ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜

嘉神かろ

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第五話 誘惑の声

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 ――やっぱり、濃い……。
 祭儀場についた最初の感想がそれだった。

 大きな円形に作られた石の舞台は、小さなコロシアムのように周囲を段が囲んでいる。この段に大勢の魔術師や聖職者が並び、呪文を紡いで儀式を補助することになる。

 アリシアもその聖職者の列に加わり、中央の舞台で儀式を行うカトレアを助けることになっていた。
 ――この瘴気の中、遠隔で儀式をしないといけないのね……。

 別の呪文を唱えながら本来カトレアが行うはずの術を紡ぎ、神を封じる儀式を進めるというだけでも離れ業の類だ。
 加えて、術に干渉してしまいそうな瘴気が立ち込めている。

 気を引き締めなければ、本当に失敗してしまう可能性が高かった。

 別の馬車から公爵とヘレナ、そしてカトレアが降りてくる。カトレアの法衣もいつもより飾り付けられていて、アリシアのそれよりもずっと華美だった。

 周囲にアリシアを含めた面々が並び、舞台の中央にカトレアが立つ。
 公爵とヘレナは、最上段に上って儀式の様子を見守るようだった。

「これより、封魔の神儀を執り行う。詠唱開始!」

 舞台を囲んだ聖職者が、魔術師が、一斉に呪文を唱える。さながら合唱のように紡がれる詠唱。アリシアもそれに混ざりながら、舞台上のカトレアの動きに合わせてメイザーク家の血の力を操る。

 今のところは順調だ。補助の人員を前回よりも増やしたからか、アリシアの思っていたほどの負荷は無い。

 ただ、封印の強化は進んでいるはずなのに、瘴気がどんどん濃くなっているのが気になった。

 儀式も半ばに差し掛かった。間も無く、力を注ぎ込むために一瞬だけ封印の結界を緩める工程が入る。

 ここが一番の鬼門。アリシアはいっそう集中して、青く光る力を操る。

「ほう、此度は面白いことをしておるな」

 男の声だった。
 すぐ近くから聞こえたような、遠くからだったような。呪文の斉唱の中にあってはっきり聞こえた不思議な声の主は、アリシアの視界には映らない。
 ――誰、誰なの?

「我はサタナエリエス。貴様ら人間が魔神と呼ぶ存在よ」

 汗の噴き出すのを感じた。声が上擦りそうになるのをどうにか抑えて、呪文を紡ぎ続ける。
 アリシア以外に同じ声を聞いている人間はいないようで、誰も彼もが変わらず儀式を続けていた。

 嫌な予感が、当たってしまった。魔神は復活しつつあったのだ。
 つまり、ここで失敗すれば、魔神サタナエリエスは再び世に解き放たれてしまう。

 絶対に、失敗できない。

「ほぅ、奇特なことよ。それだけの力を持ちながら、己の功績を全て腹違いの妹のものとしているとは」

 ズキリと胸が痛んだ。少し息が苦しくなる。
 ――それでも、みんなが守れるなら……。

「本当にそうか? 貴様が得るはずだった賞賛も、両親からの愛も、そこの女は全て奪い去ったのだぞ? それでいて一切貴様に顧みることなく、邪険に扱っている」

 動悸した。耳を塞ごうにも、儀式中にそんなことはできないし、仮にできたとしても魔神の声は変わらず聞こえるだろう。

「勿体のないことだ。人の身に余るほどの力と、純白の魂を持ちながら、そのような不憫な立場に甘んじている。本当に、勿体のないことだ」

 ――やめて! 言わないで!
 いくらアリシアでも、家族の自身の扱いに思うところがないはずがないのだ。父から向けられる無機物のような目に、魔術まで使ってされる折檻に、まだ二十歳にも満たない彼女が傷付かないわけがない。

 彼女の力でも治せないその傷を、ずっと隠してきた。心を読みそれを暴く魔神の所業は、悪魔の囁きに等しい。

「我は貴様が気に入った。封印を解き、人を捨てて我が妻となれ。我が、貴様を自由にしてやろう」

 ――そんなの、許されるわけないじゃない!

「誰にだ? 世間にか? 信ずる神にか? それとも、貴様を利用することしか考えぬ、父にか?」

 言い返せなかった。答えられなかった。
 咄嗟に返した言葉と、魔神の問いに、気がついてしまったのだ。自分が、魔神を解き放つことにさほど抵抗を感じていないことに。

「この世にはもう、お前に何かを与える者はいない。お前に与えられる者ばかりだ。そうやって、死ぬまで、与え続けるつもりか?」

 我ならば、与えてやれるぞ。そう続けられた言葉に、アリシアの心は揺らいだ。

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