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第2章 千の時を共に
第6話 またどこかで、
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2-6
「はい、お疲れ様でした。試験はこれで終わりです。結果は後日お伝えしますね」
女性たちを衛兵に預け、詰所から出てくると、テオがニコニコしながら待っていました。
結局全然見つからなかったです……。帰りずっと察知スキルに集中してたのに……。
「そう簡単には見つかってあげられませんよ」
「っ! なんのことかしら?」
内心悔しがっていたら、相変わらずのイケメンスマイルでそう言われました。他の3人はキョトンとしています。まったく人の心を読んだようなタイミングです。
Bランクの実力って、嘘ですよね? 絶対。
解体場の一件でまだ私の魔力では〈鑑定眼〉の効果が〈鑑定lv7〉以下という事は分かっています。隠蔽されている可能性は十分以上にありますね。
よくよく考えれば、テオは『Bランク程度の実力は』と言っていました。『Bランク相当の実力がある』と言ったわけではないので、嘘はついていないという事でしょう。
先ほど、スキルに集中していた、と言いましたが、察知系スキルは能動的に発動を意識する必要はありません。いわゆる『パッシブスキル』、正確には『半パッシブスキル』に分類されるスキルです。
“半”と付くのは任意でスキル効果を完全に消せるからです。つかないものは、せいぜい出力の調整しかできません。
それはさておき、あとは回収したお宝の分配のみです。依頼自体の報酬は受験料となるのでありません。
流石にここでお宝を広げるわけにはいかないので、ギルドの小会議室へと移動します。ちなみにお宝は現在フィオの〈収納魔法〉の中に入っています。
それじゃあ拝見させていただきましょうか。
フィオが出した物を四人それぞれで確認します。
こういう臨時のパーティの場合、手に入れたものの分配は基本、金銭価値に換算して等分です。その中でもし欲しいものがあれば、自分の取り分から差し引き、足りない分は現金で補うというわけです。欲しいものが重なってトラブルになる事もあるそうです。事前の話し合いが大事ですね。
今回フィオが回収したものは、斥候であるフィオの〈収納魔法〉に入りきることからもわかるように大した量ではありません。すぐ終わるでしょう。
「ほとんど現金でマジックアイテムの類は少ないわね」
「まああの実力であの規模。報奨金さえかかっていない盗賊団ですからね。これでも多い方でしょう」
「おい、これもらっていいか?」
そう言ってカイルが見せてきたのは、品のいい、深紅の宝石(鑑定ではルビー)がついたネックレス。マジックアイテム、魔道具や魔剣など魔法の掛かった品というわけでもない、言ってみればただのネックレスです。
「あなた、そんな趣味があったのね…」
「ちげえよ! 妹のだ!」
「へぇ、カイルって妹いたのね。私末っ子だから下の兄妹って憧れるわ」
「そんないいもんじゃねえよ」
「その割に大事にしてるじゃない?」
フィオがニヤニヤしながらいえば、目つきの悪いその顔を赤らめて照れてます。正直誰得です。
仕方ありませんね。その妹ちゃんに免じて痛い目にあわせるのはやめておきます。
「で、いいのか? 悪いのか?」
「いいんじゃない?」
私のドレスには同じく赤い宝石(鑑定不可…)をあしらったチョーカーがついてますし。
「私もいいわよ。赤は趣味じゃないし」
「ええ構いません」
「それじゃあもらうぞ」
その後、タミルさんが魔力を貯蓄できる腕輪を欲した以外は誰も何も欲しがりませんでした。
これらは現金だけ先に分けたあと、他のものを鑑定にだし、後日受け取りになります。
希望したアイテムの決算もその時です。
先に受け取ったのは百三十万L。金貨十三枚分です。
「ところであんた達、パーティとか組んでるの? せっかくだから組まない?」
そうフィオが提案してきたのは査定依頼をだし、あとは解散するだけとなった時です。
「すみません。私はもうパーティを組んでまして。他のメンバーは既にCランクだったので、今回私だけ参加した形になります」
「俺は構わない」
タミルさんは既にパーティを組んでて、意外なことにカイルはOKと。
私は……、流石にパーティは組めませんね。秘密が多すぎます。丁重にお断りしましょう。
「ごめんなさいね。事情があって暫くソロでやるつもりなのよ」
「それは残念ね。まあいいわ。よろしく、カイル」
「ああ」
ちょっと心が痛みます。
「それで、パーティは残念だけど、打ち上げくらい行かない?」
「ええ、それならぜひ」
「ああいいぞ」
それはいいですね。今日はちょうどアレの日ですし。
「いいわね。それなら、『星の波止場亭』にしない? あそこの食堂は泊まってなくても利用できるし、何より今日は特別よ?」
「特別?」
「ええ。今日はハイオーク料理が出るの。この間のスタンピードのやつよ」
「ほんと!?」
「それはいいですね!」
「おい、吸血女。早く案内しろ!」
まったくせっかちですね。
まあわからなくもありません。現在は七の鐘が鳴ってからしばらくたったころ。十九時くらいでしょうか? 辺りも薄暗くなっています。いい時間帯でしょう。
「それじゃあついて来て」
◆◇◆
翌々日です。昨日は休暇にして魔物図鑑を読んだりメルちゃんと遊んだりして過ごしました。
他の方々はきっと人を殺した事を実感して弱ってたんじゃないですかね? アレは落ち着いた頃にドッときますからね。
せっかくのハイオークを吐き出してないですかね?
いやーアレは絶品でした!
溢れる肉汁。舌の上で融けるほどしっかり、しかし形を崩さず煮込まれたそれは、一晩しか置いていないとは思えないほど濃厚な味わいをもっていました。もう私の語彙では語りきれません!
え? 私ですか?
今の話から分かるように既に経験済みですよ?
昔、ジジ…、祖父に中国の山奥に連れて行かれた時の話です。あの時はなかなか眠れず、気がつけば朝になっているわ、胃の中身が空になるまで吐き続けるわで最悪でした……。
襲ってきたのを返り討ちにした結果とはいえ、現代日本人には辛かったですね…………。
というか、あのクソジジイほんと何考えてたんでしょう! あ、あの祖父。
……そんな話はどうでもいいですね。
今日は査定結果が出る日です。間も無く約束の時間ですのでギルドへ向かいましょう。
◆◇◆
「これ、足りなかった分です」
「俺のは足りたようだ」
「了解。ありがとタミル。えっと、四十二万Lを三人でわけるから……」
「一人十四万Lよ、フィオ」
「さっすが真祖! 計算早いわね」
「真祖って関係あるのかしら……?」
タミルさんも苦笑いしてます。
とりあえず、分配は終わりました。宝の総額は840万L。一人金貨二十一枚ですね。
という事はあの腕輪は金貨二十五枚ですか。魔道具の相場はよくわからないのでなんともいえませんが。
今回の収入は一昨日の分と合わせて金貨三十四枚です。あとは助けた女性たちの処遇によりますが、帰る途中で聞いた話だと彼女たちは人さらいに攫われた違法奴隷。本来なら礼金が幾らかもらえるのですが、それも受験料としてギルドに入るので今回は関係ありません。
気になるのは、あの獣人の少女ですが……。
「改めて、お疲れ様でした」
「それじゃあ、またどこかで会いましょうね! いこ、カイル」
「ああ。また、どこかでな。……それと、おい、吸血女! 噛み付いて悪かったな」
カイルはプイッと顔を背けてそれだけいうと、そのまま新しいパーティメンバーの後を追いました。
それに私は、
「あ、うん」
とだけ返すことしかできませんでした。
あのカイルが素直に謝ったことに驚いてしまって……。
そんな私をタミルさんはにこにこしながら見ていましたが、私が再起動した時には既に居なくなっていました。
「……忘れましょう。アレはカイルじゃなかった。そうです」
そんな酷い事を呟きつつ、その場を後にする私でした。
◆◇◆
気をとりなおして街を散策しましょう。
この街に来てからある程度経ちましたが、まだ『星の波止場亭』、『冒険者ギルド』、そして街の外へと続く門、この三箇所間しか行ったことがありません。
ああ、でもその前に気掛かりを解決しておきましょうかね。
というわけで私が向かったのは衛兵の詰所。あの少女について聞くためです。
「こんにちは。一昨日連れてきた狼人族の少女について聞きたいんだけど」
「ああ、このあいだの。あの子なら、行くあてがあるからってもう出て行きましたよ?」
「あの子が?」
おかしいです。自身を忌子といって死を選ぼうとした子に行くあて? まさか冥土なんていいませんよね? 対応してくれた衛兵さんにその事を伝えてみます。
「……スラムか? 身分証のない彼女は街から出ていない筈です。もしあなたの話が本当なら、スラムぐらいしかその希望を叶えられる場所はリムリアの中にはありません」
このリムリアは、門を出る時にも身分証だけチェックされます。そのため他の女性たちは自分のいた場所から家族が来るのを待って身分を証明するか、ここで冒険者ギルドに登録するという手段をとっています。
「ちょっと探してみるわ」
「危険です! Cランクの昇格依頼を受けられていたようですが、あそこには冒険者のBランクやAランクと同等の力を持った奴らもいます!」
「安心してちょうだい。この間のスタンピード、オーガジェネラルを討伐したのは私よ」
「っ!? あなたが『狂戦姫』殿でしたか。……わかりました。何かあればすぐ詰所に逃げ込んでください。私は動けませんが、話を通しておきます」
「ありがとう。それじゃあいって来るわね。見つけたらまたくるから」
「ほんとに、気をつけてくださいよ!」
衛兵さんに見送られながら、私は街を疾走します。視線を集めていますが、本当にスラムなら急がねばなりません。
スラムは街の北西部にある、無法地帯です。数年前、この街を治める領主が何とかその地に犯罪組織や浮浪者たちを押し込めることに成功したという暗黒街。この格好では確実に目立ちます。私は今回の試験でレベルの上がった《隠密》を全力発動させつつ、建物の屋根にあがって最短距離を進みます。
辿り着いたそこは、いつか祖父に連れられて訪れた某国のスラムよりはましでした。
それでも、纏わりつく暗い空気が、この地に押し込められた絶望を、人の闇を、私に伝えてきます。
地面に直接寝転ぶ薄汚い男。キセル、おそらく薬物をふかしながら男を路地裏に誘い込む女。ガリガリにやせ細り、腰に布を巻いただけの子供達。
私が四番目に知ったリムリアの顔は、そんな真っ暗な所でした。今も目の前で1人の男が刺され、身包みを剥がされています。
彼女をこんな所に居させるわけにはいきません。いなければそれが最善です。
私は気配を消したまま〈創翼〉で翼を作り、一番高い廃墟の屋上へと〈飛行〉しました。
本当はもうしばらく使いたくなかったのですが、そんなことは言っていられません。
静かに目を閉じ、必要なスキルを発動させます。
「っ!」
演算領域が拡張され、パソコン並の演算速度を得た今になっても感じる痛み。それでも一回目よりは格段に楽になっています。
ここが雑多な街中というのもあるかもしれません。私の脳内に、濁流の様に濁りきった情報が入ってきます。
そして、
「――いた!」
見つけました。本当は、この地で見つけたくなかった少女を。
「はい、お疲れ様でした。試験はこれで終わりです。結果は後日お伝えしますね」
女性たちを衛兵に預け、詰所から出てくると、テオがニコニコしながら待っていました。
結局全然見つからなかったです……。帰りずっと察知スキルに集中してたのに……。
「そう簡単には見つかってあげられませんよ」
「っ! なんのことかしら?」
内心悔しがっていたら、相変わらずのイケメンスマイルでそう言われました。他の3人はキョトンとしています。まったく人の心を読んだようなタイミングです。
Bランクの実力って、嘘ですよね? 絶対。
解体場の一件でまだ私の魔力では〈鑑定眼〉の効果が〈鑑定lv7〉以下という事は分かっています。隠蔽されている可能性は十分以上にありますね。
よくよく考えれば、テオは『Bランク程度の実力は』と言っていました。『Bランク相当の実力がある』と言ったわけではないので、嘘はついていないという事でしょう。
先ほど、スキルに集中していた、と言いましたが、察知系スキルは能動的に発動を意識する必要はありません。いわゆる『パッシブスキル』、正確には『半パッシブスキル』に分類されるスキルです。
“半”と付くのは任意でスキル効果を完全に消せるからです。つかないものは、せいぜい出力の調整しかできません。
それはさておき、あとは回収したお宝の分配のみです。依頼自体の報酬は受験料となるのでありません。
流石にここでお宝を広げるわけにはいかないので、ギルドの小会議室へと移動します。ちなみにお宝は現在フィオの〈収納魔法〉の中に入っています。
それじゃあ拝見させていただきましょうか。
フィオが出した物を四人それぞれで確認します。
こういう臨時のパーティの場合、手に入れたものの分配は基本、金銭価値に換算して等分です。その中でもし欲しいものがあれば、自分の取り分から差し引き、足りない分は現金で補うというわけです。欲しいものが重なってトラブルになる事もあるそうです。事前の話し合いが大事ですね。
今回フィオが回収したものは、斥候であるフィオの〈収納魔法〉に入りきることからもわかるように大した量ではありません。すぐ終わるでしょう。
「ほとんど現金でマジックアイテムの類は少ないわね」
「まああの実力であの規模。報奨金さえかかっていない盗賊団ですからね。これでも多い方でしょう」
「おい、これもらっていいか?」
そう言ってカイルが見せてきたのは、品のいい、深紅の宝石(鑑定ではルビー)がついたネックレス。マジックアイテム、魔道具や魔剣など魔法の掛かった品というわけでもない、言ってみればただのネックレスです。
「あなた、そんな趣味があったのね…」
「ちげえよ! 妹のだ!」
「へぇ、カイルって妹いたのね。私末っ子だから下の兄妹って憧れるわ」
「そんないいもんじゃねえよ」
「その割に大事にしてるじゃない?」
フィオがニヤニヤしながらいえば、目つきの悪いその顔を赤らめて照れてます。正直誰得です。
仕方ありませんね。その妹ちゃんに免じて痛い目にあわせるのはやめておきます。
「で、いいのか? 悪いのか?」
「いいんじゃない?」
私のドレスには同じく赤い宝石(鑑定不可…)をあしらったチョーカーがついてますし。
「私もいいわよ。赤は趣味じゃないし」
「ええ構いません」
「それじゃあもらうぞ」
その後、タミルさんが魔力を貯蓄できる腕輪を欲した以外は誰も何も欲しがりませんでした。
これらは現金だけ先に分けたあと、他のものを鑑定にだし、後日受け取りになります。
希望したアイテムの決算もその時です。
先に受け取ったのは百三十万L。金貨十三枚分です。
「ところであんた達、パーティとか組んでるの? せっかくだから組まない?」
そうフィオが提案してきたのは査定依頼をだし、あとは解散するだけとなった時です。
「すみません。私はもうパーティを組んでまして。他のメンバーは既にCランクだったので、今回私だけ参加した形になります」
「俺は構わない」
タミルさんは既にパーティを組んでて、意外なことにカイルはOKと。
私は……、流石にパーティは組めませんね。秘密が多すぎます。丁重にお断りしましょう。
「ごめんなさいね。事情があって暫くソロでやるつもりなのよ」
「それは残念ね。まあいいわ。よろしく、カイル」
「ああ」
ちょっと心が痛みます。
「それで、パーティは残念だけど、打ち上げくらい行かない?」
「ええ、それならぜひ」
「ああいいぞ」
それはいいですね。今日はちょうどアレの日ですし。
「いいわね。それなら、『星の波止場亭』にしない? あそこの食堂は泊まってなくても利用できるし、何より今日は特別よ?」
「特別?」
「ええ。今日はハイオーク料理が出るの。この間のスタンピードのやつよ」
「ほんと!?」
「それはいいですね!」
「おい、吸血女。早く案内しろ!」
まったくせっかちですね。
まあわからなくもありません。現在は七の鐘が鳴ってからしばらくたったころ。十九時くらいでしょうか? 辺りも薄暗くなっています。いい時間帯でしょう。
「それじゃあついて来て」
◆◇◆
翌々日です。昨日は休暇にして魔物図鑑を読んだりメルちゃんと遊んだりして過ごしました。
他の方々はきっと人を殺した事を実感して弱ってたんじゃないですかね? アレは落ち着いた頃にドッときますからね。
せっかくのハイオークを吐き出してないですかね?
いやーアレは絶品でした!
溢れる肉汁。舌の上で融けるほどしっかり、しかし形を崩さず煮込まれたそれは、一晩しか置いていないとは思えないほど濃厚な味わいをもっていました。もう私の語彙では語りきれません!
え? 私ですか?
今の話から分かるように既に経験済みですよ?
昔、ジジ…、祖父に中国の山奥に連れて行かれた時の話です。あの時はなかなか眠れず、気がつけば朝になっているわ、胃の中身が空になるまで吐き続けるわで最悪でした……。
襲ってきたのを返り討ちにした結果とはいえ、現代日本人には辛かったですね…………。
というか、あのクソジジイほんと何考えてたんでしょう! あ、あの祖父。
……そんな話はどうでもいいですね。
今日は査定結果が出る日です。間も無く約束の時間ですのでギルドへ向かいましょう。
◆◇◆
「これ、足りなかった分です」
「俺のは足りたようだ」
「了解。ありがとタミル。えっと、四十二万Lを三人でわけるから……」
「一人十四万Lよ、フィオ」
「さっすが真祖! 計算早いわね」
「真祖って関係あるのかしら……?」
タミルさんも苦笑いしてます。
とりあえず、分配は終わりました。宝の総額は840万L。一人金貨二十一枚ですね。
という事はあの腕輪は金貨二十五枚ですか。魔道具の相場はよくわからないのでなんともいえませんが。
今回の収入は一昨日の分と合わせて金貨三十四枚です。あとは助けた女性たちの処遇によりますが、帰る途中で聞いた話だと彼女たちは人さらいに攫われた違法奴隷。本来なら礼金が幾らかもらえるのですが、それも受験料としてギルドに入るので今回は関係ありません。
気になるのは、あの獣人の少女ですが……。
「改めて、お疲れ様でした」
「それじゃあ、またどこかで会いましょうね! いこ、カイル」
「ああ。また、どこかでな。……それと、おい、吸血女! 噛み付いて悪かったな」
カイルはプイッと顔を背けてそれだけいうと、そのまま新しいパーティメンバーの後を追いました。
それに私は、
「あ、うん」
とだけ返すことしかできませんでした。
あのカイルが素直に謝ったことに驚いてしまって……。
そんな私をタミルさんはにこにこしながら見ていましたが、私が再起動した時には既に居なくなっていました。
「……忘れましょう。アレはカイルじゃなかった。そうです」
そんな酷い事を呟きつつ、その場を後にする私でした。
◆◇◆
気をとりなおして街を散策しましょう。
この街に来てからある程度経ちましたが、まだ『星の波止場亭』、『冒険者ギルド』、そして街の外へと続く門、この三箇所間しか行ったことがありません。
ああ、でもその前に気掛かりを解決しておきましょうかね。
というわけで私が向かったのは衛兵の詰所。あの少女について聞くためです。
「こんにちは。一昨日連れてきた狼人族の少女について聞きたいんだけど」
「ああ、このあいだの。あの子なら、行くあてがあるからってもう出て行きましたよ?」
「あの子が?」
おかしいです。自身を忌子といって死を選ぼうとした子に行くあて? まさか冥土なんていいませんよね? 対応してくれた衛兵さんにその事を伝えてみます。
「……スラムか? 身分証のない彼女は街から出ていない筈です。もしあなたの話が本当なら、スラムぐらいしかその希望を叶えられる場所はリムリアの中にはありません」
このリムリアは、門を出る時にも身分証だけチェックされます。そのため他の女性たちは自分のいた場所から家族が来るのを待って身分を証明するか、ここで冒険者ギルドに登録するという手段をとっています。
「ちょっと探してみるわ」
「危険です! Cランクの昇格依頼を受けられていたようですが、あそこには冒険者のBランクやAランクと同等の力を持った奴らもいます!」
「安心してちょうだい。この間のスタンピード、オーガジェネラルを討伐したのは私よ」
「っ!? あなたが『狂戦姫』殿でしたか。……わかりました。何かあればすぐ詰所に逃げ込んでください。私は動けませんが、話を通しておきます」
「ありがとう。それじゃあいって来るわね。見つけたらまたくるから」
「ほんとに、気をつけてくださいよ!」
衛兵さんに見送られながら、私は街を疾走します。視線を集めていますが、本当にスラムなら急がねばなりません。
スラムは街の北西部にある、無法地帯です。数年前、この街を治める領主が何とかその地に犯罪組織や浮浪者たちを押し込めることに成功したという暗黒街。この格好では確実に目立ちます。私は今回の試験でレベルの上がった《隠密》を全力発動させつつ、建物の屋根にあがって最短距離を進みます。
辿り着いたそこは、いつか祖父に連れられて訪れた某国のスラムよりはましでした。
それでも、纏わりつく暗い空気が、この地に押し込められた絶望を、人の闇を、私に伝えてきます。
地面に直接寝転ぶ薄汚い男。キセル、おそらく薬物をふかしながら男を路地裏に誘い込む女。ガリガリにやせ細り、腰に布を巻いただけの子供達。
私が四番目に知ったリムリアの顔は、そんな真っ暗な所でした。今も目の前で1人の男が刺され、身包みを剥がされています。
彼女をこんな所に居させるわけにはいきません。いなければそれが最善です。
私は気配を消したまま〈創翼〉で翼を作り、一番高い廃墟の屋上へと〈飛行〉しました。
本当はもうしばらく使いたくなかったのですが、そんなことは言っていられません。
静かに目を閉じ、必要なスキルを発動させます。
「っ!」
演算領域が拡張され、パソコン並の演算速度を得た今になっても感じる痛み。それでも一回目よりは格段に楽になっています。
ここが雑多な街中というのもあるかもしれません。私の脳内に、濁流の様に濁りきった情報が入ってきます。
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