【完結】君の為に翔ける箱庭世界

嘉神かろ

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二章 祐介の為に

第61話 池の試練・序

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 一瞬の浮遊感が過ぎ去ると、辺りの景色は一変した。確かに明るくはあるのだが、その光は上から降り注ぐものではない。そう思って仰ぎ見れば、満天の星空がそこに広がっていた。雲一つない夜空に月は無い。天に座す川の流れに沿って視線を下ろすと、地平線を超えてそれは続いていた。
 ――違う。これは、池?

 その不自然さに大地を浸食する空へ目を凝らして気がついた。それは池の水面に映る虚像であると。池の中央付近が泉となっているが、その波は小さく、すぐに消えて鏡面を保っていた。

「ここが、『星見の池』……」

 陽菜の呟きに応える者はいない。先に入ったナイルの姿はなく、奥にある池のほかは夜を思わせる水晶の木々に囲まれた広場があるだけだった。水晶は黒から青紫へとグラデーションしており、朱里たちも思わず見惚れてしまう。

「何も起きない、ね……?」
「そう、だね……」

 暫く周囲の様子を伺っていた朱里たちだったが、何かが起きる様子はない。翔と陽菜が互いに目を合わせてそう確認する。その後ろで警戒を続けていた朱里も、一度息を吐いて少しだけ気を緩める。

「とりあえず池まで近づいてみますかー?」
「……そうだね。そうしよう」

 濃紺の砂の地面を踏みしめ、辺りの気配を探りつつ一番奥にある池へと近づいて行く。しかし静まり返ったその世界に命の気配を感じられないまま鏡の縁までたどり着いた。その時だった。

 星空がうねった。
 一つの大きな波紋が岸辺に当たって跳ね返り、消える。その時そこに星々の煌めきは無く、代わりに全てを塗りつぶすような白が溢れだした。
 朱里たちを飲み込んで夜の世界を染めた白は唐突に消え去る。そして細めていた目を開け、元の星空に戻った池を視界に納めると同時に彼女たちが感じたのは急激な魔力の高まり。直後、そこには無数の気配があった。

「そう言う事ね……!」
「皆、池を背にして戦闘準備! たぶん、連戦!」

 振り返ると、周囲には数えるのも馬鹿らしくなるほどの魔物のの群れに囲われていた。
 光源が何かも分からないまま武器を構え直し、隊列を組む。池から少し離れて後衛二人を中心に翔、朱里、陽菜が三方を向く形だ。
 ――砂漠鬣犬デザートハイエナ毒刃蝙蝠ベノムブレードバツト、それに鬼蜘蛛猿アラニアスエイプ。あっちにいるのは魔狼ワイズウルフね。今まで戦った事のある魔物ばかり……。でも、

「みんな、見た目に惑わされないで! 記憶にあるより少し気配が大きい!」

 翔の呼びかけに頷く四人。と同時に、魔物たちが一斉に動き出した。
 まず飛び出したのは魔狼や砂漠鬣犬といった四足歩行の魔物たちだ。やや遅れて、周囲を気にしなくていい飛行型の魔物が記憶にあるよりも少しだけ、しかし明らかに早いスピードで近づいてくる。

「煉二、寧音、上は任せたよ! [風爆ふうばく]!」
「ああ! はしれ[雷矢らいし]!」

 魔狼の鼻先で空気の塊が弾け、一条の雷が空を照らして毒刃蝙蝠たちを焼く。そうして生れた空間はしかし、一呼吸の後に埋まって消え去った。それでも地上の魔物たちの勢いを止めるには十分だった。突然の閃光に夜目の利く魔物たちは目を細めて怯む。
 そこへ飛来し数体纏めて貫いたのは、朱里の『翡翠かわせみ』。多少強化されているとはいえ、DランクやCランク程度の魔物を仕留めるに足りないことはない。

 そうしている間にも飛行型の魔物が目の前まで迫っている。頭上から急降下してきたそれらを翔は一歩下がって通過していくところを切り捨て、陽菜は魔法で撃ち落とす。それを気配のみで感じながら朱里は頭上へと槍を振るった。
 今三人は後衛の煉二たちから大きく距離を取った位置に展開しているが、それは二人ならばBランクまでは問題なく対処できると知っているからだ。それだけみっちりと後衛としての近接戦闘を仕込まれている。それを示すように、朱里の後方でいくつもの魔物の気配が消える。

「煉二! 俺のいる方向に大きいの用意して!」
「ああ! 五秒後に下がれ!」

 朱里の隣で剣を振るっていた翔は迫りくる魔物の波の、さらに奥をキッと睨んでいる。気配をたどれば、確かにBランクの魔物が多い。加えて何かよくわからない違和感を朱里は感じた。
 ――煉二も翔も何かわかってる。という事は魔力系ね。

 魔力の異変につい先ほどの現象が頭を過る。即ち、新たな魔物の召喚だ。
 思わず舌打ちを漏らした朱里を責められる人間はいない。現状でさえ倒しても倒しても数の減っている気がしないというのに、更に追加が来るのだ。

「五秒!」

 翔の叫びに合わせ、槍を大きく振るいながら後ろへ跳ぶ。

「――の怒りを解き放て、[水蒸気スチーム爆発エクスプロージヨン]!」

 その声と同時に響いたのは、耳をつんざく爆発音。数多の魔物がバラバラに弾き飛ばされるのを顔を庇った腕の影から確認した直後、肌に熱と水に濡れる感覚を覚える。
 ――これって……。

 今起きた現象に朱里は覚えがあった。いや、朱里だけではない。

「今の、アルジェさんの!?」
「そうですよー、煉二君、ずっと練習してたんですよー!」

 翔に対して何故かどや顔をして旨を張る寧音。彼女の横で煉二は頬を染め、人差し指で眼鏡を押し上げる。費用対効果の大きい魔法として見せられていたそれは、単純な仕組みのものだ。しかしパーティで使うには制御に気を使わなければならない。それをこのタイミングで使えたのは彼の自身の表れだったのだろう。
 仲間の成長を喜びつつ、誰も魔物たちから意識は外さない。今の魔法で新たに召喚された援軍の大半を撃破出来た。生き残った個体も小さくない傷を受けているものばかりだ。その中でただ一体、平然と佇む影があった。

強襲虎アサルトタイガー! 一気に仕留めるわ! 援護よろしく!」

 仲間の了承の声を背に、朱里は駆けだす。自身を追い越した魔法が道を切り開く。その道を疾駆する彼女の槍は銀光に包まれており、脅威を感じ取った魔物たちの動きが鈍った。
 そんな中強襲虎のみは姿勢を低くし威嚇の声を上げると、そのまま敵へと飛び掛かる。

「朱里ちゃん、そのまま!」

 その声に従うのに抵抗はなかった。朱里自身驚いたのだが、不思議なくらいにすんなりとその声を信じることが出来た。以前と同じその感覚は、とても心地の良いもので、槍の銀光がよりいっそう強くなる。
 強烈な光が迸った。背を向ける朱里に影響はない。しかしそれを直視した虎は余りの眩しさに目を閉じてしまった。少し逸れた朱里の動きに気づくことなく虎の狂爪は通り過ぎていく。
 そして、一閃。
 下方から振るわれた槍は白い線を虎の首にくっきりと刻んだ。土色の頭部がゆっくりと落ちていく。それを視界の端に収めながら、朱里は元の位置まで下がった。

「陽菜、ナイス!」
「朱里ちゃんも!」

 互いに笑顔を向ける。向けられる。それを嬉しく思えた自分に、朱里は安堵した。

「次の召喚が来る! 気を抜かないで!」

 周囲に現れた魔力の高まりは三つ。改めて気を引き締め直す。
 ――このまま、押し切る!

 いつまで続くかも分からない闘い。しかし少年少女の瞳には希望と闘志の炎が赤々と燃えていた。

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