『春よ、君を守りたし ―中華恋絵巻―』の番外編

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花月、ふたりの春

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都が春の光に包まれたある日、黎花は早朝の庭に立っていた。
白梅が咲き誇り、薄紅の桃の蕾が風に揺れている。

「……春が来たのね」

彼女が呟いたその瞬間、背後から静かな足音がした。

「黎花、こんな朝に、ひとりで?」

「杜若……早起きしたのね」

「君が花を見ていると思ってね」

彼は笑って、彼女の隣に並ぶ。
武将としての風格は今なおその背に残るが、かつての鋭さは和らいでいた。

「私が都を離れていたあの頃、春は遠い夢のようでした」

「私も同じだった。剣を振るいながら、春の香りさえ忘れていた。――君がいなければ、私はまだ戦の中にいたかもしれない」

黎花は小さく笑う。

「今はこうして、あなたと並んで春を迎えている。奇跡のようね」

杜若は少し間を置いて、ふと彼女の手を取る。

「黎花、今日……一日、私と出かけないか?」

「……出かける?」

「王宮の外へ。あの町へ。久しぶりに、民の声を聞きたい。君と、並んで歩きたい」

黎花は驚きの表情を浮かべたあと、微笑んだ。

「ええ、行きましょう。ふたりで――春を探しに」



都の町はすでに朝市の活気に満ちていた。
香ばしい焼き菓子、色とりどりの絹織物、そして子供たちの笑い声。
黎花と杜若は、ごく普通の衣に身を包み、町の一角を歩いていた。

「……この道、覚えてるわ。昔、子供の頃に母と来たの」

「私は軍に上がる前、剣の修行に疲れて逃げ出した夜に来たことがある。……ここで初めて、人の笑顔を知ったんだ」

杜若の言葉に、黎花はふと足を止める。

「あなたが笑顔を見つけた町で、今こうして私と歩いている。――それが、きっと答えね」

杜若は照れたように目を逸らしながらも、彼女の手をしっかりと握りしめた。



ふたりが辿り着いたのは、小高い丘にある古い茶屋だった。

「昔、私が立ち寄ったのもここだった。まだ店が残っているとは……」

「少し休みましょう」

彼らは軒下の縁側に腰をかけ、茶をすすった。春風が柔らかく吹き、鳥のさえずりが遠くで響いていた。

「杜若、……こうしていると、まるで昔からこうだったみたい」

「君がそばにいる。そう思うだけで、すべてが正しかったように感じる」

黎花の目に、少し涙が浮かぶ。

「嬉しいの。私が君の隣にいることを、こうして誰にも隠さず、堂々と歩ける日が来るなんて――」

「黎花」

杜若が、彼女の手に口づけを落とす。

「これからも、こうして春を重ねよう。戦のない日々を。君とふたりで」

「ええ。どんな春も、冬も、私もあなたと共に歩くわ」

ふたりは微笑み合い、寄り添った。
風に揺れる花びらが、ふたりの肩を包みこむように舞い落ちていく。



それは、戦と裏切りの歳月を超えてようやく辿り着いた、小さな春の物語。

花の香に満ちたその丘で、ふたりは確かに、新しい季節を生きていた。
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