おかしな婚約破棄と精霊王

嘉神かろ

文字の大きさ
2 / 5

第2話 追放

しおりを挟む
「ティラミシアよ」

 愛称以外で直接呼ばれたのは、いつ以来だろうか。

「今回の件、私は、心の底から残念でならない。お前のくだらない趣味のせいで王家との繋がりが途絶え、我が家は恥を晒すこととなった」

 感情を感じさせない声だ。燃えるような赤の瞳に熱は見えず、無能な貴族の話をする時と同じ目が娘であるはずのラミスに向けられている。

「申し訳、ございません……」

 これなら怒鳴られた方が幾分ましだったのではないだろうか。未だ十六年ほどしか生きていない彼女にとって、父から向けられるそれは受け流せるようなものではない。

「お前は我が家の汚点だ。野に放り出さない慈悲に感謝するのだな」

 ラミスの顔から途端に色が失せる。今、父がその言葉を口にする意味を、彼女が察せない筈がない。
 弾かれるようにして窓の外へ視線を向けると、明らかに屋敷への帰路とは違う道にいる。歩く人々も見慣れない、着古したような服ばかり着ており、時々明かりに映る肌は薄汚れていた。

「残りの生は教会で、ラミスとして、精霊様に祈りを捧げながら暮らすことだ」

 それはつまり、二度とティラミシア・バウマフィンの名を名乗ってはならないということ。いや、そんなことはどうだっていい。
 そんなことよりも、教会に入ってしまったら、お菓子なんて作れなくなる。

(お菓子を作れないなんて、絶対にイヤ!)

 お菓子作りには高価な食材を山のように使うのだ。小麦やバターは平民でも比較的楽に手に入るが、砂糖や一部の果実などはそうもいかない。一度作るにも平民の数年分の稼ぎが必要だ。燃料代もバカにはならないだろう。

 お金の問題だけでもない。伯爵家の人脈があってようやく手に入れられていたものもあった。
 だからラミスは父に感謝していたし、全く好きになれないオーガストとの関係を深めることにも積極的だった。恩返しのつもりだった。

「ではな」

 馬車の揺れが止まり、扉が開かれた。その先には月明かりに照らされた教会が見える。服は、餞別のつもりなのだろうか。半ば放心したラミスが馬車を降りても何かを言われることはなく、馬が歩き出す。

 残されたのは、舞踏会のために着飾った元伯爵令嬢が一人と、砕けたクッキーの袋が一つだけ。

(慈悲って、それも体面のためでしょうに……)

 けっきょくは、父バウマフィン伯爵も貴族なのだ。

 どれほどそうしていただろうか。いつの間にか空には雲がかかっていて、彼女を避けるように通り過ぎる人の顔も見えない。

(もう、生きてる意味、あるのかしら……)

 大貴族の娘として生きてきたラミスにとって、お菓子作りが唯一、彼女を彼女たらしめていたもので、全てだった。

 このまま真っ直ぐ歩いて教会の扉をくぐったなら、きっと出迎えの用意を済ませてあるのだろう。その場にいる者たちがラミスにどのような視線を向けるのかは分からない。歓迎なのか、侮蔑なのか、憐憫なのか。

 ラミスにはどうでも良いことだ。些事でしかない。

 教会のアプローチを渡り、玄関を通り過ぎて、裏の庭へ回る。初めて来た場所ではあったが、精霊を信仰する教会は大抵同じ作りだ。真っ暗で何も見えないにも拘らず、不思議と恐怖は無かった。

 庭木の隙間を縫いながら奥まで進むと池がある。精霊の世界に繋がると言われる場所で、教会にはほとんど必ず作られているものだ。その前でラミスは立ち止まって、ぼんやりと、湛えられた闇を見つめる。

(ここに飛び込めば、もう終わりにできる……)

 役割を演じる人生を。
 伯爵令嬢という役割が終わっても、次は精霊という神の下僕の役割につくだけ。唯一違うのは、そこにお菓子作りという彩りがないこと。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─

あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」 没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。 しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。 瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。 「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」 絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。 嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

遊び人の侯爵嫡男がお茶会で婚約者に言われた意外なひと言

夢見楽土
恋愛
侯爵嫡男のエドワードは、何かと悪ぶる遊び人。勢いで、今後も女遊びをする旨を婚約者に言ってしまいます。それに対する婚約者の反応は意外なもので…… 短く拙いお話ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。 このお話は小説家になろう様にも掲載しています。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

花を咲かせるだけと馬鹿にされていたけれど、実は希少な魔法でした

佐倉葵
恋愛
花を咲かせる魔法しか使えないリシェル。 その魔法に価値が見出されることはなく、婚約者からも「無能」と見捨てられていた。 王宮の舞踏会で出会ったのは、銀の瞳を持つ異国の魔導士フェルディア。 彼は、リシェルの中に眠る“花を咲かせる”だけではない、もっと深く、もっと稀有な力を見抜いていた。 元婚約者からの侮蔑の中で、フェルディアの言葉と魔力に導かれ、リシェルは自分の魔法の本質に触れはじめる。 かつて無価値とされた魔法が、たった一つの出会いをきっかけに、その意味を変えていく——

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

婚約破棄された最強女騎士、年下王子に拾われて亡命したら元婚約者の国が滅びました

lemuria
恋愛
武功ひとつで爵位を得た女将軍マリーは、王国最強の矛として名を轟かせていた。 しかしある日、第一王子アルベルトから公衆の面前で一方的に婚約を破棄される。 屈辱と静まり返る大広間――その沈黙を破ったのは、まだ十三歳の第三王子ノエルだった。 「――だったら、僕がマリーさんと婚約します!」 幼い王子の突飛な言葉から始まった新たな縁。 不器用ながらも必死にマリーを支えようとするノエルと、そんな彼を子供扱いしながらも少しずつ心を揺らされていくマリー。 だが王国の中枢では、王の急逝を機に暴政が始まり、権力争いが渦を巻き始める。 二人を待つのは、謀略の渦に呑まれる日々か、それとも新たな未来か。 女将軍と少年王子――釣り合わぬ二人の“婚約”は、やがて王国の命運をも左右していく。

処理中です...