【完結】君の為に翔ける箱庭世界

嘉神かろ

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最終章 君の為に

第122話 霞の中の日の出

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「陽菜、『剣の舞』で! 様子見は無しだ! 最大火力でいく!」

 最大火力、即ちユニークギフトによって限界まで強化された、煉二の最大魔法による一撃。それを決め手に据えて、翔は戦略を組み立てる。

 舞によって強化されるのを翔が自覚するのと、雷鳴が轟くのは殆ど同時。Bランク程度の魔物なら跡形も残らないいかずちだが、カルガンシアは意に介した様子もなく溶岩の内より小さな存在達を睥睨へいげいする。
 ――やっぱそうだよね。

 しかしそれも翔の想定内。続けて二条目、三条目と都度強まる雷光が広い火口を照らす間に、彼は特に柔らかそうな部分を探す。
 ――定番は目だけど……ダメか。

 瞬間的に〈限界突破〉しての『鎌鼬』は確かに紅の瞳に直撃した筈だったが、これにも火龍は反応を返さない。更に翼膜に腹部と斬撃を飛ばしても結果は同じだ。
 やはり煉二に期待するしか無いかと翔が考えた時、煩わし気にカルガンシアが動いた。

 その巨大な翼の一つが、外側へ薙ぐように動かされる。魔力の動きも殆ど感じず、常識的に考えれば、ただ風が起きるばかりで意味のあるとは考えられない動作だ。しかし翔の〈直感〉は否と叫ぶ。

「寧音!」

 焦ったような翔の叫び声にすぐさま反応し、半透明の障壁が彼らと火龍を隔てる。一瞬にして張られたその数は八枚。例えSランクが相手でもその半分で大抵の攻撃を防いでしまえる強力な防御壁に、翔達は何度も救われてきた。
 だがしかし、その強固な壁は今、翔達の目前で火にくべられた紙の如く消し炭となっていく。

「目に見えないくらい高温の炎ですー!」

 師より教わったスキルの理屈で言えばあり得ない現象だが、同時にそれを為すのが【調停者】だとも彼女は言っていた。
 ――まったく、理不尽すぎでしょ!

 内心で悪態を吐きながら自らも障壁を貼る。〈限界突破〉を使って漸く一枚が数秒耐えるという、圧倒的な力の差。ひと羽ばたきを凌ぐのに、寧音も障壁を追加する必要があった。溶け、赤熱する周囲の地面に翔は喉を鳴らす。

「どうした、そんなものではないだろう」

 紅玉の双眸が翔を射貫いた。血色で縦長の瞳孔は翔の中の、彼自身も知らない何かを見ているような気がして、身震いする。

「……煉二、あとどれくらい掛かりそう?」
「十分、いや、五分で最大まで強化できるはずだ」

 今もなお煤けた様な黒色の杖から[雷矢]や[雷矢雨]の魔法を放ち続ける煉二だが、相変らずカルガンシアがそれを気にする様子はない。先端で木の根で包み込むようにして取り付けられた宝珠が鳴動し、彼の魔法を一層強化している筈なのに、無人の野を行くが如き優雅さで近づいてくる。

「その杖、強化されてるんだよね?」
「ああ、アルジェさんがそれはもう楽しそうに魔改造していた、筈なのだがな」

 煉二の杖ばかりでない。寧音の白杖も、陽菜の薙刀も、翔の剣だって彼らの成長に合わせて強化されているのだ。純粋に強化された薙刀と新たな力を得た杖は希少級レアから二段階等級を上げて伝説級レジェンダリーに、元々伝説級の翔の剣などは、更に一つ上、大国の国宝になっていても不思議でない幻想級ファンタジーにまでなっている。過保護とすら言って良い強化だが、それでも足りない。
 ――せめて直接切り付けられ、てもこのままじゃ無理な気がする。

 翔はその感覚に馴染みがあった。どうやっても傷つけられないような、絶望感。生物としての格の違い。 
 ――ほんと、この人たちは……。

 思い浮かべたのは師であるグラシア姉妹。同じ【調停者】である彼女らと対峙した時に感じるのと同じ理不尽さに、少しばかり心が折れそうになる。

「それでも、やるしかない」

 自らに言い聞かせるように呟いた声は仲間たちに届いて、そして首肯が返ってくる。
 彼は口角を上げ、剣を握りなおした。

「行くよ!」

 思考を巡らす間にカルガンシアは溶岩の池から這い上がり、再びその剣が自らに向けられるのを待っていた。余裕を見せる彼に、翔が選択したのは自身の最大奥義。川上流の技の中で唯一習得している最速の一閃。
 重力に任せて倒れこみながら、気を、魔力を操作して身体能力を引き上げる。〈限界突破〉も用いた、あわよくばの一撃だ。

 カルガンシアはそれを愉しげに眺める。ここだぞと言わんばかりに喉元を晒す彼から視線を外さず、翔は足に力を込めた。
 一瞬の後に間は詰められ、白刃が煌めく。翔の手に伝わるのは、確かに刃の龍鱗を捕える感覚。そしてその上を滑る感覚。
 続けて何度も切りつけるが、結果は変わらない。
 ――やっぱダメ、か。

 分かっていた事ではあっても、少しばかり落胆してしまう。しかしそんな憂慮は、すぐに捨てさせられた。

「……ふざけているのか?」

 低く、凍りつく様な、重い声。灼熱の中にいる筈なのに、周囲の気温が絶対零度を下回ってなお下がっていくような、そんな錯覚に陥る。

「ぐっ……」

 翔の全身が生きることを拒否しているように萎縮し、息ができない。

「翔君!?」

 彼の様子にいち早く気が付いた陽菜が舞を止め、駆け出そうとする。それを止めたのは、翔の強い視線だ。
 陽菜の様子から翔は直ぐに察した。今この状況にあるのは、絶対者の怒りを受けているのは自分ただ一人なのだと。
 だからこそ、予定通り、煉二の魔法で決着をつける。その意志を以て、自らの最愛を射貫く。

「っ……!」

 陽菜は奥歯を噛みしめ、顔を歪めて舞を続ける。
 ――それでいい、はず。あとの問題は、なんでカルガンシア様がこんなに怒っているか、だけど……。

 何重にもなって降り注ぐ雷は、例えSランクであっても一撃で致命傷に至るまでに強化されている。その筈なのに、相も変わらずカルガンシアの注意を引くに至らない。
 
「何故、使わない?」

 その意味が分かるのは、問いかけられた翔だけ。

「何故、神授の力を使わない?」

 重圧に耐えきれず、翔は片膝を突いた。

「翔っ! 行くぞ! 離れろ!」

 煉二の叫び声が彼の鼓膜を揺らすが、それは許されない。地に伏さないだけで精一杯だ。
 いや、その状況を抜け出す方法には心当たりがある。あるが、踏み出せない。溶岩の中に沈む友が、その足を掴んで離さない。

「ちっ。『其は帝 懸けまくも畏き凍える雷霆――」

 彼の様子を察してか、煉二が詠唱を始めた。高まっていく魔力は、既に過去最高の域。このままどこまで増大するのか翔には分からないが、少なくとも、先ほどの翔の一撃を大きく上回る威力なのは間違いない。

「我が敵は汝が敵なりて 汝の怒りを一身に受けるべき者ならば――」

 だが、このままでは翔が邪魔で最大の威力は見込めない。魔方陣と杖、そして〈廻星煌昂かいせいこうこう〉によって極限まで高められた力を、発揮できない。
 それは彼も分かっているのだ。分かってはいても、恐怖は拭えない
 ――怖い……。

 そんな彼を、カルガンシアはただ、感情の窺えない龍の瞳で見下ろす。
 気が付けば彼からの圧が小さくなっていた。

「我が祈りを糧にその怒号を解き放たれよ!」

 同時に煉二が最後の一節を唱えるのを聞き、翔は慌てて三人のいる辺りまで飛び退く。

 煉二の前で青白く輝く魔方陣は、彼が初めて作った魔法のそれだ。最初にして、最大の魔法。魔導の深淵に至った師の助けを受けて作られたその魔法は、威力だけで見るなら国家間の戦争を決定づけるに十分すぎるものがある。
 それが今、かつてない程に強化された状態で放たれようとしている。どうなるかはもう煉二自身にすら分からないだろう。

 いくぞ、と煉二の口が動いたのが翔の目に見えた。眼鏡が光を反射して彼の表情は窺えないが、緊張しているのだと、翔にはわかる。
 そして、ついに引き金が引かれた。

 [凍雷万招とうらいばんしよう]、と煉二が口にするのと同時に、極限まで高められた魔力によって魔法が顕現する。

 魔方陣から飛び出した青白い幾条もの雷は触れるもの皆凍らせながら、火を司りし者へと襲い掛かる。奔る雷光、その数は、嘗て聖国の騎士団長へ向けて放たれた十倍以上。溶岩すら焼き、凍てつかせるそれならば、きっと火龍の鱗を突き破りその身にに傷を刻むのだと、翔は信じた。

 いや、信じようとした。

 天帝の怒りがカルガンシアを包み、その姿を隠す。赤く燃え滾る溶岩も、大地に鎮座する赤黒い龍王大火山も、全てを白に染め上げ、その主の時すらも止める。
 そんな光景を、幻視した。

「嘘、ですよねー……?」
「まったく、【調停者】とはどうしてこうも理不尽なのか……」

 翔の魂に刻まれたスキルは、今回もその予感を違えなかった。愕然とする四人の眼前で、幾条もの氷雷を受けてなお一切の影響を受けず悠然とある火龍。高々天に座す帝如きでは、神の名を冠する者に逆らう事すら叶わないらしい。

「……ふむ、今のは中々良い一撃だった。理の外にも届き得る。いや、そこらの【調停者】にならば十分届いただろう」

 だとしても、カルガンシアに傷を付けられないのであれば意味がない。翔以外にも向けられた熱のある視線。それを無視して、煉二は俯き顔を顰める
 
「さあ、どうする、小さき者よ。諦めて引き返すか? それもまた良かろう。すべきことは分かっているのだ。可能性は、ゼロではない」

 翔の剣を握る手に、力が籠る。
 ――分かってる。最初から、そうするしかなかったって。

 カルガンシアはずっと、翔を見ていた。翔だけを見ていた。
 ――カルガンシア様が〈鑑定〉で見ていたとしたら、〈心果一如〉しかない。分かってる。

 思えば、以前にもその可能性を示されたことはあった。カルガンシアの言う、『理の外』に届く可能性。
 ――本当に〈心果一如〉が進化しようとしているのなら、きっとそういう事なんだろう。

 強さを尊ぶカルガンシアが気にかけているのだから、確定的と言ってもよい。その上で、翔は何故、未だに進化が完了しないかも、何となく察していた。
 ――きっと、俺の心の問題。

 それでもやはり、怖かった。今の状況でまた、友を手にかける切っ掛けとなった力を使うのは。

 彼はふと陽菜を見る。
 彼女は赤銅色の薙刀の柄を胸の前で握りしめ、瞳を揺らしていた。まだ諦めてはいない。でもどうしたらいいのか分からない。そんな感情を、翔はその瞳に見る。
 ――きっと、助けを請えば背中を押してくれる。でも、それじゃダメ。少なくとも今は。

 真っ白な剣身に自らを映す。
 映し出された自分の像は次第に歪み、陽気な笑みで親指を立てる親友の姿になった。その彼が消え、呆れたように見つめてくるかつての仲間に変わる。彼女は剣の中で溜息を吐くと、優しげに笑った。

 翔は大きく息を吸って、吐く。
 と同時に、自分の中で何かが変わっていくような、形容しがたい感覚を覚えた。

「ねえ、陽菜」

 彼女の方を向かないままに呼びかける。静かで、落ち着いた声だ。

「俺、もう少し自分を信じてみる事にするよ」

 彼女の目を見開く気配を感じた。

「陽菜みたいに、毒島の事を自分の罪として背負って行けるように、陽菜がいなくなっても、大丈夫な様に」

 俺は主人公だからね、と微笑んだ翔を、陽菜はじっと見つめる。
 時間にしてほんの数秒の沈黙。
 その後に、陽菜はおもむろに口を開いた。

「……そっか」

 陽菜の声は、嬉し気で、でもどこか寂しげで、少し胸が苦しくなる。

「カルガンシア様」

 それを誤魔化すようにして、翔は切先を火龍カルガンシアへ向けた。

「俺は、俺たちは、諦めません!」
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