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第二十三章
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筆は過去を正すために
「筆録の修正……だと?」
文政庁の正庁。会議を主催する李元台は、杜若の申し出にしばし沈黙した。
周囲の筆官たちも、驚きというより――動揺していた。
「筆録は“過去の記録”である。訂正を許せば、真実が書き換えられる恐れが生じる。つまり……“筆録そのものの信用”を損なう危険もあるのだ」
だが杜若は、静かに、まっすぐに頭を下げた。
「その筆録が“すでに書き換えられている”のです。
私は、その“歪んだ真実”を正したいだけ。筆を執る者としての責務だと、信じています」
景融が横に立ち、声を添えた。
「筆録官・杜若は、原本と第三者の証言を提示しています。証人は、当時の上司・蒋季氏。改ざんの可能性を認める書面も提出済みです」
ざわめきの中で、筆官の一人が口を開いた。
「それでも、この修正が認められれば“記録の不変性”が揺らぐ。――たとえ今回の意図が正しくとも、他の官が“同じ道”を辿れば、混乱を招く」
「では聞きます」
杜若の声が、堂内に凛と響く。
「“不変性”の名の下に、偽りをそのまま残すのが正義なのでしょうか?
“筆録”とは、誰のためのものですか?」
一瞬、空気が凍った。
彼女の視線は、壇上の李元台へ向けられていた。
「……私は、筆録を“民の記憶”だと信じています。
その記憶が、誤ったまま未来に渡れば、正義の名の下に“不正”が温存されてしまう」
沈黙ののち、李元台は目を伏せ、そして深く頷いた。
「……よかろう。
文政庁の名において、筆録修正の特例手続きを認める。
ただし、今回限りとする」
*
こうして杜若は、“筆録修正聴聞会”という前代未聞の場に立った。
提示された原本、証人の書面、そして杜若自身の筆跡による再現――
全てが“改ざんされた事実”を裏付けていた。
最終的に、庁議にて正式な決議がなされた。
「蓮苑記録第三章末尾、追加文言は不正な改ざんと認定する」
「筆録官・杜若は、責任を果たしたものとし、その信任を再確認する」
拍手はなかった。ただ、静かにすべての官が――彼女に深く頭を下げた。
*
夕暮れの回廊。杜若は肩の力を抜いて歩く。
「……ようやく、“書きたかったこと”を取り戻せた気がします」
その背に、景融が微笑みながら寄り添った。
「君の筆が信じられると、全員が知ったんだ。
筆録は、誰が書くかがすべてだと」
「でも――筆録は、一人では書けないとも思います。
支えてくれる人がいて、守ってくれる人がいて、そして……信じてくれる誰かがいるから」
「それはつまり、私のことだな?」
「……景融さまって、そういうところだけ察しがいいのですね」
ふたりの笑い声が、日暮れの風に溶けていく。
そして、杜若の手には一本の新しい筆があった。
それは、景融が静かに贈ってくれたもの――
「これから書くのは、未来の記録だ」
(第二十三章 了)
「筆録の修正……だと?」
文政庁の正庁。会議を主催する李元台は、杜若の申し出にしばし沈黙した。
周囲の筆官たちも、驚きというより――動揺していた。
「筆録は“過去の記録”である。訂正を許せば、真実が書き換えられる恐れが生じる。つまり……“筆録そのものの信用”を損なう危険もあるのだ」
だが杜若は、静かに、まっすぐに頭を下げた。
「その筆録が“すでに書き換えられている”のです。
私は、その“歪んだ真実”を正したいだけ。筆を執る者としての責務だと、信じています」
景融が横に立ち、声を添えた。
「筆録官・杜若は、原本と第三者の証言を提示しています。証人は、当時の上司・蒋季氏。改ざんの可能性を認める書面も提出済みです」
ざわめきの中で、筆官の一人が口を開いた。
「それでも、この修正が認められれば“記録の不変性”が揺らぐ。――たとえ今回の意図が正しくとも、他の官が“同じ道”を辿れば、混乱を招く」
「では聞きます」
杜若の声が、堂内に凛と響く。
「“不変性”の名の下に、偽りをそのまま残すのが正義なのでしょうか?
“筆録”とは、誰のためのものですか?」
一瞬、空気が凍った。
彼女の視線は、壇上の李元台へ向けられていた。
「……私は、筆録を“民の記憶”だと信じています。
その記憶が、誤ったまま未来に渡れば、正義の名の下に“不正”が温存されてしまう」
沈黙ののち、李元台は目を伏せ、そして深く頷いた。
「……よかろう。
文政庁の名において、筆録修正の特例手続きを認める。
ただし、今回限りとする」
*
こうして杜若は、“筆録修正聴聞会”という前代未聞の場に立った。
提示された原本、証人の書面、そして杜若自身の筆跡による再現――
全てが“改ざんされた事実”を裏付けていた。
最終的に、庁議にて正式な決議がなされた。
「蓮苑記録第三章末尾、追加文言は不正な改ざんと認定する」
「筆録官・杜若は、責任を果たしたものとし、その信任を再確認する」
拍手はなかった。ただ、静かにすべての官が――彼女に深く頭を下げた。
*
夕暮れの回廊。杜若は肩の力を抜いて歩く。
「……ようやく、“書きたかったこと”を取り戻せた気がします」
その背に、景融が微笑みながら寄り添った。
「君の筆が信じられると、全員が知ったんだ。
筆録は、誰が書くかがすべてだと」
「でも――筆録は、一人では書けないとも思います。
支えてくれる人がいて、守ってくれる人がいて、そして……信じてくれる誰かがいるから」
「それはつまり、私のことだな?」
「……景融さまって、そういうところだけ察しがいいのですね」
ふたりの笑い声が、日暮れの風に溶けていく。
そして、杜若の手には一本の新しい筆があった。
それは、景融が静かに贈ってくれたもの――
「これから書くのは、未来の記録だ」
(第二十三章 了)
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