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第2章 千の時を共に
第18話 ブランの昇格試験
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2-18
「それじゃあ姉様、いってきます」
「ええ、気をつけていきなさい」
「うん。……ついてきちゃダメだからね?」
「あ、当たり前じゃない! さ、早くいきなさい。遅れるわよ」
ブランに疑いの目で見られてしまいました……グスン。
「…………行ったわね。さぁ、私も準備しましょう」
ブランには、今日は先日買った本を読んで過ごすといってあります。その為今は普段着。まずはあのドレスに着替えなくては。
「……アルジェ様。あの子ももう成人しております。あまり手を出さないほうがよろしいかと」
「み、見守るだけよ。手は出さないから!」
一昨日会ったばかりのセバンにまで見破られていたようです……。
さ、さあ! 気を取り直して行きましょうか。
まだブランは顔合わせがあるので余裕はあります。しかし私は場所を知らないので、その間に確認しておかなければなりませんから。
◆◇◆
(姉様は普段過保護過ぎると思う。……全然嫌じゃないけど)
屋敷を出、ギルドへの道すがら自身の血の繋がらない姉について考える。
彼女を拾い、家族として迎えてくれた『吸血族の真祖』。何より大切で、大好きな相手。
狼人の少女にとってはそれがアルジェに対する全てであった。
どこで生まれたのかも、どうして冒険者になったのかも知らない。最近冒険者になったばかりというのはあのリオラという受付嬢から聞いたことがある。アルジェはリオラから見ても凄まじい才能の塊であり、実力者であるとも聞いた。
普段魔物相手で本気を出したところは見たことがないが、彼女から受けた訓練や先日のレオン様との模擬戦を思えば当然の評価だとブランは思う。
それだけだ。ブランが知るアルジェの過去に繋がるものはそれだけしかない。
だが、ブランにとってはどうでも良いことであった。姉様がいて、家族として愛されている。それだけでいい。それだけでブランはかつて無く満たされていた。
(ついた。リオラさんに声をかければいいんだっけ?)
相変わらずこの時間のギルドというのは暑苦しい。もう慣れたが、少し前までは犬系や狼系の獣人冒険者を見るたびにビクビクしていた。
「リオラさん、きた。おはよう」
「おはようございます。ブランさん。他の試験を受ける方々との顔合わせが第三小会議室でありますので、そちらから向かってください」
「わかった」
例の部屋の扉を開ければ数人の冒険者。
(なんか、みんな大したことなく感じる)
当然である。仮にもアルジェのシゴキ――本人は中級の軽めのトレーニングと言い張っている――を乗り越えたのだ。今のブランは、知識を除けばB級と言っても疑われないほどの能力がある。
とりあえず、適当に自己紹介をしてお互いの得意分野を把握しておく。どうやらブランは斥候を担当することになりそうだ。
一通りすませた。すると、一人の男が声をかけてくる。
「なあ、お前って『狂戦姫』のパーティメンバーだよな?」
(なにこいつ?)
「うん」
「うぉ! ラッキー! なぁ、あとで紹介してくれよ?」
ブランは何となく、この男を姉様に紹介したくなかった。
「やだ」
「はぁ!? なんでだよ!」
「あなたを姉様に近づけたくない」
「んだと!? ガキが! 調子乗ってんじゃねえぞ!」
その男がブランに掴みかかろうとしたのをみて、流石にまずいと思ったのか周りの人間が止める。
(別にあれくらい何ともなかったけど……)
表情を動かさない少女をみて、その男が再びイライラして怒鳴ろうとした時、部屋に誰かが入ってきた。
「やあ、集まってますね。私は今回の試験官を務めます、テオです。よろしく。……おや? 何かあったんですか?」
「(ちっ)いや、なんでもねえよ」
(全く気配を感じなかった。凄い)
当然だ。当時のアルジェよりスキルレベルの低いブランに、この男の隠形を見破れるはずがない。
その後は順調に進んでいった。今回は野営する必要があるらしい。ブランはアルジェから受け取ったアイテムボックスと呼ばれる[収納]と[重量軽減]を付与された鞄にに必要なものを入れている。他のメンバーも当然その辺の準備はしていたので、すぐに出発することになった。テオは現地に先に行っているらしい。
(野営。面倒なことになりそう)
◆◇◆
その夜、案の定事は起こった。あの男だ。
人数の関係上見張りは一人ずつだったことが災いした。……その男に。
寝ているブランを襲おうとしたのだ。
(やっぱりきた。昼間は視線がうっとうしかったし)
もちろん、ブランは気づいていた。あの過保護な姉からしつこく言い聞かされていたからだ。男にも注意しろと。自身が元男なんて事は最早記憶の彼方だったらしい。
ブランは男が言い逃れできないよう、ギリギリまで寝たフリを続けた。この辺も姉の入れ知恵だ。
途中、何やら男がビクっと震え、辺りを見渡すが、何も見つけられなかったようで再びブランに近づく。
ロープを出し、ブランを縛ろうと手を伸ばした瞬間――。
「残念。言い逃れはできないよ」
「なっ、起きて……。い、いや何言ってんだ? 言い逃れ?」
「言い訳してもだめ。姉様から聴いてる。試験官がずっと見てるって」
「……ちっ!」
男は逃げ出した。が、ブランの速度に勝れるはずがない。
あっさり追いついたブランは、小太刀を一振り。
「ぎゃああああっ!!」
「煩い。足の一本や二本切り飛ばされたくらいで騒がないで」
耳を塞ぎ、顔を顰めつつも目線は遠い。
あの【鬼教官】は、『そろそろ腕とか脚とかキレたのをくっつけるくらいは出来るわね。さあ、ブラン! 安心して訓練なさい!』などと言いつつ、平気で手とか脚とか切り飛ばしてきた。
自分でやっておいて、やったらやったでオロオロするのならやめて欲しかったとブランは思う。
「お見事です。コレは私が預かっておきますね」
「! ……わかった。おねがい」
突然現れたテオに驚きながらも後を託す。
先ほどの叫び声で起きた他のメンバーへの説明もテオがした。
(迷惑かけちゃった。明日はその分頑張ろう)
ふんすっ! と言った感じで握りこぶしを作る狼少女は、闇の中から微笑ましく見守る視線――隠蔽しながら男に殺気をぶつけ続けるなんて器用な真似をしている――には気づかない。
◆◇◆
ふう、どうやらブランは合格できそうですね。
え? 私がどうしてたかですか?
しょうがないですね。語ってあげましょう!
◆◇◆
さて、ブランたちの目的地も確認しましたし、気配を消してこの辺で待っていましょう。早ければあと十分ほどで出てくるはずです。
しかし、リオラさんにまでバレていたのが解せない……。
っと、来ましたね。〈鑑定眼〉で視ても、私の〈隠密〉を見破れる人はいないのですが、念のためです。少し離れてついていきましょう。
…………ブランが斥候ですか。この方角は木がまばらですが、まだまだ見破られる気はありません。問題ないです。
…………あの男、さっきから私の天使になんて目を向けているんでしょう。こっそり殺っちゃダメですか? ……そうですか。
ん? なんでしょう。この敵意のカケラもない不思議な殺気は。一瞬でしたが……。
ブランが気づいている様子もないですし、私を呼んでるんですかね?
ブランが気になりますが、何かあっては困るので行ってみますか。
「それで、なにやってるんです?」
来なければよかった……。現在私にジト目を向けているイケメンは、ご存知テオです。
「狩りに来てたのよ」
言い訳は考えています。どもったりなんてしませんよ? (ドャァ)
「ほぉ。狩りに、ですか。こちらには貴女が狩るような獲物は居なかった筈ですが?」
「あ、あら、そうなの? 知らなかったわ」
「先ほど私が向けた殺気に気づいておきながら、辺りの魔物の気配も読めない、と?」
「け、気配、探るのを忘れてただけよ?」
「……(じとー)」
「……(ジー……ついっ)」
「……はぁ。手出ししないでくださいね?」
「もちろんよ!」
やりました。許可でましたよ!
どうです? 私の交渉術は! ……いえ、なんでもありません。
それにしても、昇格試験が絡むと毎回誰かと見つめ合う事になるのは何なんでしょう?
「……はっ! 早く追いかけなきゃ! 天使が!」
「……ホントに手出ししないでくださいね?」
…………どうやら今日はここで野営するようですね。
「彼女、なかなか優秀ですね。アレならBランクもすぐでしょう」
「あら、ありがとう。でもどうかしら?」
ブランを褒められるのは嬉しいんですがね?
「なにか懸念でも?」
「ええ。あの子、貴族相手だとかなりガチガチになるのよね」
「あぁ、なるほど。まあその辺りは慣れでしょう。領主様と面識が出来たのでしょう?」
「耳が早いのね。だといいのだけれど。あ、私はあのままでもいいのよ? 可愛いから」
「……私、ちょっと貴女の事がよくわからなくなりそうです」
はて? 何言ってるんでしょうね、この森妖精。
「それで、夜はどうするの?」
「一晩くらい寝なくても平気ですよ。我々エルフは夜目も効きますし。アルジェさんは……」
「聞かなくてもわかってるでしょ」
「そうですね」
これでも『吸血族』ですからね。時々忘れますが、私の種族の時間は夜です。いくら『真祖』でも、昼間は多少能力制限を受けることには変わりませんし。
…………そろそろですかね? あの男が動くなら。
「テオ」
「ええ、わかってます」
どうやら気づいていたようですね。あの馬鹿――試験中にやらかすのですから馬鹿でいいです――の尋常でない様子に。
「ブランは……、起きてるわね」
なら襲われても問題ありません。返り討ちです。問題、ないの、ですが……。
私の天使に、たとえ未遂でも手を出すとは……。万死に値する!!!
あぁ、斬りたい斬りたい斬りたい斬りたい……。
「……アルジェさん、落ち着いてください」
「私は落ち着いてるわ」
落ち着けるわけないでしょう!
――おっと、一瞬殺気が漏れてしまいました(棒)
わざとでは無いです。だからそんな目で見ないでください。別に男がビクっとなってザマァなんて思ってませんから。……ちょっとしか。
「あ、動きました」
「これで言い逃れは出来ないわね」
なにやら男が言い訳してたみたいですが、試験官が見ていることを知ると、一目散に逃げ出します。
まったく、その程度のスピードでブランから逃げきれると思ってるんですかね? 仮に逃げ切れても、私が地獄を見せるだけですのに。
――うん、良い太刀筋です。及第点ですね。
『煩い。足の一本や二本切り飛ばされたくらいで騒がないで』
……なにやら横から視線を感じます。
「一体どんな訓練をしたんですか……」
「ちょっと手足が何回か飛んでっただけよ。別にいいじゃない。くっつくんだから」
「……そうですか」
なんで顔を引攣らせてるんでしょう? せっかくのイケメンが台無しですよ?
「……まぁ、それは置いておきます。アレ、回収してきますね」
そう言ってテオはブランの元へ向かいました。
…………ふふ、ブランったら。きっと迷惑をかけたから明日は頑張らないととでも思っているんでしょう。微笑ましいですね。
温かい目で見守ります。なお、足の無い雪だるまへは殺気をぶつけ続けます。許しません。
「戻りました。……なに器用なことしてるんですか」
「気づかれてないからいいのよ。それより、そいつ殴らせなさい」
「ダメです。これからギルドに連れ帰ります」
「じゃあ残ってる腕を斬らせなさい」
「さらにダメです!」
「…………」
「…………。殴るのなら、一発だけですよ?」
よし! 今度はちゃんと勝ちました!
「ありがとう」
音でバレないよう、移動して遮音結界を張ります。
まずは起こしましょうね。水を生み出して頭から被せます。
「ぷはぁっ! な、なんだ!?」
「起きたわね」
「え、何? 女? あ、『狂戦姫』? え? なんで?」
パニクる男なんて無視して話を進めます。
「貴方、私の天使に何しようとしたか、わかってるのかしら?」
「へ? え?」
「状況が飲み込めないようね。まあいいわ。とりあえず、くらっておきなさい」
身体強化は殺してしまいそうなのでしません。
その代わり、全力で殴ります。
「ふっ!」
「かはぁっ」
浮き上がる男の体。ついでに、
「っ~~~~~~!!!」
ふぅ、これで満足ですね。
「一発って……いえ、何でもないです」
テオは何故か自分の股間を抑えながら後ずさります。何故でしょうね?
一つ言えるのは、この日この瞬間、新たな漢女が生まれたということです。
その後、テオが男を連れて行く間は私が観察しておきました。私がいて良かったですね?
◆◇◆
とまぁ、こんな感じでした。その後は順調に盗賊を殲滅していて言うことなかったので省きます。
捕まっている人間をみて、ブランが何を思ったかは気になりますが、こちらから聞くことはしたくありません。
とりあえず、祝っておきましょう。
――おめでとう、ブラン。そしてお疲れ様。
「それじゃあ姉様、いってきます」
「ええ、気をつけていきなさい」
「うん。……ついてきちゃダメだからね?」
「あ、当たり前じゃない! さ、早くいきなさい。遅れるわよ」
ブランに疑いの目で見られてしまいました……グスン。
「…………行ったわね。さぁ、私も準備しましょう」
ブランには、今日は先日買った本を読んで過ごすといってあります。その為今は普段着。まずはあのドレスに着替えなくては。
「……アルジェ様。あの子ももう成人しております。あまり手を出さないほうがよろしいかと」
「み、見守るだけよ。手は出さないから!」
一昨日会ったばかりのセバンにまで見破られていたようです……。
さ、さあ! 気を取り直して行きましょうか。
まだブランは顔合わせがあるので余裕はあります。しかし私は場所を知らないので、その間に確認しておかなければなりませんから。
◆◇◆
(姉様は普段過保護過ぎると思う。……全然嫌じゃないけど)
屋敷を出、ギルドへの道すがら自身の血の繋がらない姉について考える。
彼女を拾い、家族として迎えてくれた『吸血族の真祖』。何より大切で、大好きな相手。
狼人の少女にとってはそれがアルジェに対する全てであった。
どこで生まれたのかも、どうして冒険者になったのかも知らない。最近冒険者になったばかりというのはあのリオラという受付嬢から聞いたことがある。アルジェはリオラから見ても凄まじい才能の塊であり、実力者であるとも聞いた。
普段魔物相手で本気を出したところは見たことがないが、彼女から受けた訓練や先日のレオン様との模擬戦を思えば当然の評価だとブランは思う。
それだけだ。ブランが知るアルジェの過去に繋がるものはそれだけしかない。
だが、ブランにとってはどうでも良いことであった。姉様がいて、家族として愛されている。それだけでいい。それだけでブランはかつて無く満たされていた。
(ついた。リオラさんに声をかければいいんだっけ?)
相変わらずこの時間のギルドというのは暑苦しい。もう慣れたが、少し前までは犬系や狼系の獣人冒険者を見るたびにビクビクしていた。
「リオラさん、きた。おはよう」
「おはようございます。ブランさん。他の試験を受ける方々との顔合わせが第三小会議室でありますので、そちらから向かってください」
「わかった」
例の部屋の扉を開ければ数人の冒険者。
(なんか、みんな大したことなく感じる)
当然である。仮にもアルジェのシゴキ――本人は中級の軽めのトレーニングと言い張っている――を乗り越えたのだ。今のブランは、知識を除けばB級と言っても疑われないほどの能力がある。
とりあえず、適当に自己紹介をしてお互いの得意分野を把握しておく。どうやらブランは斥候を担当することになりそうだ。
一通りすませた。すると、一人の男が声をかけてくる。
「なあ、お前って『狂戦姫』のパーティメンバーだよな?」
(なにこいつ?)
「うん」
「うぉ! ラッキー! なぁ、あとで紹介してくれよ?」
ブランは何となく、この男を姉様に紹介したくなかった。
「やだ」
「はぁ!? なんでだよ!」
「あなたを姉様に近づけたくない」
「んだと!? ガキが! 調子乗ってんじゃねえぞ!」
その男がブランに掴みかかろうとしたのをみて、流石にまずいと思ったのか周りの人間が止める。
(別にあれくらい何ともなかったけど……)
表情を動かさない少女をみて、その男が再びイライラして怒鳴ろうとした時、部屋に誰かが入ってきた。
「やあ、集まってますね。私は今回の試験官を務めます、テオです。よろしく。……おや? 何かあったんですか?」
「(ちっ)いや、なんでもねえよ」
(全く気配を感じなかった。凄い)
当然だ。当時のアルジェよりスキルレベルの低いブランに、この男の隠形を見破れるはずがない。
その後は順調に進んでいった。今回は野営する必要があるらしい。ブランはアルジェから受け取ったアイテムボックスと呼ばれる[収納]と[重量軽減]を付与された鞄にに必要なものを入れている。他のメンバーも当然その辺の準備はしていたので、すぐに出発することになった。テオは現地に先に行っているらしい。
(野営。面倒なことになりそう)
◆◇◆
その夜、案の定事は起こった。あの男だ。
人数の関係上見張りは一人ずつだったことが災いした。……その男に。
寝ているブランを襲おうとしたのだ。
(やっぱりきた。昼間は視線がうっとうしかったし)
もちろん、ブランは気づいていた。あの過保護な姉からしつこく言い聞かされていたからだ。男にも注意しろと。自身が元男なんて事は最早記憶の彼方だったらしい。
ブランは男が言い逃れできないよう、ギリギリまで寝たフリを続けた。この辺も姉の入れ知恵だ。
途中、何やら男がビクっと震え、辺りを見渡すが、何も見つけられなかったようで再びブランに近づく。
ロープを出し、ブランを縛ろうと手を伸ばした瞬間――。
「残念。言い逃れはできないよ」
「なっ、起きて……。い、いや何言ってんだ? 言い逃れ?」
「言い訳してもだめ。姉様から聴いてる。試験官がずっと見てるって」
「……ちっ!」
男は逃げ出した。が、ブランの速度に勝れるはずがない。
あっさり追いついたブランは、小太刀を一振り。
「ぎゃああああっ!!」
「煩い。足の一本や二本切り飛ばされたくらいで騒がないで」
耳を塞ぎ、顔を顰めつつも目線は遠い。
あの【鬼教官】は、『そろそろ腕とか脚とかキレたのをくっつけるくらいは出来るわね。さあ、ブラン! 安心して訓練なさい!』などと言いつつ、平気で手とか脚とか切り飛ばしてきた。
自分でやっておいて、やったらやったでオロオロするのならやめて欲しかったとブランは思う。
「お見事です。コレは私が預かっておきますね」
「! ……わかった。おねがい」
突然現れたテオに驚きながらも後を託す。
先ほどの叫び声で起きた他のメンバーへの説明もテオがした。
(迷惑かけちゃった。明日はその分頑張ろう)
ふんすっ! と言った感じで握りこぶしを作る狼少女は、闇の中から微笑ましく見守る視線――隠蔽しながら男に殺気をぶつけ続けるなんて器用な真似をしている――には気づかない。
◆◇◆
ふう、どうやらブランは合格できそうですね。
え? 私がどうしてたかですか?
しょうがないですね。語ってあげましょう!
◆◇◆
さて、ブランたちの目的地も確認しましたし、気配を消してこの辺で待っていましょう。早ければあと十分ほどで出てくるはずです。
しかし、リオラさんにまでバレていたのが解せない……。
っと、来ましたね。〈鑑定眼〉で視ても、私の〈隠密〉を見破れる人はいないのですが、念のためです。少し離れてついていきましょう。
…………ブランが斥候ですか。この方角は木がまばらですが、まだまだ見破られる気はありません。問題ないです。
…………あの男、さっきから私の天使になんて目を向けているんでしょう。こっそり殺っちゃダメですか? ……そうですか。
ん? なんでしょう。この敵意のカケラもない不思議な殺気は。一瞬でしたが……。
ブランが気づいている様子もないですし、私を呼んでるんですかね?
ブランが気になりますが、何かあっては困るので行ってみますか。
「それで、なにやってるんです?」
来なければよかった……。現在私にジト目を向けているイケメンは、ご存知テオです。
「狩りに来てたのよ」
言い訳は考えています。どもったりなんてしませんよ? (ドャァ)
「ほぉ。狩りに、ですか。こちらには貴女が狩るような獲物は居なかった筈ですが?」
「あ、あら、そうなの? 知らなかったわ」
「先ほど私が向けた殺気に気づいておきながら、辺りの魔物の気配も読めない、と?」
「け、気配、探るのを忘れてただけよ?」
「……(じとー)」
「……(ジー……ついっ)」
「……はぁ。手出ししないでくださいね?」
「もちろんよ!」
やりました。許可でましたよ!
どうです? 私の交渉術は! ……いえ、なんでもありません。
それにしても、昇格試験が絡むと毎回誰かと見つめ合う事になるのは何なんでしょう?
「……はっ! 早く追いかけなきゃ! 天使が!」
「……ホントに手出ししないでくださいね?」
…………どうやら今日はここで野営するようですね。
「彼女、なかなか優秀ですね。アレならBランクもすぐでしょう」
「あら、ありがとう。でもどうかしら?」
ブランを褒められるのは嬉しいんですがね?
「なにか懸念でも?」
「ええ。あの子、貴族相手だとかなりガチガチになるのよね」
「あぁ、なるほど。まあその辺りは慣れでしょう。領主様と面識が出来たのでしょう?」
「耳が早いのね。だといいのだけれど。あ、私はあのままでもいいのよ? 可愛いから」
「……私、ちょっと貴女の事がよくわからなくなりそうです」
はて? 何言ってるんでしょうね、この森妖精。
「それで、夜はどうするの?」
「一晩くらい寝なくても平気ですよ。我々エルフは夜目も効きますし。アルジェさんは……」
「聞かなくてもわかってるでしょ」
「そうですね」
これでも『吸血族』ですからね。時々忘れますが、私の種族の時間は夜です。いくら『真祖』でも、昼間は多少能力制限を受けることには変わりませんし。
…………そろそろですかね? あの男が動くなら。
「テオ」
「ええ、わかってます」
どうやら気づいていたようですね。あの馬鹿――試験中にやらかすのですから馬鹿でいいです――の尋常でない様子に。
「ブランは……、起きてるわね」
なら襲われても問題ありません。返り討ちです。問題、ないの、ですが……。
私の天使に、たとえ未遂でも手を出すとは……。万死に値する!!!
あぁ、斬りたい斬りたい斬りたい斬りたい……。
「……アルジェさん、落ち着いてください」
「私は落ち着いてるわ」
落ち着けるわけないでしょう!
――おっと、一瞬殺気が漏れてしまいました(棒)
わざとでは無いです。だからそんな目で見ないでください。別に男がビクっとなってザマァなんて思ってませんから。……ちょっとしか。
「あ、動きました」
「これで言い逃れは出来ないわね」
なにやら男が言い訳してたみたいですが、試験官が見ていることを知ると、一目散に逃げ出します。
まったく、その程度のスピードでブランから逃げきれると思ってるんですかね? 仮に逃げ切れても、私が地獄を見せるだけですのに。
――うん、良い太刀筋です。及第点ですね。
『煩い。足の一本や二本切り飛ばされたくらいで騒がないで』
……なにやら横から視線を感じます。
「一体どんな訓練をしたんですか……」
「ちょっと手足が何回か飛んでっただけよ。別にいいじゃない。くっつくんだから」
「……そうですか」
なんで顔を引攣らせてるんでしょう? せっかくのイケメンが台無しですよ?
「……まぁ、それは置いておきます。アレ、回収してきますね」
そう言ってテオはブランの元へ向かいました。
…………ふふ、ブランったら。きっと迷惑をかけたから明日は頑張らないととでも思っているんでしょう。微笑ましいですね。
温かい目で見守ります。なお、足の無い雪だるまへは殺気をぶつけ続けます。許しません。
「戻りました。……なに器用なことしてるんですか」
「気づかれてないからいいのよ。それより、そいつ殴らせなさい」
「ダメです。これからギルドに連れ帰ります」
「じゃあ残ってる腕を斬らせなさい」
「さらにダメです!」
「…………」
「…………。殴るのなら、一発だけですよ?」
よし! 今度はちゃんと勝ちました!
「ありがとう」
音でバレないよう、移動して遮音結界を張ります。
まずは起こしましょうね。水を生み出して頭から被せます。
「ぷはぁっ! な、なんだ!?」
「起きたわね」
「え、何? 女? あ、『狂戦姫』? え? なんで?」
パニクる男なんて無視して話を進めます。
「貴方、私の天使に何しようとしたか、わかってるのかしら?」
「へ? え?」
「状況が飲み込めないようね。まあいいわ。とりあえず、くらっておきなさい」
身体強化は殺してしまいそうなのでしません。
その代わり、全力で殴ります。
「ふっ!」
「かはぁっ」
浮き上がる男の体。ついでに、
「っ~~~~~~!!!」
ふぅ、これで満足ですね。
「一発って……いえ、何でもないです」
テオは何故か自分の股間を抑えながら後ずさります。何故でしょうね?
一つ言えるのは、この日この瞬間、新たな漢女が生まれたということです。
その後、テオが男を連れて行く間は私が観察しておきました。私がいて良かったですね?
◆◇◆
とまぁ、こんな感じでした。その後は順調に盗賊を殲滅していて言うことなかったので省きます。
捕まっている人間をみて、ブランが何を思ったかは気になりますが、こちらから聞くことはしたくありません。
とりあえず、祝っておきましょう。
――おめでとう、ブラン。そしてお疲れ様。
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