12/10^16のキセキ〜異世界で長生きすればいいだけ……だけど妹たちに手を出すなら容赦しない!〜(カクヨム版)

嘉神かろ

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第2章 千の時を共に

閑話 その頃のカイル

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閑話
 その男は、戸惑っていた。
 声をかけられるだけで、心が晴れ渡る。
 笑顔をみれば、どんな最悪な日も、最高の日になる。
 数日会えないと、胸が張り裂けそうになる。

 その男は、戸惑っていた。
 自分は、いったいどうしてしまったのか、と。
 妹に相談しても、ニヤニヤするばかりでまともに取り合ってくれない。
 ただ、どこか嬉しそうなのは、悪い話ではないからかもしれない。

 そして今日も、その気持ちが何かという問いに答えられないまま、彼は家のドアを開けた。
 その足取りは軽い。


 しばらく歩くと、冒険者ギルドが見える。と同時に、彼のパーティメンバーの姿も。

 知らず、歩みは早くなる。
 彼女は、見知らぬ獣人の男性と話していた。彼女と同じ『猫人族ウェアキヤツト』だ。
 胸が騒ついた。モヤモヤする。
 胸の辺りに鉄塊でも放り込まれたかのように、妙な息苦しさを感じる。

 彼女と男は親しげだ。
 足取りが重くなる。心なしか、景色が灰色になった。

 それでも、歩みは止めない。きっとシーフである彼女は彼に気づいているから。

「悪い、待たせたか?」
「いえ、今さっき来たところよ」

 男女は逆転しているが、いつか話に聞いたようなやりとりで、少しだけ景色に色が戻った。

「君が、カイル君かい?」
「ああ」

 突然声をかけて来た男に、カイルは僅かに棘を感じる声音で返す。

「なるほどなるほど。君が相棒なのか。うんうん。イイね。若いね」

 何を得心したのか、上機嫌で頷いている猫の獣人。
 フィオが小首を傾げながらも、カイルの態度を窘めようとして、やめた。
 先ほどよりカイルが男に向ける敵意が和らいでいたからだ。
 フィオにはサッパリわからないことであったが、別に難しい話ではない。“相棒”という言葉に機嫌をよくしただけだ。

「兄さん。何一人でうなづいてるのよ? 先に自己紹介したら?」
「ああ、そうだね。僕はフィル。フィオの兄だよ。安心したまえ」
「安心?」

 フィオが再び疑問を持つが、カイルを見れば、なるほど。確かに安心して、先程よりも更に雰囲気が和らいでいる。

「お義兄さん。カイルです。どうぞよろしくお願いします」

 アルジェが見ていたら、お前は誰だと叫ぶ事間違いなしな丁寧な対応をするカイル。事実、フィオは目を丸くしている。

「ははは。少し気が早いんじゃないかい? なんせコレが相手だ。その手のことには鈍いからね」

 カイルは、自分で“お義兄さん”なんて言っておきながらフィルの言わんとしている事を理解していない。
 自分の行動の理由さえわかっていないのだが、何故か自分は正しい選択をしている確信があった。

「ちょっと、二人とも何言ってるの? カイルは兄さんに普通に挨拶しただけでしょ? というか、コレとか鈍いとか言わないでくれる? 私これでもシーフよ?」

 二人の話についていけないと思っているフィオだが、実際にはカイルもついていけていない。
 本人が自覚していないために、兄は独走状態であるのだ。

「まあ、何はともあれ、妹を頼んだよ? カイル未来の義弟君」
「はい!」
「??? ねえ、今違う言葉に聞こえ気がするんだけど、気のせい?」

◆◇◆
 カイルが家に帰ると、いつも妹のイリアは嬉しそうに彼を迎える。

「おかえり、お兄ちゃん! うん? 何かいいことあった?」
「ただいま。嬉しそうに見えるか?」
「うん、とっても!」
「まあ今日の依頼はかなり上手くいったからな」
「うーん……そんな感じじゃないんだよねー」
「と言っても他に何もないぞ? 強いて言えばフィオの兄にあったくらいだが……」
「へぇ……、その人に何か言われたの?」
「いや、君が妹の相棒か、とか妹をよろしく、とかくらいだな」
「あぁ、なるほどね! うんうん。そっかー。もうそこまで行ったかー。相変わらず自覚はしてないみたいだけど」
「おい、イリア。何のことだ?」
「うんう、なんでもないよ! あ、そのフィオお義姉ちゃんのお兄さんってなんて名前なの?」
「ああ、フィルさんだ」
「へぇ、フィルお義兄さんね。今度紹介してよ!」
「あぁ、それは構わないが……。今の『お兄さん』と言い、前から思っていたが、お前の『お姉さん』には違う意味がないか?」
「ふふふふっ! さあ? 秘密~~!」


 イリアは初めて二人が会った時から『フィオ』と呼んでいる。
 まあ、彼女も年頃の女の子、という訳だ。兄がこんなでも流石にそうゆう嗅覚は鋭い。どこぞの『猫人族』はその辺鼻が効かないようだが。


◆◇◆
「フィルお義兄さん、こんな兄ですが、よろしくお願いします」
「ああイリアちゃん。任された。まぁ、その前に当人たちが……ね」
「アハハ……、そうですね」
「「??」」

 今いるのは『星の波止場亭』。
 カイルとフィオはアルジェに連れられて以来、そこそこの頻度で来ているこの食事処で、フィルとイリアの顔合わせを行なっていたのだ。

 会って早々、頷きあって意気投合する二人に話題の的であるご両人は何が何やら。
 それでもフィルとイリアが仲良くやれることに安堵はしていた。

 少々疑問を持った者たちもいたが、その場は和気藹々と、大柄な熊の料理人コツクの料理と共に賑やかな時間を過ごしたのだった。


◆◇◆
 それからも周囲、主に身内二人にヤキモキした思いを抱かせながらも、何事もなく日々は過ぎて行った。

 そんなある日のことだ。

「おい、顔が青いが、大丈夫か?」
「大丈夫よ! 問題ないわ!」

 普段より明らかに悪い顔色で待ち合わせ場所の街の入り口に現れたフィオ。
 当然カイルは心配するが、帰ってきたのは強い口調。

「ならいいが……」
「カイルも兄さんも心配し過ぎよ! これでもこの歳でCランクになった冒険者よ?」

 確かに、彼女の年齢でCランクというのはかなり優秀な部類に入る。どこぞの銀髪吸血姫のような例外、規格外は別として。
 だが、カイルの目には彼女のソレは空元気にしか見えなかった。
 とはいえ、フィオに――無自覚ではあるが――惚れている彼は彼女の言葉を否定することはできなかった。
 これが問題だったのだ。






 その日の依頼の討伐対象を仕留めるまでは良かった。
 魔力の少なく容量の小さい二人の〈収納魔法〉に、その魔物の素材のうち高価な物を選んで詰め込んでいく。その影が飛び出してきたのは、その時だった。

「フィオ!!」

 咄嗟にカイルが飛び出し、影とフィオの間に入る。
 索敵のあまり得意でない戦士系であるカイルが気付けたのは、単にその影が飛び出す瞬間そちらに視線を移したからだった。
 その影、おそらく盗賊の類だろう。シーフ系だったらしく、隠形と速度に優れる男に対して、剣を抜くことは叶わなかった。

「ぐっ……!」
「カイル!?」

 カイルの傷は深い。
 フィオはすぐに距離をとった盗賊らしき男に向けて、スローイングダガーを投擲する。

 カイルの体が死角となって反応の遅れた男は倒れたが、周囲から男の仲間らしき人間が複数飛び出してきた。

「くっ、舐めんじゃねぇ!!」
「なっ!?」

 カイルが斬りかかってきたのに驚いた男は、なすすべも無く首を刎ねられる。
 その間に投擲で一人を牽制しつつ、もう一人の喉を切り裂くフィオ。
 互いの死角を補う動きは、以心伝心の域にある。



「はぁ、はぁ……うっ……」
「ちょっ、カイル!?」

 最後の盗賊を斬り伏せたところで、カイルに限界が来てしまった。息はあるが、辛うじてだ。
 フィオは盗賊たちは放置して、カイルを担ぎ、リムリアへ急ぐ。
 シーフの女であるとはいえ、中堅の冒険者。それも『人族』より膂力に優れる獣人である。『龍人族ドラゴニユート』には劣るが、カイル一人なら担いで走るくらい造作もなかった。



◆◇◆
「んんっ……。ここは……?」
「あ、カイル! 起きたのね……。よかった」

 カイルが上体を起こせば、側で待っていたフィオが涙目で身をよせる。

「あ、あぁ。フィオ、しん――「お兄ちゃん!!」けた」

 状況を把握して、フィオにカイルが謝罪しようとした。それを遮ったのはイリアだ。

「あ、お邪魔しました……」

 イリアが彼のいる部屋、病室に入った時、思わずフィオはカイルに抱きついていた。
 その事に気づいた彼女は頰を赤らめつつ慌てて離れる。

「あ、イリアちゃん、これは、違うの!」
「あ、ああ! そうだ。俺たちは相棒同士だからな! うん!」

 何故かカイルまで焦って言い訳をしているが、彼は何が違うのかよくわかっていない。

「そ、それで、いったいここはどこなんだ? あれからどうなった?」

 よくわからないままに話を逸らすカイル。
 イリアは、その様子にほっ、と安堵の息をもらす。そして、ニヤリっ、と口角を上げた。

 イリアのその様子に気づくことなく、二人は話を続けた。

「えっと、何処まで覚えてる?」
「……最後の奴をったとこまでだな」
「そう……。そのあとあなたが倒れたから街まで背負って帰って、この治療院まで運んだの。感謝しなさいよね!」
「あ、ああ。すまなかった」

 強い口調で大変だったと文句を言うフィオだが、照れ隠しなのはバレバレだ。
 イリアはそんな二人をみてニヤニヤ笑いを深める。背けられたフィオの顔は――カイルからは見えないが――リンゴのように真っ赤だ。

「しかし、あれくらいの傷で、情けない……」

 カイルが少々落ち込んでいると、

「毒じゃよ」

 そう声が聞こえた。この治療院に詰める医者だ。

「ふむ、なるほどのぅ。もう毒は抜けたようじゃ。今日明日は手足が軽く痺れるかもしれないから、安静にしておきなさい」
「ああ、わかった」

 カイルの様子を見て、それだけ伝えると、意味ありげに笑って医者は出て行った。イリアも、

「それじゃ、ご飯作って待ってるから。お兄ちゃんたちはゆっくりしてていいからねー!」

と帰って行った。



「…………」
「…………」

 どこか気まずい空気が流れる。ベッドの脇に腰かけたフィオも、カイルも、何を話せば良いか決めあぐねていた。

 先に口を開いたのは、フィオだった。

「……ごめんなさい。私が意地はったばっかりに」

 目を潤ませながら、フィオが言う。
 いつもであれば、獲物の解体中周囲の警戒を行うのは、当然シーフである彼女の役目だ。
襲撃に気づけなかったのは、彼女の落ち度である。あの盗賊の技量ならフィオが見抜けないはずがなかった。普段なら。

 彼女は、所謂、女の子の日であった。
 以前なら仕事を休んでいた。その事を説明していれば、カイルだってその日に依頼を受けることはなかっただろう。
 だが、それが出来ない理由があった。
 カイルは以前、Cランク昇格試験の時、女であるフィオやアルジェがメンバーと知ってあまりいい顔をしていなかった。
 その様子を見ていたフィオは、女としての事情で仕事が出来ないとなると、カイルに嫌われるのではないかと思ったのだ。
 彼女自身は、何故そこまで気になったのかわかっていない。
 これまでであれば、知り合いとパーティを組む時でも気にせずその事を理由にして断っていた。

『これだから女は』

 時々そう言われても、全く気にしていなかった。
 それが、カイル相手には出来なかった。

 なんて事はない。フィオも、カイルの事を憎からず思っていた。それだけだ。

「いや、傷を受けたのは俺が未熟だったからだ。それに、相棒である俺がしっかり止めるべきだった。(いつも見ていたのに……)」

 最後の一言は、五感に優れる『猫人族』の耳にも届かない。

「……今度から、ちゃんと言うから」
「ああ。俺も、もっと強くなるよ」

 そう言って、やっと視線を合わせた二人は微笑んだ。
 彼女の兄の見解通り、未来では結ばれるのだろうが……はたして、いつになるやら。

 周囲の視線など全く気づかない二人だが、今日は、いつもより少しだけ、肩と肩の間が狭かった。

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