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三の浪 病の村④
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④
「だいぶ無くなったね」
「うん? 何が?」
主語が無いので、アストの言いたいことが分からない。とりあえず彼の視線を追うと、畑が目に入った。
「畑の雑草。来た時は関係ない草だらけだったじゃん」
「ああ、そうね」
その大量の雑草も、今は畑の片隅に積み上げられている。この村に家畜はいないので、飼料にもならない完全な邪魔ものだ。あのまま枯れさせてしまうらしい。
「邪魔もの、ね」
ふと思い立って、雑草の山に近づく。改めて一つ一つ見ていくけれど、この村には必要のない物ばかり。一応用途のあるものもあるけれど、現状では使わないだろう。本当の意味で雑草だ。
そんな都合良くいかない、か。
淡い期待が裏切られたことに思った以上の落胆を覚えつつ、最後にこれだけと足元に落ちていた黄色い小さな花の記録を検索した。
「アスト、ちょっと生徒たちに遅れるって伝えてきてくれる?」
「ん、りょーかい。一応詠唱は聞かれないようにね」
「分かってる」
最近知ったのだけれど、一部では魔女や魔法使いは迫害されているらしいから、念のためだ。それにどうせ、これから魔法を使う場所には村人は来ない。猟師さんなら可能性があったけれど、今は私の借りている家の方にいるはず。
アストと別れ、土地の記録を確かめながら森を歩く。先ほど見つけた黄色い花。あれ自体は、何の薬効も無い、お茶にするのがせいぜいの物だった。けれど、あの花の原種、正確にはその球根が食べた動物の体温を急激に下げる毒で根ごと食べつくされる事を防いでいたらしいのだ。体温を急激に下げる、つまりは解熱作用。求めていたモノだ。
漸く見つけた。育てるにはこの世界固有の粒子、魔素の豊富な土が必要らしいが、今この村にはスライムがいる。魔素はスライムでは分解できないので、雑草の山でも食わせれば大量に排出してくれるだろう。
「あった、ここね」
目的の場所は十分程で見つかった。かつての群生地だ。
村人のものも含め、周囲に危険な気配がない事を確認してから息を整える。
そして唱える。世界に捧げる、祈りの言葉を。
「『大地よ、聞かせておくれ、その悲しみを。空よ、見せておくれ、その喜びを。私は知りたい、世界の記憶を」
私を不老たらしめる膨大な魔力が渦を巻き、突風を巻き起こす。この世の理から外れた現象を具現化しようと、理という名の軛を揺らす。
「代わりに捧げましょう、この魔力を。求める智慧よ、今ここに [記憶再現(メモリーリナクト)]』」
そして新たな理、魔法の名を告げたことを切っ掛けとして、この世界の記録を今この瞬間に、この時間のものとして引き出した。
指定した半径十メートルほどの範囲にたくさんの芽が出て葉を伸ばし、可憐な紫色の花を咲かせる。それは色こそ違えど、少し前に手にした小さな花に間違いなかった。
「ごめんなさいね」
小さく息を吐き、一言謝ってからいくつかを球根ごと採取する。
それから数日、求めた薬は完成した。
「今夜は恩人殿の滞在なさる最後の夜。みな、好きに飲み、騒いでいくつもの恩と共に記憶へ刻みつけよ」
「おお!」
日の暮れてすぐ、村人たちと私は篝火に照らされる村の広場に集まった。村長さんの掛け声と共に掲げたコップを、次々とやってくる人々と打ち鳴らしては呷る。
「嬢ちゃん、良い飲みっぷりだな! ほれ、酒はまだまだあるぞ!」
「ええ、ありがとう」
薬の作り方とあの花を含めた材料の栽培を方法を伝え終え、この村でやる事は無くなった。明日の朝、私たちは出発する。
なんだかんだ長く過ごすことになったからか、少しばかり寂しさを感じるけれど、今はそんな事忘れよう。せっかく約束通り、こんな宴を開いてくれたのだから、楽しまないと。
「ソフィア、これ美味しいよ」
「うん。貰うけれどアスト、口の周りが凄い事になってるわよ?」
「うぇっ?」
慌てて前脚で拭っては舐めるアストが微笑ましい。
そのアストが器用に尻尾は乗せて運んでくれた皿には、素朴ながら色味の綺麗な村の宴会料理。野菜類と肉を色んな香辛料で炒めたものみたいで、確かに美味しい。ご飯が欲しくなる。今飲んでいるお酒が辛めのスピリタスを牛乳で割ったようなものだから、香辛料の辛みを中和してくれて良い感じ。
「お姉ちゃん、注いであげる!」
「ありがとう」
うん、美味しい。
勝利の美酒というやつかしら? この子たちの笑顔を守れたのだと思うと、いっそう美味しい。
正直、最初の村長さんの忠告に従ってさっさと出発をしても良かった。けれど、そうしたら私はずっと後悔していただろう。彼らを助けられる知識と能力があったのにと。
「知識は道具、ね」
「そうだね」
何となしに呟いた言葉に、アストが応えてくれる。
道具は、使わなければ意味がない。
ふと見ると、さっきの子がお母さんらしき人に頭を撫でられている。嬉しそう。
前世の家族のことはもう覚えていないし、思い出す気もない。私の家族は、皿に顔を突っ込んでまた口の周りを汚しているアストだけ。
一般にはあまり知られていないけれど、亜精霊にも寿命はある。人間種族からすれば途方もない時を生きるけれど、それでもいつかは終わりが訪れる。
寿命の無くなった私とは違う。
「ちょ、急に何!? 抱きしめられてたら食べられない!」
その時が来て、大きな後悔を残さないように、私の持てる限りの知識で守ろう。私の唯一の家族を。
少しでも、独りの寂しさが紛れるように。
「だいぶ無くなったね」
「うん? 何が?」
主語が無いので、アストの言いたいことが分からない。とりあえず彼の視線を追うと、畑が目に入った。
「畑の雑草。来た時は関係ない草だらけだったじゃん」
「ああ、そうね」
その大量の雑草も、今は畑の片隅に積み上げられている。この村に家畜はいないので、飼料にもならない完全な邪魔ものだ。あのまま枯れさせてしまうらしい。
「邪魔もの、ね」
ふと思い立って、雑草の山に近づく。改めて一つ一つ見ていくけれど、この村には必要のない物ばかり。一応用途のあるものもあるけれど、現状では使わないだろう。本当の意味で雑草だ。
そんな都合良くいかない、か。
淡い期待が裏切られたことに思った以上の落胆を覚えつつ、最後にこれだけと足元に落ちていた黄色い小さな花の記録を検索した。
「アスト、ちょっと生徒たちに遅れるって伝えてきてくれる?」
「ん、りょーかい。一応詠唱は聞かれないようにね」
「分かってる」
最近知ったのだけれど、一部では魔女や魔法使いは迫害されているらしいから、念のためだ。それにどうせ、これから魔法を使う場所には村人は来ない。猟師さんなら可能性があったけれど、今は私の借りている家の方にいるはず。
アストと別れ、土地の記録を確かめながら森を歩く。先ほど見つけた黄色い花。あれ自体は、何の薬効も無い、お茶にするのがせいぜいの物だった。けれど、あの花の原種、正確にはその球根が食べた動物の体温を急激に下げる毒で根ごと食べつくされる事を防いでいたらしいのだ。体温を急激に下げる、つまりは解熱作用。求めていたモノだ。
漸く見つけた。育てるにはこの世界固有の粒子、魔素の豊富な土が必要らしいが、今この村にはスライムがいる。魔素はスライムでは分解できないので、雑草の山でも食わせれば大量に排出してくれるだろう。
「あった、ここね」
目的の場所は十分程で見つかった。かつての群生地だ。
村人のものも含め、周囲に危険な気配がない事を確認してから息を整える。
そして唱える。世界に捧げる、祈りの言葉を。
「『大地よ、聞かせておくれ、その悲しみを。空よ、見せておくれ、その喜びを。私は知りたい、世界の記憶を」
私を不老たらしめる膨大な魔力が渦を巻き、突風を巻き起こす。この世の理から外れた現象を具現化しようと、理という名の軛を揺らす。
「代わりに捧げましょう、この魔力を。求める智慧よ、今ここに [記憶再現(メモリーリナクト)]』」
そして新たな理、魔法の名を告げたことを切っ掛けとして、この世界の記録を今この瞬間に、この時間のものとして引き出した。
指定した半径十メートルほどの範囲にたくさんの芽が出て葉を伸ばし、可憐な紫色の花を咲かせる。それは色こそ違えど、少し前に手にした小さな花に間違いなかった。
「ごめんなさいね」
小さく息を吐き、一言謝ってからいくつかを球根ごと採取する。
それから数日、求めた薬は完成した。
「今夜は恩人殿の滞在なさる最後の夜。みな、好きに飲み、騒いでいくつもの恩と共に記憶へ刻みつけよ」
「おお!」
日の暮れてすぐ、村人たちと私は篝火に照らされる村の広場に集まった。村長さんの掛け声と共に掲げたコップを、次々とやってくる人々と打ち鳴らしては呷る。
「嬢ちゃん、良い飲みっぷりだな! ほれ、酒はまだまだあるぞ!」
「ええ、ありがとう」
薬の作り方とあの花を含めた材料の栽培を方法を伝え終え、この村でやる事は無くなった。明日の朝、私たちは出発する。
なんだかんだ長く過ごすことになったからか、少しばかり寂しさを感じるけれど、今はそんな事忘れよう。せっかく約束通り、こんな宴を開いてくれたのだから、楽しまないと。
「ソフィア、これ美味しいよ」
「うん。貰うけれどアスト、口の周りが凄い事になってるわよ?」
「うぇっ?」
慌てて前脚で拭っては舐めるアストが微笑ましい。
そのアストが器用に尻尾は乗せて運んでくれた皿には、素朴ながら色味の綺麗な村の宴会料理。野菜類と肉を色んな香辛料で炒めたものみたいで、確かに美味しい。ご飯が欲しくなる。今飲んでいるお酒が辛めのスピリタスを牛乳で割ったようなものだから、香辛料の辛みを中和してくれて良い感じ。
「お姉ちゃん、注いであげる!」
「ありがとう」
うん、美味しい。
勝利の美酒というやつかしら? この子たちの笑顔を守れたのだと思うと、いっそう美味しい。
正直、最初の村長さんの忠告に従ってさっさと出発をしても良かった。けれど、そうしたら私はずっと後悔していただろう。彼らを助けられる知識と能力があったのにと。
「知識は道具、ね」
「そうだね」
何となしに呟いた言葉に、アストが応えてくれる。
道具は、使わなければ意味がない。
ふと見ると、さっきの子がお母さんらしき人に頭を撫でられている。嬉しそう。
前世の家族のことはもう覚えていないし、思い出す気もない。私の家族は、皿に顔を突っ込んでまた口の周りを汚しているアストだけ。
一般にはあまり知られていないけれど、亜精霊にも寿命はある。人間種族からすれば途方もない時を生きるけれど、それでもいつかは終わりが訪れる。
寿命の無くなった私とは違う。
「ちょ、急に何!? 抱きしめられてたら食べられない!」
その時が来て、大きな後悔を残さないように、私の持てる限りの知識で守ろう。私の唯一の家族を。
少しでも、独りの寂しさが紛れるように。
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