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最終章 軌跡の終着点
第1話 療養中のとあるひと時
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8-1
「ふぅ」
私は読んでいた絵本を閉じ、窓の外へと視線を向けます。
視線の先にいるのは、ブランと、ブランに稽古をつけるスズ。
青い空の下、時々金属同士がぶつかる音を風が運んでくる。今日はそんな日です。
本来であれば私もあそこに混ざっている所なのですが、ここ一年はずっと見ているだけ。自身の訓練すらしていません。
正確には、出来ない、なんですがね。
荊棘の模様が入った白いソーサーからカップを取り、口をつけます。
カップは薔薇の模様入りで、ローズに貰いました。
口内から鼻腔へと抜ける紅茶の香りを楽しみながら、あの日の事を考えます。
あの、『第二次人竜戦線』と呼ばれるようになった事件の日を。
◆◇◆
「……お姉ちゃん?」
「姉様……?」
あぁ、良かった。上手く行きました。
安心したのか、涙が止め処なく溢れて来ます。
「……私たち、一回死んだんだね?」
「えぇ……」
二人の表情が曇りました。
「……姉様、レテレノは?」
「安心しなさい。もう、終わったわ」
「無茶、させちゃったみたいだね……」
……スズの〈真実の瞳〉には、見えてるんですね。
「大丈夫よ。その内元に戻るから」
「そう言う問題じゃなくて! ……ごめん」
「謝らないで、私は平気よ」
うん。二人には問題は無さそうですね。
半精神生命体の核の創造は初めてでしたが、上手くいって良かったです。
……ブランにも【強き魂】がついてますね。少々注ぎ込んだ魂の力が過剰だったようです。
「それより、早く戻――っ!?」
その気配を感じたのは、時間停止と空間断絶の結界を解除し、リムリアへ転移しようとした瞬間でした。
急いで剣を取り出し、下段に構えて振り返ります。
そこにいたのは、薄い青の着流しを着た一人の男性。
見た目は三十前後で、深い青色の髪、落ち着いた光を宿す瞳も髪と同じ色です。
「そう警戒するな。お主らと争うつもりは無い」
「……それじゃあ、いったい何の用かしら?」
剣を下ろしながら聞きます。しまいはしません。
この男の実力は、アルティカと同じかそれ以上。おそらくこの樹海の主とやらでしょう。
「……まぁ良かろう」
男は私の様子に嘆息します。
「今回は謝罪に来たのだ。……レテレノの事でな」
「謝罪? なんであなたが?」
「そういえばまだ名乗っておらなんだ。私は水龍ミルズネアシア。お主が思っておる通り、【調停者】だ」
やはりそうですか。
どう答えたものか思考を巡らせていると、スズが先に口を開きました。
「同じ竜種のレテレノがやらかしちゃったから、ミルズ、ミルズ……」
「ミズナで良い。皆そう呼ぶ」
「おっけ。ミズナさんが謝りに来たってこと?」
す、スズ、軽いですね。
「お姉ちゃん、たぶん、大丈夫だよ」
……スズの勘を信じましょう。
愛剣『シュブ=ニグラス』を〈ストレージ〉にしまいます。
「概ねは、その通りだ。私はあの娘を止められなかった……」
ミズナは続けます。
「【調停者】となる筈だったあの娘の同族として、あの娘の思い違いを正せぬまま数百年だ。今回の事件、私に責任がないと言えようか?」
「思い違い?」
レテレノが【調停者】になろうとしていたなら、思い当たる節が無いと言いません。
「あの娘は、人が魔物たちの住処を奪う事を悪とした。その悪を滅ぼす事こそ、【調停者】候補である自分の役目だと……」
予想通り、ですね。
「しかし、それらも世の摂理でしか無い。それぞれの種が、生きる為に、他の種から何かを奪っていく。私たちが動くのは、その矛先が世界に向いてしまった時だけでなくてはならないのだ……」
以前アルティカに聞いたことがあります。【調停者】の役割はこの世界のバランスを保つことだと。
であるなら、レテレノがやった事は……。
「もしレテレノが目的を達していたなら、種族間のバランスは大きく乱れるわね」
「ああそうだ。だがそれは、世界にとってどうという話ではない。だからあの娘を力尽くで止める事は出来なかった。すまなかった」
ミズナが徐に頭を下げます。
……まぁ、彼が謝ることではありませんね。
「その選択をしたのも、切っ掛けを作ったのも、私たち人間とレテレノ自身よ。あなたが謝る必要はないわ」
「…………わかった。だが、何もしないというのは私な気がおさまらぬ。何かあったら、樹海の北西にある入江に来なさい。力になろう」
「えぇ、そうするわ」
話はこれで終わりです。
早く帰って、報告しなければですからね。
「それじゃあ私たちは行くから」
「あぁ……。分かっておるとは思うが、暫く魂に関わる行為を控えるのだぞ。そんなボロボロな状態で使えば魂が砕け散ってしまう」
「忠告、感謝するわ」
最後にそう言い残し、私たちは樹海に作ってしまった更地を後にしました。
◆◇◆
とまぁそんな訳で、この一年は殆ど何も出来なかったわけです。
まさか一年以上も魂の修復に時間がかかるとは思ってなかったのですが、あの子たちが今こうして元気にしている事を思えばなんら問題ありませんね。
まだ暫く全力戦闘はできそうに無いですが、一週間くらいでやろうと思っている事ができるようになるでしょう。
……タイムリミットは魂の修復が完全に終わるまで、ですね。
「ふぅ」
私は読んでいた絵本を閉じ、窓の外へと視線を向けます。
視線の先にいるのは、ブランと、ブランに稽古をつけるスズ。
青い空の下、時々金属同士がぶつかる音を風が運んでくる。今日はそんな日です。
本来であれば私もあそこに混ざっている所なのですが、ここ一年はずっと見ているだけ。自身の訓練すらしていません。
正確には、出来ない、なんですがね。
荊棘の模様が入った白いソーサーからカップを取り、口をつけます。
カップは薔薇の模様入りで、ローズに貰いました。
口内から鼻腔へと抜ける紅茶の香りを楽しみながら、あの日の事を考えます。
あの、『第二次人竜戦線』と呼ばれるようになった事件の日を。
◆◇◆
「……お姉ちゃん?」
「姉様……?」
あぁ、良かった。上手く行きました。
安心したのか、涙が止め処なく溢れて来ます。
「……私たち、一回死んだんだね?」
「えぇ……」
二人の表情が曇りました。
「……姉様、レテレノは?」
「安心しなさい。もう、終わったわ」
「無茶、させちゃったみたいだね……」
……スズの〈真実の瞳〉には、見えてるんですね。
「大丈夫よ。その内元に戻るから」
「そう言う問題じゃなくて! ……ごめん」
「謝らないで、私は平気よ」
うん。二人には問題は無さそうですね。
半精神生命体の核の創造は初めてでしたが、上手くいって良かったです。
……ブランにも【強き魂】がついてますね。少々注ぎ込んだ魂の力が過剰だったようです。
「それより、早く戻――っ!?」
その気配を感じたのは、時間停止と空間断絶の結界を解除し、リムリアへ転移しようとした瞬間でした。
急いで剣を取り出し、下段に構えて振り返ります。
そこにいたのは、薄い青の着流しを着た一人の男性。
見た目は三十前後で、深い青色の髪、落ち着いた光を宿す瞳も髪と同じ色です。
「そう警戒するな。お主らと争うつもりは無い」
「……それじゃあ、いったい何の用かしら?」
剣を下ろしながら聞きます。しまいはしません。
この男の実力は、アルティカと同じかそれ以上。おそらくこの樹海の主とやらでしょう。
「……まぁ良かろう」
男は私の様子に嘆息します。
「今回は謝罪に来たのだ。……レテレノの事でな」
「謝罪? なんであなたが?」
「そういえばまだ名乗っておらなんだ。私は水龍ミルズネアシア。お主が思っておる通り、【調停者】だ」
やはりそうですか。
どう答えたものか思考を巡らせていると、スズが先に口を開きました。
「同じ竜種のレテレノがやらかしちゃったから、ミルズ、ミルズ……」
「ミズナで良い。皆そう呼ぶ」
「おっけ。ミズナさんが謝りに来たってこと?」
す、スズ、軽いですね。
「お姉ちゃん、たぶん、大丈夫だよ」
……スズの勘を信じましょう。
愛剣『シュブ=ニグラス』を〈ストレージ〉にしまいます。
「概ねは、その通りだ。私はあの娘を止められなかった……」
ミズナは続けます。
「【調停者】となる筈だったあの娘の同族として、あの娘の思い違いを正せぬまま数百年だ。今回の事件、私に責任がないと言えようか?」
「思い違い?」
レテレノが【調停者】になろうとしていたなら、思い当たる節が無いと言いません。
「あの娘は、人が魔物たちの住処を奪う事を悪とした。その悪を滅ぼす事こそ、【調停者】候補である自分の役目だと……」
予想通り、ですね。
「しかし、それらも世の摂理でしか無い。それぞれの種が、生きる為に、他の種から何かを奪っていく。私たちが動くのは、その矛先が世界に向いてしまった時だけでなくてはならないのだ……」
以前アルティカに聞いたことがあります。【調停者】の役割はこの世界のバランスを保つことだと。
であるなら、レテレノがやった事は……。
「もしレテレノが目的を達していたなら、種族間のバランスは大きく乱れるわね」
「ああそうだ。だがそれは、世界にとってどうという話ではない。だからあの娘を力尽くで止める事は出来なかった。すまなかった」
ミズナが徐に頭を下げます。
……まぁ、彼が謝ることではありませんね。
「その選択をしたのも、切っ掛けを作ったのも、私たち人間とレテレノ自身よ。あなたが謝る必要はないわ」
「…………わかった。だが、何もしないというのは私な気がおさまらぬ。何かあったら、樹海の北西にある入江に来なさい。力になろう」
「えぇ、そうするわ」
話はこれで終わりです。
早く帰って、報告しなければですからね。
「それじゃあ私たちは行くから」
「あぁ……。分かっておるとは思うが、暫く魂に関わる行為を控えるのだぞ。そんなボロボロな状態で使えば魂が砕け散ってしまう」
「忠告、感謝するわ」
最後にそう言い残し、私たちは樹海に作ってしまった更地を後にしました。
◆◇◆
とまぁそんな訳で、この一年は殆ど何も出来なかったわけです。
まさか一年以上も魂の修復に時間がかかるとは思ってなかったのですが、あの子たちが今こうして元気にしている事を思えばなんら問題ありませんね。
まだ暫く全力戦闘はできそうに無いですが、一週間くらいでやろうと思っている事ができるようになるでしょう。
……タイムリミットは魂の修復が完全に終わるまで、ですね。
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