柔らかな愛に触れるまで ~冷酷な御曹司は政略結婚から愛を知る~

上乃凛子

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第一章 無情

冷たい結婚式

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冬の淡い光がガラス張りの窓から私たちを祝福するかのように優しく差し込んでいた。
祭壇の向こうには高層ビルが立ち並び、眼下には柔らかな陽射しを浴びた木々が広がっている。

そんな景色と招待客の笑顔に包まれる中、目の前に立つ彼の表情には微笑みひとつなく、結婚式という場には相応しくない冷ややかな瞳で私を見下ろしていた。向けられる視線の理由を知っている私の手に思わず力が入り、持っていたブーケをぎゅっと握りしめる。

長身でスラリとした長い脚に、男性らしい広い肩幅。
スッと通った鼻筋に涼やかな切れ長の瞳。
一瞬俳優と見間違えるほどの端正な顔立ち。
IGS製薬社長、五十嵐いがらし修史しゅうじだ。

似合いすぎるほどの黒のタキシードに身を包み、全てを持ち合わせた完璧ともいえる彼が、自身の結婚式でなぜ新婦である私に冷ややかな視線を送り、このような表情をしているのか──。
それは、この結婚は彼の意思ではなく利害関係のための政略結婚であり、彼は不本意ながら愛してもいない私との結婚に臨んでいるからだ。

もう少し演技くらいしてくれてもいいのに。
ここまであからさまな態度を見せなくても……。

友人の結婚式で見たような感動的なシーンとはかけ離れた温度差を肌で感じながら、ヴェール越しに視線を向ける。

確かにこのスペックなら選びたい放題だろうし、私よりもっと相応しい相手がいるはずだもんね。
嫌なのはわかるけど……。
でも私だってあなたと同じなんだからね!

表情に出さないように心の中で毒づいていると、白い祭服を着た神父のような司式者の声が聞こえてきた。

『新郎、修史、あなたは彩花あやかを妻として──』

彼が今の心情を表すかのように重い息を吐く。
そして司式者の言葉を聞き終わると低い声で答えた。

「…………はい」

その瞬間、会場の空気がわずかに揺れ、参列者たちの間に小さなざわめきが起こった。
彼の声音と雰囲気、そして即答しなかったことから、何かを感じ取ったのかもしれない。
続いて司式者が私に尋ねる。

『新婦、彩花、あなたは修史を夫として──』

「はい、誓います」

新婦らしくこの場に相応しい笑みを浮かべて答えた私に、今度は隣から小さな溜息が聞こえてきた。嫌悪感を纏ったその溜息に少し申し訳なさを感じつつも、この場を滞りなく終わらせるため、必死で笑顔を浮かべ続ける。
そして全く視線を交わすことなく、冷たい彼の手から私の左手の薬指に指輪がはめられた。

『では誓いのキスを──』

彼はどうするのだろうか。
全く愛情のない私に、形式的だけでも誓いのキスをするのだろうか。それとも拒否するのだろうか。
鼓動が早くなるのを感じながら緊張して待っていると、目の前のヴェールがあげられ、彼の顔がはっきりとクリアになった。
視線が重なった途端、ドックンと心臓が飛び跳ねる。
私は思わず目を逸らしてしまった。
瞬く間に心拍数が上がり、胸の中で落ち着きを失った心音が大きな音を立て始めている。

こういう場合、どうしたらいいのだろう。
視線をどこに向けたらいいのか、それとも目を閉じた方がいいのか……。
というのも、私にとってこのキスが生まれて初めてのキスなのだ。
事前にネットで調べておけばよかった。
今さら誰かに聞くこともできないし、不安と余裕のなさで身体が震えてしまう。

彼が私の両腕に手を添えた。
無意識にビクッと身体が反応したことで、彼が一瞬私を見た。冷たい視線が突き刺さる。
そして──。
彼の顔が私に近づいてきたかと思うと、ほんの一瞬だけ彼の唇が掠った。
 
氷のように冷たい唇。
そこには感情も愛情も何も存在しない。
この場を早く終わらせるための、ただ形式的だけのキス。
いや、キスではなく、手違いで唇が掠ってしまったという事故のようなものだった。

政略結婚であることは理解していたし納得していたはずなのに、なぜか胸の奥が痛くて苦しくなる。私は口角を上げて一生懸命笑顔を作りながら、気を抜いたら涙がこぼれそうになるのを必死で堪えていた。
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