117 / 126
最終章 君の為に
第117話 黄昏は影を重ねる
しおりを挟む
㉔
夜営としては明らかに豪華な昼食を終えた翔達はすぐに準備を整え、カイル達の後を追った。何事も無ければ皇帝を送り出す頃に追い付く。
幹部会で聞いた通りの作戦なら、皇帝を送り出した後、ウズペラの襲撃をカイル達に気付かれた場合の足止めを毒島たちがする筈だった。そこが毒島を説得する最後のチャンスだ。
「聞いていた以上に足場が悪いな」
「うん、気を付けないと、落ちたらまず助からない」
赤黒い岩肌の露出した尾根を一列で歩きながら、翔は左右の崖下を覗き込む。ただでさえ狭い上、煉二の言うように足元には大小さまざまな岩が転がっており歩きづらい。周囲にはいくつも水蒸気の結露した煙が立ち昇り、煮えたぎる溶岩が溜まって池を作っている場所もあった。
「魔物が襲ってこないのが救い、かな?」
「ですねー」
陽菜の言葉に寧音が周囲を見渡す。飛行能力のある魔物なら襲ってきてもおかしくはない筈だが、そこはもう火龍の領域なのか、魔物の影一つ見えない。いや、彼らの察知系スキルは竜種と思われる魔物の気配を確かに捉えてはいた。
――示しの儀中は襲ってこないとかかな? 分からないけど、警戒は続けておこう。
今いるような大人二人が辛うじて並べるくらいの足場でSランク級の魔物に襲われては、たまったものではない。
油断のならない状況が続く。熱さと緊張で汗が滲み、集中力と体力を奪う。装備の効果で気候の影響は殆ど受けないはずだが、火龍の力が影響しているのか、茹るような熱さが翔達をつかんで離さない。
――思った以上にきつい。正直、嘗めてたかも。
革命軍や毒島の事などに気を取られて忘れていた翔だが、今彼らがいるのは魔境と呼ばれる場所の一つだ。簡単に人の行き来できぬ領域である。だからこそ長年の間、革命軍は騎士団の目から逃れ続けられた。
後ろから仲間たちの呼吸音が聞こえてくる意味を意識しながら、それでも足は止めない。
無言で歩き続ける事、一時間ほど。尾根の終わりが見えてきた。ほっと息を吐くと共に、自然と歩みは早くなる。
尾根の先は小さな広場となっており、その向こうに絶壁に挟まれた小道が続いていた。
「一旦ここで休憩にしようか。カイルさんたちもここで休憩してたみたいだし」
翔は小道側の隅にある跡へ目を向ける。
他三人の息を吐く音が重なった。誰もが疲れを見せており、特に体力で劣る寧音は若干肩で息をしている。次に疲労が強いのは煉二か。
――やっぱりみんな、このプレッシャーの中進むのは辛いよね。
山頂にある火口の方から感じる強い気配。龍神として『龍人族』たちに崇められる存在に相応しい、圧倒的なまでの強者の威圧感。かつて二度ほど体験した事のあるそれは、出所に近づくほどに強烈になって彼らに圧し掛かっていた。
各々が楽な体勢をとり、寧音が火龍の魔力の影響を少しでも抑える為に結界を張ろうとする、その時だった。
小道の先から甲高い金属音が響いた。反響して正確な距離は分からないが、遠くないように思える。
翔達は目つきを鋭くして顔を見合わせると、誰からともなく走り出した。
曲がりくねった細い小道を、時に壁を蹴って疾走する。急激に高まる圧力で感じる息苦しさは無視せざるを得ない。
――これは、急いだほうがよさそう。
風に紛れる血の匂いと、見知った幾つかの気配が弱まっていくのを感じて、さらに足に力を籠める。
やがて怒号がはっきりと意味を伴って聞こえた。声の主は、目前の角を曲がった先だ。
「っ!? 止まって!」
〈直観〉が鳴らした警笛に従って急停止しようとするが、殆ど全力で翔けていた勢いはすぐには無くならない。固い赤岩の地面に数メートルの跡が残る。
「ち、流石に食らわないか」
「毒島……」
翔は小道の出口を覆う無色の毒霧を風の魔法で吹き飛ばし、少し先の岩に腰かけてこちらを睥睨してくる毒島を見つめる。片膝を上げて抱え、右手をこちらに伸ばす彼の目は、忌々し気だ。
「カケル、か……。不甲斐ない所を、見せてしまったな……」
彼らに挟まれる位置で、カイルが息も絶え絶えに言う。片膝を突いており、剣で支えてどうにか起きている状態だ。なだらかに下る周囲を見れば、騎士団の副団長や他の革命軍幹部達が倒れ伏していた。
――良かった、皆まだ息がある。
ピクリとも動かない彼らだが、スキルがその生存を教えてくれる。
「寧音、皆の治療をお願い」
「革命軍の人たちもですか?」
「うん」
火口への道を塞ぐ毒島からは目を反らさない。彼が妨害行動に出るようであれば、即座に止めるつもりだった。
「心配すんなって、思導。なんもしやしねぇよ。俺だって無駄な殺しはする気がない」
毒島はそう言って肩をすくめる。
「ああ、でもそこの騎士団長だけはやめてくれよ? 俺の毒を食らった状態で他のやつら全員をノしちまう化け物の相手なんざ、そう何度もしたくないんでな」
黒く濁った紫の荊が、檻のようになってカイルを囲む。彼のユニークギフトが生み出した猛毒の荊だ。今のカイルに内側から破る力はなく、外から破るには彼を巻き込んでしまう。毒島の嗜虐心故なのか、荊の隙間からは苦しむカイルの様子がよく見えた。
「カイルさん以外の治療は終わりましたー。副団長さんと近くにいた革命軍の人には〈天衣抱擁〉を使う事になっちゃいましたけどー」
「さすが羽衣さん。俺の毒をもう治しちまったのか。まあ、そいつらはいいか」
毒島はカイル以外気にも留めていないようで、それが、翔の胸を締め付ける。
「タブルさん達を巻き込んだのは、そうするしかなかったのか……?」
「いいや? 単にその方が早かっただけだ」
どうしてと、そう叫びたかった。だが激高が良い結果を生まない事は嫌というほど知っている。今回は、どうにか抑えることが出来た。
同時に気が付く。
――皇帝陛下がいない?
「カイルさん、皇帝陛下はどちらに?」
「陛下は、先へ行かれた……。多少の毒を受けられてしまったようだが、陛下ならば問題あるまい」
息苦しそうに言うカイルの言葉は、決して良い知らせではなかった。翔は血相を変え、仲間たちに叫ぶ。
「追うよ! ウズペラさんが待ち伏せている筈だ!」
「なっ……!? ヤツならばそこに……!?」
カイルの驚愕する声の意味を問う暇は与えられない。
飛来した毒の矢たちに回避を余儀なくされる。
「バラスんじゃねぇよ」
調合すんのけっこう大変だったんだぜと毒島は嘆息してみせる。気安い、日本にいた頃のような態度だが、向けられているのは紛れもない殺意だ。それを示すように地面に突き刺さった毒の矢が紫煙を上げて地面を溶かす。
――くそ、どうにかして追いかけないと、カイルさんの話通りならマズい!
「陽菜、煉二、俺が隙を作る」
「ああ、分かった」
「……翔君、無理はしないでね」
毒島に聞こえないよう小さくつぶやいた声を魔法で届けながら策を練る。
「寧音、カイルさんの解毒、どれくらい必要?」
「そうですねー、あの檻を壊した余波に耐えられるくらいでいいなら、二、三分ですかねー?」
「了解、頼んだよ」
やるべき事は決まった。
その為にする事も。
――いや、そもそも最初からやるって決めてた事だ。
緊張が気付かれないようにこっそりと息を深く吐く。
寧音が魔力を隠蔽しながらの治療を始めた。
――よし!
「毒島、前に、まだ遅くないって言ったよね?」
「……」
毒島は何も言わない。
「今でも変わらない。まだ、遅くない」
ゆっくり、紡ぐように、旧友の心に届くように、翔は語り掛ける。
これで上手くいけば、彼を助けられるうえに隙を作るまでもなく皇帝を追いかけることが出来る。
「今こっちに来てくれたら、少しの間捕まってるだけで済む。そう皇帝陛下も約束してくれた。だから――」
「行かねえつってんだろ」
低く、重い声だった。
以前説得を試みた時ですら聞かなかったようなその声に、翔は思わず口を開けたまま固まってしまう。
「ああ、確かにお前に付いて行けば悪いようにはならねえだろうさ。だがよ、それで俺は何になれる?」
助けたかった友の瞳には、暗い炎が揺れ、そこに映る己を焼いている。翔は口を固く閉じ、視線を下げてしまった。
「俺は、英雄になりたかった。主人公になりたかった! 思導、お前のような!!」
毒島の慟哭が翔の胸を抉る。
空いた左手が、陽菜を求めて彷徨った。
「このままウズペラさんについて行けば成れるんだ! あの人は俺に言ってくれた。皇帝になれば、俺を英雄にしてやれる権力が手に入るって。だから思導、俺は、お前の手は取らない。お前の物語のモブじゃない。俺の物語の主人公になる」
完全な拒絶だった。
毒島の英雄願望は知っていた。だが、これほどまでに強い思いだとは知らなかった。
助けようと伸ばした手が、嫉妬の炎で焼き払われる。
「毒、島……」
返す言葉が見つからない。弱弱しく呟かれた友だった筈の者の名は、今なおそこにある絶対強者の威圧に潰されて消える。
「待って、くれ、ショウエイ……」
翔が唇を噛みしめていると、愕然としたような声が聞こえた。
「ウズペラさんは、自分の権力の為に、革命を起こそうとしていた、のか……?」
岩にもたれ掛かったタブルが瞳を小さくして、問いかける。信じられないといった様子なのは、アメリアを始めとする他の幹部たちも同様だった。
「ちっ、余計な事まで言っちまった。ああ、そうだよ。ウズペラさんは自分が皇帝になりたかっただけだ。『龍人族』としての誇りとか、んなもん考えちゃいねーよ」
タブル達を見下ろす毒島の視線は、蔑みに満ちている。お前たちは利用されていただけなのだと、やけ気味に突きつけ、その苛立ちを、鬱憤を、晴らそうとしているようだった。
「そん、な……。じゃあ、死んでいった皆は……」
「無駄死になんじゃね? 知らねーけど」
棘を隠そうともしない毒島の言葉は、返答を受けたアメリアを放心させるには十分で、彼女はがっくりと項垂れる。
「毒島、もういい。それ以上は、言わなくていい。止めてくれ」
「なんだよ、思導。また、お前の物語にする気か?」
毒島の声が一層低くなる。
「違う」
「お前がどう思おうと、それはお前が主人公の物語だ」
翔の剣を握る手に、力が籠った。
「……ああ、分かったよ。そうだよな、主人公なら、こういう時勝つもんな」
不意に毒島は天を仰ぎ見て、呟く。
「なあ、思導。俺と戦え。お前が勝てば、俺も協力してやるよ」
毒島の向ける片刃の剣の切先が、翔の視線とぶつかった。翔は一度深く呼吸をして、ゆっくりと剣を抜く。漆黒の鞘から引き抜かれた純白の剣身が、噴煙で曇った空を映した。
「分かった。戦おう」
静かで、強い声だった。
己を射貫く様な翔の視線に、毒島は一瞬たじろいだ様な様子を見せる。それは間違いなく、毒島の知らない、神々の箱庭で培われた翔の一面だ。
「乗り気じゃねぇか」
「こうなるかもって、覚悟はしてたから」
真剣な面持ちのままに翔は言う。
「……くそっ」
吐き捨てるように言って、毒島は剣を構えなおした。
夜営としては明らかに豪華な昼食を終えた翔達はすぐに準備を整え、カイル達の後を追った。何事も無ければ皇帝を送り出す頃に追い付く。
幹部会で聞いた通りの作戦なら、皇帝を送り出した後、ウズペラの襲撃をカイル達に気付かれた場合の足止めを毒島たちがする筈だった。そこが毒島を説得する最後のチャンスだ。
「聞いていた以上に足場が悪いな」
「うん、気を付けないと、落ちたらまず助からない」
赤黒い岩肌の露出した尾根を一列で歩きながら、翔は左右の崖下を覗き込む。ただでさえ狭い上、煉二の言うように足元には大小さまざまな岩が転がっており歩きづらい。周囲にはいくつも水蒸気の結露した煙が立ち昇り、煮えたぎる溶岩が溜まって池を作っている場所もあった。
「魔物が襲ってこないのが救い、かな?」
「ですねー」
陽菜の言葉に寧音が周囲を見渡す。飛行能力のある魔物なら襲ってきてもおかしくはない筈だが、そこはもう火龍の領域なのか、魔物の影一つ見えない。いや、彼らの察知系スキルは竜種と思われる魔物の気配を確かに捉えてはいた。
――示しの儀中は襲ってこないとかかな? 分からないけど、警戒は続けておこう。
今いるような大人二人が辛うじて並べるくらいの足場でSランク級の魔物に襲われては、たまったものではない。
油断のならない状況が続く。熱さと緊張で汗が滲み、集中力と体力を奪う。装備の効果で気候の影響は殆ど受けないはずだが、火龍の力が影響しているのか、茹るような熱さが翔達をつかんで離さない。
――思った以上にきつい。正直、嘗めてたかも。
革命軍や毒島の事などに気を取られて忘れていた翔だが、今彼らがいるのは魔境と呼ばれる場所の一つだ。簡単に人の行き来できぬ領域である。だからこそ長年の間、革命軍は騎士団の目から逃れ続けられた。
後ろから仲間たちの呼吸音が聞こえてくる意味を意識しながら、それでも足は止めない。
無言で歩き続ける事、一時間ほど。尾根の終わりが見えてきた。ほっと息を吐くと共に、自然と歩みは早くなる。
尾根の先は小さな広場となっており、その向こうに絶壁に挟まれた小道が続いていた。
「一旦ここで休憩にしようか。カイルさんたちもここで休憩してたみたいだし」
翔は小道側の隅にある跡へ目を向ける。
他三人の息を吐く音が重なった。誰もが疲れを見せており、特に体力で劣る寧音は若干肩で息をしている。次に疲労が強いのは煉二か。
――やっぱりみんな、このプレッシャーの中進むのは辛いよね。
山頂にある火口の方から感じる強い気配。龍神として『龍人族』たちに崇められる存在に相応しい、圧倒的なまでの強者の威圧感。かつて二度ほど体験した事のあるそれは、出所に近づくほどに強烈になって彼らに圧し掛かっていた。
各々が楽な体勢をとり、寧音が火龍の魔力の影響を少しでも抑える為に結界を張ろうとする、その時だった。
小道の先から甲高い金属音が響いた。反響して正確な距離は分からないが、遠くないように思える。
翔達は目つきを鋭くして顔を見合わせると、誰からともなく走り出した。
曲がりくねった細い小道を、時に壁を蹴って疾走する。急激に高まる圧力で感じる息苦しさは無視せざるを得ない。
――これは、急いだほうがよさそう。
風に紛れる血の匂いと、見知った幾つかの気配が弱まっていくのを感じて、さらに足に力を籠める。
やがて怒号がはっきりと意味を伴って聞こえた。声の主は、目前の角を曲がった先だ。
「っ!? 止まって!」
〈直観〉が鳴らした警笛に従って急停止しようとするが、殆ど全力で翔けていた勢いはすぐには無くならない。固い赤岩の地面に数メートルの跡が残る。
「ち、流石に食らわないか」
「毒島……」
翔は小道の出口を覆う無色の毒霧を風の魔法で吹き飛ばし、少し先の岩に腰かけてこちらを睥睨してくる毒島を見つめる。片膝を上げて抱え、右手をこちらに伸ばす彼の目は、忌々し気だ。
「カケル、か……。不甲斐ない所を、見せてしまったな……」
彼らに挟まれる位置で、カイルが息も絶え絶えに言う。片膝を突いており、剣で支えてどうにか起きている状態だ。なだらかに下る周囲を見れば、騎士団の副団長や他の革命軍幹部達が倒れ伏していた。
――良かった、皆まだ息がある。
ピクリとも動かない彼らだが、スキルがその生存を教えてくれる。
「寧音、皆の治療をお願い」
「革命軍の人たちもですか?」
「うん」
火口への道を塞ぐ毒島からは目を反らさない。彼が妨害行動に出るようであれば、即座に止めるつもりだった。
「心配すんなって、思導。なんもしやしねぇよ。俺だって無駄な殺しはする気がない」
毒島はそう言って肩をすくめる。
「ああ、でもそこの騎士団長だけはやめてくれよ? 俺の毒を食らった状態で他のやつら全員をノしちまう化け物の相手なんざ、そう何度もしたくないんでな」
黒く濁った紫の荊が、檻のようになってカイルを囲む。彼のユニークギフトが生み出した猛毒の荊だ。今のカイルに内側から破る力はなく、外から破るには彼を巻き込んでしまう。毒島の嗜虐心故なのか、荊の隙間からは苦しむカイルの様子がよく見えた。
「カイルさん以外の治療は終わりましたー。副団長さんと近くにいた革命軍の人には〈天衣抱擁〉を使う事になっちゃいましたけどー」
「さすが羽衣さん。俺の毒をもう治しちまったのか。まあ、そいつらはいいか」
毒島はカイル以外気にも留めていないようで、それが、翔の胸を締め付ける。
「タブルさん達を巻き込んだのは、そうするしかなかったのか……?」
「いいや? 単にその方が早かっただけだ」
どうしてと、そう叫びたかった。だが激高が良い結果を生まない事は嫌というほど知っている。今回は、どうにか抑えることが出来た。
同時に気が付く。
――皇帝陛下がいない?
「カイルさん、皇帝陛下はどちらに?」
「陛下は、先へ行かれた……。多少の毒を受けられてしまったようだが、陛下ならば問題あるまい」
息苦しそうに言うカイルの言葉は、決して良い知らせではなかった。翔は血相を変え、仲間たちに叫ぶ。
「追うよ! ウズペラさんが待ち伏せている筈だ!」
「なっ……!? ヤツならばそこに……!?」
カイルの驚愕する声の意味を問う暇は与えられない。
飛来した毒の矢たちに回避を余儀なくされる。
「バラスんじゃねぇよ」
調合すんのけっこう大変だったんだぜと毒島は嘆息してみせる。気安い、日本にいた頃のような態度だが、向けられているのは紛れもない殺意だ。それを示すように地面に突き刺さった毒の矢が紫煙を上げて地面を溶かす。
――くそ、どうにかして追いかけないと、カイルさんの話通りならマズい!
「陽菜、煉二、俺が隙を作る」
「ああ、分かった」
「……翔君、無理はしないでね」
毒島に聞こえないよう小さくつぶやいた声を魔法で届けながら策を練る。
「寧音、カイルさんの解毒、どれくらい必要?」
「そうですねー、あの檻を壊した余波に耐えられるくらいでいいなら、二、三分ですかねー?」
「了解、頼んだよ」
やるべき事は決まった。
その為にする事も。
――いや、そもそも最初からやるって決めてた事だ。
緊張が気付かれないようにこっそりと息を深く吐く。
寧音が魔力を隠蔽しながらの治療を始めた。
――よし!
「毒島、前に、まだ遅くないって言ったよね?」
「……」
毒島は何も言わない。
「今でも変わらない。まだ、遅くない」
ゆっくり、紡ぐように、旧友の心に届くように、翔は語り掛ける。
これで上手くいけば、彼を助けられるうえに隙を作るまでもなく皇帝を追いかけることが出来る。
「今こっちに来てくれたら、少しの間捕まってるだけで済む。そう皇帝陛下も約束してくれた。だから――」
「行かねえつってんだろ」
低く、重い声だった。
以前説得を試みた時ですら聞かなかったようなその声に、翔は思わず口を開けたまま固まってしまう。
「ああ、確かにお前に付いて行けば悪いようにはならねえだろうさ。だがよ、それで俺は何になれる?」
助けたかった友の瞳には、暗い炎が揺れ、そこに映る己を焼いている。翔は口を固く閉じ、視線を下げてしまった。
「俺は、英雄になりたかった。主人公になりたかった! 思導、お前のような!!」
毒島の慟哭が翔の胸を抉る。
空いた左手が、陽菜を求めて彷徨った。
「このままウズペラさんについて行けば成れるんだ! あの人は俺に言ってくれた。皇帝になれば、俺を英雄にしてやれる権力が手に入るって。だから思導、俺は、お前の手は取らない。お前の物語のモブじゃない。俺の物語の主人公になる」
完全な拒絶だった。
毒島の英雄願望は知っていた。だが、これほどまでに強い思いだとは知らなかった。
助けようと伸ばした手が、嫉妬の炎で焼き払われる。
「毒、島……」
返す言葉が見つからない。弱弱しく呟かれた友だった筈の者の名は、今なおそこにある絶対強者の威圧に潰されて消える。
「待って、くれ、ショウエイ……」
翔が唇を噛みしめていると、愕然としたような声が聞こえた。
「ウズペラさんは、自分の権力の為に、革命を起こそうとしていた、のか……?」
岩にもたれ掛かったタブルが瞳を小さくして、問いかける。信じられないといった様子なのは、アメリアを始めとする他の幹部たちも同様だった。
「ちっ、余計な事まで言っちまった。ああ、そうだよ。ウズペラさんは自分が皇帝になりたかっただけだ。『龍人族』としての誇りとか、んなもん考えちゃいねーよ」
タブル達を見下ろす毒島の視線は、蔑みに満ちている。お前たちは利用されていただけなのだと、やけ気味に突きつけ、その苛立ちを、鬱憤を、晴らそうとしているようだった。
「そん、な……。じゃあ、死んでいった皆は……」
「無駄死になんじゃね? 知らねーけど」
棘を隠そうともしない毒島の言葉は、返答を受けたアメリアを放心させるには十分で、彼女はがっくりと項垂れる。
「毒島、もういい。それ以上は、言わなくていい。止めてくれ」
「なんだよ、思導。また、お前の物語にする気か?」
毒島の声が一層低くなる。
「違う」
「お前がどう思おうと、それはお前が主人公の物語だ」
翔の剣を握る手に、力が籠った。
「……ああ、分かったよ。そうだよな、主人公なら、こういう時勝つもんな」
不意に毒島は天を仰ぎ見て、呟く。
「なあ、思導。俺と戦え。お前が勝てば、俺も協力してやるよ」
毒島の向ける片刃の剣の切先が、翔の視線とぶつかった。翔は一度深く呼吸をして、ゆっくりと剣を抜く。漆黒の鞘から引き抜かれた純白の剣身が、噴煙で曇った空を映した。
「分かった。戦おう」
静かで、強い声だった。
己を射貫く様な翔の視線に、毒島は一瞬たじろいだ様な様子を見せる。それは間違いなく、毒島の知らない、神々の箱庭で培われた翔の一面だ。
「乗り気じゃねぇか」
「こうなるかもって、覚悟はしてたから」
真剣な面持ちのままに翔は言う。
「……くそっ」
吐き捨てるように言って、毒島は剣を構えなおした。
0
あなたにおすすめの小説
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!
ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる