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訳ありの結婚
侯爵家の秘密
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「「フィーナ様。おはようございます」」
「…ん…おは……ようございますっ!」
目を開けた先に一対のお人形が…と思ったところで、今自分がどこにいるのかを急速に思い出して跳ね起きた。
長らく寝坊などしてこなかったのだが、昨晩はよほど疲れていたらしい。
謝りながら慌てるフィーナに、双子は気にした風もなく、今日も朝から色々と世話を焼こうとしてくれる。
着替えだけは固辞したものの、結局二人にほとんどされるがままで用意を終えて食堂に向かう道すがら、フィーナは昨日の奇妙な夢を思い出していた。
(絵が喋る、なんて…よっぽどこの屋敷の雰囲気に呑まれてたのね…)
そういえば夜中に胃が痛んだ気がするが、今はむしろ空腹なので、それさえも夢だったのかもしれない。
案内された食堂に入ると、大きなテーブルの奥、レインがすでに席について新聞を読んでいたため、フィーナは焦りのあまり夢のことなど吹き飛んでしまう。
「遅くなって申し訳ございません!」
「いや、私が早く来すぎただけだ。気にするな」
「あ、ありがとうございます」
フィーナがぎこちなく席に着くと、それを合図にするように料理がサーブされ始める。
その様子を見ながらも、フィーナの視線は自然とレインの姿へと向かっていた。
(やっぱり、とっても素敵な方だわ…)
明るいところで見れば、昨晩よりも妖艶な雰囲気は少し和らいで見えたが、ルビーのような瞳は変わらず美しい。
そこで、昨日の夢ではもっと近くにそれがあったな、などと思ってしまったのがいけない。
次いで、その腕にほとんど抱きしめられるような格好だったことまで思い出してしまい、勝手に熱くなった顔を俯ける。
(やだ!私ったら、はしたないわ…!)
「どうした?気分でも悪いのか?」
「い、いいえ!」
「そうか?顔が赤い気がするが」
レインがパンを千切るのをみて、「大丈夫です!」とフィーナも慌ててスプーンを手に取った。
温かなスープを数口飲んだところでレインが続ける。
「早速だが、この家のことについて話したい。といっても、昨晩のことで検討がついているかもしれないが」
「昨晩、ですか?」
「見ただろう?というか、あれは君が引き寄せたようなものだと思うが」
フィーナはレインの言っている意味が分からず戸惑う。
見た、とは何のことを言っているのだろうか。
「あの…」
「ああ、だが初日にしては刺激が強いものだったと思う。いるのは分かっていたのだが、中々出てこなくてな。まさかあのタイミングで出てくるとは私も思わなかった」
「出る」と言われたので、虫か動物でも出たのだろうかと記憶を辿るも、ここまでの道中を含めても思い浮かばない。
レインは一人納得してくれているようだが、彼は話を始める前に「この家のことについて」と言った。
であれば、曖昧なままで話を聞くのはこの後のことを考えてもよくないのでは、とフィーナは思った。
「あ、あの!侯爵様、質問してもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わん」
「失礼を承知で伺うのですが、何のお話か見えておらず…昨日、何か見せていただいたのでしょう…か?」
言葉が尻すぼみになったのは、自分の記憶に自信がなかったからだけではない。
目の前のレインの口が、あっけにとられたようにポカンと開いたからだ。
(侯爵様があんなお顔をなさるなんて…私、きっと何か重要なものを見せていただいたんだわ…!)
「覚えて、ないのか?昨夜の絵画を?」
「絵画?」
「うっかりあちら側に連れて行かれるところだったのにか?」
「あちら…側」
そこで、夢に見た絵の女性を思い出す。
ここから連れ出そうと笑顔で振り向いた彼女の姿と、誘うように差し出された小さな女性らしい手。
(ドロテア)
「あれは…夢……では…」
そこまで言って、レインが言わんとすることに思い当たる。
部屋は十分すぎるほど温められているというのに、フィーナの腕がざっと粟立った。
レインの顔から感情が消え、その相貌がフィーナをひたと見据える。
(愛する、ドロテア…私の…)
「夢では、ないぞ」
「!!」
衝撃と喪失が胸を締め付け、フィーナは短く息を吸った。
落としたスプーンがガチャンと耳障りな音を立て、跳ねたスープが周囲にシミを作る。
「あっ、し、失礼いたしましたっ…!」
レインの前でなんて粗相を!
そう思うのに、指先が冷えてうまく動かず、余計にあわあわとまごついてしまう。
すると、それを見かねたようにレインが席を立ったので、フィーナはくるであろう衝撃に身構える。
(きっと、叱られてしまう…!)
だが、思った衝撃はいつまでたってもこない。
怖怖と目を開けば、なんとレインが傍に膝を付いてこちらを見上げていた。
「落ち着け」
そういってゆっくりと伸ばされた手が、フィーナの頬をゆるゆると包む。
(温かい…)
レインの手の温度を感じ、フィーナの指先にも血が通い出す。
縫い留められるようにルビー色の瞳に見つめられるうちに、フィーナの心も落ち着きを取り戻した。
「大丈夫か」
「…はい。失礼いたしました…取り乱しまして」
「いや、多分君の中に残滓があったのだろう。私の配慮が足りなかった」
「残滓…?」
レインは少しだけ目を細めてフィーナを、というよりも、フィーナの中の何かを確認するように見つめた後、安心したように息を吐いて立ち上がった。
元の場所まで戻るかと思ったが、レインは使用人に目で合図してフィーナの近くに席を移すと、こぼれたスープも取替させた。
「今から話すのは君にとって荒唐無稽な話だろう。私のことは気にせず食べろ」
「え、そんな…」
「食事でもしながらでないと聞いてられん、という話だ。だから、遠慮せず食べなさい」
命令口調だが優しい目線に促され、フィーナはおずおずとパンをちぎって口に運んだ。
それを確認すると、レインは紅茶を一口すすってこう切り出した。
「我が一族は代々、いわゆる幽霊退治を生業にしている」
フィーナは手に持っていた丸パンを、新しくきたばかりのスープにぽちゃりと落とした。
******
ドワイト侯爵家。
深い森に囲まれた古城を屋敷とし、建国の時代から王家に忠誠を誓うその家には、代々不思議な力を持つ者が生まれた。
悪しき力を封じ、退け、光をもたらすその力を頼って、国内を問わず、時には遠く離れた国の者までが助けを乞いに訪れる。
不可思議な依頼自体に貧富の差などないが、富んでいる者ほど人の恨み辛みを買いやすいのは世の常だ。
初めは些細な問題解決への助力だったのだろうが、いつしか莫大な依頼料が絡むようになり、ついには王家も御用達の幽霊退治一族になったというのだから笑えない。
一体この世の人間はどれだけ呪い・呪われれば気が済むんだ?と憤りを感じない日はないほどの富貴な人々からの依頼に対応しながらも、与えられた領地運営も疎かにすることはできない激務の日々。
もともと奔放だった両親は成人したばかりの息子へと早々に爵位を譲ると、「解放された!」とばかりに、かねてより計画していた諸外国周遊の旅へと出てしまい数年が経つ。
自称「珍侯爵家」現当主ドワイト・レインは、そんな状況にも関わらず「早く嫁を」などと勧めてくる周囲の人間を片っ端から消し炭にしたくて仕方がなかったのだと宣った。
「だが、君が来てくれるとなれば消し炭にする手間は省けるな」
「…はぁ…」
優雅に紅茶を飲む端正な無表情からは、今しがた出てきた言葉が果たして本気なのか冗談なのか分からず、フィーナは曖昧に返事する。
家業の内容について話をしていたはずなのに、いつの間にかレインの愚痴のようなものになっている。
「まあ、面倒なので『幽霊』と一口に言っているが、中身は色々だ。文献をみれば、モンスター、魔のもの、精霊などと言われているものも含んでいる。人間とてそうだが、悪いのもいれば良いのもいるしな。そういうのを見極め、もっとも適切な方法で処理をするのがうちの仕事だ」
「処理…ですか。良いものもいるんですか?」
レインはしばしフィーナを見つめた後、なぜか面白そうにフッと笑った。
初めて見る笑顔めいた顔に、フィーナの心臓がドキリとする。
「まあ、良い・悪い、というのは主観の問題だ。人間にとって有益・無益、または損、という考え方の方が近いかもしれん。例えば、そこにいるアルとエル。あれは一対の人形が人の形をとったものだ」
「えええっ?!」
あまりの衝撃に、マナーも忘れて大きな声を上げてしまった。
レインの指差す先、視線を受けて淑やかな礼をするアルとエルをまじまじと見るが、どこからどうみても人にしか見えない。
確かに侍女にしては美麗だし、恐ろしく似た双子ではある…が、やはり自分は誂われているのではないだろうか。
「怖いか?」
「えっ?こわ…?怖く…は、ないです。だって、人にしか見えませんし…」
「まあな。あれは珍品の一つだ」
「珍品…」
「つまり、幽霊退治などと言っても、何から何まで退治――祓おうというものじゃないということだ。それを見極めるのが存外に大変でな。いっそ全部祓えれば苦労しないのだが」
「そうはしないのですか?」
レインの顔が皮肉な笑みに歪む。
「例えばだが、騎士だからと言って出会い頭に全ての人間を斬りつけるか?裁判官だからと言って、罪人全てを処刑すると?幽霊相手とはいえ、私はそこまで暴虐ではないぞ」
言われてフィーナは羞恥に顔が赤くなる。
たった今アルとエルが人ではないと聞いたばかりではないか。
騙されている気もするが、もし仮にそれが本当だったとすれば、フィーナの言ったことは「彼女たちを殺さないのか?」と聞いたも同然だ。
(あれだけお世話になっておいて…私ったら最低だわ)
「申し訳ございません。浅慮な発言でした」
「…よい。私も意地の悪い返し方だった」
そう言って優しく微笑んだレインに、まるで子どもをあやすように頭を撫でられたフィーナは、今度は違う意味で顔が赤くなる。
(レイン様って、何だか距離感が近いわ…!)
「言っておいてなんだが、こんな話を君は割とすんなり受け入れるのだな」
「いえ、受け入れたと言いますか…でも、昨日の絵画の件が夢でないとすれば、私のような人間には分からないような不思議なこともこの世の中にはあるのかなぁ…と。ちなみに、あの絵の女性はドロテアという名前なのですか?私、あの絵を見た時に、なぜかその名前が浮かんだのです」
「名前は知らないが、おそらくそれは君があの絵に憑かれたのだと思う」
「つかれた?」
「憑依された。唆された。誘われた。言葉は何でもいいが、要は彼女に連れて行かれそうになっていた、といういことだ」
「それって、つまり…?」
「あの絵の過去の被害状況を考えれば、悪い霊に殺されかけた、という意味だな。まあ、出てきたところを完全に祓ったから、もう心配はいらん」
「!!」
落ち着け、とレインが素早くフィーナの手を握ってくれたため、悲鳴は上げずに済んだ。
いや、別の悲鳴を上げかけたが。
(だから、レイン様、距離感が!)
当のレインは何も気にしてないようで、空いた方の手を顎に当ててブツブツ何か言っている。
「だが、あの絵の被害者は男性だけだったはずなのだがな…」
「…ん…おは……ようございますっ!」
目を開けた先に一対のお人形が…と思ったところで、今自分がどこにいるのかを急速に思い出して跳ね起きた。
長らく寝坊などしてこなかったのだが、昨晩はよほど疲れていたらしい。
謝りながら慌てるフィーナに、双子は気にした風もなく、今日も朝から色々と世話を焼こうとしてくれる。
着替えだけは固辞したものの、結局二人にほとんどされるがままで用意を終えて食堂に向かう道すがら、フィーナは昨日の奇妙な夢を思い出していた。
(絵が喋る、なんて…よっぽどこの屋敷の雰囲気に呑まれてたのね…)
そういえば夜中に胃が痛んだ気がするが、今はむしろ空腹なので、それさえも夢だったのかもしれない。
案内された食堂に入ると、大きなテーブルの奥、レインがすでに席について新聞を読んでいたため、フィーナは焦りのあまり夢のことなど吹き飛んでしまう。
「遅くなって申し訳ございません!」
「いや、私が早く来すぎただけだ。気にするな」
「あ、ありがとうございます」
フィーナがぎこちなく席に着くと、それを合図にするように料理がサーブされ始める。
その様子を見ながらも、フィーナの視線は自然とレインの姿へと向かっていた。
(やっぱり、とっても素敵な方だわ…)
明るいところで見れば、昨晩よりも妖艶な雰囲気は少し和らいで見えたが、ルビーのような瞳は変わらず美しい。
そこで、昨日の夢ではもっと近くにそれがあったな、などと思ってしまったのがいけない。
次いで、その腕にほとんど抱きしめられるような格好だったことまで思い出してしまい、勝手に熱くなった顔を俯ける。
(やだ!私ったら、はしたないわ…!)
「どうした?気分でも悪いのか?」
「い、いいえ!」
「そうか?顔が赤い気がするが」
レインがパンを千切るのをみて、「大丈夫です!」とフィーナも慌ててスプーンを手に取った。
温かなスープを数口飲んだところでレインが続ける。
「早速だが、この家のことについて話したい。といっても、昨晩のことで検討がついているかもしれないが」
「昨晩、ですか?」
「見ただろう?というか、あれは君が引き寄せたようなものだと思うが」
フィーナはレインの言っている意味が分からず戸惑う。
見た、とは何のことを言っているのだろうか。
「あの…」
「ああ、だが初日にしては刺激が強いものだったと思う。いるのは分かっていたのだが、中々出てこなくてな。まさかあのタイミングで出てくるとは私も思わなかった」
「出る」と言われたので、虫か動物でも出たのだろうかと記憶を辿るも、ここまでの道中を含めても思い浮かばない。
レインは一人納得してくれているようだが、彼は話を始める前に「この家のことについて」と言った。
であれば、曖昧なままで話を聞くのはこの後のことを考えてもよくないのでは、とフィーナは思った。
「あ、あの!侯爵様、質問してもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わん」
「失礼を承知で伺うのですが、何のお話か見えておらず…昨日、何か見せていただいたのでしょう…か?」
言葉が尻すぼみになったのは、自分の記憶に自信がなかったからだけではない。
目の前のレインの口が、あっけにとられたようにポカンと開いたからだ。
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「うっかりあちら側に連れて行かれるところだったのにか?」
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ここから連れ出そうと笑顔で振り向いた彼女の姿と、誘うように差し出された小さな女性らしい手。
(ドロテア)
「あれは…夢……では…」
そこまで言って、レインが言わんとすることに思い当たる。
部屋は十分すぎるほど温められているというのに、フィーナの腕がざっと粟立った。
レインの顔から感情が消え、その相貌がフィーナをひたと見据える。
(愛する、ドロテア…私の…)
「夢では、ないぞ」
「!!」
衝撃と喪失が胸を締め付け、フィーナは短く息を吸った。
落としたスプーンがガチャンと耳障りな音を立て、跳ねたスープが周囲にシミを作る。
「あっ、し、失礼いたしましたっ…!」
レインの前でなんて粗相を!
そう思うのに、指先が冷えてうまく動かず、余計にあわあわとまごついてしまう。
すると、それを見かねたようにレインが席を立ったので、フィーナはくるであろう衝撃に身構える。
(きっと、叱られてしまう…!)
だが、思った衝撃はいつまでたってもこない。
怖怖と目を開けば、なんとレインが傍に膝を付いてこちらを見上げていた。
「落ち着け」
そういってゆっくりと伸ばされた手が、フィーナの頬をゆるゆると包む。
(温かい…)
レインの手の温度を感じ、フィーナの指先にも血が通い出す。
縫い留められるようにルビー色の瞳に見つめられるうちに、フィーナの心も落ち着きを取り戻した。
「大丈夫か」
「…はい。失礼いたしました…取り乱しまして」
「いや、多分君の中に残滓があったのだろう。私の配慮が足りなかった」
「残滓…?」
レインは少しだけ目を細めてフィーナを、というよりも、フィーナの中の何かを確認するように見つめた後、安心したように息を吐いて立ち上がった。
元の場所まで戻るかと思ったが、レインは使用人に目で合図してフィーナの近くに席を移すと、こぼれたスープも取替させた。
「今から話すのは君にとって荒唐無稽な話だろう。私のことは気にせず食べろ」
「え、そんな…」
「食事でもしながらでないと聞いてられん、という話だ。だから、遠慮せず食べなさい」
命令口調だが優しい目線に促され、フィーナはおずおずとパンをちぎって口に運んだ。
それを確認すると、レインは紅茶を一口すすってこう切り出した。
「我が一族は代々、いわゆる幽霊退治を生業にしている」
フィーナは手に持っていた丸パンを、新しくきたばかりのスープにぽちゃりと落とした。
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ドワイト侯爵家。
深い森に囲まれた古城を屋敷とし、建国の時代から王家に忠誠を誓うその家には、代々不思議な力を持つ者が生まれた。
悪しき力を封じ、退け、光をもたらすその力を頼って、国内を問わず、時には遠く離れた国の者までが助けを乞いに訪れる。
不可思議な依頼自体に貧富の差などないが、富んでいる者ほど人の恨み辛みを買いやすいのは世の常だ。
初めは些細な問題解決への助力だったのだろうが、いつしか莫大な依頼料が絡むようになり、ついには王家も御用達の幽霊退治一族になったというのだから笑えない。
一体この世の人間はどれだけ呪い・呪われれば気が済むんだ?と憤りを感じない日はないほどの富貴な人々からの依頼に対応しながらも、与えられた領地運営も疎かにすることはできない激務の日々。
もともと奔放だった両親は成人したばかりの息子へと早々に爵位を譲ると、「解放された!」とばかりに、かねてより計画していた諸外国周遊の旅へと出てしまい数年が経つ。
自称「珍侯爵家」現当主ドワイト・レインは、そんな状況にも関わらず「早く嫁を」などと勧めてくる周囲の人間を片っ端から消し炭にしたくて仕方がなかったのだと宣った。
「だが、君が来てくれるとなれば消し炭にする手間は省けるな」
「…はぁ…」
優雅に紅茶を飲む端正な無表情からは、今しがた出てきた言葉が果たして本気なのか冗談なのか分からず、フィーナは曖昧に返事する。
家業の内容について話をしていたはずなのに、いつの間にかレインの愚痴のようなものになっている。
「まあ、面倒なので『幽霊』と一口に言っているが、中身は色々だ。文献をみれば、モンスター、魔のもの、精霊などと言われているものも含んでいる。人間とてそうだが、悪いのもいれば良いのもいるしな。そういうのを見極め、もっとも適切な方法で処理をするのがうちの仕事だ」
「処理…ですか。良いものもいるんですか?」
レインはしばしフィーナを見つめた後、なぜか面白そうにフッと笑った。
初めて見る笑顔めいた顔に、フィーナの心臓がドキリとする。
「まあ、良い・悪い、というのは主観の問題だ。人間にとって有益・無益、または損、という考え方の方が近いかもしれん。例えば、そこにいるアルとエル。あれは一対の人形が人の形をとったものだ」
「えええっ?!」
あまりの衝撃に、マナーも忘れて大きな声を上げてしまった。
レインの指差す先、視線を受けて淑やかな礼をするアルとエルをまじまじと見るが、どこからどうみても人にしか見えない。
確かに侍女にしては美麗だし、恐ろしく似た双子ではある…が、やはり自分は誂われているのではないだろうか。
「怖いか?」
「えっ?こわ…?怖く…は、ないです。だって、人にしか見えませんし…」
「まあな。あれは珍品の一つだ」
「珍品…」
「つまり、幽霊退治などと言っても、何から何まで退治――祓おうというものじゃないということだ。それを見極めるのが存外に大変でな。いっそ全部祓えれば苦労しないのだが」
「そうはしないのですか?」
レインの顔が皮肉な笑みに歪む。
「例えばだが、騎士だからと言って出会い頭に全ての人間を斬りつけるか?裁判官だからと言って、罪人全てを処刑すると?幽霊相手とはいえ、私はそこまで暴虐ではないぞ」
言われてフィーナは羞恥に顔が赤くなる。
たった今アルとエルが人ではないと聞いたばかりではないか。
騙されている気もするが、もし仮にそれが本当だったとすれば、フィーナの言ったことは「彼女たちを殺さないのか?」と聞いたも同然だ。
(あれだけお世話になっておいて…私ったら最低だわ)
「申し訳ございません。浅慮な発言でした」
「…よい。私も意地の悪い返し方だった」
そう言って優しく微笑んだレインに、まるで子どもをあやすように頭を撫でられたフィーナは、今度は違う意味で顔が赤くなる。
(レイン様って、何だか距離感が近いわ…!)
「言っておいてなんだが、こんな話を君は割とすんなり受け入れるのだな」
「いえ、受け入れたと言いますか…でも、昨日の絵画の件が夢でないとすれば、私のような人間には分からないような不思議なこともこの世の中にはあるのかなぁ…と。ちなみに、あの絵の女性はドロテアという名前なのですか?私、あの絵を見た時に、なぜかその名前が浮かんだのです」
「名前は知らないが、おそらくそれは君があの絵に憑かれたのだと思う」
「つかれた?」
「憑依された。唆された。誘われた。言葉は何でもいいが、要は彼女に連れて行かれそうになっていた、といういことだ」
「それって、つまり…?」
「あの絵の過去の被害状況を考えれば、悪い霊に殺されかけた、という意味だな。まあ、出てきたところを完全に祓ったから、もう心配はいらん」
「!!」
落ち着け、とレインが素早くフィーナの手を握ってくれたため、悲鳴は上げずに済んだ。
いや、別の悲鳴を上げかけたが。
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