この世界に英雄はいらない

嘉神かろ

文字の大きさ
4 / 25

第三話 次代の英雄

しおりを挟む

「おや? スコルじゃないか。奇遇だね」

 声をかけてきた次期英雄に、疑問を返す。

「ジークさん……。奇遇も何も冒険者の俺が酒場にいることはおかしくないでしょう。それより、未来の英雄様がこんなところで何してるんですか?」
「冒険者の俺が酒場に居たっておかしくないだろう?」

 ふむ、これは一本取られたな。

「ちょっと時間ができたからね。調整もかねて、久しぶりに依頼でも受けてきたんだ」

 となると、出立は近いわけか。

 魔王討伐パーティは、政治的な思惑によって魔王による被害の比較的大きい各国を回る必要がある。
 表向きの理由は魔王による被害を減らし、魔王の勢力を削るためだが、本当の目的は各国への顔つなぎと恩を売ることと、自国から生まれた英雄は自国に帰属するものであるという主張をすることだ。

「調整は……ばっちりなようですね」
「まあね。Sランク依頼なんてそうそうないから、Aランクのものになったけど、調整にはちょうど良かったかな。君はどうだった……て、聞くまでもなかったね。君の実力なら、Cランクはまだ楽勝だろう」

 しかし、相変わらず気品のある所作《しょさ》をするな。優秀な騎士を輩出し続けていることで有名な子爵家の四男だったか。
 これで魔王を討てば、実家は最低でも伯爵、当人は子爵に陞爵ってところだろう。俺のようにすぐ殺されるかもしれないが。

「まあ、楽勝は言い過ぎですけど、苦労はしませんね」
「ソロで苦労しないなら、それは楽勝さ」

 肩をすくめる俺を見て、ジークが苦笑いする。

「さて、俺も他の皆を待たせている身だからね。そろそろ行くよ」
「そうですか。お疲れさまでした」

 離れていくジークの背中から早々に目を離し、周囲の女性冒険者たちのすさまじい視線をやり過ごしながら宿へ向かう。

 そろそろ、ここを出なければならないようだな。

 何故俺が、これから邪魔していくやつと仲良くおしゃべりしているのか。

 何も殺すわけじゃないんだ。これくらいは別にいいだろうというのもある。しかしきっかけは、偶々目をつけられたというだけ。
 どうも、サテラ関係で色々返り討ちにしていたところを見られたようなのだ。もちろん技術は隠していたが、何か感じるものがあったらしく絡んでくるようになった。
斥候の能力があるとばれてからはさらに頻度が増した。
 そして、積み上げる屍に女が加わった。

 ……殺気マシマシで女に向かってこられるというのは、恐ろしいものだった。本当に。

 (ゾクッ)……寒気がした。さっさと移動しよう。

 そんなわけで、あいつらに絡まれるようになったのだが、これから先少々動きにくくなる。先の町であまり顔を合わせるわけにはいくまい。





◆◇◆
 それから数日の間に町を出る準備をして、俺は王都ウルクを出た。
 サテラは寂しそうにはしていたが、存外にあっさり送り出してくれた。職業柄別れには慣れているのだろう。

 今いるのはウルクの東、森を超えた先にあるアルメリア侯爵領の領都、ティグリアだ。最初のジークたちの目的地である。
 ティグリアはこのシュメル国において二番目に大きな商業都市であるため、重要度は高い。
 魔王の領域である大陸北東部は、シュメルから見ても東方。魔王領に近いほど魔物も強く、多くなるためそちらを優先するのは当然だろう。

 これは、俺がそろそろ旅に戻るという話をした時にジークが教えてくれた情報だ。
その後のある程度のルートも教えてくれた。何かあればぜひ頼ってほしいらしい。

 まあ本音は、斥候として俺をパーティに入れたいのだろう。彼らのパーティには斥候専門のメンバーがいないのだ。たしか、アタッカーの一人である軽戦士が斥候役を兼任していたはずだ。

 彼のパーティ構成は、専門の斥候がいないことを除けばバランスが良い。

 まず、リーダーであるジークことジークフリートは、騎士らしく盾と剣を使うタンク兼アタッカーだ。
 彼はかなり攻撃的な壁役で、【虹色の剣アルコ・エスパーダ】という、様々な属性を付与する魔法剣を得意とすることに由来した異名を持っている。
 かつての俺の仲間、デミカスとは真逆だな。あいつは完全に防御特価。攻撃力もないではないが、その堅牢な砦を思わせる防御力の前にはかすんで見えるものだった。

 次に、アタッカー兼斥候役の女軽戦士。
 短剣より少し長い二本の剣で、素早さを活かした戦い方をする。アルザスのように毒を使ったからめ手もできるらしい。

 三人目は、魔法アタッカー。
 ラピスも通っていた魔導学院出身の彼は、炎、雷、氷の魔法を得意とする。
 他もそれなり以上に使える優秀な男で、ラピスの大ファンらしい。どうりでよく使う属性が全く同じなわけだ。
 彼のように、とある理由から俺たちが処刑されたことに関して懐疑的な人間も多い。
 ……だからこそ、市井に対する復讐心が湧かなかったのだろう。あの王都の人間に対してはわからんが。

 ……んんっ。四人目はメインアタッカーの両手剣使い。
 彼はかつての俺と似たような戦い方をする。魔法はあまり得意でないのも同じだ。

 五人目、最後の一人はヒーラー兼バッファー。
 味方に対する能力上昇の付与魔法を扱うバッファーとしても、ヒーラーとしても非常に優秀であり、レティを思わせる。
 四人目の男と彼女は双子だ。

 普通は六人パーティが多いのだが、ここは五人だ。まあ、俺たちも五人だったし、珍しいという程ではない。

 ちなみに、パーティ名は『流星の残光』だ。

 ……ラピスだっただろうか。事実は物語よりも奇なりと言っていたのは。いや、これは必然だったのかもしれない。

 ……さて、そろそろいい感じに日が暮れた。
 日中は町をぶらぶらして道を覚えてきた。例の場所も前世で入ったことがあるからだいたい構造もわかる。

 ここからは、影の時間だ。




 宿の窓から屋根に上がり、そこを目指す。
 今日までに集めた情報によると、魔王の部下である魔族が近場にあるダンジョンに細工をしたらしく、そのダンジョンはスタンピード寸前の状態にある。

 スタンピードというのは、魔物がダンジョンから溢れ出してくる現象だ。止めるには、魔物を倒しまくるか、ダンジョンを破壊すればいい。

 だが、王都とは深い森を挟んだ位置にあるティグリアが商業都市として発展できたのは、そのダンジョンがあったからと言っても過言ではない。ダンジョンを破壊するという選択肢はアルメリア侯爵に無いのだ。

 ジークたちに期待されているのは、この街の冒険者たちを率いてダンジョンに入り、スタンピードを鎮めること。
 現在は結界でダンジョンの入口を封鎖しているらしいので、まだ余裕はあるらしい。酒場では、有名な『流星の残光』と共闘できるって興奮した酔っ払い冒険者たちが騒ぎまくっていた。

 この街の冒険者たちの実力を見た感じ、なかなか厳しい戦いになりそうだった。
きっと、ジークたちを一回りは成長させるだろう。

 それはよろしくない。

 というわけで、お先に失礼して特に強力な個体をいくらか間引いておくのが今回の俺の目的、仕事だ。

 今向かっているのは領主館。結界の通行証を盗みに行く。
 数はあるはずだから、一つくらいなくても気づかないだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

唯一平民の悪役令嬢は吸血鬼な従者がお気に入りなのである。

彩世幻夜
ファンタジー
※ 2019年ファンタジー小説大賞 148 位! 読者の皆様、ありがとうございました! 裕福な商家の生まれながら身分は平民の悪役令嬢に転生したアンリが、ユニークスキル「クリエイト」を駆使してシナリオ改変に挑む、恋と冒険から始まる成り上がりの物語。 ※2019年10月23日 完結 新作 【あやかしたちのとまり木の日常】 連載開始しました

「元」面倒くさがりの異世界無双

空里
ファンタジー
死んでもっと努力すればと後悔していた俺は妖精みたいなやつに転生させられた。話しているうちに名前を忘れてしまったことに気付き、その妖精みたいなやつに名付けられた。 「カイ=マールス」と。 よく分からないまま取りあえず強くなれとのことで訓練を始めるのだった。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。

Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。 現世で惨めなサラリーマンをしていた…… そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。 その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。 それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。 目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて…… 現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に…… 特殊な能力が当然のように存在するその世界で…… 自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。 俺は俺の出来ること…… 彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。 だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。 ※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※ ※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜

みっちゃん
ファンタジー
俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。 …しかし目を覚ますと、俺は知らない女性に抱っこされていた! 「元気に育ってねぇクロウ」 (…クロウ…ってまさか!?) そうここは自分がやっていた恋愛RPGゲーム 「ラグナロク•オリジン」と言う学園と世界を舞台にした超大型シナリオゲームだ そんな世界に転生して真っ先に気がついたのは"クロウ"と言う名前、そう彼こそ主人公の攻略対象の女性を付け狙う、ゲーム史上最も嫌われている悪役貴族、それが 「クロウ•チューリア」だ ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う 運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる "バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う 「ザマァされた後にのんびりスローライフを送ろう!」と! その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ 剣ぺろと言う「バグ技」は "剣を舐めるとステータスのどれかが1上がるバグ"だ この物語は 剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語 (自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!) しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない

処理中です...