この世界に英雄はいらない

嘉神かろ

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第十八話 影と日常と

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 暫く残心し、周囲の気配を探る。スライム種は本当に油断ならないからな。ダミーの核を破壊させて目を逃れるなんて事もあり得る。 
 それも杞憂だったらしい。周囲に一切の気配はなく、肉眼でも何も見つけられない。

「ふぅ……」
「終わった、わね」 

 ラピス、ペルが足を引きずりながらこちらへやって来た。腕を押さえてはいるが、腫れてはいないようだ。

「とりあえず動き回れる程度にはなったわね。激しくは無理だけれど」 

 俺の視線に気づいたらしい。 
 こちらは、無茶をしたからな。もう暫くは安静にしなければいけないか。

「少しゆっくりして行きましょ。ここなら、魔物に襲われる心配も――」 

 突然、地面が揺れた。更には地面や壁に亀裂が奔る。

「マズいわね、空間が崩れかかってる。戦闘の負荷に耐えきれなかったんだわ」
「このまま外に出られるのか?」 

 そう言っている間にも亀裂は空中にまで及び、パキパキと音を鳴らしながらどんどん広がっていく。一応聞いては見たが、その向こうは玉虫色の世界で、落ちてしまえば無事で済むとは思えない。

「無理ね。術式を弄った影響よ。崩壊に巻き込まれて、次元の狭間に投げ出される。その後はどうなるか分からないけれど、死ぬと思った方が賢いわよ」 

 どうにかして脱出するしかない、か。喰月で次元の壁を喰らえばいけるか? いや、それには対価が足りない。

「悠長にしている時間は無さそうね。あんまり使いたく無い力だけど……。アンタ、まだベヒモスの素材は残ってる?」
「ああ、これでいいか」
「ありがと」 

 爪を一つ取り出して投げ渡すと、彼女は『求知』を広げてそれを捧げた。対価を支払い、求める知識を得るという『求知』の能力を使うためだ。対価となるのは膨大な魔力と、僅かばかりの記憶。彼女が使いたがらないのも分かる。 
 いつもは自分が持つ馬鹿みたいな量の魔力から必要な量を捧げていたが、流石に魔力が足りないか。

「なるほどね。ちょっと待ってなさい」 

 ペルはそれなりに強かった魔物の牙を魔法で浮かべ、氷で何かを模る。これは、狼の口か?

「コレを対価に魂装の力を使いなさい。活動に問題ないギリギリまで魔力を込めたから、足りるはず。出口を作るイメージよ」
「ああ」 

 詳細は出てから聞けばいいだろう。

「我らを幽閉せしを喰らえ『喰月』」 

 言霊と共に剣を振るえば、空が裂け、見覚えのある洞窟がその先に見えた。

「さ、急ぐわよ!」 

 少しふらつく彼女を支え、亀裂をくぐる。直後、背後で亜空間の砕け散る音が聞こえた。

「間一髪か。それで、どういった理屈だ?」 

 さすがに空間の壁を喰らうとなれば、ペルの全魔力とドラゴンの心臓を捧げたとしても足りるか怪しい。しかし、先ほどはソコソコの強さの魔物の牙と氷に込められた魔力で足りてしまった。俺の全魔力にすら届かない量だ。

「アンタの『喰月』だけど、どうも喰らう対象と逆の概念である方がより大きな対価になるみたい。魔力は凡ゆるものに対する対価となる代わりに、価値は比較的小さいようね」
「つまり、出口の逆、入口として機能する口を模したものだから、アレだけで足りたのか」
「そういう事っ」 

 ずっと使っているが、気づかなかった。そんなルールがあったのか。やはり、魂装はまだまだ謎が多い。

「ぐっ……」
「まだ暫く動け無さそうね。一日休んだら村に戻りましょ」
「ああ」 

 今後の話は、村に帰ってからするとしよう。そして叶うなら……。 

 俺たちが村に戻ったのは、それから一週間近くが経過した後だった。魔力切れ寸前だった為に怪我の治りが遅かったのが理由だ。 
 ボロボロの格好で帰った俺たちを村人たちは驚く程に按じてくれた。温かい村だと思う。彼女がここの村人たちだけには心を許している理由が分かる。 

 それでも、聞いておきたい事があった。ただそれを聞くのは怖かった。予想できている結果が、では無い。長年の勘というヤツなのかもしれない。 
 ただ、もうこの村に長居する理由はないし、する事は出来ない。だから明日一日を休養にあて明後日、出発するとペルを含め、村人たちに告げた。 

 ペルが訪ねてきたのは、出発の日の前夜だった。

「アンタ、これからどうすんの?」 

 いつかの様にテーブルを挟み、俺の淹れたお茶を飲みながら彼女は聞いてくる。お茶請けは、彼女の父タラネルが作ったという焼き菓子だ。

「聖国に行く予定だ」
「ふーん。レティに会うの?」
「いや、今の俺はロイドじゃない。アイツには、アイツの生活がある」 

 ペルは不満気な目でこちらを見てくるが、何も言わない。

「用があるならアッチから接触してくるさ」 

 あっそ、と返してきたきり、何か続ける事なく彼女はお茶請けに手を伸ばした。 

 ……本当に聞きたいのは、別の事だろう。ペルは、俺が意図的に言わなかった事に勘づいているようだった。

「……良い加減教えなさいよね、本当の目的」
「…………俺の目的は、人間の平和を守る事だ。その為に、魔王を生かし、英雄が生まれない様にする」
「人間の共通の敵を生かして、私たちの時みたいに人間同士で戦争を起こさせない様にするって事?」 

 正気を疑っている様な声に、首肯で返す。

「それ本気で言ってるの? そんな事、一時凌ぎにしかならないじゃない。自分が永遠に生きられるとでも思ってるの? 例え生きられたとしても、報われないわよ、絶対に」
「ああ」 

 分かっている。俺が死ねば、いつかは崩れる平和だ。新たな英雄が生まれ、人間同士でまた争う様になるかもしれない。魔王が心変わりするか、新たな魔王が現れて人間の国々に侵攻するかもしれない。 
 仮初の平和だ。

「それでも、俺はやると決めた」

「…………ほんと、バッカじゃないの」
「バカかもしれない。その上で、頼みたい。ペル、俺と一緒に来てくれないか? 俺だけでは限界がある。お前の力が必要だ。……頼む」 

 テーブルに着くほど頭を下げる。彼女の答えは分かっているが、それでも、来て欲しかった。力が必要な以上に、かつて同じ目標を掲げた、仲間として。

「……行くわけないじゃない。今の私にとって大事なのは、この村のみんなだけよ」
「……そうか。すまない」
「……いいわよ、別に。アンタがそうなのは知ってた事だし」 

 沈黙が支配する。互いにお茶に口を付けて、何も喋らない言い訳にする。

「……もう一つ聞かせて。デミカスと、会ってるんでしょ? どうしてるの? どうして、何も言わなかったの?」 

 …………本当に、勘のいいやつだよ。

「デミカスは、魔族として生まれ変わっていた。人間を、恨んでいたよ」
「……そう」 

 この先を言うべきか。いや、言うべきでは無いんだろう。無いんだろうが……。

「それで、戦う事になって、殺した。俺が、この手で……」
「なっ……」 

 ペルの赤い瞳が見開かれ、俺を恐れる様な目で見る。信じられないものを見た様な、あの処刑の日の様な。 
 俺は今、どんな顔をしているのか。彼女の瞳に映る自分の顔が見られない。

「……最悪よ、アンタ。狂ってる」
「……ああ」 

 激昂するでもなく、彼女は言う。

「少しくらいなら、またアンタと旅をするのも良いかもしれないって、そう思ってたのに。……もう、有り得ない」
「……ああ」 

 何も、言い返せない。

「…………不老不死は、死をなくす事。老いるという未来を無くす事。死と老いを消し去りたいのなら、アンタの生きてきた過去の証、記憶を代償にしなさい」 

 教えるつもりは無かったけれど、と彼女は続ける。

「アンタには、私たちとの記憶なんて必要ないわ」 

 彼女はそのまま静かに席を立ち、出ていく。残ったのは飲み指しのお茶と、一口だけ齧られたお茶請け。 
 この家は、ここまで寒かっただろうか。 

 もう、彼女と顔を合わせる事は無いだろう。こうなる事は分かっていた。それでも、言わずにはいられなかった。 
 俺は、責めて欲しかったんだ。己の、どこまでも深い罪を。糾弾して欲しかったんだ。他ならない、かつての仲間に。 

 翌明朝、俺は日の出の前に村を後にした。誰にも会わないように。 
 借りていた家には二通の手紙を残した。一通は村人たちに黙って出て行った非礼への詫びと、滞在させてもらった感謝を綴ったもの。もう一通は、ペルへの謝罪と、そして礼を綴ったもの。 

 これもきっと、俺の自己満足なのだろう。
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