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最終章 君の為に
第121話 曙に
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㉘
二度目の登山は想定していたよりもスムーズに進んだ。騎士団に同行した時と違って少人数である為、魔物に襲われる頻度は増えた。しかしそれは想定していた範囲であり、道を知っているという有利の方が大きく働いたのだ。
少数の身軽さもあり、結果として入山から二日目の夕方には皇帝が儀式の際にただ一人進む道にまで来ていた。
カルガンシアのプレッシャーの強い場所ではあるが、翔達は今日その狭い谷間の道の半ば程で夜営をする事にする。他に夜営に適した場所となると翔の心理的負荷が大きすぎると三人の判断した結果だった。
「ごめん、皆」
道中を思い、翔は俯く。〈心果一如〉の出力が安定しなかったが為に、何度か仲間を危険にさらしかけてしまったのだ。足手まといには辛うじてなっていないが、一歩間違えれば、陽菜にすら大けがを負わせてしまっていたかもしれなかった。
「謝るな。承知の上だ」
いつものカレーを取り出しながらフォローをする煉二だが、それがより一層、翔を居た堪れなくさせる。彼の内心が伝わってしまったのか、サンドイッチを取り出した翔から煉二は気まずげに顔を背けた。
「それよりもー、明日の事ですー! 朝一番で殴り込みをかけるんですからー、そんなうじうじしてたらダメですよー?」
「殴り込みって……」
呆れたように言う翔だが、内心では己の不甲斐なさに忸怩たる思いを抱いていた。
そんな精神状態でユニークギフトをコントロール出来るはずがない。特に彼のソレは精神の状態に強い影響を受けるのだから、猶更だ。
その事実がより焦燥感を煽って、彼の心に波を立てる。
うねる胸の内の波を沈めようとして、翔はつい、陽菜に視線を向けてしまった。
しかし彼女は、何も言わない。
何かを言いたそうにしてはいるのだ。しかし同時に、それが彼女の口から発せられることは無いという事が、分かってしまった。
沈めようとした波は、大きな岩を投げ込まれてより一層、大きくなってしまった。
――どうしたら、いいのかな……。
このまま考えていても答えが突然に降って来ることは無いと、翔は何となく気が付いている。それでも思考の泥沼の中で足掻くことしかできない。ただ時間ばかりが過ぎていき、気が付くと、サンドイッチは手の中から消えていた。その重みは、彼の思ったよりも重く胸にのしかかる。
「良いから一度寝ろ、翔」
そんな彼の様子を見かねてか、煉二が言った。
「そうですよー! 火龍カルガンシアは強いのが好きらしいですからー、もしかしたら戦いになるかもしれませんよー?」
寧音にまでそう言われて、瞳が揺れた。
「そう、だね……」
カルガンシアとの戦闘は翔も考えていたことだ。素直に頷いて、先に見張り番をする煉二たちより一足先に横になる。しかし沼の底へ落ち続けていく思考を止めることは出来ない。
結局彼が寝付けたのは、二つの陽のすっかり沈んだ頃だった。
翔と陽菜が見張りを引き継いで数時間。東の空から一筋の光が漏れ出して、大火山に色を齎した。同時に、眠っていた煉二と寧音が目を覚ます。強烈なプレッシャーの中では流石に深く眠れなかったのか、二人とも眠たげだ。
そんな二人に温めたスープを手渡してから、翔はこっそり溜息を吐いた。結局、見張りを行っている間ずっと、彼の中の不安は拭えないままだった。陽菜とも一切口をきけていない。
朝食後、四人はすぐに出発した。
どうすればいいのか分からないまま、時間は更に過ぎていく。
せめて索敵には集中しようと警戒しながら進み続けた。
進むほどに先から感じる圧力は強くなり、四人の心を、身体を押しつぶそうとしてくる。
かつて師から受けたのと同じく試すような、しかし比べ物にもならない程の重圧。今の翔達には分かる。彼女は、当時の翔たちに合わせて加減してくれていたのだと。
強者を尊び、翔達が己ら【調停者】にすら叶えるに及ばないその目的を果たすに足るかを見極めようとしている彼の者に、そんな意思がある筈はない。未だ姿の見えぬ所にあって尚物理的に圧し潰されかねない程の存在感を彼らにぶつけてくる。
熱さだけでは説明のできない量の汗と疲労感。紛れもない強者にまで成長した彼らでさえ顔を歪めてしまう。
足を無理やりにでも前に出し続け、形無き激流を掻き分け続ける事一時間。
彼の者は、端の歪む視界の中、しかしはっきりと、翔達の眼前に姿を現した。
「龍神……」
思わず翔は呟いた。格の違いを全身が、魂が感じとる。
彼の龍は、本来であれば日本語的におかしい筈なのに、聳えると、そう表現せざるを得ない威容を身に纏って火口に溢れる溶岩の中に聳え立っていた。
太く長い体躯は溶岩の赤い光を受けてより一層深い紅色に輝く鱗に覆われ、そこから伸びる腕の先では六本の黒く太い爪が重厚な輝きを湛えている。溶岩の内にあってその全容は見えないが、その巨体は龍王大火山の山頂を覆いつくして余りあるだろう。
そんな巨躯を見上げれば、静かに、それでいて激しく燃えるような炎を宿した紅玉の双眸に彼らの姿が映る。溜まらず少し視線を逸らすと、見えるのは劫火のように燃え盛る紅蓮の鬣と、その隙間から伸びる王者が如き貫禄の二本角。枝分かれした角は、幾対かの翼と共に天を突き、己が存在を主張していた。
「来たか」
壮年の男性を思わせるような渋い声。カルガンシアは、その獅子のような相貌を静かに歪める。翔達には龍の表情を判別できないが、恐らくにやりと笑ったのだろう。その口元に鋭い牙の列が覗いた。
「っ! ……はい、あなたの出した条件、革命軍の活動の阻止を成し遂げて、ここまで来ました」
息を整え、返す翔をカルガンシアはじっと睥睨する。翔の喉がゴクリとなった。
「なるほど……」
翔は自分が〈鑑定〉されたのだと分かった。〈直感〉が何かを訴えかけてくるが、それが何か彼には分からない。不安とも違う、何か予感じみた感覚だ。
「よかろう。約定に従い、お前たちの望むモノをやろう」
先ほどまであった朧げな感覚は既に消えた。長らく望み続けた、幾星霜の歳月を掛ける事すら覚悟して探し求めた情報が、もう目前にあるのだ。今その手の内に落ちてこようとしているのだ。四人が高揚しないはずはない。
翔は前のめりになりそうになるのを堪え、続きを待つ。
「原初なる神の一柱を探せ。そして赦しを請え。それがお前たち神の玩具が、死以外でその役目を終えられる唯一の手段だ」
何を言われているのか、翔は上手く理解できなかった。いや、理解することを脳が拒んだ。それでも時間と共に、嫌でも理解してしまう。目の前が真っ暗になったような気がした。
――【管理者】様に会うのでさえ誰が死んでもおかしくなかったのに、原初の神? 今度こそ誰かが死んでもおかしくない! それに、それって前にアルジェさんがまず無理って言ってたやつだよね?
呆然自失としなかっただけ良い方だろう。大事なものをいくつも失って、いくつもの試練を乗り越えてなお手に入らなくて、そして友すら手にかけて漸く、今度こそ確実に掴めたと思ったものが、まず不可能な答えだという現実を突きつけられたのだから。
縋るようにして陽菜を見るが、彼女も沈痛な表情を浮かべ俯いており、ならばこういう時にいつも活路を見出してくれた寧音はと振り向いても、同じ表情が見えるだけだ。その向こうの煉二も顔を歪めるばかり。
二度の喪失の時と同じ空気が四人の間に満ちる。
紛れもない、絶望だった。
――せっかく、帰られると思ったのに……。
「安心しろ」
先ほどと変わらぬ調子の声に翔達は顔を上げる。
「原初なる三柱の内の一柱は、人に紛れ、この箱庭の何処かにいらっしゃる」
僅かな光だ。神々や【調停者】達の箱庭と呼ぶこの世界は、その響きに反して広大だ。今翔たちのいる東大陸だけでもユーラシア大陸が一個半ほど入る広さがある。そんな中から人間のふりをした一柱を探す事の困難は説明するまでもないだろう。
それでもだ。
――それでも、不可能じゃない。
彼らが歩みを止めない理由には、十分だった。
「それだけ分かれば十分です。ありがとうございます」
明らかな光を宿した瞳を真っ直ぐ二つのルビーへ向けて翔は言う。そして踵を返そうとして、止められた。
「確かに、お前たち人間の一生を費やせばいつかは見つけられるかもしれない。最も力を持った神の一柱相手でも、万に一つはあるだろう」
語って聞かせるようなその口調に、翔は彼の自我を見たような気がした。いや、事実そうなのだろう。始めに翔達に向けられていた見定めるような視線は今、好奇に染められて翔を射貫いている。
「砂漠の中に落ちた砂金の一粒を見つけるような話ではあるがな」
「それでも、見つけ出します。そうするしかないんです」
より決意を込めて放たれた言葉に、龍の瞳が愉快気な輝きを強める。
「その砂金の場所を教えてやれるとしたら、どうする?」
傲慢さを隠そうともしないその声は、四人を引き留めるには十分すぎる問いを投げかけた。
翔は心の内で決意を固めつつ、ほんの少しの迷いを振り切ろうと仲間たちを見る。帰ってきたのは二つの首肯。唯一それを返さなかった寧音は真っ直ぐとカルガンシアを見ていた。
「一つ聞かせてくださいー」
「なんだ、女よ」
僅かに温度の下がった目が寧音に向けられる。
「あなたに条件付きで帰還方法を伝えるように言ったのもー、居場所を伝えるように言ったのもー、その原初なる神の一柱さんですかー?」
カルガンシアの瞳にいくらかの熱が戻った。愉快気な雰囲気が翔にも伝わる。
「ほう、よく分かったな。その通りだ。後者は私がお前たちに興味を持てばという条件付きだったがな」
「推測するのに十分な情報はありましたからねー」
寧音からすれば当然の事らしく、表情は変えない。翔が見れば、煉二どころか陽菜まで驚いた様子だった。
――陽菜も分からなかったんだ。寧音、やっぱ頭いいんだな。
関心はしたが、それが分かった所で何なのだろうかと寧音を見る。
「これで確実に返して貰えるって決まりましたねー。またタライ回しは嫌でしたからー」
「ああ、なるほど、そういう事ね」
頷く陽菜に遅れて翔も理解する。
「つまり、どういうことだ?」
「心配することが一つ減ったって事だよ、煉二」
まっすぐゴールだけ見ていれば良くなったと、翔は寧音に感謝する。きっと彼女は翔のスキルが最大限の力を発揮できるように配慮してくれたのだから。
「寧音は条件の達成の為にカルガンシア様と戦わないとって思ってるんだね?」
「そうですねー。あとー、鍵は翔君ですよー。翔君を見る時だけ興味津々! って顔してますからー」
重圧の中にあっていつも通り明るく振る舞う寧音に、翔と陽菜は笑みを交わす。彼女はいつでも、パーティの空気を明るくしてくれる。
「寧音ちゃん、よく表情が分かるね?」
「そこはほらー、フィーリングですー!」
翔が分かるかと煉二を見ると、彼は首を横に振って返した。独特な感性なのもいつも通りらしい。思わず小さく声を出して笑ってしまう。
「私を前にしてそれだけ脱力できるか。アルジェが目をかけるだけはある」
慌ててカルガンシアの方へ向き直った翔が見たのは、ますます愉快気な色を宿した瞳だ。
「さあ、最後の試練だ」
厳かな、良く響く声だ。
「私の身体に一筋でも傷を付けてみよ。叶ったならば、私が彼のお方の下へ誘ってやろう」
引き返すのならば最後のチャンスなのだと、その命に手心を加える気はないのだと暗に告げるような、星の如く重い声音。
「これを受けるか、人間たちよ」
だが、ここまで来て迷う必要などない。
「はい!」
力強く発せられた翔の返事を合図にして、四人は意識を戦闘へ切り替えた。
二度目の登山は想定していたよりもスムーズに進んだ。騎士団に同行した時と違って少人数である為、魔物に襲われる頻度は増えた。しかしそれは想定していた範囲であり、道を知っているという有利の方が大きく働いたのだ。
少数の身軽さもあり、結果として入山から二日目の夕方には皇帝が儀式の際にただ一人進む道にまで来ていた。
カルガンシアのプレッシャーの強い場所ではあるが、翔達は今日その狭い谷間の道の半ば程で夜営をする事にする。他に夜営に適した場所となると翔の心理的負荷が大きすぎると三人の判断した結果だった。
「ごめん、皆」
道中を思い、翔は俯く。〈心果一如〉の出力が安定しなかったが為に、何度か仲間を危険にさらしかけてしまったのだ。足手まといには辛うじてなっていないが、一歩間違えれば、陽菜にすら大けがを負わせてしまっていたかもしれなかった。
「謝るな。承知の上だ」
いつものカレーを取り出しながらフォローをする煉二だが、それがより一層、翔を居た堪れなくさせる。彼の内心が伝わってしまったのか、サンドイッチを取り出した翔から煉二は気まずげに顔を背けた。
「それよりもー、明日の事ですー! 朝一番で殴り込みをかけるんですからー、そんなうじうじしてたらダメですよー?」
「殴り込みって……」
呆れたように言う翔だが、内心では己の不甲斐なさに忸怩たる思いを抱いていた。
そんな精神状態でユニークギフトをコントロール出来るはずがない。特に彼のソレは精神の状態に強い影響を受けるのだから、猶更だ。
その事実がより焦燥感を煽って、彼の心に波を立てる。
うねる胸の内の波を沈めようとして、翔はつい、陽菜に視線を向けてしまった。
しかし彼女は、何も言わない。
何かを言いたそうにしてはいるのだ。しかし同時に、それが彼女の口から発せられることは無いという事が、分かってしまった。
沈めようとした波は、大きな岩を投げ込まれてより一層、大きくなってしまった。
――どうしたら、いいのかな……。
このまま考えていても答えが突然に降って来ることは無いと、翔は何となく気が付いている。それでも思考の泥沼の中で足掻くことしかできない。ただ時間ばかりが過ぎていき、気が付くと、サンドイッチは手の中から消えていた。その重みは、彼の思ったよりも重く胸にのしかかる。
「良いから一度寝ろ、翔」
そんな彼の様子を見かねてか、煉二が言った。
「そうですよー! 火龍カルガンシアは強いのが好きらしいですからー、もしかしたら戦いになるかもしれませんよー?」
寧音にまでそう言われて、瞳が揺れた。
「そう、だね……」
カルガンシアとの戦闘は翔も考えていたことだ。素直に頷いて、先に見張り番をする煉二たちより一足先に横になる。しかし沼の底へ落ち続けていく思考を止めることは出来ない。
結局彼が寝付けたのは、二つの陽のすっかり沈んだ頃だった。
翔と陽菜が見張りを引き継いで数時間。東の空から一筋の光が漏れ出して、大火山に色を齎した。同時に、眠っていた煉二と寧音が目を覚ます。強烈なプレッシャーの中では流石に深く眠れなかったのか、二人とも眠たげだ。
そんな二人に温めたスープを手渡してから、翔はこっそり溜息を吐いた。結局、見張りを行っている間ずっと、彼の中の不安は拭えないままだった。陽菜とも一切口をきけていない。
朝食後、四人はすぐに出発した。
どうすればいいのか分からないまま、時間は更に過ぎていく。
せめて索敵には集中しようと警戒しながら進み続けた。
進むほどに先から感じる圧力は強くなり、四人の心を、身体を押しつぶそうとしてくる。
かつて師から受けたのと同じく試すような、しかし比べ物にもならない程の重圧。今の翔達には分かる。彼女は、当時の翔たちに合わせて加減してくれていたのだと。
強者を尊び、翔達が己ら【調停者】にすら叶えるに及ばないその目的を果たすに足るかを見極めようとしている彼の者に、そんな意思がある筈はない。未だ姿の見えぬ所にあって尚物理的に圧し潰されかねない程の存在感を彼らにぶつけてくる。
熱さだけでは説明のできない量の汗と疲労感。紛れもない強者にまで成長した彼らでさえ顔を歪めてしまう。
足を無理やりにでも前に出し続け、形無き激流を掻き分け続ける事一時間。
彼の者は、端の歪む視界の中、しかしはっきりと、翔達の眼前に姿を現した。
「龍神……」
思わず翔は呟いた。格の違いを全身が、魂が感じとる。
彼の龍は、本来であれば日本語的におかしい筈なのに、聳えると、そう表現せざるを得ない威容を身に纏って火口に溢れる溶岩の中に聳え立っていた。
太く長い体躯は溶岩の赤い光を受けてより一層深い紅色に輝く鱗に覆われ、そこから伸びる腕の先では六本の黒く太い爪が重厚な輝きを湛えている。溶岩の内にあってその全容は見えないが、その巨体は龍王大火山の山頂を覆いつくして余りあるだろう。
そんな巨躯を見上げれば、静かに、それでいて激しく燃えるような炎を宿した紅玉の双眸に彼らの姿が映る。溜まらず少し視線を逸らすと、見えるのは劫火のように燃え盛る紅蓮の鬣と、その隙間から伸びる王者が如き貫禄の二本角。枝分かれした角は、幾対かの翼と共に天を突き、己が存在を主張していた。
「来たか」
壮年の男性を思わせるような渋い声。カルガンシアは、その獅子のような相貌を静かに歪める。翔達には龍の表情を判別できないが、恐らくにやりと笑ったのだろう。その口元に鋭い牙の列が覗いた。
「っ! ……はい、あなたの出した条件、革命軍の活動の阻止を成し遂げて、ここまで来ました」
息を整え、返す翔をカルガンシアはじっと睥睨する。翔の喉がゴクリとなった。
「なるほど……」
翔は自分が〈鑑定〉されたのだと分かった。〈直感〉が何かを訴えかけてくるが、それが何か彼には分からない。不安とも違う、何か予感じみた感覚だ。
「よかろう。約定に従い、お前たちの望むモノをやろう」
先ほどまであった朧げな感覚は既に消えた。長らく望み続けた、幾星霜の歳月を掛ける事すら覚悟して探し求めた情報が、もう目前にあるのだ。今その手の内に落ちてこようとしているのだ。四人が高揚しないはずはない。
翔は前のめりになりそうになるのを堪え、続きを待つ。
「原初なる神の一柱を探せ。そして赦しを請え。それがお前たち神の玩具が、死以外でその役目を終えられる唯一の手段だ」
何を言われているのか、翔は上手く理解できなかった。いや、理解することを脳が拒んだ。それでも時間と共に、嫌でも理解してしまう。目の前が真っ暗になったような気がした。
――【管理者】様に会うのでさえ誰が死んでもおかしくなかったのに、原初の神? 今度こそ誰かが死んでもおかしくない! それに、それって前にアルジェさんがまず無理って言ってたやつだよね?
呆然自失としなかっただけ良い方だろう。大事なものをいくつも失って、いくつもの試練を乗り越えてなお手に入らなくて、そして友すら手にかけて漸く、今度こそ確実に掴めたと思ったものが、まず不可能な答えだという現実を突きつけられたのだから。
縋るようにして陽菜を見るが、彼女も沈痛な表情を浮かべ俯いており、ならばこういう時にいつも活路を見出してくれた寧音はと振り向いても、同じ表情が見えるだけだ。その向こうの煉二も顔を歪めるばかり。
二度の喪失の時と同じ空気が四人の間に満ちる。
紛れもない、絶望だった。
――せっかく、帰られると思ったのに……。
「安心しろ」
先ほどと変わらぬ調子の声に翔達は顔を上げる。
「原初なる三柱の内の一柱は、人に紛れ、この箱庭の何処かにいらっしゃる」
僅かな光だ。神々や【調停者】達の箱庭と呼ぶこの世界は、その響きに反して広大だ。今翔たちのいる東大陸だけでもユーラシア大陸が一個半ほど入る広さがある。そんな中から人間のふりをした一柱を探す事の困難は説明するまでもないだろう。
それでもだ。
――それでも、不可能じゃない。
彼らが歩みを止めない理由には、十分だった。
「それだけ分かれば十分です。ありがとうございます」
明らかな光を宿した瞳を真っ直ぐ二つのルビーへ向けて翔は言う。そして踵を返そうとして、止められた。
「確かに、お前たち人間の一生を費やせばいつかは見つけられるかもしれない。最も力を持った神の一柱相手でも、万に一つはあるだろう」
語って聞かせるようなその口調に、翔は彼の自我を見たような気がした。いや、事実そうなのだろう。始めに翔達に向けられていた見定めるような視線は今、好奇に染められて翔を射貫いている。
「砂漠の中に落ちた砂金の一粒を見つけるような話ではあるがな」
「それでも、見つけ出します。そうするしかないんです」
より決意を込めて放たれた言葉に、龍の瞳が愉快気な輝きを強める。
「その砂金の場所を教えてやれるとしたら、どうする?」
傲慢さを隠そうともしないその声は、四人を引き留めるには十分すぎる問いを投げかけた。
翔は心の内で決意を固めつつ、ほんの少しの迷いを振り切ろうと仲間たちを見る。帰ってきたのは二つの首肯。唯一それを返さなかった寧音は真っ直ぐとカルガンシアを見ていた。
「一つ聞かせてくださいー」
「なんだ、女よ」
僅かに温度の下がった目が寧音に向けられる。
「あなたに条件付きで帰還方法を伝えるように言ったのもー、居場所を伝えるように言ったのもー、その原初なる神の一柱さんですかー?」
カルガンシアの瞳にいくらかの熱が戻った。愉快気な雰囲気が翔にも伝わる。
「ほう、よく分かったな。その通りだ。後者は私がお前たちに興味を持てばという条件付きだったがな」
「推測するのに十分な情報はありましたからねー」
寧音からすれば当然の事らしく、表情は変えない。翔が見れば、煉二どころか陽菜まで驚いた様子だった。
――陽菜も分からなかったんだ。寧音、やっぱ頭いいんだな。
関心はしたが、それが分かった所で何なのだろうかと寧音を見る。
「これで確実に返して貰えるって決まりましたねー。またタライ回しは嫌でしたからー」
「ああ、なるほど、そういう事ね」
頷く陽菜に遅れて翔も理解する。
「つまり、どういうことだ?」
「心配することが一つ減ったって事だよ、煉二」
まっすぐゴールだけ見ていれば良くなったと、翔は寧音に感謝する。きっと彼女は翔のスキルが最大限の力を発揮できるように配慮してくれたのだから。
「寧音は条件の達成の為にカルガンシア様と戦わないとって思ってるんだね?」
「そうですねー。あとー、鍵は翔君ですよー。翔君を見る時だけ興味津々! って顔してますからー」
重圧の中にあっていつも通り明るく振る舞う寧音に、翔と陽菜は笑みを交わす。彼女はいつでも、パーティの空気を明るくしてくれる。
「寧音ちゃん、よく表情が分かるね?」
「そこはほらー、フィーリングですー!」
翔が分かるかと煉二を見ると、彼は首を横に振って返した。独特な感性なのもいつも通りらしい。思わず小さく声を出して笑ってしまう。
「私を前にしてそれだけ脱力できるか。アルジェが目をかけるだけはある」
慌ててカルガンシアの方へ向き直った翔が見たのは、ますます愉快気な色を宿した瞳だ。
「さあ、最後の試練だ」
厳かな、良く響く声だ。
「私の身体に一筋でも傷を付けてみよ。叶ったならば、私が彼のお方の下へ誘ってやろう」
引き返すのならば最後のチャンスなのだと、その命に手心を加える気はないのだと暗に告げるような、星の如く重い声音。
「これを受けるか、人間たちよ」
だが、ここまで来て迷う必要などない。
「はい!」
力強く発せられた翔の返事を合図にして、四人は意識を戦闘へ切り替えた。
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第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
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