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第24話 風は東!
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そんなこんなでセイレーンの翼を堪能した駄エルフは、シュアンと共に観光地エリアまで戻ってきていた。
既に日も暮れていて、道行く人の中には、頬を赤らめ陽気になった者も少なくない。
その多くは酒精に起因するものだが、一部は、トキワ達が原因だった。
今、トキワはシュアンをその両腕の中に抱えている。つい三週間前、サツの街に降り立ったときと同様だ。
一つ違う点を挙げるとするならば、シュアンの頬が朱に染まり、その目を甘く溶かしている所だろう。見つめる先は、トキワだ。
私の保護を受けたトキワはともかく、無防備にアメステたちの本気の歌を聴き続けたシュアンが無事であるはずはない。
本来ならとっくに魅了が解けているはずのところ、観光地エリアに着いた今となってもその影響から脱せずにいた。
とはいえ、さすがにそろそろ、魔法の効果も解けるのではないだろうか。
元々、魔力の強いものは魔法による精神作用も受けづらい。シュアンもどちらかといえば魔力の強い方だった。
と、影は無いが、噂をすればだ。
「んんっ……」
「あ、シュアンちゃん、起きた?」
「トキワ、くん……?」
ぼんやりとする彼女の意識はゆっくりと浮上して、瞳に理性の色が戻る。その目が周囲を少し見渡すと、一度消えたはずの頬の朱が再び姿を現した。
「ととと、とき、とき、トキワくん、おろ、し、おろして! もう大丈夫だから!」
「ほんと? 顔、赤いよ?」
「そ、それは!」
トキワくんのせいで、という言葉は彼女の口の中でのみ発せられて、駄エルフの耳には届かない。
「まあ、もう少しで宿だし、休んでていいよ」
「う、うん……。(心臓、バクバクすぎて、全然休まらないけど……)」
まったく、駄エルフめ。
あれだけ色ぼけであるのに、腕の内の好意には気づかぬのだから、本当に駄エルフだ。
だが、愛すべき駄エルフだ。
心優しく、いろんな意味でまっすぐな、元少女、現少年の駄エルフ。それがトキワだ。
私が彼の物語を語り始めた気持ちも、諸君になら分かって貰えるのではなかろうか。
「ねえ、トキワくん」
「ん?」
「明日も、また上に行くの?」
シュアンの問いに、トキワはうーんと漏らす。彼の脳裏に浮かんだのは、山岳地帯で出逢った住人たちだ。
「そうしようかって思ってたんだけどさ、シュアンちゃんは、嫌?」
「……ちょっと、だけ」
「そか、じゃあやめよう。宿でのんびりしよう」
その返事は、あっさりしたものだった。
「いい、の?」
「うん。偶にはのんびりもいいかなって」
「そ、っか。えへへ……」
耳をピクピクと動かすシュアンへ、トキワは笑みを向ける。その笑みは、彼が出会いを求めた者達に向けるような、緩みきったものではなくて、柔らかく、優しい笑みだった。
そして、一週間が過ぎた。
「ほらシュアンちゃん、早くしないと後ろつっかえちゃうよ?」
「うぅ、分かって、る、けど……」
シュアンは足をぷるぷると震わせながら、タラップを渡る。
これから始まるのは、一月前に彼女が散々恐怖した空の旅だ。
天気は相も変わらぬ快晴。風は東から。
色とりどりの天空都市を去るには、悪くないコンディションだろう。
「それじゃあ、船室に行こうか」
「うん! 早く、いこ!」
「あ、ちょっと、引っ張らないでってば!」
タラップが外され、船員たちの声が響く。
「出港しまーす!」
空の山々が見守る天空都市を離れ、次に向かうは、この船旅の終点。世界樹と呼ばれる巨木を守る、古よりの都。
はてさて、駄エルフたちはどんな物語を見せてくれるのか。
次も是非、私と共に楽しんでくれたまえ。
それが私の語る、最後の物語となるであろうから。
さあ、二人とも、待っているぞ。
世界の全てを見守る、その場所で。
そんなこんなでセイレーンの翼を堪能した駄エルフは、シュアンと共に観光地エリアまで戻ってきていた。
既に日も暮れていて、道行く人の中には、頬を赤らめ陽気になった者も少なくない。
その多くは酒精に起因するものだが、一部は、トキワ達が原因だった。
今、トキワはシュアンをその両腕の中に抱えている。つい三週間前、サツの街に降り立ったときと同様だ。
一つ違う点を挙げるとするならば、シュアンの頬が朱に染まり、その目を甘く溶かしている所だろう。見つめる先は、トキワだ。
私の保護を受けたトキワはともかく、無防備にアメステたちの本気の歌を聴き続けたシュアンが無事であるはずはない。
本来ならとっくに魅了が解けているはずのところ、観光地エリアに着いた今となってもその影響から脱せずにいた。
とはいえ、さすがにそろそろ、魔法の効果も解けるのではないだろうか。
元々、魔力の強いものは魔法による精神作用も受けづらい。シュアンもどちらかといえば魔力の強い方だった。
と、影は無いが、噂をすればだ。
「んんっ……」
「あ、シュアンちゃん、起きた?」
「トキワ、くん……?」
ぼんやりとする彼女の意識はゆっくりと浮上して、瞳に理性の色が戻る。その目が周囲を少し見渡すと、一度消えたはずの頬の朱が再び姿を現した。
「ととと、とき、とき、トキワくん、おろ、し、おろして! もう大丈夫だから!」
「ほんと? 顔、赤いよ?」
「そ、それは!」
トキワくんのせいで、という言葉は彼女の口の中でのみ発せられて、駄エルフの耳には届かない。
「まあ、もう少しで宿だし、休んでていいよ」
「う、うん……。(心臓、バクバクすぎて、全然休まらないけど……)」
まったく、駄エルフめ。
あれだけ色ぼけであるのに、腕の内の好意には気づかぬのだから、本当に駄エルフだ。
だが、愛すべき駄エルフだ。
心優しく、いろんな意味でまっすぐな、元少女、現少年の駄エルフ。それがトキワだ。
私が彼の物語を語り始めた気持ちも、諸君になら分かって貰えるのではなかろうか。
「ねえ、トキワくん」
「ん?」
「明日も、また上に行くの?」
シュアンの問いに、トキワはうーんと漏らす。彼の脳裏に浮かんだのは、山岳地帯で出逢った住人たちだ。
「そうしようかって思ってたんだけどさ、シュアンちゃんは、嫌?」
「……ちょっと、だけ」
「そか、じゃあやめよう。宿でのんびりしよう」
その返事は、あっさりしたものだった。
「いい、の?」
「うん。偶にはのんびりもいいかなって」
「そ、っか。えへへ……」
耳をピクピクと動かすシュアンへ、トキワは笑みを向ける。その笑みは、彼が出会いを求めた者達に向けるような、緩みきったものではなくて、柔らかく、優しい笑みだった。
そして、一週間が過ぎた。
「ほらシュアンちゃん、早くしないと後ろつっかえちゃうよ?」
「うぅ、分かって、る、けど……」
シュアンは足をぷるぷると震わせながら、タラップを渡る。
これから始まるのは、一月前に彼女が散々恐怖した空の旅だ。
天気は相も変わらぬ快晴。風は東から。
色とりどりの天空都市を去るには、悪くないコンディションだろう。
「それじゃあ、船室に行こうか」
「うん! 早く、いこ!」
「あ、ちょっと、引っ張らないでってば!」
タラップが外され、船員たちの声が響く。
「出港しまーす!」
空の山々が見守る天空都市を離れ、次に向かうは、この船旅の終点。世界樹と呼ばれる巨木を守る、古よりの都。
はてさて、駄エルフたちはどんな物語を見せてくれるのか。
次も是非、私と共に楽しんでくれたまえ。
それが私の語る、最後の物語となるであろうから。
さあ、二人とも、待っているぞ。
世界の全てを見守る、その場所で。
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