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最終章 軌跡の終着点
第11話 4柱目の神と魔王
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8-11
手に持っていた真っ黒なティーカップを、同じく真っ黒なテーブルへと置きます。
「どうやら、賭けは私の勝ちみたいね」
そして目の前の三柱に視線を向け、言いました。
タイトゥース様がうっすら微笑みます。
「そのようですね」
真っ黒な宰相様は溜め息を吐き、指を鳴らして二柱の後方に控えていた管理者さんに合図を送ります。
そうしている間に、ギィという扉の開くような音が聞こえました。
私は二柱に目配せをし、頷き返してもらえた事を確認してから席を立ちます。
そのまま、広がり続ける暗い光の筋の前へ歩き、その扉が開くのを待ちました。
開いていく光の筋、つまり扉の向こう側からは薔薇の香りが漂ってきています。
思ったより時間がかかりましたが、無事なようで安心しましたよ。私がもう一つの私の身体を蘇生出来たなら、二人を危険な目に遭わせなくて済んだんですがね。
光の向こう側に見えてきた影を見て思います。
そうやって物思いに耽っている間にも、暗い光が照らす範囲はどんどん広くなっていきます。
私側からはこうして二人の姿を確認できるのですが、二人からはまだ何も認識できていないはずです。
やがて扉が開ききり、二人からも私の存在が分かるようになったのでしょう。その先にある二人の目が大きく見開かれ、そしてその表情は安堵へと変わりました。
◆◇◆
「どうぞ、スズネさん、ブランさん」
「えと、ありがとう、ございます……?」
タイトゥース様に促され席についたスズネとブランの前に、管理者さんことイブさんがお茶を置きます。
今私たちが座っている椅子や机のように、神様パワーで虚空から直接机の上に生み出してしまえば早いのかもしれませんが、そこは様式美というやつです。イブさんもなんだか楽しんでるみたいですし。
「さて、契約通り、貴女の身体と魂を我らが父の器とした後、もう一つの貴女の身体へと精神を移し蘇生させるとしましょう」
確認をするようにタイトゥース様が言った内容ですが、この内の精神を用意した身体に移すという事が私には出来なかったのです。
記憶は、作った魂そのものに元の魂と同じように刻み込めば良いのですが、それだけでは私の記憶を持っているだけの別の人間という事になりかねないと考えました。精神とは何なのかが私には分からなかったからです。
確かに、人の人格は記憶から形作られるとは言います。ですが、元の魂とは微妙に異なる魂で、複製した当時とは微妙に違う身体に同じ記憶を持たせた時、それは本当に私と言える存在になるのでしょうか。
私はその確証を持つことが出来ませんでした。
精神を移した場合でも、これは言えるのかもしれません。しかし、少なくともその存在は私と同じ精神、すなわち同じ心を持っています。
ならば、それ以上を望むことはありません。
「えぇ。……スズ、お願い」
「うん、わかった」
スズが〈ストレージ〉から黒い木製の棺桶に入った私の複製体を取り出します。
作った時も思ったことですが、なんというか、自分と同じ姿形のものが目の前で横たわっているのは奇妙な気分になりますね。
棺桶に入っているのは、ちょっとした遊び心です。吸血鬼っぽさを意識しました。
「ほぅ、これは上手く作ったものです」
そういう宰相様の声は態とらしいですね。どうせ作るところを見てたんでしょうから、揶揄っているつもりかもしれません。
「感心したのは本当ですよ。……上手くいくと良いですね」
……心を読むくらい造作もないことでしたね、そういえば。
最後のセリフは、さて、誰に対して言ったのやら。
「それでは始めましょう」
タイトゥース様がそう言ったのを聞いた次の瞬間、私の意識は途切れ、視界が闇に包まれました。
◆◇◆
……ここは。
何も見えず、意識もぼんやりして自分がどうなっているかもわかりません。
だんだんと意識がハッキリしてくると、自分が何か箱状の物に押し込められた状態で横になっていることに気づきます。狭苦しくはありますが、寝心地は悪くないです。
まずは体を起こそうと手足に力を入れようとします。しかしどうもうまく動きません。
仕方がないので先に記憶を辿ることにしましょう。
たしか、私は、レテレノとの戦いで傷ついた魂の回復に努めていて……。そうです、諸々の準備を整え終わって、それから数日後の夜、スズやブラン、侍従の二人、あと突然押しかけてきたアルティカの目の前で管理者さんの所へ強制転移させられたんでした。
そこまで考えて気づきます。
もし今の記憶に間違いがなければ、この体は私が作ったコピーの方の筈なんですが、なぜ転移前後の記憶があるんでしょう?
毎日寝る直前にその日の記憶を刻んでいましたが、昨日はまだしていなかったはずです。
そうして思考に耽っている内に、うっすらと光を感じるようになってきました。二つほど光を遮る影があります。
「…………!」
誰かが何かを喋ったようですが、うまく聞き取れません。
と、どうやら影は、こちらを覗き込むスズとブランだったみたいですね。まだボヤけてハッキリは見えませんが、二人を判別するのには十分です。
私が反応を返せずにいると、スズが両手を伸ばしてきます。
そして私の両肩を掴み――ちょっ!? 激しく揺すりすぎです! 緩めて! スズ、お願いだから緩めて!?
ふぅ……。
私の願いが届いたのか、スズは揺するのをやめてくれました。
あぁ、目が回る……。
おや、視界も定まってきましたね。手足にも力が入るようになってきました。
少々苦労してですが、どうにか起き上がります。
まだ少しふらつきますね。
「スズ……、ブラン……」
二人の顔を見れば心配そうな顔。ですから、微笑みかけて大丈夫だと伝えます。
三柱はどこにいるのかと辺りを探すと、私の元の体に対して何かしらの儀式を行っているところでした。少し距離があるので細かいことまではわかりませんが、恐らく、もうすぐ完了するでしょう。
ふらつきはもう治りましたね。
手足にもしっかり力が入るようになりました。
ですから、自分で作った棺桶の縁に手をかけ、ゆっくり立ち上がる事にします。
「っと」
「あっ、お姉ちゃん!?」
「姉様! 大丈夫?」
棺桶から出ようとした時にまた、少しふらついてしまってスズに支えられます。
「大丈夫よ。少し立ちくらみがしただけ」
「そう……? ならいいけど……。体、おかしいところとかない? スキルや記憶は?」
そう言われて確認します。
……うん、どうやら大丈夫そうですね。記憶は摺り合わせしなければわかりませんが。
という事で、三人で摺り合わせてみました。とくに問題は無さそうです。
「そういえば、なんでまだ刻んでいなかった転移前後の記憶があるのかしら?」
「あっ、それはタイトゥース様が刻んでくれたよ!」
「そうなの?」
これは後で礼を言っておかねばなりませんね。
そうこうしている間に、向こうも儀式を終えたようです。私の元の体から、異様なまでに巨大な気配を感じるようになりました。
側にいる管理者のイブさんどころか、トップのタイトゥース様と宰相様と比べてもなお強大です。
【強き魂】があったとしても、転生してすぐの私なら魂ごと押しつぶされていたかもしれません。
復活直後は本調子でないだろうと言う話の通りなら、これでもまだ序の口ということなのですから恐ろしいです。
私たち三人が威圧されて固まっていると、イブさんがこちらへ振り返って口を開きます。
「どうやら問題は無いようですね。我らが王も、間も無く目を覚まされます。どうぞこちらへ。貴女には立ち会う権利があります」
スズ達を待つ間に聞いた話によると、私は賭けの駒にされていたらしいです。その挙句、下手をすれば身体と魂の器だけ奪われて私は消滅していたんですから、当然と言えば当然ですね。
「なら、お言葉に甘えさせて貰うわ。……ほら、二人とも」
手を叩き、まだ固まったままのスズとブランに喝を入れて一緒に行くように促します。権利があると言われたのは私ですが、既に前へ向き直ったイブさんを含め、誰も何も言わないので大丈夫でしょう。
この間にも王様は覚醒へ向かっているようで、どんどん気配が強まっていきます。
強すぎてそろそろよくわからなくなってきましたね。流石、世界を片手間に作るような存在の生みの親というべきでしょうか。
棺桶をしまい、三人並んで、中空に横たわる元の身体の所へ歩きます。
そして三柱の少し後ろで立ち止まりました。
タイトゥース様はこちらを一瞥して直ぐに視線を戻し、宰相様に至っては、じっと眠れる王を見つめるばかりで何の反応も示しません。
その宰相様ですが、何やら緊張しているような、そんな雰囲気を感じます。
この神々にとっては、悠久の時の間望み、待ち続けた瞬間。
儀式を終え、完全に覚醒するのを待つばかりとなった今この時は、それに比べればほんの一瞬です。
しかし、あくまで想像ですが、その一瞬が今の三柱には、待ち望んでいた悠久よりも長いものに感じられているのかもしれません。
それほどに強く彼らは、王の、父の目覚めを望んでいたのです。
さらに言えば、この行いは、私を駒にしたそれとは別の意味でも賭けでした。
私達から見れば規格外。そんな神々にとっても強大で偉大な王であった存在の器として、いくら超新星爆発のエネルギーを受け取って強靭になっており、さらに王の因子が混ざっているとは言え、ただの人間の魂が十分なものなのか、神々にも確証が無かったのです。
もし失敗すれば、次があるかわかりません。いくらタイトゥース様たちと言えど、王のことには全知全能足り得ないのだそうです。
そういう意味でも、時間を長く感じている事でしょう。その長い、永い時が今、終わります。
ゆっくりと目蓋が開かれました。
その瞳は、まるで宇宙。漆黒に赤や青、紫といった色の星々が浮かび、同色の靄が漂っているように見えます。
瞳以外私と同じ姿をした王が体を真っ直ぐに保ったままその場で回転し、起き上がります。
王は何度か瞬きをしたあと、顔の高さまで持ち上げた手を何度か握ったり開いたりして、それから満足げに頷きました。
そして私たちに視線を巡らせます。
「……ふむ。苦労をかけたな。我が子らよ」
聞こえてきたのは、私のものとは違う静かで力強い声。
器となったのが女である私の身体だからでしょう。低めですが、女性的な声です。
「そんな事はありません。全ては、自ら望んだ事です……父よ」
タイトゥース様が軽く頭を下げて柔らかな声で言いました。
「……王よ、父よ。誰よりも賢く、誰よりも偉大なる父よ……! あぁ……間違い、無いのですね……!」
そう言う宰相様はわなわなと震えており、普段の小馬鹿にした様な態度はすっかり鳴りを潜めています。正直誰だコイツはという感じです。
これに対して王は、表情を変えないまま頷いて返します。
もし宰相様が、涙を流す人間であったなら、きっと滂沱の涙を見せていた事でしょう。
「だから大丈夫だと言ったでしょう」
「……そうですね。今回は、貴女が正しかった」
…….あぁ、なるほど。
宰相様は、父である王が白痴になってしまった事を認められず、恐怖していたのですね……。
だからこそ、私を器にする事に反対して色々と仕組んでいたのでしょう。
対してイブさんは、二柱の少し後ろで跪いているだけで言葉は発しません。
ちなみに私たちですが、完全にのまれてしまって跪く事すらできない状態です。宰相様の態度に現実逃避するのが精一杯になってしまっています。
この王が敵だったと思うと、ゾッとする他ないですね……。
「……もう一柱の娘にも、礼を言わねばならぬな」
王がどこか遠くへと視線を向けながら言った『もう一柱の娘』というのは、私の愛剣と関係の深い『万物の母』の事でしょう。今は王が目覚めた事で崩壊していく世界から同胞を救い、復活直後で本調子でない王を狙って攻め来る『旧神』たちを迎撃する役目についているのだとか。今回の賭けで中立を選んだ為に王の復活に立ち会えなくなる面倒な仕事を押し付けられたらしいです。
どうにか王の存在感に慣れてきました。
今からでも跪くべきでしょうか……と考えていると、王がこちらへ視線を向けます。
「……器に選ばれた者よ」
他の三柱もこちらへ向き直ります。
「主に――」
そして、王が私に声をかけた時です。
王の背後に極光を放つ槍を携えた女性が現れました。
彼女自身もさることながら、槍から感じる力は凄まじいの一言です。イブさんよりは確実に上。下手をすると、副王タイトゥース様や宰相様すらも上回ります。
「後ろっ!」
慌てて叫んだのですが、時既に遅し。
光輝く槍は、この世の全てを砕かんばかりの力と共に、王へと振り下ろされてしまいました。
手に持っていた真っ黒なティーカップを、同じく真っ黒なテーブルへと置きます。
「どうやら、賭けは私の勝ちみたいね」
そして目の前の三柱に視線を向け、言いました。
タイトゥース様がうっすら微笑みます。
「そのようですね」
真っ黒な宰相様は溜め息を吐き、指を鳴らして二柱の後方に控えていた管理者さんに合図を送ります。
そうしている間に、ギィという扉の開くような音が聞こえました。
私は二柱に目配せをし、頷き返してもらえた事を確認してから席を立ちます。
そのまま、広がり続ける暗い光の筋の前へ歩き、その扉が開くのを待ちました。
開いていく光の筋、つまり扉の向こう側からは薔薇の香りが漂ってきています。
思ったより時間がかかりましたが、無事なようで安心しましたよ。私がもう一つの私の身体を蘇生出来たなら、二人を危険な目に遭わせなくて済んだんですがね。
光の向こう側に見えてきた影を見て思います。
そうやって物思いに耽っている間にも、暗い光が照らす範囲はどんどん広くなっていきます。
私側からはこうして二人の姿を確認できるのですが、二人からはまだ何も認識できていないはずです。
やがて扉が開ききり、二人からも私の存在が分かるようになったのでしょう。その先にある二人の目が大きく見開かれ、そしてその表情は安堵へと変わりました。
◆◇◆
「どうぞ、スズネさん、ブランさん」
「えと、ありがとう、ございます……?」
タイトゥース様に促され席についたスズネとブランの前に、管理者さんことイブさんがお茶を置きます。
今私たちが座っている椅子や机のように、神様パワーで虚空から直接机の上に生み出してしまえば早いのかもしれませんが、そこは様式美というやつです。イブさんもなんだか楽しんでるみたいですし。
「さて、契約通り、貴女の身体と魂を我らが父の器とした後、もう一つの貴女の身体へと精神を移し蘇生させるとしましょう」
確認をするようにタイトゥース様が言った内容ですが、この内の精神を用意した身体に移すという事が私には出来なかったのです。
記憶は、作った魂そのものに元の魂と同じように刻み込めば良いのですが、それだけでは私の記憶を持っているだけの別の人間という事になりかねないと考えました。精神とは何なのかが私には分からなかったからです。
確かに、人の人格は記憶から形作られるとは言います。ですが、元の魂とは微妙に異なる魂で、複製した当時とは微妙に違う身体に同じ記憶を持たせた時、それは本当に私と言える存在になるのでしょうか。
私はその確証を持つことが出来ませんでした。
精神を移した場合でも、これは言えるのかもしれません。しかし、少なくともその存在は私と同じ精神、すなわち同じ心を持っています。
ならば、それ以上を望むことはありません。
「えぇ。……スズ、お願い」
「うん、わかった」
スズが〈ストレージ〉から黒い木製の棺桶に入った私の複製体を取り出します。
作った時も思ったことですが、なんというか、自分と同じ姿形のものが目の前で横たわっているのは奇妙な気分になりますね。
棺桶に入っているのは、ちょっとした遊び心です。吸血鬼っぽさを意識しました。
「ほぅ、これは上手く作ったものです」
そういう宰相様の声は態とらしいですね。どうせ作るところを見てたんでしょうから、揶揄っているつもりかもしれません。
「感心したのは本当ですよ。……上手くいくと良いですね」
……心を読むくらい造作もないことでしたね、そういえば。
最後のセリフは、さて、誰に対して言ったのやら。
「それでは始めましょう」
タイトゥース様がそう言ったのを聞いた次の瞬間、私の意識は途切れ、視界が闇に包まれました。
◆◇◆
……ここは。
何も見えず、意識もぼんやりして自分がどうなっているかもわかりません。
だんだんと意識がハッキリしてくると、自分が何か箱状の物に押し込められた状態で横になっていることに気づきます。狭苦しくはありますが、寝心地は悪くないです。
まずは体を起こそうと手足に力を入れようとします。しかしどうもうまく動きません。
仕方がないので先に記憶を辿ることにしましょう。
たしか、私は、レテレノとの戦いで傷ついた魂の回復に努めていて……。そうです、諸々の準備を整え終わって、それから数日後の夜、スズやブラン、侍従の二人、あと突然押しかけてきたアルティカの目の前で管理者さんの所へ強制転移させられたんでした。
そこまで考えて気づきます。
もし今の記憶に間違いがなければ、この体は私が作ったコピーの方の筈なんですが、なぜ転移前後の記憶があるんでしょう?
毎日寝る直前にその日の記憶を刻んでいましたが、昨日はまだしていなかったはずです。
そうして思考に耽っている内に、うっすらと光を感じるようになってきました。二つほど光を遮る影があります。
「…………!」
誰かが何かを喋ったようですが、うまく聞き取れません。
と、どうやら影は、こちらを覗き込むスズとブランだったみたいですね。まだボヤけてハッキリは見えませんが、二人を判別するのには十分です。
私が反応を返せずにいると、スズが両手を伸ばしてきます。
そして私の両肩を掴み――ちょっ!? 激しく揺すりすぎです! 緩めて! スズ、お願いだから緩めて!?
ふぅ……。
私の願いが届いたのか、スズは揺するのをやめてくれました。
あぁ、目が回る……。
おや、視界も定まってきましたね。手足にも力が入るようになってきました。
少々苦労してですが、どうにか起き上がります。
まだ少しふらつきますね。
「スズ……、ブラン……」
二人の顔を見れば心配そうな顔。ですから、微笑みかけて大丈夫だと伝えます。
三柱はどこにいるのかと辺りを探すと、私の元の体に対して何かしらの儀式を行っているところでした。少し距離があるので細かいことまではわかりませんが、恐らく、もうすぐ完了するでしょう。
ふらつきはもう治りましたね。
手足にもしっかり力が入るようになりました。
ですから、自分で作った棺桶の縁に手をかけ、ゆっくり立ち上がる事にします。
「っと」
「あっ、お姉ちゃん!?」
「姉様! 大丈夫?」
棺桶から出ようとした時にまた、少しふらついてしまってスズに支えられます。
「大丈夫よ。少し立ちくらみがしただけ」
「そう……? ならいいけど……。体、おかしいところとかない? スキルや記憶は?」
そう言われて確認します。
……うん、どうやら大丈夫そうですね。記憶は摺り合わせしなければわかりませんが。
という事で、三人で摺り合わせてみました。とくに問題は無さそうです。
「そういえば、なんでまだ刻んでいなかった転移前後の記憶があるのかしら?」
「あっ、それはタイトゥース様が刻んでくれたよ!」
「そうなの?」
これは後で礼を言っておかねばなりませんね。
そうこうしている間に、向こうも儀式を終えたようです。私の元の体から、異様なまでに巨大な気配を感じるようになりました。
側にいる管理者のイブさんどころか、トップのタイトゥース様と宰相様と比べてもなお強大です。
【強き魂】があったとしても、転生してすぐの私なら魂ごと押しつぶされていたかもしれません。
復活直後は本調子でないだろうと言う話の通りなら、これでもまだ序の口ということなのですから恐ろしいです。
私たち三人が威圧されて固まっていると、イブさんがこちらへ振り返って口を開きます。
「どうやら問題は無いようですね。我らが王も、間も無く目を覚まされます。どうぞこちらへ。貴女には立ち会う権利があります」
スズ達を待つ間に聞いた話によると、私は賭けの駒にされていたらしいです。その挙句、下手をすれば身体と魂の器だけ奪われて私は消滅していたんですから、当然と言えば当然ですね。
「なら、お言葉に甘えさせて貰うわ。……ほら、二人とも」
手を叩き、まだ固まったままのスズとブランに喝を入れて一緒に行くように促します。権利があると言われたのは私ですが、既に前へ向き直ったイブさんを含め、誰も何も言わないので大丈夫でしょう。
この間にも王様は覚醒へ向かっているようで、どんどん気配が強まっていきます。
強すぎてそろそろよくわからなくなってきましたね。流石、世界を片手間に作るような存在の生みの親というべきでしょうか。
棺桶をしまい、三人並んで、中空に横たわる元の身体の所へ歩きます。
そして三柱の少し後ろで立ち止まりました。
タイトゥース様はこちらを一瞥して直ぐに視線を戻し、宰相様に至っては、じっと眠れる王を見つめるばかりで何の反応も示しません。
その宰相様ですが、何やら緊張しているような、そんな雰囲気を感じます。
この神々にとっては、悠久の時の間望み、待ち続けた瞬間。
儀式を終え、完全に覚醒するのを待つばかりとなった今この時は、それに比べればほんの一瞬です。
しかし、あくまで想像ですが、その一瞬が今の三柱には、待ち望んでいた悠久よりも長いものに感じられているのかもしれません。
それほどに強く彼らは、王の、父の目覚めを望んでいたのです。
さらに言えば、この行いは、私を駒にしたそれとは別の意味でも賭けでした。
私達から見れば規格外。そんな神々にとっても強大で偉大な王であった存在の器として、いくら超新星爆発のエネルギーを受け取って強靭になっており、さらに王の因子が混ざっているとは言え、ただの人間の魂が十分なものなのか、神々にも確証が無かったのです。
もし失敗すれば、次があるかわかりません。いくらタイトゥース様たちと言えど、王のことには全知全能足り得ないのだそうです。
そういう意味でも、時間を長く感じている事でしょう。その長い、永い時が今、終わります。
ゆっくりと目蓋が開かれました。
その瞳は、まるで宇宙。漆黒に赤や青、紫といった色の星々が浮かび、同色の靄が漂っているように見えます。
瞳以外私と同じ姿をした王が体を真っ直ぐに保ったままその場で回転し、起き上がります。
王は何度か瞬きをしたあと、顔の高さまで持ち上げた手を何度か握ったり開いたりして、それから満足げに頷きました。
そして私たちに視線を巡らせます。
「……ふむ。苦労をかけたな。我が子らよ」
聞こえてきたのは、私のものとは違う静かで力強い声。
器となったのが女である私の身体だからでしょう。低めですが、女性的な声です。
「そんな事はありません。全ては、自ら望んだ事です……父よ」
タイトゥース様が軽く頭を下げて柔らかな声で言いました。
「……王よ、父よ。誰よりも賢く、誰よりも偉大なる父よ……! あぁ……間違い、無いのですね……!」
そう言う宰相様はわなわなと震えており、普段の小馬鹿にした様な態度はすっかり鳴りを潜めています。正直誰だコイツはという感じです。
これに対して王は、表情を変えないまま頷いて返します。
もし宰相様が、涙を流す人間であったなら、きっと滂沱の涙を見せていた事でしょう。
「だから大丈夫だと言ったでしょう」
「……そうですね。今回は、貴女が正しかった」
…….あぁ、なるほど。
宰相様は、父である王が白痴になってしまった事を認められず、恐怖していたのですね……。
だからこそ、私を器にする事に反対して色々と仕組んでいたのでしょう。
対してイブさんは、二柱の少し後ろで跪いているだけで言葉は発しません。
ちなみに私たちですが、完全にのまれてしまって跪く事すらできない状態です。宰相様の態度に現実逃避するのが精一杯になってしまっています。
この王が敵だったと思うと、ゾッとする他ないですね……。
「……もう一柱の娘にも、礼を言わねばならぬな」
王がどこか遠くへと視線を向けながら言った『もう一柱の娘』というのは、私の愛剣と関係の深い『万物の母』の事でしょう。今は王が目覚めた事で崩壊していく世界から同胞を救い、復活直後で本調子でない王を狙って攻め来る『旧神』たちを迎撃する役目についているのだとか。今回の賭けで中立を選んだ為に王の復活に立ち会えなくなる面倒な仕事を押し付けられたらしいです。
どうにか王の存在感に慣れてきました。
今からでも跪くべきでしょうか……と考えていると、王がこちらへ視線を向けます。
「……器に選ばれた者よ」
他の三柱もこちらへ向き直ります。
「主に――」
そして、王が私に声をかけた時です。
王の背後に極光を放つ槍を携えた女性が現れました。
彼女自身もさることながら、槍から感じる力は凄まじいの一言です。イブさんよりは確実に上。下手をすると、副王タイトゥース様や宰相様すらも上回ります。
「後ろっ!」
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