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第四話 親と子
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――お父様に叱られるわね……。
アリシアは歓喜に震える戦場で、ただ一人、重たい息を吐いた。
屋敷に戻ったアリシアは、父メイザーク公爵に呼ばれ、その執務室に来た。未だ着替えは済んでおらず、白い法衣姿のままだ。
質の良い丁度で揃えられた執務室には、机に向かい、氷のような視線でアリシアを見つめる公爵の他、顔を真っ赤にした金髪の婦人の姿があった。
「呼ばれた理由は分かっているな」
「はい。申し訳ありません。お父様、ヘレナお義母様」
「あなた如きが母と呼ぶなと言っているでしょう! あなたのせいで、カトレアはっ……!」
乾いた音が響いた。アリシアは頬に熱を感じたが、抑えることは許されない。
「何よ、その目はっ!」
再び同じ音が響く。今度は火の魔術を使ったために、肉の焼けるような匂いがして、アリシアの頬が真っ赤に腫れ上がる。
一瞬、青い目が父に縋り付くように向けられた。しかし彼は応えることはなく、ただ黙って眼前の光景を眺めている。
「言い訳もせず、泣きもしない。可愛げのないやつだ」
だから私がどうでも良くなったのか、と荒げそうになった声は、アリシアの胸の深いところに沈められる。
「明後日の儀式で失敗するとどうなるか、分かっているな」
「はい。今日のような失敗は、いたしません」
アリシアは深々と頭を下げ、傷を治しながら離れの自室へ帰った。
儀式の日は、アリシアは一人で馬車に乗った。カトレアはもう一つのより豪華な馬車に、両親と共に乗っている。
国の重大な行事である封魔の神儀には、公爵である彼女の父やヘレナも同席するためだ。
いつもの法衣に、いつもより少しだけ華やかなアクセサリーが増えた格好。今日のようなよく晴れた日の、月明かりに照らされたなら、ますますアリシアを神秘的に見せただろう。
いずれも儀式の効果を高めるための飾りだが、法衣の白もあってまるで花嫁のような華やかな装いになっていた。
――やっぱり、瘴気が濃い気がする……。
封印の地に来るのは初めてではない。
メイザーク家はその役目として、この地に眠る魔神の封印を保つのが役目だ。
幼い頃にも何度か訪れたことがあった。
――初めて来たのは、もう十五年前かしら?
アリシアが三歳の時だ。それは前回の儀式の日であり、彼女の生母が命を落とした日でもあった。
連日に渡る闇の獣の出現で疲弊した彼女は、儀式の負荷に耐えきれなかったのだ。
アリシアの母自身が望んで行われた儀式だ。誰かを恨むことはなかった。ただ、今でも覚えているほどに悲しくて、一晩中泣き続けた。
――あの時は、お父様も一緒に泣いてくれたわね……。
泣く父に抱きしめられる感覚も、アリシアは今でも覚えている。
メイザーク公爵も、ヘレナが来てすぐに今のように冷たくなったわけではなかった。
カトレアが生まれてヘレナの顔色を窺うようにはなったが、それでもアリシアのことを気にかけていた。
――いつからかしら。お父様が、私に笑みを見せてくださらなくなったのは……。
今ではヘレナに関係なく、カトレアばかりに愛を向けている。
もし、封魔の神儀に失敗すれば、次に行われるのは血継の儀だ。
アリシアの力をカトレアに渡す儀式。成功率は高くないが、失敗しても、アリシアが力を失うだけ。
どうせ次の儀式は十五年後だから、公爵たちに然程の憂いはない。せいぜい、しばらく騎士の犠牲が増えるだけだ。
何にせよ、封魔の神儀は、成功させなければいけない。失敗すれば、魔神の復活が早まってしまう。
今すぐに、ということは無いと言われているし、十五年後、もう一度儀式ができるだけの力が祭儀場に溜まるまでは保つだろう。
少なくともメイザーク公爵たちはそう思っているから、今回の儀式の成否はあくまでカトレアの体面の問題だ。
だが、アリシアは嫌な予感がしていた。
ここ暫く、闇の獣の出現頻度が高まっているし、2日前に現れたような妙に強力な個体も増えた。
それに、どうも、祭儀場、つまりは魔神の封印場所に近づくほど瘴気が濃くなっている。
もしかしたら、とアリシアに思わせるには十分過ぎた。
アリシアは歓喜に震える戦場で、ただ一人、重たい息を吐いた。
屋敷に戻ったアリシアは、父メイザーク公爵に呼ばれ、その執務室に来た。未だ着替えは済んでおらず、白い法衣姿のままだ。
質の良い丁度で揃えられた執務室には、机に向かい、氷のような視線でアリシアを見つめる公爵の他、顔を真っ赤にした金髪の婦人の姿があった。
「呼ばれた理由は分かっているな」
「はい。申し訳ありません。お父様、ヘレナお義母様」
「あなた如きが母と呼ぶなと言っているでしょう! あなたのせいで、カトレアはっ……!」
乾いた音が響いた。アリシアは頬に熱を感じたが、抑えることは許されない。
「何よ、その目はっ!」
再び同じ音が響く。今度は火の魔術を使ったために、肉の焼けるような匂いがして、アリシアの頬が真っ赤に腫れ上がる。
一瞬、青い目が父に縋り付くように向けられた。しかし彼は応えることはなく、ただ黙って眼前の光景を眺めている。
「言い訳もせず、泣きもしない。可愛げのないやつだ」
だから私がどうでも良くなったのか、と荒げそうになった声は、アリシアの胸の深いところに沈められる。
「明後日の儀式で失敗するとどうなるか、分かっているな」
「はい。今日のような失敗は、いたしません」
アリシアは深々と頭を下げ、傷を治しながら離れの自室へ帰った。
儀式の日は、アリシアは一人で馬車に乗った。カトレアはもう一つのより豪華な馬車に、両親と共に乗っている。
国の重大な行事である封魔の神儀には、公爵である彼女の父やヘレナも同席するためだ。
いつもの法衣に、いつもより少しだけ華やかなアクセサリーが増えた格好。今日のようなよく晴れた日の、月明かりに照らされたなら、ますますアリシアを神秘的に見せただろう。
いずれも儀式の効果を高めるための飾りだが、法衣の白もあってまるで花嫁のような華やかな装いになっていた。
――やっぱり、瘴気が濃い気がする……。
封印の地に来るのは初めてではない。
メイザーク家はその役目として、この地に眠る魔神の封印を保つのが役目だ。
幼い頃にも何度か訪れたことがあった。
――初めて来たのは、もう十五年前かしら?
アリシアが三歳の時だ。それは前回の儀式の日であり、彼女の生母が命を落とした日でもあった。
連日に渡る闇の獣の出現で疲弊した彼女は、儀式の負荷に耐えきれなかったのだ。
アリシアの母自身が望んで行われた儀式だ。誰かを恨むことはなかった。ただ、今でも覚えているほどに悲しくて、一晩中泣き続けた。
――あの時は、お父様も一緒に泣いてくれたわね……。
泣く父に抱きしめられる感覚も、アリシアは今でも覚えている。
メイザーク公爵も、ヘレナが来てすぐに今のように冷たくなったわけではなかった。
カトレアが生まれてヘレナの顔色を窺うようにはなったが、それでもアリシアのことを気にかけていた。
――いつからかしら。お父様が、私に笑みを見せてくださらなくなったのは……。
今ではヘレナに関係なく、カトレアばかりに愛を向けている。
もし、封魔の神儀に失敗すれば、次に行われるのは血継の儀だ。
アリシアの力をカトレアに渡す儀式。成功率は高くないが、失敗しても、アリシアが力を失うだけ。
どうせ次の儀式は十五年後だから、公爵たちに然程の憂いはない。せいぜい、しばらく騎士の犠牲が増えるだけだ。
何にせよ、封魔の神儀は、成功させなければいけない。失敗すれば、魔神の復活が早まってしまう。
今すぐに、ということは無いと言われているし、十五年後、もう一度儀式ができるだけの力が祭儀場に溜まるまでは保つだろう。
少なくともメイザーク公爵たちはそう思っているから、今回の儀式の成否はあくまでカトレアの体面の問題だ。
だが、アリシアは嫌な予感がしていた。
ここ暫く、闇の獣の出現頻度が高まっているし、2日前に現れたような妙に強力な個体も増えた。
それに、どうも、祭儀場、つまりは魔神の封印場所に近づくほど瘴気が濃くなっている。
もしかしたら、とアリシアに思わせるには十分過ぎた。
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