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第二十五章
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筆は民を裁くか
「この訴訟において、証拠として提出されたのは――文政庁筆録官・杜若による記録である」
廷吏の声が響くと、傍聴席にどよめきが起こった。
場所は都南部の小廷堂。
町医師・梁成が、不正医療と収賄の濡れ衣を着せられた民事訴訟の場だった。
本来、筆録は公的機関の記録であり、民事裁判では直接用いられることはない。
だが今回は特例だった。
杜若が記録した一篇――
「医師梁成、文政庁前にて無償診療の一幕」。
その中には、梁成が貧しい民に薬を無料で施していた事実、さらには証人の名前までもが詳細に記されていた。
「筆録が証拠になるなど、聞いたことがない!」
原告側の弁が反発する。
だが、裁を司る廷主は毅然と答えた。
「聞いたことがないことを理由に、真実を否定することはできぬ。
筆録は公務記録。そこに信頼性が認められるならば、証拠として採用するのは自然の理」
杜若は傍聴席にいた。
胸の奥で、何かが静かに燃える。
(筆は、ただ記録するだけではない――誰かの命をも、守る)
裁判の末、梁成は無罪。
冤罪は晴れ、原告の訴えは退けられた。
庶民の間では、「筆録の奇跡」として噂が広がり始めていた。
*
その夜。
景融は、杜若に手紙を一通手渡した。
「……これは?」
「“筆録の裁判使用を制限せよ”という密命文書。発信者は――裴俊ではない」
「……?」
「その背後に、“外政府”の影がある」
外政府――それはかつて、他国との交易や秘密外交を担った、今は閉ざされた府である。
表向きには廃止されたが、未だ影響力を持ち、時折政庁の人事や記録にも介入してくるという。
「つまり、私たちの筆が届いた先に、“触れてはならない過去”があるのかもしれない」
「……それでも、書きます。
真実が誰かを傷つけても、それを記す筆がなければ、誰も未来を見られない」
「ならば私は、お前が倒れぬように守る。
君の筆が、正しく振るわれる限り」
*
その翌日。
杜若のもとに、都北より一通の依頼状が届いた。
「筆録官・杜若殿
我が村にて、近年不可解な税徴収が相次ぎ、民が困窮しております。
つきましては、実情の記録を願えぬでしょうか――
筆が、村の光となることを信じております」
杜若は、依頼状を胸に抱いた。
「筆は、誰のために書かれるべきか――
私は、それを忘れずにいたい」
そのまなざしの先には、遠くに霞む北の村の灯が、静かに揺れていた。
(第二十五章 了)
「この訴訟において、証拠として提出されたのは――文政庁筆録官・杜若による記録である」
廷吏の声が響くと、傍聴席にどよめきが起こった。
場所は都南部の小廷堂。
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本来、筆録は公的機関の記録であり、民事裁判では直接用いられることはない。
だが今回は特例だった。
杜若が記録した一篇――
「医師梁成、文政庁前にて無償診療の一幕」。
その中には、梁成が貧しい民に薬を無料で施していた事実、さらには証人の名前までもが詳細に記されていた。
「筆録が証拠になるなど、聞いたことがない!」
原告側の弁が反発する。
だが、裁を司る廷主は毅然と答えた。
「聞いたことがないことを理由に、真実を否定することはできぬ。
筆録は公務記録。そこに信頼性が認められるならば、証拠として採用するのは自然の理」
杜若は傍聴席にいた。
胸の奥で、何かが静かに燃える。
(筆は、ただ記録するだけではない――誰かの命をも、守る)
裁判の末、梁成は無罪。
冤罪は晴れ、原告の訴えは退けられた。
庶民の間では、「筆録の奇跡」として噂が広がり始めていた。
*
その夜。
景融は、杜若に手紙を一通手渡した。
「……これは?」
「“筆録の裁判使用を制限せよ”という密命文書。発信者は――裴俊ではない」
「……?」
「その背後に、“外政府”の影がある」
外政府――それはかつて、他国との交易や秘密外交を担った、今は閉ざされた府である。
表向きには廃止されたが、未だ影響力を持ち、時折政庁の人事や記録にも介入してくるという。
「つまり、私たちの筆が届いた先に、“触れてはならない過去”があるのかもしれない」
「……それでも、書きます。
真実が誰かを傷つけても、それを記す筆がなければ、誰も未来を見られない」
「ならば私は、お前が倒れぬように守る。
君の筆が、正しく振るわれる限り」
*
その翌日。
杜若のもとに、都北より一通の依頼状が届いた。
「筆録官・杜若殿
我が村にて、近年不可解な税徴収が相次ぎ、民が困窮しております。
つきましては、実情の記録を願えぬでしょうか――
筆が、村の光となることを信じております」
杜若は、依頼状を胸に抱いた。
「筆は、誰のために書かれるべきか――
私は、それを忘れずにいたい」
そのまなざしの先には、遠くに霞む北の村の灯が、静かに揺れていた。
(第二十五章 了)
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