この世界に英雄はいらない

嘉神かろ

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第十七話 時を超えて

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 翌朝、胸騒ぎがして目が覚めた。ペルも同様の何かを察知したようで、二人して飛び起きる。

「まさか、封印が解けたか?」
「……急ぐわよ」 

 入り口の封を解き、急ぎ奥へ向かう。 
 嘗てはヤツの破片から生じたスライム種の巣穴となっていた洞窟内だが、今その面影は無い。所々苔むした遮るものの無いない岩の道を走り抜ける。

「そろそろだったか」
「その筈」 

 間も無く、広い空間に出た。中心には薄らと光る岩の櫃。封印の為にラピスが魔法で作った物だ。良かった、まだ完全に封印が解かれたわけでは無いようだ。だが、綻びが大きい。

「ギリギリセーフ、てところね」
「ああ、ヤツの魔力が肉眼でも分かるほど漏れ出ている」 

 光の強さからして、さほど経たない内に完全に封印が解けそうだ。

「綻び始めたのは二年以内って所ね。魔物たちの異変と一致するわ」 

 魔物は俺たち人間の何倍も魔力に敏感だ。綻び始めてすぐ影響を受けてもおかしくは無いか。

「で、どうする?」
「ここでは生き埋めになる恐れがあるな。外に誘き出すか?」 

 ペルの魔法が要だ。彼女が全力を出せない状況で戦うのは避けたい。問題は、スライム種の特性だな。

「この森の中じゃ、ドサクサに紛れて逃げられるんじゃない?」 

 奴は巨大だ。元々が弱いスライム種の特性としての隠密性もある。体の一部と核だけ切り離されてしまえば、見逃さない自身は無い。

「アルザスなら見逃さないんだろうが……」
「まあ、アイツの気配察知能力は頭おかしかったし……。ああもう! 全盛期の私なら一発で全部消し飛ばせるのに!」 

 確かに出来ただろうな。今でも十分馬鹿げた魔力量だが、当時に比べれば三分の二程度か。 
 物心ついた頃からトレーニングを始めた今の体でもペルの半分程度の魔力しか無いというのに、どんな無茶な鍛え方をしたんだ、コイツは。才能の差もあるのかもしれんが、それにしたって尋常じゃない。

「……はぁ、危険だけど、仕方ないわね」
「なんだ?」
「あの封印は櫃を依代にして亜空間を形成する方式をとってるの」 

 なるほど、その中なら逃げられる心配は無い。元々が封印である為、多少暴れても大丈夫だろう。

「それで、問題は何だ」
「後から中に入る想定なんてしてないから、その後どうなるか分からないのよ。中に入るだけなら保証するけれど……」 

 出られるかは分からない、か。 

 ……俺の目的を考えると、無用な賭けだ。例えスライムヘルに逃げられたとしても、相応に力は削げるだろう。それでも十分すぎる脅威だが、最低でもジーク達で何とか討伐出来る程度にはなる筈だ。 

 だが、それまでにどれ程の被害が出るかは分からない。前世では幾つかの町が滅びた。

 本当にそれで良いのか? 俺が守りたいのは、人間の平和だ。
 その為に多少の犠牲は覚悟している。
 だが、それは多少の犠牲か? 必要な犠牲なのか?

「……行こう」
「いいの?」  

 いいの、か。本当に、勘のいいやつだ。

「ああ。それに、何かあってもお前ならどうにかする方法を見つけられるだろう?」
「……まったく、アンタって時々そうやって無茶振りするわよね」
「信頼の表れだと思ってくれ」 

 大きな溜息を吐かれてしまったが実際、信頼している。

「出られなくなっても知らないわよ! 準備は良い?」
「ああ、いつでも」 

 懐かしい感覚に口角が上がるのを隠せない。 
 ペルが櫃に手を翳すと、円形の魔法陣が現れる。その中央に線が走り、左右に開いていく。

「相変わらず演出が好きだな」
「良いでしょ、気分上がって。さ、行くわよ!」 

 先の見通せない扉の先へペルが飛び込む。それに続き、俺も地面を蹴った。 
 一瞬の浮遊感の後、足裏に地面の感触を覚える。周囲の景色は、先程までと殆ど変わらない。訓練をしていない人間なら視界の利かないような、暗い洞窟内。 
 一つだけ違うのは、前方から感じる凄まじいまでの威圧感。

「久しぶりだな、スライムヘル」 

 言葉の意味を解しているかも分からない、城壁程の高さはありそうな半透明の化け物に向け、顕現けんげんさせた『喰月』を突きつける。

「今度こそ、お前を殺す。人間の平和を守る為に」 

 さあ、死力を尽くそう。 

 この戦いの狼煙を上げたのは、ペルの爆炎だった。『求知』によって強化された火球の魔法が、岩の壁を青く照らしながら粘体を焼く。 
 どうやら空気の心配はしなくて良いらしいな。なら! 

 続けて俺の撃ち出した炎の矢が追い討ちをかけた。スライムヘルが炎を嫌がるように体を変形させ、核を奥の方へと移動させるのが見える。

「へぇ、前よりは魔法の扱いが上手くなってるじゃない! でも、まだまだね!」 

 彼女の言い終わるのと同時に閃光が奔り、雷鳴が轟く。更に同じ魔法が一つ、二つ、三つと続けられる。 
 本当にコイツはどんな演算能力をしているんだ。魔狼相手に使った氷の魔法程では無いにしろ、今のも本来なら詠唱時間を稼いだ上で決め手に使われるような上位の魔法だぞ。けして牽制感覚でバカスカ撃つようなものでは無い。

「っ! ちっ!」 

 やつの体から上る水蒸気を突き破る気配を感じ、剣を振るう。重い破裂音を響かせ、打ち上げられたのはペルに向けて槍のように飛び出したスライムヘルの身体だ。

「さっすが! そのまま私を守ってよね!」
「任せろ!」 

 とは言ったものの、連続でこられたら辛い。予備動作が無いくせに凄まじく早く、そして重いのだ。 

「凍り付きなさい!!」 

 今稼いだ数秒の詠唱時間、彼女が選んだのは対象の周囲一帯を凍土に変える氷の大魔法。スライムヘルの半液体の体を霜が覆い、洞窟ごと凍りつかせる。 
 だがそれも一瞬。スライムヘルはその身体を急激に膨張させ、霜を振り落とした。その際に周囲に放出された魔力がペルの魔法を押し退け、氷を溶かす。

「コイツ、対策してる!?」 

 今のは封印する際に動きを止めるのに使った魔法だ。前回は数分ほど完全に動きを止めたはずだが、思った以上に知能が高いのか。 

 くっ、考察する余裕は無いか! 
 再び伸ばされた触手の槍を斬り伏せ、薙ぎ払いを跳んで躱す。 
 続けて幾つもの触手が襲いかかってくるが、ペルにはその一本として触らせない。 
 その猛攻を凌ぐ中で気づけば、数十の水の槍が俺たちを狙っていた。 

 これは躱しきれん!

「我らに仇なす魔を喰らえ、『喰月』!」 

 ここに来るまでに狩った魔物の素材を幾つか消費し、黒剣を振るう。描かれた孤月が、全ての槍を喰らったのを確認して、そのまま唐竹に振り下ろす。喰月の力を乗せた衝撃波はスライムヘルに人の大きさの倍程の傷をつけたが、直ぐに消えてしまった。

「ちょっと大きいの行くわよ!」 

 ペルの背後に浮かんだ大魔法陣が輝き、魔法が発動する。現れたのは雷を纏った蒼炎の巨鳥。伝説に聞く不死鳥の如く長い尾を棚引かせた麗鳥だ。 
 それは力強く羽ばたくと、真っ直ぐにスライムヘルへ突撃する。 
 彼女のオリジナルだ。そこらの大魔法以上の威力。流石のスライムヘルも危険を感じ取ったのか、先程以上に多量の水の槍で迎撃しようとしてきた。だがそれら全て、鳥に近づく端から蒸発して消える。 

 その膨大な熱量が解放された。火柱となり、スライムヘルの巨体を包む。雷と蒼炎が粘体を焼き、捉えて離さない。

「どーよ! さすがに痛いでしょ!」 

 発声器官の無いスライムでは悲鳴を上げることも出来ないが、代わりに空間そのものを揺らすような魔力の波が伝わってくる。確実にダメージを与えられている。

「油断するな。これで倒し切れるなら苦労は―― 防御!!」
「なっ、ぐぅっ……!?」 

 咄嗟に盾にした剣が凄まじい音をたて、体が浮く。世界が線に変わり、背中に受けた強い衝撃で体内の空気が無理矢理外に追い出された。

「ぐっ……ゴホッゴホッ!」 

 壁にめり込んだ身体をどうにか引き剥がすが、頭が揺れて視界が定まらない。剣に赤い飛沫が飛ぶ。どうやら内臓を幾つかやられたらしい。肋骨も折れているな、これは。 
 ひりつく感覚からして、火傷もしているか。ヤツめ、燃えたまま殴りつけて来たのか。 
 追撃の来ないのは、アチラもダメージの大きかった証左、だと良いが。 

 兎も角、急ぎポーションを飲んで傷を癒す。高価な物なだけあってどんどん楽になっていくが、傷が深すぎた。少し時間がかかるか。

「ラピ、ス、無事か……?」
「何とかね……。左腕は完全に折れてる。右脚もね。殆ど感覚が無いわ。つっ……。まったく、防御魔法は苦手なのよ……」
「こっちは内臓と肋骨をやられたが、動くのは何とかなる」 

 ラピスは暫く動けない。くそ、一撃でこれか。本当に嫌になる。 
 だが、良かった。アイツらに任せなくて。 

 そろそろヤツも自由になるか。今ので、大体三分の一ほど体積が減ったか? アレを再生する分を考えて、あと三発叩き込めば消し飛ばせる計算だが、無理だな。今の状態だと、二発目を撃つ前にやられてしまう。

「……あの魔法、どの位かかる?」
「…………一分は欲しいわね」 

 一分。炎の鳥の魔法二つ分よりは短いが、それでも、長い。だがやるしかあるまい。
「分かった」 

 剣を構え、ラピスの前に立つ。 
 そして一閃。手の痺れる感覚と共に、弾いた触手の壁を砕く音が耳に届く。

「その間、お前には決して触れさせない」 

 さて、正念場だ。

「燃えよ氷よ、凍れよ炎よ。神の鳴るを以て神の定めに背け」 

 それは、ラピスが唯一、呪文を必要とする魔法。

「求めるは純然たるモノ。万物に破壊を与える、混じりの無き力」 

 彼女の歌声が紡ぐ、長文詠唱。邪魔はさせない。

「正と負よ、相反するものよ。今ひとつとなりて、無へと帰すものとなれ」 

 幾度と剣を振い、スライムヘルの攻撃全てを打ち払う。喰月の力も出し惜しみはしない。
 たとえこの腕が千切れようとも、ゆっくりと紡がれるこの歌を、途切れさせはしない。

「訪れるは終焉の時。理に定められしモノ」 

 腕が痺れ、再生中の内臓から再び血が吹き出して、口の端を伝う。 
 それでも、この剣は止めない。

「告げよう。その名を。始まりの角笛の音と共に」 

 ……ああ、これで終わりか。 

 剣を下ろし、今まさに振り下ろされようとしている触手を見上げる。

「ちょうど一分、だな」 

 背後で悍ましいほどの魔力が膨れ上がり、魔法陣から放たれる光が、俺の足元に濃い影を作った。

「『終焉の光ラグナロク』 

 俺の飛び退くと同時にその極光が解き放たれ、スライムヘルを飲み込む。そこから感じる力は、俺の知る何よりも強力で、あまりの恐ろしさに美しいとすら思ってしまう。 
 これは、彼女の最大魔法。炎と氷、相反する力を雷の名に込められた概念で以て纏め上げ、反発する力を利用したという、彼女の故郷にある神話に因んだ名の魔法。 

 正直さっぱり分からない理論で構築された魔法だが、一つだけ確かなのは、他の追随を許さない比類なき破壊力を持つという事。 
 先代の魔王をも瀕死に追いやったのだ。スライムヘルがこれを受けて、無事なはずが無い。 
 時間にすれば、ほんの数秒。その永遠にも思える様な数秒の後、光が収まっていく。 

 ――全く、本当にしぶといヤツだ。核の周囲の密度を上げ幾重にも最小で障壁を張って耐えたか。

「だが、もう終わりだ」 

 核のサイズは人の背丈ほど。それを守る最低限だ。十分、届く。

「我が敵を喰らえ『喰月』」 

 月に喰らわれ、無へと帰った世界が白い尾となって振り下ろされる剣に続く。これがかつて俺の異名、『流星』の由来となった、必殺の剣。 

 それが今、スライムヘルの核を切り裂き、闇へと葬った。 

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