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第二話 聖女への期待
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おずおずと差し出された火傷へアリシアが手をかざすと、柔らかな光が溢れた。清らかな、見ているだけでも心が洗われそうな青色の光だ。
その光に見惚れていたメイドは、違和感に気がついて、目を見開く。痛みが、消えていた。
光が収まって表れた彼女の手に、火傷の痕はなく、白い素肌だけが見える。
「あ、ありがとうございます!」
「気にしなくていいのよ」
そのまま歩き出したアリシアへ続きながら、メイドは思う。
――どうして、アリシア様が聖女でないのかしら……?
口にすれば、首を刎ねられても仕方のないことだ。しかしそう思わずにはいられない。
心も、振る舞いも、カトレアよりずっと聖女に相応しく見える。
それなのに本邸からは追い出され、使用人が暮らす離れへ押し込められているのはなぜなのか。
メイドとしては気にする必要のないことなのに、どうしても、覚えた不満を忘れることができなかった。
アリシアが自室に戻り、仕事用のローブから着替えると、ドアを叩く音が聞こえた。
「入りなさい」
「失礼します。お食事をお持ちしました」
白髪の彼は、アリシアがまだ一人娘だったころからメイザーク公爵家に仕えている家令だ。爺やと呼んでいる彼がこうしてアリシアの食事を持ってきてくれたということは、今は休憩中なのだろう。
「ありがとう。……今日はデザートがあるのね」
「ええ。旦那様がたには秘密ですぞ」
「もちろんよ。……ありがとう」
家族と食卓を囲んだのは、いつが最後だっただろうかと、アリシアは本邸のある方へ寂しげな目を向ける。
ヘレナに本邸を追い出されて以来だから、最後の記憶から、もう十四年近くが経っていた。
「……僭越ながら、アリシア様、この爺も、こちらで食事をいただいてもよろしいでしょうか」
「そう、ね。ええ、偶には良いでしょう」
「感謝いたします。いやはや、この時間は一人で食べねばならず、寂しく思っていたところなのです」
まったく、嘘が下手だと、アリシアは笑った。
その日もアリシアとカトレアは揃って、闇の獣の滅却に向かっていた。
馬車の中にはいつも通り、二人だけ。白い法衣に身を包んでいるのも、カトレアが不機嫌なのもいつも通りだ。
「もうすぐ封魔の神儀があるっていうのに、どうしてこうも頻繁に闇の獣が現れるのよ!」
妹の言葉にアリシアは答えない。答えを求められているわけではないから、答えたら、そばに立て掛けた豪奢な杖で殴られるのだ。
ただの八つ当たりで、できたアザも後で治せばいいが、それでも痛いのはアリシアだって嫌だ。
「愚鈍なお姉様と同じ空気を吸い続けていないといけないし、本当に最悪っ!」
八つ当たりの口実を探すような言葉ばかりが聞こえる中、馬車は森の中を進み続ける。次第に陰鬱な空気が満ちてきて、車を牽く馬の足が鈍りはじめた。
箱馬車の小窓からは、その様子がいくらか伺えた。
「止めて」
「ちょっと、何勝手にしてるのよ。まだ獣の声も聞こえないじゃない!」
御者はどうしていいか分からないらしい。ゆっくりとスピードを落としてはいるが、完全に止まる様子はない。
「馬が怯えきってます。帰りの足が無くなってもいいのなら、このまま進みましょう」
「っ……! 止めなさい!」
不満を顔に出してはいるが、帰路の長い距離を歩くのはカトレアも歓迎しない。杖を引ったくるようにして取り、完全に停止した馬車から降りる。
カトレアは現場に向かうまでもブツブツと呟き続けていたが、その暴力がアリシアに向けられることは無い。
「――くそっ、聖女様はまだかっ! 矢が尽きるぞっ……!」
風に乗ってそんな声が届いた。時折唸り声のようなものも聞こえる。
肌に触れる空気は湿っていて、周囲の木々も枯れ葉が目立つようになっている。
その光に見惚れていたメイドは、違和感に気がついて、目を見開く。痛みが、消えていた。
光が収まって表れた彼女の手に、火傷の痕はなく、白い素肌だけが見える。
「あ、ありがとうございます!」
「気にしなくていいのよ」
そのまま歩き出したアリシアへ続きながら、メイドは思う。
――どうして、アリシア様が聖女でないのかしら……?
口にすれば、首を刎ねられても仕方のないことだ。しかしそう思わずにはいられない。
心も、振る舞いも、カトレアよりずっと聖女に相応しく見える。
それなのに本邸からは追い出され、使用人が暮らす離れへ押し込められているのはなぜなのか。
メイドとしては気にする必要のないことなのに、どうしても、覚えた不満を忘れることができなかった。
アリシアが自室に戻り、仕事用のローブから着替えると、ドアを叩く音が聞こえた。
「入りなさい」
「失礼します。お食事をお持ちしました」
白髪の彼は、アリシアがまだ一人娘だったころからメイザーク公爵家に仕えている家令だ。爺やと呼んでいる彼がこうしてアリシアの食事を持ってきてくれたということは、今は休憩中なのだろう。
「ありがとう。……今日はデザートがあるのね」
「ええ。旦那様がたには秘密ですぞ」
「もちろんよ。……ありがとう」
家族と食卓を囲んだのは、いつが最後だっただろうかと、アリシアは本邸のある方へ寂しげな目を向ける。
ヘレナに本邸を追い出されて以来だから、最後の記憶から、もう十四年近くが経っていた。
「……僭越ながら、アリシア様、この爺も、こちらで食事をいただいてもよろしいでしょうか」
「そう、ね。ええ、偶には良いでしょう」
「感謝いたします。いやはや、この時間は一人で食べねばならず、寂しく思っていたところなのです」
まったく、嘘が下手だと、アリシアは笑った。
その日もアリシアとカトレアは揃って、闇の獣の滅却に向かっていた。
馬車の中にはいつも通り、二人だけ。白い法衣に身を包んでいるのも、カトレアが不機嫌なのもいつも通りだ。
「もうすぐ封魔の神儀があるっていうのに、どうしてこうも頻繁に闇の獣が現れるのよ!」
妹の言葉にアリシアは答えない。答えを求められているわけではないから、答えたら、そばに立て掛けた豪奢な杖で殴られるのだ。
ただの八つ当たりで、できたアザも後で治せばいいが、それでも痛いのはアリシアだって嫌だ。
「愚鈍なお姉様と同じ空気を吸い続けていないといけないし、本当に最悪っ!」
八つ当たりの口実を探すような言葉ばかりが聞こえる中、馬車は森の中を進み続ける。次第に陰鬱な空気が満ちてきて、車を牽く馬の足が鈍りはじめた。
箱馬車の小窓からは、その様子がいくらか伺えた。
「止めて」
「ちょっと、何勝手にしてるのよ。まだ獣の声も聞こえないじゃない!」
御者はどうしていいか分からないらしい。ゆっくりとスピードを落としてはいるが、完全に止まる様子はない。
「馬が怯えきってます。帰りの足が無くなってもいいのなら、このまま進みましょう」
「っ……! 止めなさい!」
不満を顔に出してはいるが、帰路の長い距離を歩くのはカトレアも歓迎しない。杖を引ったくるようにして取り、完全に停止した馬車から降りる。
カトレアは現場に向かうまでもブツブツと呟き続けていたが、その暴力がアリシアに向けられることは無い。
「――くそっ、聖女様はまだかっ! 矢が尽きるぞっ……!」
風に乗ってそんな声が届いた。時折唸り声のようなものも聞こえる。
肌に触れる空気は湿っていて、周囲の木々も枯れ葉が目立つようになっている。
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