訳あり令嬢と訳あり侯爵の結婚

ポポロ

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訳ありの結婚

婚約者として

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「改めて確認するか、本当にこの家に嫁ぐつもりか?」

「はい。侯爵様さえよろしければ」

フィーナは昨日案内されたレインの執務室で、昨日と同じ問に、昨日と同じ答えを返した。
昨日と違うことは、レインと向かい合う形でソファに座っていることと、部屋にはオリバーではなくエルが、それこそ置物のごとく静かに立っていることだろうか。
二人の間にあるテーブルには、温かいハーブティーとクッキーが置いてあり、相変わらずのもてなしにフィーナは恐縮するばかりだ。
そんなフィーナをチラリとみやると、レインは一つ溜息を零して続けた。

「君がそう言うなら、先も言ったようにこちらとしては助かる。だが、私はこの家がどれだけ変な家なのか、また、危ない家なのか十分分かっているつもりだ。」

「危ない…のですか?」

すると、レインは呆れたように大きく息を吐く。

「昨日も危ない目にあったばかりだろう?」

「あ、ああ!確かに、そうでした…はい、勿論承知しております」

呪いの絵、とでも言うべき絵に殺されかけたのは確かに恐怖すべきことなのだが、結局はレインに助けてもらえたことと、あまり現実味がないこと、そして朝食の席で十分――いや、フィーナとしては過剰とも言って良いほどの慰めを受けたことで、すっかり恐怖心がなくなっていた、などとは今のレインの呆れ顔をみると言い難い。

「あの、やはり私ではダメでしょうか…?」

「…いや、君がダメだということはない。だが、何だか君は危なっかしいな。幽霊退治などという与太話を信じ、危険があると言われても変な家に嫁ぎたいなどとは。金目当て…という程強かにも見えんし。私が悪人であれば、君ほどカモにしやすそうな人間もいないだろう」

それなりの苦労を重ねてきた身として、自分のことは十分世間擦れしていると思っているフィーナは、その言葉に少しの反発を覚えた。

「そのようなことはございません。それに、侯爵様が悪人でないことは、仕えている者を見れば分かります。危ないことは…確かに怖いと感じることも正直に言えばございますが、もし嫁ぐことになれば、それも踏まえて妻が夫と共に負うべき責務なので泣き言は申しません」

「ほう…」

それに、万が一実家に帰れたところでフィーナに身の安全などないのだ。
幽霊退治を家業と言う目の前の男、人ではないという双子の侍女、実家の家族を頭の中で並べ、その皮肉に薄く笑う。

(会ったばかりの得体の知れない人達の方が、血の繋がった家族よりも優しいと思うだなんてね…)

レインは何かに納得したように頷くと、一度立ち上がり、机の引き出しから何かを取り出して戻ってきた。
彼の片手の掌に収まる程度の小箱を差し出され、戸惑いつつもそれを開けると、紫水晶のような石が中央に付いたシンプルな銀の指輪が入っていた。

「君の言い分は分かったが、式までの間は婚約者ということで見極めの期間とする。それは婚約指輪だとでも思って、常時付けていろ」

「婚約指輪…」

異性からの贈り物などもらったことのないフィーナは、たちまち首まで赤くなる。
その様子を見たレインがフッと息を吐くようにして笑い、その顔がまた絵になるものだから、フィーナの心臓が早鐘を打ちだす。

「君はすぐ赤くなるな」

「も、申し訳ございません…」

すると、今まで微動だにせず部屋の端に立っていたエルが、シュバッと勢いよく片手を上げたのでフィーナは飛び上がる。

「…何か言いたいことでもあるのか、エル」

「僭越ながら申し上げます。婚約指輪ということであれば、旦那様が手ずからフィーナ様の指にはめてあげるのがよろしいのではないかと」

思ってもみない突然の奏上に慌てふためくフィーナをよそに、「そういうものか」とレインがフィーナの隣に座る。
今朝も丁寧にクリームを塗ってもらったが、まだ傷だらけでお世辞にも綺麗だなどとはいえない手を、壊れやすい砂糖菓子でも触るかのように優しくとられた。
そして、そっと薬指に通された指輪は不思議にもピッタリのサイズ…に変わったように見えた。
見間違いかしら?と指輪を見つめるフィーナを、レインが覗き込むようにして囁いた。

「外すなよ?」

「は、はい!あの、ありがとうございます侯爵様…大切にいたします…!」

「婚約車なのだ。爵位ではなく名前で呼べ」

「レ、レイン様…」

「そうだ、フィーナ」

嬉しげに微笑むレインを見ていられず視線を外せば、無表情なエルが目に入った。
フィーナには、なぜか彼女が満足気に微笑んでいるように思えて、また一つ顔が赤くなるのだった。


******

『幽霊退治』という言葉やレインの説明を、全て妄言だなどとは思っていない。
とはいえ、これまで不思議な体験などとは全く無縁のフィーナとしては、『幽霊』というのがどのようなものか想像がつかないのも事実で。
つまりは、侯爵家の家業というものがよく分からない、というのが率直な気持ちである。
そんなフィーナの気持ちを汲んだレインからの「よし、こいつを付ける」という無茶振りにより、別業務で忙しくしていたオリバーが呼び出されてしまった。
今日も騎士服に身を包んだオリバーは姿こそ凛々しいが、その顔には色濃く疲れが出ており、フィーナは申し訳なさで胃が縮む。
聞けば絵画事件の片付けから、依頼人への調査報告の作成と連絡、次の依頼の相談に、領内の警備手配まで行っていたため、あまり寝ていなのだと言う。

「あのぅ…お忙しいのにすみません…」

「いえいえ!フィーナ様が謝ることはございません!確かに『幽霊退治』などとざっくり言われても意味が分かりませんよね、ええ。なので悪いのはフィーナ様ではなく、そんな大雑把な説明しかしていない上に、大雑把に仕事を振ってくるレイン様の方なんですよ」

「ニコニコ」と「イライラ」を足して2で割ったような器用な笑顔を浮かべるオリバーから察するに、やはり彼ら二人は主従を超えた気の置けない関係なのだろう。

「グレイ様とレイン様はご友人、なのでしょうか?会話の様子が、そのように見えたので…」

オリバーは、自分のことは呼び捨てにしてくれてよいと笑いながら、実は乳兄妹なのだと教えてくれた。

「今は外遊に行かれている奥方――レイン様のお母上の侍女が、私の母なのです。ちなみに父は前当主の秘書だったので、私はそれを継いだ形で…あ、その両親とも外遊にくっついて行っています。4人とも昔から奔放で、その息子たちは苦労しますよ」

げっそりとした顔で言うオリバーがおかしくて、つい笑ってしまった。
すると、オリバーが驚いたように少し目を見開いたので、フィーナは自分の失態に気付いた。

「あ…失礼いたしました。無作法で…」

「いえ、良かったです。元気になられたようで」

「え?」

「昨日ご実家を出られる時は、お疲れのように見えたので。この家は変わったところが多くありますが、レイン様はきっとフィーナ様を大切にしてくださいます。何かあれば遠慮なくお申し付けください」

「そんな…今でも十分すぎるほど良くしていただいています」

「レイン様が何か気に入らないことを言った、とかでも良いんですよ?あの方は昔から、オブラートに物事を包む、というのが不得意なので」

フィーナは口に手をあてて微笑む。

「でも、優しい方です。初めは率直な言い方に驚きましたが、理不尽なことを仰っているわけではありませんもの」

初対面で「身なりを整えろ」と言われたのは、もしかして自分の手をみて気遣ってくれたのではないだろうか。
フィーナは自分の薬指にはまった指輪を見ながらそんなことを思う。
オリバーはそんなフィーナの様子をしばし見つめると、目を細めて感心するように言った。

「来てくださったのがフィーナ様で良かったです」

「そんな…いえ、皆さんにそう言ってもらえるように頑張ります!」

「素晴らしい心がけです。では早速、この家にある依頼のいくつかをご紹介しますね。それでおおよそレイン様のお役目がお分かりいただけると思います」

オリバーは廊下の突き当りにある部屋の前で止まると、扉にかけられた厳重な鍵を慣れた手付きで開け、先に中へと入るとフィーナを促す。
広い室内には雑多に物が置かれているが、「倉庫」と呼ぶにはいささか整いすぎており、「展示場」と言った方がよいかもしれない。
布がかけられたままの絵画や、透明なケースに入った宝飾品に骨董品、トルソーにかけられたドレスまで置いてある。使い込まれた上にぎっしりと書類が詰まった棚がいくつも置かれ、何とも不思議な部屋だ。

「ここにあるものは持ち込まれた依頼品で、現在レイン様を含め、事象の原因を探っているものになります。例えば、右手に見える壺は、夜中になると中から女性の手が出てくるので何とかしてほしい、というご依頼の品です」

「え…」

「左手にある、布がかかったままになっている絵は、持ち主になった者が次々と凄惨な死を遂げる呪いの絵だとかで、呪いの解呪を依頼されています」

「えぇ…」

「あとは、左手奥にあるクマのぬいぐるみが見えますか?あれは、突然喋り出すらしく、気味が悪いのでどうにかしてほしいと持ち込まれたものです。それから…」

「ええ?!あ、あのっ!こ、ここにあるものは、そういったものばかりなのでしょうか?!」

まだまだ続きそうなホラー話に耐えられず、失礼を承知で遮るように質問してしまう。
危ないとは言われたが、じわじわくる怖い話のオンパレードだとは予測していなかった。
だが、オリバーはフィーナの焦りなど全く分かっていないようで、良い笑顔で爽やかに答える。

「はい、そうですね!全部似たような話ばかりです!」

(なんでしょう…オリバー様も、やっぱり変わってらっしゃるのかしら?)

あまりにあっけらかんと言われると、自分の感覚がおかしいのだろうか?と思えてくる。

「近づいても大丈夫なのですか?」

「実際、本当にまずいものは持ち込まれた時点でレイン様がお気づきになって対処されます。ですから、ここにあるものはそう危なくはありません。様子見をしているものや、事象は嘘でないとしても無害に近いものばかりです。とはいえ、無闇に触るのはおすすめしませんのでご注意ください」

「はい…レイン様は、お一人で対処なさっているのですか?その『まずい』と思われるようなことも?」

するとオリバーは困ったように眉を下げ、大きなため息をついた。

「そうなんです。ご親戚にも力のある方はいらっしゃるのですが、そちらはそちらで依頼がありまして…なので、この家に持ち込まれるものはレイン様が対処されています。侯爵家の力を込めた御札…呪文を書いた紙や道具を使って別の者が対応することもあるのですが、本当に力が強いものはレイン様でなければダメです。レイン様の場合は物ばかりでなく、屋敷や土地に出るものに対処することもあるので、外出も多く…もっと私がお力になれれば良いのですが」

「まあ…」

フィーナは思わず恐怖も忘れて室内を見渡す。

(こんなに多くのものを…いえ、これより多くのものをレイン様がお一人で…)

そう思うと、ホラー話に竦んでしまった自分が恥ずかしく思えた。
たとえ嘘や幻だとしても、依頼――しかも高貴な方々からの依頼で、かつ少なくない額の金銭が発生しているのであれば、侯爵家として無下にするわけにはいかないだろう。
一つ一つ対処し、中には昨晩の絵のようなことがあるのだとすれば、レインは危険にも怯まず当主としてお役目を全うしているということだ。
妻になりたいのだと宣言したのであれば、ここで怖気づいてなどいられない。

(それに、今の私には呪いよりも人間の方が怖いって分かっているじゃない)

理不尽で残酷なことをする人々やこれまで受けてきた数々の仕打ちを思い出し、フィーナはグッと拳を握った。

「あの…私にもお手伝いできることがあれば教えてください」

「フィーナ様が、ですか?ですが、まだ昨日いらっしゃったばかりですし…」

「婚約者として、何かできることがあればお返ししたいのです」

オリバーはフィーナの勢いに押されたのか、しばらく考えた後、先程の喋るというクマのぬいぐるみをとってきた。

「では、このクマが本当に喋るか、フィーナ様の方でご確認いただけますか?レイン様の見立てでは、危険はないそうですが、今のところ喋るとこを見た者はいないので、まずは報告のために真偽の程を確かめたいのです」

小さめの一輪挿し程度の大きさだろうか。茶色の生地はふわふわとして柔らかい。
くりっとした黒い瞳はチャーミングで、喋るなどという情報さえなければ、フィーナがもらい受けたいくらいに愛らしい。

「レイン様のお力で喋るように働きかける、ということは難しいのですか?」

「無理やり幽霊側を引き出す、というのは非常に大きな力を使うのです。固く閉じた扉をこじ開けるようなもの、と言えばよいでしょうか。開いた扉の先でこそ力を使いたいので、扉を開くこと自体は極力あちらに任せる、というのが当家のやり方です。とはいえ、幽霊というのは気まぐれで、出てきてほしい人間の前には中々姿を現しません。ですが、気に入った人間の前では何度でも出てきます。なので、まずは扉を開く手伝いをフィーナ様にはしていただこうかと思うのですが、いかがでしょうか?」

「なるほど。承知いたしました!」

フィーナはクマのぬいぐるみをギュッと胸に抱くと、レインの役に立って見せると決意を胸に部屋へと戻った。
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