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第4章
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一体どういう構造なのかは分からないが、明らかに外観よりも広いそこは、外の静寂が嘘のように騒がしい。
どこから湧いたのかと思うほどの人が溢れ、置かれた大小様様なテーブルを囲むようにして、そこかしこに人だかりができている。
意外だったのはその広さだけではなく、店内の装飾がまるで貴族の夜会に設られた遊技場のごとく洒落ており、見目の良い店員や薄暗い照明も相まって、とても違法賭博場だとは思えない妖艶な雰囲気を醸し出していることだ。
時折いくつかのテーブルで歓声とも怒号ともつかない声が上がり、その場を逃げ出すようにして出てくる者、座り込んで泣き崩れる者、周囲に向かって叫ぶ者などがいるのは、この場の常なのだろうか。
性別でいえば男性客の方が多いようだが、年齢の幅はかなり広い。
明らかに労働者階級と思われる身なりの者と、服装や所作が洗練されて華やかな者もいるその場は、まるで玩具箱を無造作にひっくり返したように雑多で、キアラは半ば呆然としながら見渡す。
「キアラ、大丈夫?」
「え、ええ…何だか雰囲気に圧倒されますね…それにしても、意外と簡単に入れて良かったです。ポケットの中を見られるだけでしたし。」
「まあ、入場の符牒はグレゴリオから教えてもらってたしね。それに、騙しやすそうなカモは一人でも多い方がいいって思ったんじゃないかな。」
「……なんでこちらを見るんです。」
「別に、他意はないよ?」
にっこり笑うジャンヌに冷たい一瞥をくれた後、キアラはブルーノがいないかと店内を見渡す。
だが、人だかりのせいでよく見えない上に、この広さと薄暗さでは、たとえすれ違っても気が付かないかもしれない。
立ち尽くすキアラの肩をジャンヌがそっと引き寄せ、素早く耳元に囁く。
「とりあえず、ここで行われている賭けがどんなものか確認しようか。…そうだな、左のテーブルに。」
「え、あ、はい!」
ジャンヌに促されて足を進めたテーブルには、仕立ての良いスリーピースに身を包んだ男性ディーラーと、それを囲むようにして4人の男が着席していた。
彼らの手元にあるように、どうやらこのテーブルではカードゲームが行われているようだ。
ちょうどゲームが終わるところだったようで、プレイヤーの1人が勝利の声を上げた。と言うよりも、身体の逞しさと声量から言うと雄叫びか。
周囲のギャラリーからも拍手と歓声が巻き起こった。
「っしゃああああ!!」
「プレイヤー3rd様に賭け金が移ります。おめでとうございます。」
「ちょろいな!!今日は幸運の神がついてるみたいだぜ!」
まるで貼り付けたような笑顔のディーラーにより、各プレイヤーの前に積まれていたチップが「3rd」へと移される。
それがどの程度の値打ちなのかキアラには分からなかったが、男性の喜びようと見物客の興奮度合いから察するに相当なものなのだろう。
「……なるほどね。」
ジャンヌはそう呟くと、人だかりの中へと躊躇いもなく入っていく。
「ちょっ!ジャッ…えっと…」
男装姿の、いや、そもそも男なのだからそんな注釈をすること自体が意味不明なのだが、とにかく今は男にしか見えないジャンヌをなんと呼んでよいものか迷っているうちに、彼はあっさりと席に着いてしまった。
しかも優美な笑顔まで浮かべて。
「俺も参加したい。いいか?」
「勿論です。ゲームはブラックジャックとなります。」
「ブラックジャックは得意な方なんだ。」
その言葉を聞き、先程のゲームで勝った男が鼻白んだ。
ガッチリとした肩を怒らせ、でかい尻を窮屈そうに椅子に押し込む。
「フンッ、ほざいてろ。俺ももう一回だ。」
「畏まりました。では、新たなプレイヤーとなりますお客様は、便宜上5th様とお呼びします。」
「OK。」
なっ!何で参加することになってるの?!
「確認」って言うから、外から見ているだけかと思ったのに!
新たな参戦者に盛り上がりを見せる観客たち。
キアラはその中に混じって抗議の目をジャンヌに向けてみるが、見えているはずの彼は涼しい顔でそれを受け流す。
しかも、女性客達からは「あら素敵」とか「やだ、いい男」とか聞こえ、何だか益々面白くない。
その「いい男」、普段はノッリノリで女装してますけどね!?
と言ってやりたいのを我慢し、とにかくジャンヌを見守ることにする。
というか、ブラックジャックなる名称さえ初めてきいたキアラに出来ることなどない。
痛い目みたって、知らないんだから!
と思ったキアラはそれからたった20分後、何食わぬ顔で参加客に痛い目をみせるジャンヌに恐怖することになる。
「スペードのジャック、ダイヤの10。プレイヤー5th様の勝利です。」
「クソ!またかよっ!」
先程まで注がれていた周囲の熱気と視線は、完全に「3rd」から「5th」、つまりジャンヌへと移っている。
「言っただろ?ブラックジャックは得意な方だって。」
「くっ………」
ジャンヌの前には積みきれないチップが雪崩れを起こし、その額を想像するのも恐ろしい。
盛り上がりを増す度にどこからともなく現れた女性たちを背後に付け、尊大な態度で「3rd」を煽る見目麗しいその姿は、控えめに言って悪魔のようだ。
すごいとか、カッコいいとかじゃなくて
こっわ!
「さて、俺はもういいかな。他のゲームもしてみたいし。」
「畏まりました。チップはどのようにいたしますか?」
「そうだな、そちらで…」
「おいっ!このまま逃げる気か!」
ディーラーへの返答に、別の声が重なる。
あっと思った時には、真っ赤な顔の「3rd」がジャンヌの胸倉を掴んでいた。
女達が散って周囲も騒めく中、キアラは驚きに声も出せない。
だが、当の本人は不快そうに眉根を寄せただけで、全く動じる様子がない。
「…はぁ、今日はこんなのばっかりだな。何が悲しくて、こんなむさ苦しいのばっかりなんだよ…」
「あぁ?!」
キアラにはよく聞こえなかったが、どうやらジャンヌの呟きが火に油…いや、ガソリンを注いだらしい。
男が岩のように大きな拳を振り上げ、周囲に混じってキアラも悲鳴を上げた。
だが次の瞬間、信じられないものを目にする。
ジャンヌは男の拳を左手で弾き返すと、その反動を使って握り込んだ右手を男の顎めがけて叩き込んだのだ。
つまり、殴られ、ふらふらと目の前で倒れたのは「3rd」の方。
何が起こったのか理解できなかった周囲は、しんと静まり返る。
こ………ここここっわ!!!
一方、周囲を恐怖のどん底に落としめた当の本人は、シャツを正しながらディーラーに向き直ると、まるで何もなかったかのように会話を再開した。
「チップは一旦そちらで預かってもらえるか?」
一瞬あっけに取らていたディーラーだったが、すぐに正気に戻ったようで、ジャンヌに頷きを返した。
嘘くさい笑顔が剥がれ、面白いものを見たと言わんばかりの笑顔を向ける彼も相当肝が据わっている。
「承知いたしました。換金紙をお渡ししますのでお待ちください。」
「ありがとう。」
そうしてディーラーは人を呼ぶと、換金額を書いた小切手のような紙をジャンヌに渡し、人を呼んで床に転がる男を片付けさせた。
周囲に集まっていた人々も、見せ物が終わったことを悟ると方々へと散っていき、すぐに落ち着きを取り戻す。
改めてその場の異常性を感じる。
「ただいま。」
「………」
いや、感じたのはこの男の異常性か。
笑顔で手を挙げ、壁際に立つキアラの元へと戻ってきた男の顔を、キアラはまじまじと見る。
「……そんなに見つめられると、照れるな。」
「本当に人かどうかを確かめていたんです。」
「何て?」
本当に悪魔とかだったらどうしよう。
「すみません、ファンタジーなことを考えて…」
「いや絶対良い意味のファンタジーじゃないよね、その顔?どっちかっていうとホラーなこと考えてる顔だよね?何で目逸らすかな?!」
いつもの調子に戻ったジャンヌに、キアラは内心ホッとする。
「はぁ…いつものめんどくさいジャンヌに戻りましたね。」
「それ、そんなに良い笑顔で言うセリフ?!」
「はいはい。それより、ツイていて良かったですね。3rd様?の方が直前までは運が良かったようですが。」
「え?キアラはさっきのが全部運だと思ってるの?」
「違うんですか?賭け事というのは、てっきり全て運任せなのかと…いえ、確かにそれだとお店の稼ぎも運次第になっちゃいますね…」
ジャンヌは、こういうところは胴元、つまり運営側が儲かるように出来ていると言っていた。
ここが違法賭博場であることを考えても、儲けがなければわざわざ運営する意味はない。
「うん、キアラのそういう純粋なところはそのままにしておきたいな、俺は。」
「あ、馬鹿にしてますね?」
ムッと口を尖らせると、ジャンヌは目を細める。
その顔の優しさに一瞬胸がドキリとする。
「褒め言葉だよ。でも、それだとキアラを騙してるみたいな気持ちにもなるから少し種明かしをすると、さっき俺が勝ったのはイカサマしたから。」
「はっ?!イカむぅ…?!」
言い終わらぬうちに、ジャンヌの長い人差し指がキアラの唇に封をし、その冷たい感触に目を見開く。
「声が大きいよ。」
恥ずかしさに顔が赤くなるキアラを楽しげに見やりながら、そのままジャンヌの説明は続く。
「カウンティングって言ってね。引かれたカードを覚えて、まだ引かれてないカードを予測する方法なんだ。ブラックジャックは手持ちのカードの合計値が21に一番近い人間が勝つゲームだから、出るカードが分かれば勝率は上がるだろ?」
「引かれたカードを覚える…」
って、どんだけ記憶力いいの?!
ゲーム中、全員に配られたカードを覚えたってこと?!
カードゲームに関してはズブの素人であるキアラでも分かる途方もない方法だ。
唇に当てた指をゆっくりと離すと、今度はその手をさりげなく頬へと滑らせ、ジャンヌがニヤリと笑う。
「多くの賭け場では禁止行為とされてるんだ。でも、実際やれる人間はそう多くないかも。どう、ちょっと見直した?」
ちょ、ちょっと、手!!
そんな顔で、頬を触るの必要?!
と思いながらも、なぜか手を払う気にはならない。
自信溢れる態度と、様になる気障な仕草にドキドキしてしまうのが悔しくて、何か言い返さねばと口を動かす。
「…さすが、手慣れてますね。」
「え?」
「えっ?!」
飛び出した自分の言葉に、その声の低さに自分でも驚く。
「さ、さっきも沢山の女性の話題の的でしたよ!最後なんか、後ろに侍らせてましたしね!それがまた様になるったら。手慣れてる人はやっぱり違いますね。」
いや、違う!
こんなことが言いたかったわけでは!
ほら、ジャンヌも意味不明でポカンとしてる!
「いや、違います!そうではなく、その、ジャンヌがカッコいいから…違う!そうじゃなくて、だから、あの…」
弁解を試みるも、もはや自分が何を言いたかったのかも分からなくなってきた。
ただ、ジャンヌの仕草にドキドキしていただけだったはずなのだが。
「キアラ…」
「はい!すみません!何か変なこと言ってしまいましムグっ」
恥ずかしさに顔を逸らすと、今度はその両手に顔を捕らえられる。
ゆっくりと優しく、だが有無を言わせない強さで顔を戻される。
「キアラ。」
「……何でそんなに嬉しそうなんです?」
目は緩み、ニヤけるのを何とか堪えるように唇を噛み締めている。
「だって、キアラが俺を喜ばせるから。」
「え…?意味がわからないことを言う、ではなく?」
「もしかして、無自覚なの?はぁ…何これ、どんな拷問…」
「拷問…ですよね!すみません、訳わからないことを言って…だって、ジャンヌがドキドキさせるから…」
「待ってキアラ!あーー!今俺の理性が試されてるー!」
そう言って頭を抱え込んだジャンヌは、キアラからようやく手を離す。
ジャンヌの言動はよく分からないが、解放されたキアラはこっそり安堵の息を吐いた。
そんな2人の間に、突然クスクスと小さな笑い声が降りかかる。
振り向くと、先程の男性ディーラーが立っていた。
どこから湧いたのかと思うほどの人が溢れ、置かれた大小様様なテーブルを囲むようにして、そこかしこに人だかりができている。
意外だったのはその広さだけではなく、店内の装飾がまるで貴族の夜会に設られた遊技場のごとく洒落ており、見目の良い店員や薄暗い照明も相まって、とても違法賭博場だとは思えない妖艶な雰囲気を醸し出していることだ。
時折いくつかのテーブルで歓声とも怒号ともつかない声が上がり、その場を逃げ出すようにして出てくる者、座り込んで泣き崩れる者、周囲に向かって叫ぶ者などがいるのは、この場の常なのだろうか。
性別でいえば男性客の方が多いようだが、年齢の幅はかなり広い。
明らかに労働者階級と思われる身なりの者と、服装や所作が洗練されて華やかな者もいるその場は、まるで玩具箱を無造作にひっくり返したように雑多で、キアラは半ば呆然としながら見渡す。
「キアラ、大丈夫?」
「え、ええ…何だか雰囲気に圧倒されますね…それにしても、意外と簡単に入れて良かったです。ポケットの中を見られるだけでしたし。」
「まあ、入場の符牒はグレゴリオから教えてもらってたしね。それに、騙しやすそうなカモは一人でも多い方がいいって思ったんじゃないかな。」
「……なんでこちらを見るんです。」
「別に、他意はないよ?」
にっこり笑うジャンヌに冷たい一瞥をくれた後、キアラはブルーノがいないかと店内を見渡す。
だが、人だかりのせいでよく見えない上に、この広さと薄暗さでは、たとえすれ違っても気が付かないかもしれない。
立ち尽くすキアラの肩をジャンヌがそっと引き寄せ、素早く耳元に囁く。
「とりあえず、ここで行われている賭けがどんなものか確認しようか。…そうだな、左のテーブルに。」
「え、あ、はい!」
ジャンヌに促されて足を進めたテーブルには、仕立ての良いスリーピースに身を包んだ男性ディーラーと、それを囲むようにして4人の男が着席していた。
彼らの手元にあるように、どうやらこのテーブルではカードゲームが行われているようだ。
ちょうどゲームが終わるところだったようで、プレイヤーの1人が勝利の声を上げた。と言うよりも、身体の逞しさと声量から言うと雄叫びか。
周囲のギャラリーからも拍手と歓声が巻き起こった。
「っしゃああああ!!」
「プレイヤー3rd様に賭け金が移ります。おめでとうございます。」
「ちょろいな!!今日は幸運の神がついてるみたいだぜ!」
まるで貼り付けたような笑顔のディーラーにより、各プレイヤーの前に積まれていたチップが「3rd」へと移される。
それがどの程度の値打ちなのかキアラには分からなかったが、男性の喜びようと見物客の興奮度合いから察するに相当なものなのだろう。
「……なるほどね。」
ジャンヌはそう呟くと、人だかりの中へと躊躇いもなく入っていく。
「ちょっ!ジャッ…えっと…」
男装姿の、いや、そもそも男なのだからそんな注釈をすること自体が意味不明なのだが、とにかく今は男にしか見えないジャンヌをなんと呼んでよいものか迷っているうちに、彼はあっさりと席に着いてしまった。
しかも優美な笑顔まで浮かべて。
「俺も参加したい。いいか?」
「勿論です。ゲームはブラックジャックとなります。」
「ブラックジャックは得意な方なんだ。」
その言葉を聞き、先程のゲームで勝った男が鼻白んだ。
ガッチリとした肩を怒らせ、でかい尻を窮屈そうに椅子に押し込む。
「フンッ、ほざいてろ。俺ももう一回だ。」
「畏まりました。では、新たなプレイヤーとなりますお客様は、便宜上5th様とお呼びします。」
「OK。」
なっ!何で参加することになってるの?!
「確認」って言うから、外から見ているだけかと思ったのに!
新たな参戦者に盛り上がりを見せる観客たち。
キアラはその中に混じって抗議の目をジャンヌに向けてみるが、見えているはずの彼は涼しい顔でそれを受け流す。
しかも、女性客達からは「あら素敵」とか「やだ、いい男」とか聞こえ、何だか益々面白くない。
その「いい男」、普段はノッリノリで女装してますけどね!?
と言ってやりたいのを我慢し、とにかくジャンヌを見守ることにする。
というか、ブラックジャックなる名称さえ初めてきいたキアラに出来ることなどない。
痛い目みたって、知らないんだから!
と思ったキアラはそれからたった20分後、何食わぬ顔で参加客に痛い目をみせるジャンヌに恐怖することになる。
「スペードのジャック、ダイヤの10。プレイヤー5th様の勝利です。」
「クソ!またかよっ!」
先程まで注がれていた周囲の熱気と視線は、完全に「3rd」から「5th」、つまりジャンヌへと移っている。
「言っただろ?ブラックジャックは得意な方だって。」
「くっ………」
ジャンヌの前には積みきれないチップが雪崩れを起こし、その額を想像するのも恐ろしい。
盛り上がりを増す度にどこからともなく現れた女性たちを背後に付け、尊大な態度で「3rd」を煽る見目麗しいその姿は、控えめに言って悪魔のようだ。
すごいとか、カッコいいとかじゃなくて
こっわ!
「さて、俺はもういいかな。他のゲームもしてみたいし。」
「畏まりました。チップはどのようにいたしますか?」
「そうだな、そちらで…」
「おいっ!このまま逃げる気か!」
ディーラーへの返答に、別の声が重なる。
あっと思った時には、真っ赤な顔の「3rd」がジャンヌの胸倉を掴んでいた。
女達が散って周囲も騒めく中、キアラは驚きに声も出せない。
だが、当の本人は不快そうに眉根を寄せただけで、全く動じる様子がない。
「…はぁ、今日はこんなのばっかりだな。何が悲しくて、こんなむさ苦しいのばっかりなんだよ…」
「あぁ?!」
キアラにはよく聞こえなかったが、どうやらジャンヌの呟きが火に油…いや、ガソリンを注いだらしい。
男が岩のように大きな拳を振り上げ、周囲に混じってキアラも悲鳴を上げた。
だが次の瞬間、信じられないものを目にする。
ジャンヌは男の拳を左手で弾き返すと、その反動を使って握り込んだ右手を男の顎めがけて叩き込んだのだ。
つまり、殴られ、ふらふらと目の前で倒れたのは「3rd」の方。
何が起こったのか理解できなかった周囲は、しんと静まり返る。
こ………ここここっわ!!!
一方、周囲を恐怖のどん底に落としめた当の本人は、シャツを正しながらディーラーに向き直ると、まるで何もなかったかのように会話を再開した。
「チップは一旦そちらで預かってもらえるか?」
一瞬あっけに取らていたディーラーだったが、すぐに正気に戻ったようで、ジャンヌに頷きを返した。
嘘くさい笑顔が剥がれ、面白いものを見たと言わんばかりの笑顔を向ける彼も相当肝が据わっている。
「承知いたしました。換金紙をお渡ししますのでお待ちください。」
「ありがとう。」
そうしてディーラーは人を呼ぶと、換金額を書いた小切手のような紙をジャンヌに渡し、人を呼んで床に転がる男を片付けさせた。
周囲に集まっていた人々も、見せ物が終わったことを悟ると方々へと散っていき、すぐに落ち着きを取り戻す。
改めてその場の異常性を感じる。
「ただいま。」
「………」
いや、感じたのはこの男の異常性か。
笑顔で手を挙げ、壁際に立つキアラの元へと戻ってきた男の顔を、キアラはまじまじと見る。
「……そんなに見つめられると、照れるな。」
「本当に人かどうかを確かめていたんです。」
「何て?」
本当に悪魔とかだったらどうしよう。
「すみません、ファンタジーなことを考えて…」
「いや絶対良い意味のファンタジーじゃないよね、その顔?どっちかっていうとホラーなこと考えてる顔だよね?何で目逸らすかな?!」
いつもの調子に戻ったジャンヌに、キアラは内心ホッとする。
「はぁ…いつものめんどくさいジャンヌに戻りましたね。」
「それ、そんなに良い笑顔で言うセリフ?!」
「はいはい。それより、ツイていて良かったですね。3rd様?の方が直前までは運が良かったようですが。」
「え?キアラはさっきのが全部運だと思ってるの?」
「違うんですか?賭け事というのは、てっきり全て運任せなのかと…いえ、確かにそれだとお店の稼ぎも運次第になっちゃいますね…」
ジャンヌは、こういうところは胴元、つまり運営側が儲かるように出来ていると言っていた。
ここが違法賭博場であることを考えても、儲けがなければわざわざ運営する意味はない。
「うん、キアラのそういう純粋なところはそのままにしておきたいな、俺は。」
「あ、馬鹿にしてますね?」
ムッと口を尖らせると、ジャンヌは目を細める。
その顔の優しさに一瞬胸がドキリとする。
「褒め言葉だよ。でも、それだとキアラを騙してるみたいな気持ちにもなるから少し種明かしをすると、さっき俺が勝ったのはイカサマしたから。」
「はっ?!イカむぅ…?!」
言い終わらぬうちに、ジャンヌの長い人差し指がキアラの唇に封をし、その冷たい感触に目を見開く。
「声が大きいよ。」
恥ずかしさに顔が赤くなるキアラを楽しげに見やりながら、そのままジャンヌの説明は続く。
「カウンティングって言ってね。引かれたカードを覚えて、まだ引かれてないカードを予測する方法なんだ。ブラックジャックは手持ちのカードの合計値が21に一番近い人間が勝つゲームだから、出るカードが分かれば勝率は上がるだろ?」
「引かれたカードを覚える…」
って、どんだけ記憶力いいの?!
ゲーム中、全員に配られたカードを覚えたってこと?!
カードゲームに関してはズブの素人であるキアラでも分かる途方もない方法だ。
唇に当てた指をゆっくりと離すと、今度はその手をさりげなく頬へと滑らせ、ジャンヌがニヤリと笑う。
「多くの賭け場では禁止行為とされてるんだ。でも、実際やれる人間はそう多くないかも。どう、ちょっと見直した?」
ちょ、ちょっと、手!!
そんな顔で、頬を触るの必要?!
と思いながらも、なぜか手を払う気にはならない。
自信溢れる態度と、様になる気障な仕草にドキドキしてしまうのが悔しくて、何か言い返さねばと口を動かす。
「…さすが、手慣れてますね。」
「え?」
「えっ?!」
飛び出した自分の言葉に、その声の低さに自分でも驚く。
「さ、さっきも沢山の女性の話題の的でしたよ!最後なんか、後ろに侍らせてましたしね!それがまた様になるったら。手慣れてる人はやっぱり違いますね。」
いや、違う!
こんなことが言いたかったわけでは!
ほら、ジャンヌも意味不明でポカンとしてる!
「いや、違います!そうではなく、その、ジャンヌがカッコいいから…違う!そうじゃなくて、だから、あの…」
弁解を試みるも、もはや自分が何を言いたかったのかも分からなくなってきた。
ただ、ジャンヌの仕草にドキドキしていただけだったはずなのだが。
「キアラ…」
「はい!すみません!何か変なこと言ってしまいましムグっ」
恥ずかしさに顔を逸らすと、今度はその両手に顔を捕らえられる。
ゆっくりと優しく、だが有無を言わせない強さで顔を戻される。
「キアラ。」
「……何でそんなに嬉しそうなんです?」
目は緩み、ニヤけるのを何とか堪えるように唇を噛み締めている。
「だって、キアラが俺を喜ばせるから。」
「え…?意味がわからないことを言う、ではなく?」
「もしかして、無自覚なの?はぁ…何これ、どんな拷問…」
「拷問…ですよね!すみません、訳わからないことを言って…だって、ジャンヌがドキドキさせるから…」
「待ってキアラ!あーー!今俺の理性が試されてるー!」
そう言って頭を抱え込んだジャンヌは、キアラからようやく手を離す。
ジャンヌの言動はよく分からないが、解放されたキアラはこっそり安堵の息を吐いた。
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