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最終章 君の為に
第94話 師の導き
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クレド迷宮から思導翔たちが返ってきて、数週間が経った。疲れ切った少年少女の心身を癒すように、世界樹セフィロトの枝葉より零れる木漏れ日が、今日もテーブルを囲む彼らを照らす。そこはセフィロティアの城の美しい庭園の一角だ。管理された木々が茂り、季節を問わない色とりどりの花々に飾られるそこは、その国の女王のお気に入りだった。
「さて、お茶もすっかり冷めちゃったことだし、これだけ飲み切ったら今日の訓練に行きましょうか」
件の女王、アルティカは紅色の茶の入った白いティーカップを揺らしながら言う。はっきりと感じられる筈の香りは既にない。
「そうですね」
短く返した翔の声に以前のような光は無い。目的の見えないままにただ惰性で訓練を続けていると、聞くものが聞けば容易に読み取れる彼の様子に、アルティカは少し困ったような笑みを浮かべた。
そんな雰囲気を纏っているのは、翔だけではない。彼の幼馴染であり、恋人でもある舞上陽菜や、冒険者としてパーティーを組んでいる黄葉煉二、羽衣寧音の二人もまた、一種の諦めにも近い心情を隠せていない。
無理もないだろう。唯一にして最大、そして仲間の命と引き換えに手に入れた日本へ帰るための手がかりが、空振りに終わってしまったのだから。
それを理解しているからこそアルティカは何も言わず、侍女に片づけをするよう合図して席を立つ。彼女の愛する孫娘たちが何か吉報を持ってきてくれたらと願いながら、先に行く事を伝えようとして、止めた。
口角の思わず上がってしまうのを自覚しながらもう一度席に着き、不思議そうな顔で見つめてくる少年少女をそのままにしてお茶のお代わりと、新しいカップを一つ用意するように指示を出した。
「アルティカ様、アルジュエロ様をお連れしました」
「ええ、ありがと」
意図的に殿下と付けず呼ばれた彼女は、そのトレードマークとなっている光の加減で青くも見える白銀色の髪を靡かせ、アメジストの瞳に微笑みを浮かべて久しぶりね、と鋭い牙の覗く口元を動かした。いつもの黒を基調としたドレスが陽菜すら霞む美貌を映えさせる。同じく絶世の美女と名高い『森妖精族』の女王と並ぶと、一枚に切り抜かれた絵画のようで、翔たちは一瞬惚けてしまった。
「あ、久しぶりです、アルジェさん」
慌てて立ち上がり、そう返すこげ茶に近い黒髪の少年に、アルジェはクスクスと笑う。陽菜に全ての愛を注ぐ彼ですらこれなのだから、その強さと相まって彼女が一部の地域で神格化されているのも分かる話だ。
翔と彼に倣った三人を座らせ、自分も空いている席に腰を下ろす。
「それで、調子はどう?」
湯気の立ち昇るカップに口を付けてからアルジェは頷いた。
「そう、ですね……」
師に対して事実を言うのは後ろめたい気もして、翔は少し、言い淀んだ。同じ思いを抱いているのか、煉二は視線を落とし、眼鏡の奥に表情を隠す。寧音でさえ、それは同じだった。
「なんていうか、私たち、どうしたらいいかよく分からなくなっちゃってて……」
恋人の言葉を引き継ぎながら、陽菜は濡れ羽色の長髪を弄ぶ。
視線を向けたアルティカが首を横に振るのを見て、アルジェは仕方ないわねと呟いてから注意を引くように両の手を合わせて音を鳴らした。
「私がここに来たのは、他の【調停者】たちに聞いた話を伝えるためよ」
そう言われても、翔たちのアルジェへ向ける視線には諦観ばかりが見える。期待もあるにはあるが、申し訳程度だ。
「あなた達に伝えた心当たりの内、『竜魔大樹海』の龍と『鬼神族』、『吸血族』の三人は何も知らなかったわ」
その僅かばかりの期待もこうして裏切られ、彼らの表情を影ばかりが覆った。
――地球に帰る方法なんて、どこにもないのかもしれないなぁ……。
この世界で最も真理や神に近い位置にいる【調停者】たちが知らなかったのだ。翔がそう考えてしまっても無理はない。庭の花々も心なしか、灰色がかったように見えて、無意識に口に運んだお茶の味もよく分からない。机の下で握った陽菜の手の熱ばかりが、温かく鮮明に感じられた。アルジェの話を聞いて、互いに求め合ってしまった二人の手は、切れてしまいそうな糸を辛うじて繋ぎとめている。
――これからは、どこか住む場所を探しながら旅するのもいいかもね。祐介との約束もあるし。
翔の口から溜め息が漏れる。
ふと彼が視線を動かすと、寧音はカップを両手で抱えたまま俯き、煉二は腕を組んで視線だけを落としていた。
「まあ、最後まで聞きなさい。もう一か所あるでしょう? 私の伝えた心当たりは」
ハッとなって、翔は視線を上げる。同じように動いた三つの気配。
「『龍王大火山』の主が知ってるそうよ、元の世界に帰る方法」
アルジェがにやりと、彼女の妹のスズネがそうするように、悪戯っぽく笑った。
「さて、お茶もすっかり冷めちゃったことだし、これだけ飲み切ったら今日の訓練に行きましょうか」
件の女王、アルティカは紅色の茶の入った白いティーカップを揺らしながら言う。はっきりと感じられる筈の香りは既にない。
「そうですね」
短く返した翔の声に以前のような光は無い。目的の見えないままにただ惰性で訓練を続けていると、聞くものが聞けば容易に読み取れる彼の様子に、アルティカは少し困ったような笑みを浮かべた。
そんな雰囲気を纏っているのは、翔だけではない。彼の幼馴染であり、恋人でもある舞上陽菜や、冒険者としてパーティーを組んでいる黄葉煉二、羽衣寧音の二人もまた、一種の諦めにも近い心情を隠せていない。
無理もないだろう。唯一にして最大、そして仲間の命と引き換えに手に入れた日本へ帰るための手がかりが、空振りに終わってしまったのだから。
それを理解しているからこそアルティカは何も言わず、侍女に片づけをするよう合図して席を立つ。彼女の愛する孫娘たちが何か吉報を持ってきてくれたらと願いながら、先に行く事を伝えようとして、止めた。
口角の思わず上がってしまうのを自覚しながらもう一度席に着き、不思議そうな顔で見つめてくる少年少女をそのままにしてお茶のお代わりと、新しいカップを一つ用意するように指示を出した。
「アルティカ様、アルジュエロ様をお連れしました」
「ええ、ありがと」
意図的に殿下と付けず呼ばれた彼女は、そのトレードマークとなっている光の加減で青くも見える白銀色の髪を靡かせ、アメジストの瞳に微笑みを浮かべて久しぶりね、と鋭い牙の覗く口元を動かした。いつもの黒を基調としたドレスが陽菜すら霞む美貌を映えさせる。同じく絶世の美女と名高い『森妖精族』の女王と並ぶと、一枚に切り抜かれた絵画のようで、翔たちは一瞬惚けてしまった。
「あ、久しぶりです、アルジェさん」
慌てて立ち上がり、そう返すこげ茶に近い黒髪の少年に、アルジェはクスクスと笑う。陽菜に全ての愛を注ぐ彼ですらこれなのだから、その強さと相まって彼女が一部の地域で神格化されているのも分かる話だ。
翔と彼に倣った三人を座らせ、自分も空いている席に腰を下ろす。
「それで、調子はどう?」
湯気の立ち昇るカップに口を付けてからアルジェは頷いた。
「そう、ですね……」
師に対して事実を言うのは後ろめたい気もして、翔は少し、言い淀んだ。同じ思いを抱いているのか、煉二は視線を落とし、眼鏡の奥に表情を隠す。寧音でさえ、それは同じだった。
「なんていうか、私たち、どうしたらいいかよく分からなくなっちゃってて……」
恋人の言葉を引き継ぎながら、陽菜は濡れ羽色の長髪を弄ぶ。
視線を向けたアルティカが首を横に振るのを見て、アルジェは仕方ないわねと呟いてから注意を引くように両の手を合わせて音を鳴らした。
「私がここに来たのは、他の【調停者】たちに聞いた話を伝えるためよ」
そう言われても、翔たちのアルジェへ向ける視線には諦観ばかりが見える。期待もあるにはあるが、申し訳程度だ。
「あなた達に伝えた心当たりの内、『竜魔大樹海』の龍と『鬼神族』、『吸血族』の三人は何も知らなかったわ」
その僅かばかりの期待もこうして裏切られ、彼らの表情を影ばかりが覆った。
――地球に帰る方法なんて、どこにもないのかもしれないなぁ……。
この世界で最も真理や神に近い位置にいる【調停者】たちが知らなかったのだ。翔がそう考えてしまっても無理はない。庭の花々も心なしか、灰色がかったように見えて、無意識に口に運んだお茶の味もよく分からない。机の下で握った陽菜の手の熱ばかりが、温かく鮮明に感じられた。アルジェの話を聞いて、互いに求め合ってしまった二人の手は、切れてしまいそうな糸を辛うじて繋ぎとめている。
――これからは、どこか住む場所を探しながら旅するのもいいかもね。祐介との約束もあるし。
翔の口から溜め息が漏れる。
ふと彼が視線を動かすと、寧音はカップを両手で抱えたまま俯き、煉二は腕を組んで視線だけを落としていた。
「まあ、最後まで聞きなさい。もう一か所あるでしょう? 私の伝えた心当たりは」
ハッとなって、翔は視線を上げる。同じように動いた三つの気配。
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