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第2話 追放
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「ティラミシアよ」
愛称以外で直接呼ばれたのは、いつ以来だろうか。
「今回の件、私は、心の底から残念でならない。お前のくだらない趣味のせいで王家との繋がりが途絶え、我が家は恥を晒すこととなった」
感情を感じさせない声だ。燃えるような赤の瞳に熱は見えず、無能な貴族の話をする時と同じ目が娘であるはずのラミスに向けられている。
「申し訳、ございません……」
これなら怒鳴られた方が幾分ましだったのではないだろうか。未だ十六年ほどしか生きていない彼女にとって、父から向けられるそれは受け流せるようなものではない。
「お前は我が家の汚点だ。野に放り出さない慈悲に感謝するのだな」
ラミスの顔から途端に色が失せる。今、父がその言葉を口にする意味を、彼女が察せない筈がない。
弾かれるようにして窓の外へ視線を向けると、明らかに屋敷への帰路とは違う道にいる。歩く人々も見慣れない、着古したような服ばかり着ており、時々明かりに映る肌は薄汚れていた。
「残りの生は教会で、ラミスとして、精霊様に祈りを捧げながら暮らすことだ」
それはつまり、二度とティラミシア・バウマフィンの名を名乗ってはならないということ。いや、そんなことはどうだっていい。
そんなことよりも、教会に入ってしまったら、お菓子なんて作れなくなる。
(お菓子を作れないなんて、絶対にイヤ!)
お菓子作りには高価な食材を山のように使うのだ。小麦やバターは平民でも比較的楽に手に入るが、砂糖や一部の果実などはそうもいかない。一度作るにも平民の数年分の稼ぎが必要だ。燃料代もバカにはならないだろう。
お金の問題だけでもない。伯爵家の人脈があってようやく手に入れられていたものもあった。
だからラミスは父に感謝していたし、全く好きになれないオーガストとの関係を深めることにも積極的だった。恩返しのつもりだった。
「ではな」
馬車の揺れが止まり、扉が開かれた。その先には月明かりに照らされた教会が見える。服は、餞別のつもりなのだろうか。半ば放心したラミスが馬車を降りても何かを言われることはなく、馬が歩き出す。
残されたのは、舞踏会のために着飾った元伯爵令嬢が一人と、砕けたクッキーの袋が一つだけ。
(慈悲って、それも体面のためでしょうに……)
けっきょくは、父バウマフィン伯爵も貴族なのだ。
どれほどそうしていただろうか。いつの間にか空には雲がかかっていて、彼女を避けるように通り過ぎる人の顔も見えない。
(もう、生きてる意味、あるのかしら……)
大貴族の娘として生きてきたラミスにとって、お菓子作りが唯一、彼女を彼女たらしめていたもので、全てだった。
このまま真っ直ぐ歩いて教会の扉をくぐったなら、きっと出迎えの用意を済ませてあるのだろう。その場にいる者たちがラミスにどのような視線を向けるのかは分からない。歓迎なのか、侮蔑なのか、憐憫なのか。
ラミスにはどうでも良いことだ。些事でしかない。
教会のアプローチを渡り、玄関を通り過ぎて、裏の庭へ回る。初めて来た場所ではあったが、精霊を信仰する教会は大抵同じ作りだ。真っ暗で何も見えないにも拘らず、不思議と恐怖は無かった。
庭木の隙間を縫いながら奥まで進むと池がある。精霊の世界に繋がると言われる場所で、教会にはほとんど必ず作られているものだ。その前でラミスは立ち止まって、ぼんやりと、湛えられた闇を見つめる。
(ここに飛び込めば、もう終わりにできる……)
役割を演じる人生を。
伯爵令嬢という役割が終わっても、次は精霊という神の下僕の役割につくだけ。唯一違うのは、そこにお菓子作りという彩りがないこと。
愛称以外で直接呼ばれたのは、いつ以来だろうか。
「今回の件、私は、心の底から残念でならない。お前のくだらない趣味のせいで王家との繋がりが途絶え、我が家は恥を晒すこととなった」
感情を感じさせない声だ。燃えるような赤の瞳に熱は見えず、無能な貴族の話をする時と同じ目が娘であるはずのラミスに向けられている。
「申し訳、ございません……」
これなら怒鳴られた方が幾分ましだったのではないだろうか。未だ十六年ほどしか生きていない彼女にとって、父から向けられるそれは受け流せるようなものではない。
「お前は我が家の汚点だ。野に放り出さない慈悲に感謝するのだな」
ラミスの顔から途端に色が失せる。今、父がその言葉を口にする意味を、彼女が察せない筈がない。
弾かれるようにして窓の外へ視線を向けると、明らかに屋敷への帰路とは違う道にいる。歩く人々も見慣れない、着古したような服ばかり着ており、時々明かりに映る肌は薄汚れていた。
「残りの生は教会で、ラミスとして、精霊様に祈りを捧げながら暮らすことだ」
それはつまり、二度とティラミシア・バウマフィンの名を名乗ってはならないということ。いや、そんなことはどうだっていい。
そんなことよりも、教会に入ってしまったら、お菓子なんて作れなくなる。
(お菓子を作れないなんて、絶対にイヤ!)
お菓子作りには高価な食材を山のように使うのだ。小麦やバターは平民でも比較的楽に手に入るが、砂糖や一部の果実などはそうもいかない。一度作るにも平民の数年分の稼ぎが必要だ。燃料代もバカにはならないだろう。
お金の問題だけでもない。伯爵家の人脈があってようやく手に入れられていたものもあった。
だからラミスは父に感謝していたし、全く好きになれないオーガストとの関係を深めることにも積極的だった。恩返しのつもりだった。
「ではな」
馬車の揺れが止まり、扉が開かれた。その先には月明かりに照らされた教会が見える。服は、餞別のつもりなのだろうか。半ば放心したラミスが馬車を降りても何かを言われることはなく、馬が歩き出す。
残されたのは、舞踏会のために着飾った元伯爵令嬢が一人と、砕けたクッキーの袋が一つだけ。
(慈悲って、それも体面のためでしょうに……)
けっきょくは、父バウマフィン伯爵も貴族なのだ。
どれほどそうしていただろうか。いつの間にか空には雲がかかっていて、彼女を避けるように通り過ぎる人の顔も見えない。
(もう、生きてる意味、あるのかしら……)
大貴族の娘として生きてきたラミスにとって、お菓子作りが唯一、彼女を彼女たらしめていたもので、全てだった。
このまま真っ直ぐ歩いて教会の扉をくぐったなら、きっと出迎えの用意を済ませてあるのだろう。その場にいる者たちがラミスにどのような視線を向けるのかは分からない。歓迎なのか、侮蔑なのか、憐憫なのか。
ラミスにはどうでも良いことだ。些事でしかない。
教会のアプローチを渡り、玄関を通り過ぎて、裏の庭へ回る。初めて来た場所ではあったが、精霊を信仰する教会は大抵同じ作りだ。真っ暗で何も見えないにも拘らず、不思議と恐怖は無かった。
庭木の隙間を縫いながら奥まで進むと池がある。精霊の世界に繋がると言われる場所で、教会にはほとんど必ず作られているものだ。その前でラミスは立ち止まって、ぼんやりと、湛えられた闇を見つめる。
(ここに飛び込めば、もう終わりにできる……)
役割を演じる人生を。
伯爵令嬢という役割が終わっても、次は精霊という神の下僕の役割につくだけ。唯一違うのは、そこにお菓子作りという彩りがないこと。
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