけは違う。
この髪は忌むべきものではない。
母と父がくれた、自分の存在証明。
結月は今一度母の簪を見つめ深く息を吐くと、髪をまとめ上げてそこに簪を挿した。
自分の髪に挿すことはないと思っていた簪は、何も抵抗もなしに髪にすっと馴染んでいく。
まるで、この瞬間を待ち望んでいたかのような滑らかさだった。
簪が完全に髪に馴染んだその瞬間、眩いほどの光が結月の周囲にふわりと広がった。
「結月ならできるわ。お母さんは、ずっと見守ってるからね」
そう聞こえた母の声が現実だったのか想像だったのか、はっきりとはわからない。
ただ確かに感じた愛情が、今までにない力を自分に与えてくれるような気がした。
──二人とも、見ていてください……!
暁生たちのいる方に真っ直ぐ焦点を合わせ、結月は力いっぱい駆け出した。
──✩₊⁺⋆☾⋆⁺₊✧──
暁生たちは土蜘蛛の猛攻を必死に凌ぎながら、結月が結界を張りに来ることを信じて待っていた。
──結月は必ず来る!
その信念が彼の心を強く支えている。
暁生は刀を構え直し、土蜘蛛の動きを冷静に見極めた。
完全体ではないということも功を奏し、この調子でいけば土蜘蛛は滅せられるだろう。
しかし、巫女の結界と浄化がなければ完全な勝利とは言えない。
とどめを刺せそうで刺せないもどかしさが募る。
瀕死の土蜘蛛も、やられまいと必死で抵抗していた。
振り下ろされる手足は鉛のように重く、刀で攻撃を受け止める度に腕に負荷がかかっていく。
その時、遠くから結月の声が響いた。
「暁生様……!」
彼女の声が一筋の光のように届いた瞬間、暁生の心に安堵が広がる。
──やはり来てくれたか!
暁生は視線を巡らせる。
力いっぱい駆けてくる結月の姿を捉えた目が見開かれた。
美しい銀髪が露わになっている彼女は、まるで月光を纏ったかのように煌めいていた。
結月から溢れ出る力は神聖な輝きを放っているようで、周囲の空気まで変えてしまいそうなほどだ。
「結月! 俺の後ろへ! 援護する!」
暁生はすぐに戦いへ意識を戻し、結月の方へと駆け寄り彼女の前に立つ。
「ありがとう。来てくれると信じていた」
そう言ってくれた彼の背中が頼もしく見えた。
そして、『信じてくれる人がいる』ということがまた結月の力となる。
結月は深呼吸をし、決意を新たにした。
「暁生様、私、結界を張ってみます」
蒼い瞳は巫女としての使命感が宿っていて、そこにはもう迷いは微塵もなかった。
結月は祈るよう胸の前で手を合わせ、目を閉じる。
手のひらに意識を集中させると光が集まりだし、それは輝きに変わっていく。
ゆっくりと手を開くと、手のひらの上に三枚の結界札が出現し、宙へと浮いた。
「あの時と同じ手は食わぬ!」
当然土蜘蛛も黙って見ていられるはずがなく、凄まじい勢いで結月たちの方へ手足を振り下ろす。
暁生が刀で攻撃を防ぐも、二人もろとも切り裂くような鋭く重い一撃は足元の地面を抉るほどの衝撃だった。
「……結月! 今だ!」
暁生が声を張り上げ、必死に土蜘蛛の攻撃をしのぎながら叫んだ。
「はい!」
力強く答えた結月は土蜘蛛の方へと手を伸ばす。
結界札が三角形を描くように土蜘蛛の周囲に配置され、光の壁が完全に敵を包み込んだ。
「おのれ、巫女め……!」
土蜘蛛は結界を破ろうと、最後の力を振り絞り闇雲に暴れ散らす。
完璧に包囲したと思われた結界は、瞬く間にひびが入り出した。
破壊されないよう、必死に力を込める。顔には冷や汗がにじみ、全身が震えていた。
だが決して手は緩めない。
ひびが広がる中、結界はギリギリで耐えていた。
「もう少しだ、結界を保っていてくれ!」
暁生の言葉を受けた結月は深く頷き、さらに集中を強めた。
暁生は刀を握り直し息を整えると、力強く地面を蹴り出し土蜘蛛の懐へと飛び込む。
人間離れをした素早い動きと、渾身の力を込めた緋い一閃が土蜘蛛を貫いた。
呻き声を上げながら巨体が徐々に崩れ落ちていく。
四つ目の光が薄らいでいき、ついに土蜘蛛は滅っせられた。
しかし、それで終わりではない。
穢れを浄化しなければ、また同じことの繰り返しになってしまう。
結月はその役割まで担っていることを理解していた。
すぐに土蜘蛛のそばに近寄り、膝をついて浄化を始める。
「光の御加護よ、穢れし魂を導き、安寧の時へ……!」
結月が発した詠唱に結界が反応し、光が清らかなものへと変わった。
暖かみのある光は、土蜘蛛が纏っていた闇を浄化していく。
土蜘蛛も消えまいとしばらく暴れようとしたが、結月の力にはかなわず、次第に動かなくなった。
残された身体は徐々に淡い光の粒子となり、空へと向かい消え去っていった。
闇の気配が完全に払拭された屋敷には青空が晴れ渡り、清々しいほどの空気で満ちている。
「結月!」
全てが終わり暁生は疲労の色を見せながらも、明るい表情で結月の方へと歩み寄った。
「ありがとう、結月」
「とんでもないです、暁生様たちがいてくださったから。こちらこそ、ありがとうございます」
「いや、俺たち滅妖師だけでは駄目だった。結月がいてくれたから……」
ふと暁生の言葉が途切れた。
結月の身体が前のめりに揺れたのだ。
咄嗟に差し伸べた暁生の腕が、倒れそうになる結月を抱きとめた。
「……申し訳ございません、少し、めまいが……。こんなに神力を使ったことがなくて……」
結月の顔は蒼白としていた。
その言葉通り、どれほどの神力を使ったのかが一目でわかるほどだ。
「少し休んでいるといい」
暁生は結月を抱きかかえ微笑む。
彼の行動に驚いたものの、その腕から伝わってくる温もりと安心感から、自然と身体の力が抜けていた。
──お母さん、お父さん……。私、やったよ。
わずかに微笑んだ結月だったが、意識を保っていたのが限界に達する。
彼女はそのまま浅い眠りについた。
「……藤仁たちもよく耐えてくれた。ありがとう」
「いえ、暁生様の援護が我々の使命ですから」
左手を胸にかざしながら藤仁と護衛たちは敬礼をする。
緊張から解放された四人にも疲労感がどことなく漂っていた。
「藤仁。最初に言った通りだ、俺はこの銀髪の巫女と結婚する」
誇らしげに言った暁生に、藤仁はただ頷き再度敬礼をする。
藤仁からしても結月の力は申し分ないほどであったので、それを歓迎するかのように静かに微笑みを浮かべた。
「暁生様! お待ちください!」
平和を取り戻した庭園の静寂を破ったのは、紗和の母が出した金切り声だった。
その声に一瞬、空気が張り詰める。
這いつくばるように頭を下げた彼女の姿が、暁生たちの目に飛び込んだ。
32
あなたにおすすめの小説
無能の少女は鬼神に愛され娶られる
遠野まさみ
キャラ文芸
人とあやかしが隣り合わせに暮らしていたいにしえの時代、人の中に、破妖の力を持つ人がいた。
その一族の娘・咲は、破妖の力を持たず、家族から無能と罵られてきた。
ある日、咲が華族の怒りを買い、あやかしの餌として差し出されたところを、美貌の青年が咲を救う。
青年はおにかみの一族の長だと言い、咲を里に連れて帰りーーーー?
後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる
gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる