訳あり令嬢と訳あり侯爵の結婚

ポポロ

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訳ありの結婚

縁談

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早朝に食事と洗濯を済ませ、昼は家庭教師の仕事をしに街に出かける。
夜は領地周りの書類を片付け、夜中に掃除と妹のドレスの支度を行い、ようやく短い睡眠をとる。
そして、合間を縫うようにして妹と母からの詰りや謗りを受け、時には酔った父からの暴言と暴力まで受ける日々に、フィーナの心と身体が限界を訴え始めた頃、その生活は唐突に終わりを迎える。

「結婚…ですか?」

「そうだ。お前みたいなのを貰ってくれる先を見つけだんだ。この父に感謝するんだな」

向かいのソファに座り、上機嫌でワインを呷る父と、その空いたグラスにおかわりを注ぐ母。
フィーナの隣にはどうしてか口元を皮肉に歪める妹が座っている。
次の言葉で、そんな妹の顔の意味を知る。

「お父様の機転よ?本当は、ダントン子爵家の『最良の娘』をあちらはお望みなんだけど、私はあんな家に嫁ぐなんて真っ平ごめんだもの!それでお父様に相談したの。そしたら、名指しじゃないのなら、姉さんをやってもいいんじゃないかって」

「私も可愛いオルテンシアをあんな家に嫁がせるのは不憫でな。かといって上位貴族の申し出を無碍にもできんし」

「か弱いオルテンシアがあんな家に嫁いでは、この母も心配で眠れないわ。貴方の提案には大賛成です」

しきりに出てくる「あんな家」という単語に、フィーナの胸が嫌でもざわつく。
勿体ぶらずにさっさと家名を出してほしい。

「それに、私ならもっと素敵な方と結婚できるはずだもの。だから、あの家には姉さんに行ってもらうのが良いって。行き遅れの姉さんは嫁げるし、私はもっと私に見合った人と結婚できるし、みんな幸せでしょう?」

そうだと満足気に頷く父にフィーナは眉根を寄せる。

「ですが、今の我が家には持参金など用意できませんが…」

その言葉に父はややムッと口を尖らせる。

「ふんっ。お前は本当に可愛げがない!こういう時はまず親への感謝だろうが!まあ、いい。あちらは持参金などいらんと言っているからな」

(持参金がいらない?益々怪しい話だわ…)

ダントン家の窮状は、貴族の間ではほとんどの人間が知っていることだろう。
金に余裕のある家なら、そんな申し出をしてくるところがあるのも頷ける。
例えば、深い愛情がある場合。
もしくは、先方に何かしら後ろめたい理由がある場合、など。

「…それは、有難い申し出ですが…どちらの家なのですか?」

オルテンシアが意地の悪い笑みを浮かべた頬に手を当てる。
フィーナが傷つくことをする時、彼女はいつもこんな顔をする。

「ドワイト侯爵よ。あの、で有名な!」

「吸血…鬼…」

その名は社交会に疎いフィーナでさえ聞いたことがある。
滅多に人前に姿を表さず、血が通ってないのではと思わせるほど性格は極めて冷酷。
夜な夜な出掛けては女の生き血を啜ってるとか、使用人を殺して血のバスタブに身を浸してるとか、広い館には拷問部屋があるとか、とにかく暗い噂が絶えない。
人の噂などあてにならないが、こうして我が身に関わりが出てくると、火のないところに煙は…とも思えてくるものだ。

「やっだ!姉さんたら青い顔しちゃって!ただの噂じゃない。馬鹿みたぁい」

「侯爵家に嫁げるんだぞ!もっと喜べ!お前はこんな時まで辛気臭いな」

「そうよ、折角みんなが幸せになれる話なのに、どうして貴女はもっと嬉しいとか楽しいとか、明るい気持ちを持てないのかしら?はあ、本当に欠陥ばかりで…オルテンシアを見習ってほしいわね」

「やっぱり学校なんぞにこいつを通わせたのが悪かったな。いや、そんなお前でも役に立つ時がきたんだ!今まで何の役にも立たなかった分、慎んでこの話を受けろ」

大口を開けて品なく笑いながら2杯目のワインを空にする父。
やはり上機嫌なその様子を不可解に思うと同時に、この話がもはや決定事項であり、フィーナが否と言ったところで何も変わりはしないことを悟る。
むしろ反発した分、平手打ちの一つくらいは覚悟した方が良いだろう。
それくらいに浮かれている三人を前に、フィーナの心はすっと温度を無くした。

(この家だって十分化け物ばかりじゃない…)

自分も含めて。
小さく独りごちた後、フィーナはぐっとお腹に力を入れた。

「はい、慎んでお話をお受けいたします」

「当たり前だ!早速明日の昼には迎えが来るそうだから、用意をしておけよ!ああ、明日の朝食は作っておくように」

「…承知いたしました」

フィーナは急すぎる輿入れに驚いたが、考えてみれば持っていくものなど何もなく、持参金も必要ない。
であれば身一つ差し出すだけなのだから、明日でも支障はないと気付く。

「では、準備があるので失礼いたします」

「はあ、これで姉さんのくらーい顔見なくて済むかと思うと、せいせいしちゃうわ。あっ!アクセサリー類は私が使うんだから置いて行ってよね?姉さんは嫁ぐんだから、もう必要ないでしょう?」

「そうね、これから縁談のために必要なのはオルテンシアなんだもの。フィーナ、分かったわね?まだ使えそうな装飾品やドレスなんかは置いていくのよ?」

「…はい、分かりました」

最後の挨拶のつもりで一礼し部屋を出た。
背中で締めたドアの向こうからはしゃいだ声が聞こえ、フィーナはぎゅっと目を瞑る。
もはや涙も出ないことを確認すると、フィーナは毅然とした足取りで自室へと向かった。
途中、未だに残ってくれていた二人の使用人に声をかけるのを忘れない。
彼らと話が出来るのも最後なのだ。

二人がフィーナの自室に入ったのを見ると、鍵をかけるよう目線で指示する。
そして、引き出しを開けて底板をズラすと、中からフィーナの唯一ともいうべき財産を取り出した。

「急だけど、私は明日嫁ぐことになったの。二人には苦労ばかりかけたわね。これは私からの給金代わりよ。今までありがとう」

彼らの手にそれぞれ、祖父の形見である宝石を握らせる。

「お嬢様、受け取れませんわ!」

「そうですとも!私たちになど勿体ない!」

侍女頭のエマ、執事のアーノルド。
祖父の代からこの家に仕えてくれている二人は、給金の支払いが滞っても恩義を感じて残ってくれた。
明日食べるのにも困った時の最終手段として、なんとか家族から隠して残しておいた小さなアクセサリー。
純金にダイヤが嵌め込まれたブローチと指輪は、売ればいくらか凌げるだろう。

「あなたたちの献身でいえば、こんなもの100個贈ったって足りないわ。これまで本当にありがとう。でも、もうこの家にいてはダメよ。紹介状を書くから、どうか、あなたたちもここを出てちょうだい」

家族の反応から言って、この家を一度出ればフィーナの帰る場所はない、と分かっていた。
つまり、もう彼らを守ることもできないのだ。

「お嬢様…わたしは、お嬢様が…」

「エマ。そして、アーノルド。私の力が及ばなくてごめんなさい。私は二人に育てられたようなものよ。あなたたちの幸せを心から願ってるわ」

「お嬢様…」

フィーナの決意を見てとったアーノルドが、まだ言い募ろうとするエマの肩を抱いてそれを止めさせる。

「勿体ない、お言葉です…」

俯く二人を安心させようと、フィーナは笑ってみせた。
だから、その拍子に頬を伝ったのが涙だとは気付かないフリをした。















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