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第2章 千の時を共に
第20話 アルジェの迷い
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2-20
夜中、ブランがベットを抜け出す気配で目が覚めました。同じベットで寝てますからね。
ブランの気配が止まるのを確認して、私は魔法を発動します。
『うぅ……、ごめんなさい。ごめなさい』
……泣いていますね。私の時のように、血が出るほど強く手を洗っているなんてことはないようです。もしそんな事していたら速攻で治しに行くつもりだったんですが、もう少し様子を見ましょう。
『もっと、早く行けたら……。ごめんなさい。……ぐすっ。私がもっと強かったら……』
あぁ……。彼女らですか……。
私もテオについて盗賊のアジトの中まで入っていますから、当然知っています。
ブランたちがついた時、既に、男は殺され、女は慰み者にされていました。中には心を壊した方も……。最後のは、動揺した盗賊に殺された女性の事でしょうね。
どうしようもない事です。が、まだ幼いブランでは割り切れないのですね……。
試験を受けさせたのが早計だったとは思いません。いつかは通る道です。
あの子のあの葛藤は、一種の思い上がりではあるので、その辺を解く必要はありますね。
ただ、安心しました。あれなら、これから先も大丈夫です。死には慣れて欲しくないのですが。
しばらくそっとしておきましょう。魔法を解き、自身のことを考えます。
あの日、帰り際にテオに言われたことを。
『貴女は真祖の『吸血族』であり、あの子は『狼人族』です。覚悟は、しておいてくださいね』
千年を生きる私と、百年で朽ちるブラン。
別れは、必然です。
テオが言いたかったのは、そのこと。
こう見えて、人死にには慣れています。祖父が祖父でしたから。
でも、それは縁の薄い人や、敵対者。
親しき人たちとの別れを繰り返した時、私は今のままで居られるのでしょうか?
前回は、私がこちらに来てしまった時。
異世界転生という高揚感もあり、仕方ないと割り切れました。魂の定着が進み、前世に感覚が近づいている今を思えば、当時は正常でなかったこともあるかもしれません。
もう、人とのつながりを求められないかもしれません。
テオは、何度も経験してきたのでしょう。長命種として。
リオラさんや、ルーク、リリたちとの死別は、きっと、身が裂ける程悲しいです。
ブランとの別れは、更に、魂すら裂ける程苦しいでしょう。
……わかりません。たかだか十九年ほどしか生きていない今の私には、到底想像しきれません。
やはり、覚悟することしか、できないのでしょうか?
このままでいいのでしょうか?
私はこれから、どうすればよいのでしょう?
あぁ、誰か。教えてくれませんか?
◆◇◆
気がつけば、朝になっていました。
あの後、ブランが戻ってくる気配で思考を打ち切り、意識を沈めました。
今隣で欠伸をしているブランの目に、涙の跡はありません。
「ふわぁぁ……。おはよう、姉様」
「ええ、おはよう。ブラン」
「? 姉様、何かあった?」
「……いいえ、何もないわ」
いつも通りにしていたつもりでしたが、ブランにはバレてしまいましたね。
まだ、私の中で答えは出ていません。
さて、今日はエドに卸す石鹸の箱詰めをしていただかなくてはなりません。
空き部屋はいくつもありますから、そのうちの一つに石鹸を用意しておきましょう。
朝食の時、その辺の事をお願いしたら使用人の皆さん大喜びでした。
異世界でもワーカーホリックは深刻なんですかね?
せっかくなので、貴族用の高品質石鹸を全員に配っておきます。屋敷には既に完備してありますから、個人用です。匂いは希望を聞きました。
そうして、冒険者ギルドへ。
「おはよう、リオラさん」
「あ、おはようございます。アルジェさん、ブランさん。……? アルジェさん、何かありました?」
「……いいえ、何もないわよ?」
リオラさんにまでバレました。
そんなに顔に出てますかね?
屋敷の方々にももしかしてバレてた?
「まぁ、いいです。何かあったら相談してくださいね? それで、ブランさんの試験結果、出てますよ」
「あら、早かったのね?」
「はい、アルジェさんの時が例外ですから。結果はもちろん合格です。おめでとうございます」
「……ありがとう」
ブラン、照れてます。可愛いです。エンジェルです。
リオラさんは私の時と同様の手続きをふみ、ブランのギルドカードを緑色に染めました。
「それで、何か依頼を受けていかれますか? もうクエストボードにはいい依頼は残ってませんが、張り出していない分を斡旋できますよ?」
もう昼前ですからね。せっかくだし、リオラさんの提案に甘えるとしましょう。
「そうね、お願いするわ」
「そうですねぇ……」
「おっ! 嬢ちゃんじゃねぇかぁ! こんな時間にきて、妹ちゃんと夜中まで盛ってたかぁ?ギャハハハ!」
「ちょっと、シン!変なこと言わないで!」
「さ、盛ってた、姉様と……!あわわわわっ」
あぁ、もう!
ブランが真っ赤じゃないですか!
口であわわわわ言うくらいテンパってますよ! ていうか誰ですか、ブランにそんな事教えたの!
それに、この天使とヨロシクするだなんて、そんな……、したいデスワ! いや、しかし、でも。
「……嬢ちゃん。俺が悪かった。だから落ち着いてくれ。心の声が全部漏れてるぞ」
「そ、そんなっ……!! シンさんが仕事以外で普通になっている、ですって……!?」
「リオラも何に驚いてんだ……」
「姉様と、ヨロシク、する……」
「天使なブランとあんなことやこんな事を……。フフフフフ」
「……あぁ、ダメだこりゃ」
………
……
…
「えっと、その、ごめんなさいね?」
「ごめんなさい?」
「申し訳ありません」
「いや、わかった。気にしてないから顔を上げてくれ。周りの視線が痛い」
……周りの視線は仕事以外でこの世紀末銀行マンが普通にしているからじゃないでしょうか?
(いやー珍しいもんが見れたな)
(あぁ。今日はオフでラッキーだったぜ)
(『仮面の変人』って仕事以外でも普通になるんだな)
(キャー! 『戦乙女』のお姉さまとブランちゃんが……ブフッ!)
(ちょ、大丈夫!? ……でも気持ちはわかるわ!)
ほら。
…………黄色い声はきっと気のせいです。
ブラン、だから顔を冷ましなさい。えっ? 私も?
「ギャハハハ! こりゃもうどうしようもねぇなぁ!」
「急に戻ったわね……」
呆れた目で見ていると、
「そんじゃ、嬢ちゃん。俺とキモチイイコトしよぅぜぇ?」
◆◇◆
「もう負けないわよ?」
「ギャハハハ! 俺だって簡単には勝たせてやらねぇからなぁ!」
えっ? 気持ちいいことするんじゃなかったかって?
何言ってるんですか?
今しようとしてるじゃないですか。
気持ちいいこと。
武器は、お互いの相棒のままです。
この状態のシンとやるのは初めてですね。彼、ヒャッハーしてる方が実は強いとリオラさんが言っていましたが、なるほど。確かに。
……彼も、私の寿命の十分の一に満たない時間で、死んでしまうんですね。
「なに惚けてやがんだ、オラァァ!」
「!?」
っと、危ない。集中しましょう。
「あらごめんなさい。今度はこちらから行くわよ?」
集中、集中。
魔力を練り上げ、〈身体強化〉を発動します。
「それでいいんだぜぇ? ヒャッハー!」
おぉ! 地味に初ヒャッハーでは?
それに、あぁ、やっぱり気で強化してますね。
「はぁっ!」
「ぬぅ!」
ぶつかり合う斧と大剣。アダマンタイトに覆われた訓練場に、大きな金属音が響きます。
「スゲェーなぁ! その剣。俺の相棒は伝説級だぜぇ?」
「あら、そうなの?」
へぇ、私のドレスと大剣以外では初めて見ましたね。シュテンあたりも持ってそうですが。
それから数号、打ち合いました。その時です。
――ドクンッ
な、何!? 剣が……。
「きゃぁっ!」
「おいおい、なんだよ、それ」
どうやらシンにも見えているようです。
〈母なる塔の剣〉から噴き出した禍々しい魔力が、私の体を包み込んで行きます。
これはまずいです…!
魔法は……だめか。
直接魔力で押し返すしかない。
――くっ!だめ、押し返せない。
呑まれ――
◆◇◆
「姉様!」
「あ、おい! 妹ちゃん! 近づくな!」
ブランは、シンの言葉を意に介さず、謎の靄に包まれた自らの姉の元へ駆ける。
(何、あの気持ち悪いの。姉様が……!)
ブランの視線の先には、完全に大剣の魔力に包まれたアルジェの姿。
靄をつっきろうにも、彼女では力不足だった。
やがて、アルジェを包む靄が晴れると、彼女は変わらずそこに立っている。ただ……。
(誰、あれ。あんなの、姉様じゃない)
(おいおい、なんだ、これ。体が震えやがる。こんなのはユニーク個体の上位竜と向かい合った時以来だ……。いや、それ以上かもしれねぇ……)
その目は虚ろで、何も写していないようにも見える。その瞳が動き、固まる二人を捉えた。
「!? おい、妹ちゃん。人呼んできてくれ。Aランク以上……たしかテオが居たはず」
その口が三日月を作ったアルジェの表情をみて悪寒を感じたシンは、ブランに指示をだす。
「その必要はありません」
しかし、その前にテオ本人が来た。当然だ。あれだけ異様な気配を発しておいて、精霊と共に歩む森妖精が気づかぬはずがない。
「訓練場の安全装置を起動しました。ブランさんはここから離れていてください」
「やだ、私も残る」
「……わかりました」
「おいっ!」
「明らかにアルジェさんは正気ではありません。彼女と繋がりの強いブランさんがいた方がいいかもしれません」
「ちっ! わかったよ! っと、くるぞ!」
禍々しい魔力に包まれたアルジェがまず狙ったのは、一番弱いブランだった。
振り下ろされたのは、普段の彼女からでは考えられない力任せな一撃。
しかし、その速度は段違いだった。
(避けられないっ!)
「っだぁぁぁっ!!」
「!! あ、ありがとう」
「おい! さっさと全力で身体強化しやがれ! 死ぬぞ!」
それを聞き、慌てて〈身体強化〉を発動するブラン。
そして、辛うじて剣を逸らしたシンは焦っていた。
(おいおい、なんだよあのパワー……。さっきまでとは別人だぞ?)
テオはアルジェの動きを止めようと〈精霊魔法〉を発動しようとするが、精霊たちが近づきたがらない。
(アレは相当な代物のようですね。この人数だとキツイですか……。とは言え、今残ってる冒険者達では足手まとい。ギルマスも街の外……。安全装置の働く訓練場内だと自力で気づける人も今はいない。呼びに行くにしても、たぶん、残った二人のどちらかが死ぬ。かと言って安全装置を止めるわけにはいかない。どうしますか……)
考えながらも、発動しない〈精霊魔法〉の代わりに四属性魔法と弓で動きを阻害する。
救いなのは、ブランが思った以上にやる事だろうか。
ともあれ、このままではジリ貧だろう。
夜中、ブランがベットを抜け出す気配で目が覚めました。同じベットで寝てますからね。
ブランの気配が止まるのを確認して、私は魔法を発動します。
『うぅ……、ごめんなさい。ごめなさい』
……泣いていますね。私の時のように、血が出るほど強く手を洗っているなんてことはないようです。もしそんな事していたら速攻で治しに行くつもりだったんですが、もう少し様子を見ましょう。
『もっと、早く行けたら……。ごめんなさい。……ぐすっ。私がもっと強かったら……』
あぁ……。彼女らですか……。
私もテオについて盗賊のアジトの中まで入っていますから、当然知っています。
ブランたちがついた時、既に、男は殺され、女は慰み者にされていました。中には心を壊した方も……。最後のは、動揺した盗賊に殺された女性の事でしょうね。
どうしようもない事です。が、まだ幼いブランでは割り切れないのですね……。
試験を受けさせたのが早計だったとは思いません。いつかは通る道です。
あの子のあの葛藤は、一種の思い上がりではあるので、その辺を解く必要はありますね。
ただ、安心しました。あれなら、これから先も大丈夫です。死には慣れて欲しくないのですが。
しばらくそっとしておきましょう。魔法を解き、自身のことを考えます。
あの日、帰り際にテオに言われたことを。
『貴女は真祖の『吸血族』であり、あの子は『狼人族』です。覚悟は、しておいてくださいね』
千年を生きる私と、百年で朽ちるブラン。
別れは、必然です。
テオが言いたかったのは、そのこと。
こう見えて、人死にには慣れています。祖父が祖父でしたから。
でも、それは縁の薄い人や、敵対者。
親しき人たちとの別れを繰り返した時、私は今のままで居られるのでしょうか?
前回は、私がこちらに来てしまった時。
異世界転生という高揚感もあり、仕方ないと割り切れました。魂の定着が進み、前世に感覚が近づいている今を思えば、当時は正常でなかったこともあるかもしれません。
もう、人とのつながりを求められないかもしれません。
テオは、何度も経験してきたのでしょう。長命種として。
リオラさんや、ルーク、リリたちとの死別は、きっと、身が裂ける程悲しいです。
ブランとの別れは、更に、魂すら裂ける程苦しいでしょう。
……わかりません。たかだか十九年ほどしか生きていない今の私には、到底想像しきれません。
やはり、覚悟することしか、できないのでしょうか?
このままでいいのでしょうか?
私はこれから、どうすればよいのでしょう?
あぁ、誰か。教えてくれませんか?
◆◇◆
気がつけば、朝になっていました。
あの後、ブランが戻ってくる気配で思考を打ち切り、意識を沈めました。
今隣で欠伸をしているブランの目に、涙の跡はありません。
「ふわぁぁ……。おはよう、姉様」
「ええ、おはよう。ブラン」
「? 姉様、何かあった?」
「……いいえ、何もないわ」
いつも通りにしていたつもりでしたが、ブランにはバレてしまいましたね。
まだ、私の中で答えは出ていません。
さて、今日はエドに卸す石鹸の箱詰めをしていただかなくてはなりません。
空き部屋はいくつもありますから、そのうちの一つに石鹸を用意しておきましょう。
朝食の時、その辺の事をお願いしたら使用人の皆さん大喜びでした。
異世界でもワーカーホリックは深刻なんですかね?
せっかくなので、貴族用の高品質石鹸を全員に配っておきます。屋敷には既に完備してありますから、個人用です。匂いは希望を聞きました。
そうして、冒険者ギルドへ。
「おはよう、リオラさん」
「あ、おはようございます。アルジェさん、ブランさん。……? アルジェさん、何かありました?」
「……いいえ、何もないわよ?」
リオラさんにまでバレました。
そんなに顔に出てますかね?
屋敷の方々にももしかしてバレてた?
「まぁ、いいです。何かあったら相談してくださいね? それで、ブランさんの試験結果、出てますよ」
「あら、早かったのね?」
「はい、アルジェさんの時が例外ですから。結果はもちろん合格です。おめでとうございます」
「……ありがとう」
ブラン、照れてます。可愛いです。エンジェルです。
リオラさんは私の時と同様の手続きをふみ、ブランのギルドカードを緑色に染めました。
「それで、何か依頼を受けていかれますか? もうクエストボードにはいい依頼は残ってませんが、張り出していない分を斡旋できますよ?」
もう昼前ですからね。せっかくだし、リオラさんの提案に甘えるとしましょう。
「そうね、お願いするわ」
「そうですねぇ……」
「おっ! 嬢ちゃんじゃねぇかぁ! こんな時間にきて、妹ちゃんと夜中まで盛ってたかぁ?ギャハハハ!」
「ちょっと、シン!変なこと言わないで!」
「さ、盛ってた、姉様と……!あわわわわっ」
あぁ、もう!
ブランが真っ赤じゃないですか!
口であわわわわ言うくらいテンパってますよ! ていうか誰ですか、ブランにそんな事教えたの!
それに、この天使とヨロシクするだなんて、そんな……、したいデスワ! いや、しかし、でも。
「……嬢ちゃん。俺が悪かった。だから落ち着いてくれ。心の声が全部漏れてるぞ」
「そ、そんなっ……!! シンさんが仕事以外で普通になっている、ですって……!?」
「リオラも何に驚いてんだ……」
「姉様と、ヨロシク、する……」
「天使なブランとあんなことやこんな事を……。フフフフフ」
「……あぁ、ダメだこりゃ」
………
……
…
「えっと、その、ごめんなさいね?」
「ごめんなさい?」
「申し訳ありません」
「いや、わかった。気にしてないから顔を上げてくれ。周りの視線が痛い」
……周りの視線は仕事以外でこの世紀末銀行マンが普通にしているからじゃないでしょうか?
(いやー珍しいもんが見れたな)
(あぁ。今日はオフでラッキーだったぜ)
(『仮面の変人』って仕事以外でも普通になるんだな)
(キャー! 『戦乙女』のお姉さまとブランちゃんが……ブフッ!)
(ちょ、大丈夫!? ……でも気持ちはわかるわ!)
ほら。
…………黄色い声はきっと気のせいです。
ブラン、だから顔を冷ましなさい。えっ? 私も?
「ギャハハハ! こりゃもうどうしようもねぇなぁ!」
「急に戻ったわね……」
呆れた目で見ていると、
「そんじゃ、嬢ちゃん。俺とキモチイイコトしよぅぜぇ?」
◆◇◆
「もう負けないわよ?」
「ギャハハハ! 俺だって簡単には勝たせてやらねぇからなぁ!」
えっ? 気持ちいいことするんじゃなかったかって?
何言ってるんですか?
今しようとしてるじゃないですか。
気持ちいいこと。
武器は、お互いの相棒のままです。
この状態のシンとやるのは初めてですね。彼、ヒャッハーしてる方が実は強いとリオラさんが言っていましたが、なるほど。確かに。
……彼も、私の寿命の十分の一に満たない時間で、死んでしまうんですね。
「なに惚けてやがんだ、オラァァ!」
「!?」
っと、危ない。集中しましょう。
「あらごめんなさい。今度はこちらから行くわよ?」
集中、集中。
魔力を練り上げ、〈身体強化〉を発動します。
「それでいいんだぜぇ? ヒャッハー!」
おぉ! 地味に初ヒャッハーでは?
それに、あぁ、やっぱり気で強化してますね。
「はぁっ!」
「ぬぅ!」
ぶつかり合う斧と大剣。アダマンタイトに覆われた訓練場に、大きな金属音が響きます。
「スゲェーなぁ! その剣。俺の相棒は伝説級だぜぇ?」
「あら、そうなの?」
へぇ、私のドレスと大剣以外では初めて見ましたね。シュテンあたりも持ってそうですが。
それから数号、打ち合いました。その時です。
――ドクンッ
な、何!? 剣が……。
「きゃぁっ!」
「おいおい、なんだよ、それ」
どうやらシンにも見えているようです。
〈母なる塔の剣〉から噴き出した禍々しい魔力が、私の体を包み込んで行きます。
これはまずいです…!
魔法は……だめか。
直接魔力で押し返すしかない。
――くっ!だめ、押し返せない。
呑まれ――
◆◇◆
「姉様!」
「あ、おい! 妹ちゃん! 近づくな!」
ブランは、シンの言葉を意に介さず、謎の靄に包まれた自らの姉の元へ駆ける。
(何、あの気持ち悪いの。姉様が……!)
ブランの視線の先には、完全に大剣の魔力に包まれたアルジェの姿。
靄をつっきろうにも、彼女では力不足だった。
やがて、アルジェを包む靄が晴れると、彼女は変わらずそこに立っている。ただ……。
(誰、あれ。あんなの、姉様じゃない)
(おいおい、なんだ、これ。体が震えやがる。こんなのはユニーク個体の上位竜と向かい合った時以来だ……。いや、それ以上かもしれねぇ……)
その目は虚ろで、何も写していないようにも見える。その瞳が動き、固まる二人を捉えた。
「!? おい、妹ちゃん。人呼んできてくれ。Aランク以上……たしかテオが居たはず」
その口が三日月を作ったアルジェの表情をみて悪寒を感じたシンは、ブランに指示をだす。
「その必要はありません」
しかし、その前にテオ本人が来た。当然だ。あれだけ異様な気配を発しておいて、精霊と共に歩む森妖精が気づかぬはずがない。
「訓練場の安全装置を起動しました。ブランさんはここから離れていてください」
「やだ、私も残る」
「……わかりました」
「おいっ!」
「明らかにアルジェさんは正気ではありません。彼女と繋がりの強いブランさんがいた方がいいかもしれません」
「ちっ! わかったよ! っと、くるぞ!」
禍々しい魔力に包まれたアルジェがまず狙ったのは、一番弱いブランだった。
振り下ろされたのは、普段の彼女からでは考えられない力任せな一撃。
しかし、その速度は段違いだった。
(避けられないっ!)
「っだぁぁぁっ!!」
「!! あ、ありがとう」
「おい! さっさと全力で身体強化しやがれ! 死ぬぞ!」
それを聞き、慌てて〈身体強化〉を発動するブラン。
そして、辛うじて剣を逸らしたシンは焦っていた。
(おいおい、なんだよあのパワー……。さっきまでとは別人だぞ?)
テオはアルジェの動きを止めようと〈精霊魔法〉を発動しようとするが、精霊たちが近づきたがらない。
(アレは相当な代物のようですね。この人数だとキツイですか……。とは言え、今残ってる冒険者達では足手まとい。ギルマスも街の外……。安全装置の働く訓練場内だと自力で気づける人も今はいない。呼びに行くにしても、たぶん、残った二人のどちらかが死ぬ。かと言って安全装置を止めるわけにはいかない。どうしますか……)
考えながらも、発動しない〈精霊魔法〉の代わりに四属性魔法と弓で動きを阻害する。
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