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第21話 山登り日和だね!
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㉑
「ひ、まー……」
「一ヶ月って、長いね……」
粗末な一室に漏れる溜息は、二つ。
窓の外を見れば色とりどりの街並みが見えるというのに、この部屋の内に色彩は乏しい。
というのも、寄港してからの三週間で、下層のめぼしいところは巡り尽くしてしまったのだ。
残るは酒の類いに関わるような場所だが、生憎とトキワもシュアンも好んで飲酒する質ではない。
「どうする? ギルドで出来そうな仕事、探す?」
「んー、それでも良いけど、なんか気分じゃないんだよねー。出会いも無さそうだったし」
言うまでも無い事だが、この出会いとは異性との出会いである。シュアンの目が据わっているのが非常に恐ろしい。気付け、駄エルフ。
そんな願いが届くことは当然なく、我らが駄エルフは窓の外を眺め、云々と唸っている。
視線の先にあるのは、サツの街の住人達が住まう、地形の険しいエリアだ。空の青の中にあって、色とりどりの家々がよく目立つ。
……嫌な予感がしてきたぞ。
「ねえ、シュアンちゃん」
「なに?」
バッチリ固定されているな、駄エルフの視線。
「あそこ、行ってみない?」
「あそこって、えぇ、あそこ……?」
駄エルフの指さす先は……、ああ、やはりか。
どうなっても知らんぞ。
「で、でも、私たちには危ないから、行かない方が良いって、ギルドの人が……」
「大丈夫大丈夫!」
何を根拠に言っておるのだ。
「ちょーっと好戦的な種族の人たちもいるらしいけど、私たちなら平気だよ!」
うん、だから根拠をだな。
「だからさ、行こ? 上層エリア」
本当に知らんぞ……。
冒険心に火のついてしまった駄エルフを止めることは、さしものシュアンにも出来はしない。
必死の説得の甲斐無く、彼女は山岳地帯上層の付近まで連れ出されていた。
連れ出した張本人は、新たな出会い(色恋的な意味)があるやもと上機嫌である。
「思ったより高いねー」
「う、うん……」
シュアンも諦めたのか、少しわくわくしてきてしまったのか、駄エルフと一緒になって切り立った崖を見上げる。
下層エリアを一周してみたところ、今二人のいる場所が頂上の最も低い位置だったのだ。
痛くなるほどに首を曲げ、上を見れば赤と黄色に塗装された家があるのが分かる。
しかしそこに続く道は見えず、たどり着こうと思えば、眼前にある僅かばかりの傾斜を行くしか無かった。
魔法という選択肢は、最初に消えている。
「さ、行こっか!」
身軽にひょいひょいと崖を登るトキワを、シュアンも追いかける。立体的な動きならエルフであるトキワに軍配が上がるが、犬の獣人たる彼女も身体能力は十分だ。
ちょうど良い足場が見つからなければ魔法で突起を作り、ものの数分ほどで先程確認した家屋までやってきた。
「あら、驚いた。あんた達身軽だねぇ」
そんな二人を出迎えた件の家の住人は、小さなめがねを鼻にかけた中年の女性。背中からは灰色の翼が生えており、豆鉄砲を食らったような顔で闖入者に声をかける。
「こんにちは!」
「こ、こんにちは。すみません、お邪魔して」
「あははっ、そんなに畏まらなくていいの! 珍しいお客様は歓迎よ。変なことさえしなければね」
大きく口を開けて快活に笑う彼女に、シュアンはそっと胸をなで下ろす。駄エルフは気にもとめていないようだが、少しは気を回してほしいものだ。私とシュアンの胃に穴が空くではないか。
「お茶でも、と言いたいところだけど、これから少し出ないといけなくてね。この辺りを彷徨くなら、西の渓谷には近づかないこった。セイレーンの連中が集まってるからね」
「セ、セイレーン……」
そういえば、天空都市に住む者たちもいたか。
海の近くに集落を作ることの多い種族ではあるが、この天空都市も下は大海原。海の近くではある。
「彼女たちは縄張り意識が強いからねぇ。住民の私らだって危ないのに、よそ者が近づいたら、身ぐるみ剥がされて放り出されちまうよ。妙な魔法も使うしねぇ」
歌に魔力を乗せて聞いた者を魅惑する魔法だったな。セイレーン達独自の魔法だ。腕っ節でどうにかなるものでも無い。
見目麗しい種族ではあるが、流石の駄エルフも今回ばかりは素直に従うだろう。
「あ、ありがとうございます。近づかないように、します」
シュアンなどはこの通り顔を青くしているしな。まさかまさか。
「セイレーン、グフフ……」
まさか、まさ、か……。おいなんだ、その気持ちの悪い笑みは。
(街で聞いた人たち! 綺麗な人が多いんだよね! これは行くっきゃ無い!」
オウ、ジーザス……。
思わず異世界の信仰対象に祈ってしまったではないか。
こいつ、今までの話を聞いていたのか? それとも聞いた上でこれか? そこまで駄エルフだったのか? いや、そこまで駄エルフだったな。
「お姉さんありがとうございます!」
うん、礼の声は素晴らしいな。声は。
「あらやだお姉さんなんて。そんな歳じゃないわよ!」
ご婦人もオホホホだなんて機嫌を良くしていないで、もう少し釘を刺してくれ。
ああ、シュアンは勘づいたな。ハラハラとした表情に変えて、ちらちら駄エルフを見ている。
「それじゃああたしは行くよ。じゃあね。本当に、西の渓谷には、近づくんじゃ無いよ!」
「はーい!」
だから返事は良いな?
ニヨニヨするな。方角を確認するな。そこはシュアンに任せろ。
「さて」
「行かないよ!?」
ほら、シュアンも珍しく声を荒げているからな?
「それじゃあ行こうか」
「だから行かないよ!?」
待て。そっちは西だぞ。なんでこういう時ばかり方向音痴を発揮しないのだ。
「いざ、セイレーンのお姉様がたの所へ!」
「絶対、行かないって、ばぁあ!」
あぁ、シュアンよ、強く生きてくれ……。
「ひ、まー……」
「一ヶ月って、長いね……」
粗末な一室に漏れる溜息は、二つ。
窓の外を見れば色とりどりの街並みが見えるというのに、この部屋の内に色彩は乏しい。
というのも、寄港してからの三週間で、下層のめぼしいところは巡り尽くしてしまったのだ。
残るは酒の類いに関わるような場所だが、生憎とトキワもシュアンも好んで飲酒する質ではない。
「どうする? ギルドで出来そうな仕事、探す?」
「んー、それでも良いけど、なんか気分じゃないんだよねー。出会いも無さそうだったし」
言うまでも無い事だが、この出会いとは異性との出会いである。シュアンの目が据わっているのが非常に恐ろしい。気付け、駄エルフ。
そんな願いが届くことは当然なく、我らが駄エルフは窓の外を眺め、云々と唸っている。
視線の先にあるのは、サツの街の住人達が住まう、地形の険しいエリアだ。空の青の中にあって、色とりどりの家々がよく目立つ。
……嫌な予感がしてきたぞ。
「ねえ、シュアンちゃん」
「なに?」
バッチリ固定されているな、駄エルフの視線。
「あそこ、行ってみない?」
「あそこって、えぇ、あそこ……?」
駄エルフの指さす先は……、ああ、やはりか。
どうなっても知らんぞ。
「で、でも、私たちには危ないから、行かない方が良いって、ギルドの人が……」
「大丈夫大丈夫!」
何を根拠に言っておるのだ。
「ちょーっと好戦的な種族の人たちもいるらしいけど、私たちなら平気だよ!」
うん、だから根拠をだな。
「だからさ、行こ? 上層エリア」
本当に知らんぞ……。
冒険心に火のついてしまった駄エルフを止めることは、さしものシュアンにも出来はしない。
必死の説得の甲斐無く、彼女は山岳地帯上層の付近まで連れ出されていた。
連れ出した張本人は、新たな出会い(色恋的な意味)があるやもと上機嫌である。
「思ったより高いねー」
「う、うん……」
シュアンも諦めたのか、少しわくわくしてきてしまったのか、駄エルフと一緒になって切り立った崖を見上げる。
下層エリアを一周してみたところ、今二人のいる場所が頂上の最も低い位置だったのだ。
痛くなるほどに首を曲げ、上を見れば赤と黄色に塗装された家があるのが分かる。
しかしそこに続く道は見えず、たどり着こうと思えば、眼前にある僅かばかりの傾斜を行くしか無かった。
魔法という選択肢は、最初に消えている。
「さ、行こっか!」
身軽にひょいひょいと崖を登るトキワを、シュアンも追いかける。立体的な動きならエルフであるトキワに軍配が上がるが、犬の獣人たる彼女も身体能力は十分だ。
ちょうど良い足場が見つからなければ魔法で突起を作り、ものの数分ほどで先程確認した家屋までやってきた。
「あら、驚いた。あんた達身軽だねぇ」
そんな二人を出迎えた件の家の住人は、小さなめがねを鼻にかけた中年の女性。背中からは灰色の翼が生えており、豆鉄砲を食らったような顔で闖入者に声をかける。
「こんにちは!」
「こ、こんにちは。すみません、お邪魔して」
「あははっ、そんなに畏まらなくていいの! 珍しいお客様は歓迎よ。変なことさえしなければね」
大きく口を開けて快活に笑う彼女に、シュアンはそっと胸をなで下ろす。駄エルフは気にもとめていないようだが、少しは気を回してほしいものだ。私とシュアンの胃に穴が空くではないか。
「お茶でも、と言いたいところだけど、これから少し出ないといけなくてね。この辺りを彷徨くなら、西の渓谷には近づかないこった。セイレーンの連中が集まってるからね」
「セ、セイレーン……」
そういえば、天空都市に住む者たちもいたか。
海の近くに集落を作ることの多い種族ではあるが、この天空都市も下は大海原。海の近くではある。
「彼女たちは縄張り意識が強いからねぇ。住民の私らだって危ないのに、よそ者が近づいたら、身ぐるみ剥がされて放り出されちまうよ。妙な魔法も使うしねぇ」
歌に魔力を乗せて聞いた者を魅惑する魔法だったな。セイレーン達独自の魔法だ。腕っ節でどうにかなるものでも無い。
見目麗しい種族ではあるが、流石の駄エルフも今回ばかりは素直に従うだろう。
「あ、ありがとうございます。近づかないように、します」
シュアンなどはこの通り顔を青くしているしな。まさかまさか。
「セイレーン、グフフ……」
まさか、まさ、か……。おいなんだ、その気持ちの悪い笑みは。
(街で聞いた人たち! 綺麗な人が多いんだよね! これは行くっきゃ無い!」
オウ、ジーザス……。
思わず異世界の信仰対象に祈ってしまったではないか。
こいつ、今までの話を聞いていたのか? それとも聞いた上でこれか? そこまで駄エルフだったのか? いや、そこまで駄エルフだったな。
「お姉さんありがとうございます!」
うん、礼の声は素晴らしいな。声は。
「あらやだお姉さんなんて。そんな歳じゃないわよ!」
ご婦人もオホホホだなんて機嫌を良くしていないで、もう少し釘を刺してくれ。
ああ、シュアンは勘づいたな。ハラハラとした表情に変えて、ちらちら駄エルフを見ている。
「それじゃああたしは行くよ。じゃあね。本当に、西の渓谷には、近づくんじゃ無いよ!」
「はーい!」
だから返事は良いな?
ニヨニヨするな。方角を確認するな。そこはシュアンに任せろ。
「さて」
「行かないよ!?」
ほら、シュアンも珍しく声を荒げているからな?
「それじゃあ行こうか」
「だから行かないよ!?」
待て。そっちは西だぞ。なんでこういう時ばかり方向音痴を発揮しないのだ。
「いざ、セイレーンのお姉様がたの所へ!」
「絶対、行かないって、ばぁあ!」
あぁ、シュアンよ、強く生きてくれ……。
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