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訳ありの結婚
侯爵家
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予想通り、フィーナの荷物は古びたトランク1つに収まった。
家のことを一通り終えるとちょうど迎えの時間となったので、フィーナは一人玄関へと向かった。
待ってくれていたエマとアーノルドと最後の立ち話をしていると、2頭立ての立派な馬車が入ってきて、中から騎士のような制服にマント姿の姿勢の良い男が降りてきた。
少しウェーブがかった薄茶の髪を耳の辺りで切り揃え、人懐こそうな笑みを浮かべる彼の名前はオリバー・グレイ。
ドワイト侯爵家の遣いだと名乗り、流れるような立礼をした。
「お荷物は、これだけですか?」
「あ、はい…その、申し訳ございません」
これから嫁ぐのだと言うのに、フィーナの服装は母のおさがりを直したコートに、下は一昔前のデイドレス、そして荷物は古いトランクただ一つ。
おまけに見送りに当主が出てこないどころか、使用人二人だけという有様だ。
(我が家の状況をどれくらいご存知なのかしら…それとも、オルテンシアではないことを咎められるかしら…?)
何を言われるかと縮こまっていると、オリバーは少し驚いた顔をした後相好を崩す。
「お忘れ物がないかの確認で、他意はございません。では、当主が待っておりますので、よろしければ参りましょう。他に付き添いの方はいらっしゃらないのですか?」
「はい…私一人で参ります」
「そう、ですか…」
「やはり、不都合がございますか…?」
「いえいえ、むしろこちら側に配慮が足りておらず…道中では私と二人ですがよろしいでしょうか?」
眉を下げるオリバーが言うには、侯爵家までは馬車で駆けてもここからは5時間程かかるのだという。
そんな中、見知らぬ男性と二人で良いか気にしてくれているらしい。
貧相な身なりなどを咎められるかとビクついていたフィーナは、肩透かしをくらった気分になる。
「あの、私は構いません」
「そうですか…では、道中出来得る限り快適にお過ごしいただけるようにいたしますので、何かあればお気軽にお申し付けください」
優雅なエスコートを受け、そんな経験がほとんどないフィーナはドギマギしながら馬車へと乗り込んだ。
滑らかに動き出した馬車の車窓から、エマとアーノルドに笑顔で手を振った。
優しい笑顔を向けてくれる二人に、今度こそきちんと笑えていた自信がある。
後方の窓を振り返って見れば、二人はフィーナが見えなくなるまで深くお辞儀をしてくれていた。
「仲が宜しいのですね」
「え?」
言われて向き直れば、ニコニコと微笑むオリバーと目が合う。
「先程の使用人とは距離が近いのかと思ったのですが、違いましたか?」
「あ、はい。二人は幼い頃から当家に仕えておりまして、私の親…本当に良くしてくれました」
親代わりのようなものだ、と続けそうになってしまい口籠る。
では、実親との関係はどうなのかと探られるのはどことなく気まずい。
「そうですか」
ありがたいことにオリバーはそれ以上追求などせず、その後は領地のことや侯爵家到着後の予定などを丁寧に教えてくれた。
王都から遠く山林に囲まれた領地は都会暮らしの令嬢にとっては面白みがないかもしれないが、と前置きをしつつ、オリバーの話しぶりからは領地とそこを治める領主への愛情と尊敬が伺えた。
「もうすぐ山々が色付き、収穫祭も行われます。領内では大きな祭の一つですし、きっと楽しんでいただけると思いますよ」
「そういった行事にはあまり行ったことがないので、楽しみです」
などと、出発して1時間もすれば談笑に興じていた。
おそらく、久々に温かみを感じる人との交流に浮かれている部分もあったのだろう。
オリバーの口から語られる話に引き込まれたフィーネは、つまり、すっかり忘れていたのだ。
今から向かう先が「吸血鬼」などと言われる男の屋敷だということも、自分がそこに単身で嫁ぐのだということも。
***
ゴクリ…
滑稽な程に喉を鳴らしたフィーナの眼前には、屋敷、というよりももはや城と言った方が良い建物がそびえ立っている。
鬱蒼とした森の中に佇む、深い堀と高い石垣に囲まれた灰色の城。
その前で呆然と立ち尽くすフィーナの後ろ、小さな笑い声に振り向く。
馭者に指示を終えたオリバーが、フィーナの荷物を片手に近づいてくるところだった。
「失礼いたしました。驚かせてしまったようで申し訳ございません」
「いえ、こちらこそ事前に色々と把握できておらず…その、想像以上に…り、立派な作りなので驚きました」
「立派、とは非常に控えめなお言葉ありがとうございます。辺りに立ち込める霧のせいもありますが、森の中の幽霊城とでも言いたいような暗さと厳めしさでしょう?」
言い得て妙、とは口に出さなかったのだが、顔には出てしまったらしい。
オリバーがコロコロと笑う。
「古城をそのまま利用していまして。ご令嬢を怖がらせるのは不粋かとは思いますが、ここはご覧のように山深く、獣や盗賊も出やすいのです。なので、屋敷は守りを固くしており、案外理にかなった造りなのです」
「なるほど…」
だが、フィーナの納得は次の呟きで白く吹き飛ぶ。
「まあ、他にも理由はありますが…」
低く、呟くような声だった。
「え?」
「いえ、何でもありません。どうぞ、こちらです」
「は…はい…」
(今、他にも理由があるって言った…わよね?それって…?)
悲鳴が外に漏れないように。
人を引き入れても分からないように。
良からぬ行いを隠しやすいように。
外からというよりも、中のことが明るみに出ないように、ではないだろうか…?
自分の想像に、血の気が足元までストンと落ちる。
鉛のように重くなった足元を見ながらフィーナは考える。
これから自分は、嫁に行くのか、それとも…
家のことを一通り終えるとちょうど迎えの時間となったので、フィーナは一人玄関へと向かった。
待ってくれていたエマとアーノルドと最後の立ち話をしていると、2頭立ての立派な馬車が入ってきて、中から騎士のような制服にマント姿の姿勢の良い男が降りてきた。
少しウェーブがかった薄茶の髪を耳の辺りで切り揃え、人懐こそうな笑みを浮かべる彼の名前はオリバー・グレイ。
ドワイト侯爵家の遣いだと名乗り、流れるような立礼をした。
「お荷物は、これだけですか?」
「あ、はい…その、申し訳ございません」
これから嫁ぐのだと言うのに、フィーナの服装は母のおさがりを直したコートに、下は一昔前のデイドレス、そして荷物は古いトランクただ一つ。
おまけに見送りに当主が出てこないどころか、使用人二人だけという有様だ。
(我が家の状況をどれくらいご存知なのかしら…それとも、オルテンシアではないことを咎められるかしら…?)
何を言われるかと縮こまっていると、オリバーは少し驚いた顔をした後相好を崩す。
「お忘れ物がないかの確認で、他意はございません。では、当主が待っておりますので、よろしければ参りましょう。他に付き添いの方はいらっしゃらないのですか?」
「はい…私一人で参ります」
「そう、ですか…」
「やはり、不都合がございますか…?」
「いえいえ、むしろこちら側に配慮が足りておらず…道中では私と二人ですがよろしいでしょうか?」
眉を下げるオリバーが言うには、侯爵家までは馬車で駆けてもここからは5時間程かかるのだという。
そんな中、見知らぬ男性と二人で良いか気にしてくれているらしい。
貧相な身なりなどを咎められるかとビクついていたフィーナは、肩透かしをくらった気分になる。
「あの、私は構いません」
「そうですか…では、道中出来得る限り快適にお過ごしいただけるようにいたしますので、何かあればお気軽にお申し付けください」
優雅なエスコートを受け、そんな経験がほとんどないフィーナはドギマギしながら馬車へと乗り込んだ。
滑らかに動き出した馬車の車窓から、エマとアーノルドに笑顔で手を振った。
優しい笑顔を向けてくれる二人に、今度こそきちんと笑えていた自信がある。
後方の窓を振り返って見れば、二人はフィーナが見えなくなるまで深くお辞儀をしてくれていた。
「仲が宜しいのですね」
「え?」
言われて向き直れば、ニコニコと微笑むオリバーと目が合う。
「先程の使用人とは距離が近いのかと思ったのですが、違いましたか?」
「あ、はい。二人は幼い頃から当家に仕えておりまして、私の親…本当に良くしてくれました」
親代わりのようなものだ、と続けそうになってしまい口籠る。
では、実親との関係はどうなのかと探られるのはどことなく気まずい。
「そうですか」
ありがたいことにオリバーはそれ以上追求などせず、その後は領地のことや侯爵家到着後の予定などを丁寧に教えてくれた。
王都から遠く山林に囲まれた領地は都会暮らしの令嬢にとっては面白みがないかもしれないが、と前置きをしつつ、オリバーの話しぶりからは領地とそこを治める領主への愛情と尊敬が伺えた。
「もうすぐ山々が色付き、収穫祭も行われます。領内では大きな祭の一つですし、きっと楽しんでいただけると思いますよ」
「そういった行事にはあまり行ったことがないので、楽しみです」
などと、出発して1時間もすれば談笑に興じていた。
おそらく、久々に温かみを感じる人との交流に浮かれている部分もあったのだろう。
オリバーの口から語られる話に引き込まれたフィーネは、つまり、すっかり忘れていたのだ。
今から向かう先が「吸血鬼」などと言われる男の屋敷だということも、自分がそこに単身で嫁ぐのだということも。
***
ゴクリ…
滑稽な程に喉を鳴らしたフィーナの眼前には、屋敷、というよりももはや城と言った方が良い建物がそびえ立っている。
鬱蒼とした森の中に佇む、深い堀と高い石垣に囲まれた灰色の城。
その前で呆然と立ち尽くすフィーナの後ろ、小さな笑い声に振り向く。
馭者に指示を終えたオリバーが、フィーナの荷物を片手に近づいてくるところだった。
「失礼いたしました。驚かせてしまったようで申し訳ございません」
「いえ、こちらこそ事前に色々と把握できておらず…その、想像以上に…り、立派な作りなので驚きました」
「立派、とは非常に控えめなお言葉ありがとうございます。辺りに立ち込める霧のせいもありますが、森の中の幽霊城とでも言いたいような暗さと厳めしさでしょう?」
言い得て妙、とは口に出さなかったのだが、顔には出てしまったらしい。
オリバーがコロコロと笑う。
「古城をそのまま利用していまして。ご令嬢を怖がらせるのは不粋かとは思いますが、ここはご覧のように山深く、獣や盗賊も出やすいのです。なので、屋敷は守りを固くしており、案外理にかなった造りなのです」
「なるほど…」
だが、フィーナの納得は次の呟きで白く吹き飛ぶ。
「まあ、他にも理由はありますが…」
低く、呟くような声だった。
「え?」
「いえ、何でもありません。どうぞ、こちらです」
「は…はい…」
(今、他にも理由があるって言った…わよね?それって…?)
悲鳴が外に漏れないように。
人を引き入れても分からないように。
良からぬ行いを隠しやすいように。
外からというよりも、中のことが明るみに出ないように、ではないだろうか…?
自分の想像に、血の気が足元までストンと落ちる。
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