【完結】君の為に翔ける箱庭世界

嘉神かろ

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最終章 君の為に

第95話 課題

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 翔たちの身を乗り出す先で、アルジェはお茶を口に含む。それが落ち着けと言外に言っているものだと察して、彼らも師に倣う。いつの間にか注がれていた温かなお茶からは甘みと苦みの混ざった独特の香りが立ち上り、焦れる少年少女の心を落ち着けた。

「すんなり教えてはくれなかったから、あなた達がまた頑張らないとだけれどね」
「頑張る、ですか」

 繰り返した翔に、ええ、とアルジェは短く返事を返す。

「カルガンシア様はご自分の認められた相手と庇護されてる『龍人族ドラゴニユート』以外には興味を示されないのよねぇ」
「そういう事よ」

 アルティカも『龍王大火山』の主、火竜カルガンシアとは面識があるようで、納得の言葉を漏らす。敬う様な言い回しに、【調停者】にも上下関係があるのだろうかと翔は考えた。
 ――いや、今は条件の方だ。

「それで、条件ってなんですか?」
「彼の庇護するグローリエル帝国で帝位簒奪を目論む革命軍を止める事、ですって」

 翔たちが固まってしまったのも仕方がない。帝国の革命軍ということは、帝国軍と百年以上に渡って争っている相手だ。大火山行きを避けていた理由である内戦の原因である。つまり、翔たちの寿命よりも長い間続く内戦を止めろと言っているに等しいのだ。

「また、無理難題ね……。確かにあの国の存続を考えたら、穏健派の現皇帝が倒されるのは望ましくないけれど」

 眉根を寄せるアルティカにアルジェは一つ頷いて同意を示し、翔たちへ視線を戻す。

「彼が条件に出してきたってことは、そうなる可能性が十分にあると言う事ね。そうなったら、また侵略戦争を始めて返り討ち、ってわけよ」

 まああなた達には然程関係のない話だけれど、そう付け加えて、青年と呼ばれる年頃になった少年たちの顔を見回す。

「まあ戦えなんて言われるよりはマシかしら」

 難題どころじゃないわ、と続けたアルジェに今度はアルティカが同意を返した。

「何にせよ、何かを得たいならそれ相応の対価が必要って事ね。どうする? 別の手がかりを探す?」

 どちらでも良いといった様子で再びお茶に口をつける師に、翔たちは互いの顔を見合わせ、すぐに彼女へ向き直った。答えなど、初めから決まっている。

「やります」
「そう言うと思ったわ。今日の間に準備を済ませておきなさい。明日、帝国の国境まで送ってあげるわ」

 いつもの柔らかな笑みで告げるアルジェに、翔たちは強く返事を返し、席を立った。

 準備をすると言っても、消耗品の補充をする以外は〈ストレージ〉から出しておいた物を仕舞うだけで完了する。その補充の必要な消耗品もそれなりに栄えたセフィロティアの街へ三十分ほど出れば揃ってしまう程度の量だ。翔たちは夕食までには全ての用意を済ませ、十分な休息をとった上で翌日に備えた。
 
 そして翌朝。
 城の談話室でアルジェの来るのを待つ彼らは、昨日までの冷え切った目はしていない。光を灯した瞳が落ち着いた調度の部屋を明るく照らしている。かといって力の入り過ぎているという事もなく、部屋の中央付近に陣取る翡翠色のソファにもたれ掛かって帝国はどんな場所だろうかと会話に花を咲かせる余裕もあった。
 そんな翔たちを部屋の隅にある一人掛のソファからそっと見守っていたアルティカは、ふと何かに気が付いたように視線を明後日の方へ向けると、飲んでいたお茶を小さな木のテーブルに置いた。

「アルジェちゃん、来たみたいね」

 そう言われて気配を探ってみる翔だが、彼にはまだ分からない。初めて会った時には態と発せられていた途轍もない魔力や気配を完全に制御する師に、改めて畏敬の念を抱く。と同時に、その師を捉えたアルティカもやはり師の同類、絶対強者の一人なのだと実感した。

「さて、アルジェちゃんが来る前に一つだけ話しておこうかしらね」

 アルティカはそう言って翔と陽菜に目を向けた。言うかは迷ったのだけれど、と言うその目は思った以上に真剣で、知らず知らずのうちに二人は姿勢を正す。

「翔君、陽菜ちゃん。あなた達はもう少し自立した方がいいわね」
「自立、ですか……?」

 きょとんとして翔は聞き返した。それから、やっぱり自覚してなかったのね、とため息を吐かれて陽菜の方を見ると、彼女はアルティカをじっと見つめ返していた。煉二や寧音を見ても、困惑をしている様子は見られなくて、何も分かっていないのは自分だけだと知った。特に煉二の視線には呆れが見えて、彼は少し不安になる。

「真っ直ぐなのは良いけれど、今のままじゃ、きっと、失うものが多すぎる」

 翔の瞳が揺れ動く。
 彼女の言いたいことが、漸く分かったのだ。
 真っ先に思い浮かんだのは、つい先日の『クレド迷宮』攻略中の一件。陽菜を一時奪われてしまったことで自分が何をしたのか。
 ――法王国の時もそうだ。不安になって、焦って、皆を危険にさらした。あの時だって、何か一つ間違えたら、煉二や寧音が死んでいてもおかしくなかった。

 祐介ゆうすけ朱里あかりのようにと、そう考えそうになって、止める。

「アルジェさん達みたいには、なれませんか?」

 そう問うたのは陽菜だ。

「そうね、無理とは言わないけれど、難しいわ」

 アルジェ達グラシア姉妹も互いに強く依存している。それは、この場にいる誰もが、そして姉妹たち自身もよく分かっていた。だから陽菜も聞いたのだが、その答えは彼女の願いには沿わない。

「あの子たちがあのままで守りたいものを守ってこれたのは、その強さもあるけれど、殆ど完璧に自分たちの心をコントロールしていたからよ。でもそれは長い時間をかけてつちかった技術。あなた達が今から訓練をしたとして、直ぐにどうこうできるとは思えないわ」

 陽菜も頭では分かっていたのだろう。食い下がることもなく、そうですかと弱々しい声で返して手元のお茶へ視線を落とした。
 ――でも、だからって、どうすればいいんだろう……。

 聞いたところで答えは返ってくるのだろうか。そんな疑問と共に、翔は残っていたお茶を飲み干す。入口の扉が開いたのは、そんな時だった。

「待たせたわね。……あら、取り込み中だったかしら?」
「ちょうど終わったところ。アルジェちゃんもお茶、飲んでいく?」

 もうこれ以上話すことは無いとばかりにアルティカはアルジェへ笑顔を向けた。

「いいえ、止めておくわ。待たせておいてなんだけれど、早く行った方が良いでしょうから」
「あらそ。それじゃあ四人とも、気を付けて行ってらっしゃい」

 結局答えの見つけられないまま、翔たちはエルフの女王に見送られる事となった。

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