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第15話 船出
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⑮
ひと月というのは、人間の寿命からしても瞬く間に過ぎていくものだ。まして、悠久を生きる私にとっては更に短い。
あれから傭兵としての仕事を着々とこなし、シュアンもトキワからの借金を返し終えた。
二人は休日には街を隅々まで回ったし、件の酒場にも通って猫獣人の女性とも親睦を深めてもいた。そこでアンネと再開して同じ卓を囲むことになったのは、運命の悪戯か。何にせよ、彼に対する態度を詫びれた事は、トキワにとって良い影響を及ぼしてくれるのでは無いかと思う。
さて、関心の二人の様子だが……。
「それじゃ、行こうか!」
「うん」
早朝のまだ薄暗い中、看板娘のいない宿を特に足止めされる事なく出る。
「ひと月、あっという間だったねー」
「うん。すぐ、だった」
周囲の景色に、今日までの記憶を蘇らせながら、ゆったりとした足取りを港へ向けた。酒場や馴染みとなった場所への挨拶は、前日のうちに済ませてある。
「本当は海で遊べたら良かったんだけど、安全な所は全部港になってたんじゃあね」
「残念、だけど、これから、海の底に行くんだから」
「そうだね!」
海底の国に思いを馳せながら船員にチケットを見せて船室の鍵を受け取り、タラップを渡る。
「あっ」
「おっと、気をつけて」
「うん……」
トキワがバランスを崩して海へ落ちかけたシュアンを支えれば、彼女はやはり頬を染めるが、見つめる先の彼はそれを落ちかけた事を恥じているのだと捉えて気にしない。
「トキワくーん! シュアンちゃーん! またお店に来てねー! アンネのヤツと待ってるからー!」
聞こえた声に身を乗り出せば、港で手を振る酒場の女性の姿が見えた。名前の出たアンネはもう、仕事で同じ海原に繰り出している。
「はーい! 絶対行きまーす!」
毎日のように通った甲斐があったものだと思って彼の表情を見ると、予想に反してニヤニヤとはしていない。何だかんだと言いつつ、友となった相手にはおかしな目を向けないのだ、このエルフは。
少しして、出港を告げる低い笛の音が響いた。碇が上げられ、動力に魔力が込められると、船はゆっくりと、その巨体を動かし始めた。
「また来ようね。何年後になるか分からないけど」
「うん」
二人の眺めるカミアリヅの街が、どんどんと遠ざかって行く。
何、心配する必要はない。まだまだ時間が残されているのだから。前世の短い生の、何倍もの時間が。シュアンに関してもどうにかするつもりだ。
だから、トキワは前を見ていれば良い。
私のその願いが届いたのかは分からないが、彼は不意に船の侵攻方向を見て、息を漏らした。
「綺麗……」
朝日だ。
水平線から日が上り、世界を照らす。
それは彼となった彼女の未来を示しているようであったが、同時に、前世に重なる景色が過去もその眼前に現す。光に照らされて、顔の一部に影が落ちる。
(みんな、元気かな……)
「トキワ君?」
「……何でもないよ。それより、船が海に潜る前に荷物置いてこよ!」
「潜るとこ、甲板で見られるん、だっけ?」
「そうそう!」
……彼らが私の下へ来た時は、彼の家族の現在について、教えてやらねばなるまい。みな、元気にしているのだと。なに、その程度は許される。
思った以上に私は、トキワに思い入れを持ってしまったらしい。無闇矢鱈と明るい彼が前世を思い出し、影を落とす度に祈ってしまう。どうか、この世界で、彼が少しでも長く生きられる事を。少しでも多くの幸せを享受できる事を。
私の立場で祈ると言うのもおかしな話なのではあるがな。少なくとも、個人に傾倒するのは良くない、が、こうして彼の物語の語り部を担っている以上、今更だ。
さあ、そんな訳で観客の諸君。もう少し、私の我儘に付き合ってくれ。
愉快で愛おしい駄エルフの珍道中を、共に楽しもう。
ひと月というのは、人間の寿命からしても瞬く間に過ぎていくものだ。まして、悠久を生きる私にとっては更に短い。
あれから傭兵としての仕事を着々とこなし、シュアンもトキワからの借金を返し終えた。
二人は休日には街を隅々まで回ったし、件の酒場にも通って猫獣人の女性とも親睦を深めてもいた。そこでアンネと再開して同じ卓を囲むことになったのは、運命の悪戯か。何にせよ、彼に対する態度を詫びれた事は、トキワにとって良い影響を及ぼしてくれるのでは無いかと思う。
さて、関心の二人の様子だが……。
「それじゃ、行こうか!」
「うん」
早朝のまだ薄暗い中、看板娘のいない宿を特に足止めされる事なく出る。
「ひと月、あっという間だったねー」
「うん。すぐ、だった」
周囲の景色に、今日までの記憶を蘇らせながら、ゆったりとした足取りを港へ向けた。酒場や馴染みとなった場所への挨拶は、前日のうちに済ませてある。
「本当は海で遊べたら良かったんだけど、安全な所は全部港になってたんじゃあね」
「残念、だけど、これから、海の底に行くんだから」
「そうだね!」
海底の国に思いを馳せながら船員にチケットを見せて船室の鍵を受け取り、タラップを渡る。
「あっ」
「おっと、気をつけて」
「うん……」
トキワがバランスを崩して海へ落ちかけたシュアンを支えれば、彼女はやはり頬を染めるが、見つめる先の彼はそれを落ちかけた事を恥じているのだと捉えて気にしない。
「トキワくーん! シュアンちゃーん! またお店に来てねー! アンネのヤツと待ってるからー!」
聞こえた声に身を乗り出せば、港で手を振る酒場の女性の姿が見えた。名前の出たアンネはもう、仕事で同じ海原に繰り出している。
「はーい! 絶対行きまーす!」
毎日のように通った甲斐があったものだと思って彼の表情を見ると、予想に反してニヤニヤとはしていない。何だかんだと言いつつ、友となった相手にはおかしな目を向けないのだ、このエルフは。
少しして、出港を告げる低い笛の音が響いた。碇が上げられ、動力に魔力が込められると、船はゆっくりと、その巨体を動かし始めた。
「また来ようね。何年後になるか分からないけど」
「うん」
二人の眺めるカミアリヅの街が、どんどんと遠ざかって行く。
何、心配する必要はない。まだまだ時間が残されているのだから。前世の短い生の、何倍もの時間が。シュアンに関してもどうにかするつもりだ。
だから、トキワは前を見ていれば良い。
私のその願いが届いたのかは分からないが、彼は不意に船の侵攻方向を見て、息を漏らした。
「綺麗……」
朝日だ。
水平線から日が上り、世界を照らす。
それは彼となった彼女の未来を示しているようであったが、同時に、前世に重なる景色が過去もその眼前に現す。光に照らされて、顔の一部に影が落ちる。
(みんな、元気かな……)
「トキワ君?」
「……何でもないよ。それより、船が海に潜る前に荷物置いてこよ!」
「潜るとこ、甲板で見られるん、だっけ?」
「そうそう!」
……彼らが私の下へ来た時は、彼の家族の現在について、教えてやらねばなるまい。みな、元気にしているのだと。なに、その程度は許される。
思った以上に私は、トキワに思い入れを持ってしまったらしい。無闇矢鱈と明るい彼が前世を思い出し、影を落とす度に祈ってしまう。どうか、この世界で、彼が少しでも長く生きられる事を。少しでも多くの幸せを享受できる事を。
私の立場で祈ると言うのもおかしな話なのではあるがな。少なくとも、個人に傾倒するのは良くない、が、こうして彼の物語の語り部を担っている以上、今更だ。
さあ、そんな訳で観客の諸君。もう少し、私の我儘に付き合ってくれ。
愉快で愛おしい駄エルフの珍道中を、共に楽しもう。
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