『春よ、君を守りたし ―中華恋絵巻―』前日譚

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第二十五章

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筆は民を裁くか

「この訴訟において、証拠として提出されたのは――文政庁筆録官・杜若による記録である」

廷吏の声が響くと、傍聴席にどよめきが起こった。

場所は都南部の小廷堂。
町医師・梁成が、不正医療と収賄の濡れ衣を着せられた民事訴訟の場だった。

本来、筆録は公的機関の記録であり、民事裁判では直接用いられることはない。
だが今回は特例だった。

杜若が記録した一篇――
「医師梁成、文政庁前にて無償診療の一幕」。
その中には、梁成が貧しい民に薬を無料で施していた事実、さらには証人の名前までもが詳細に記されていた。

「筆録が証拠になるなど、聞いたことがない!」

原告側の弁が反発する。

だが、裁を司る廷主は毅然と答えた。

「聞いたことがないことを理由に、真実を否定することはできぬ。
筆録は公務記録。そこに信頼性が認められるならば、証拠として採用するのは自然の理」

杜若は傍聴席にいた。
胸の奥で、何かが静かに燃える。

(筆は、ただ記録するだけではない――誰かの命をも、守る)

裁判の末、梁成は無罪。
冤罪は晴れ、原告の訴えは退けられた。

庶民の間では、「筆録の奇跡」として噂が広がり始めていた。



その夜。

景融は、杜若に手紙を一通手渡した。

「……これは?」

「“筆録の裁判使用を制限せよ”という密命文書。発信者は――裴俊ではない」

「……?」

「その背後に、“外政府”の影がある」

外政府――それはかつて、他国との交易や秘密外交を担った、今は閉ざされた府である。
表向きには廃止されたが、未だ影響力を持ち、時折政庁の人事や記録にも介入してくるという。

「つまり、私たちの筆が届いた先に、“触れてはならない過去”があるのかもしれない」

「……それでも、書きます。
真実が誰かを傷つけても、それを記す筆がなければ、誰も未来を見られない」

「ならば私は、お前が倒れぬように守る。
君の筆が、正しく振るわれる限り」



その翌日。

杜若のもとに、都北より一通の依頼状が届いた。

「筆録官・杜若殿
我が村にて、近年不可解な税徴収が相次ぎ、民が困窮しております。
つきましては、実情の記録を願えぬでしょうか――
筆が、村の光となることを信じております」

杜若は、依頼状を胸に抱いた。

「筆は、誰のために書かれるべきか――
私は、それを忘れずにいたい」

そのまなざしの先には、遠くに霞む北の村の灯が、静かに揺れていた。

(第二十五章 了)
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