柔らかな愛に触れるまで ~冷酷な御曹司は政略結婚から愛を知る~

上乃凛子

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第四章 覚悟

不安と希望③

『お、おい、泣くことないだろ……』

まさか私が泣くとは思っていなかったのだろう。
大粒の涙を流して泣き出した私に、そのお兄さんは焦ってしまったようだった。

『だってママに……ママにあげるのに……』

大泣きする私に、そのお兄さんは鞄の中から何やらごそごそと取り出すと、私の手のひらに人参を持った可愛らしいうさぎのマスコットを置いてくれた。

『こ、これをやるからもう泣くな。こいつはすごいんだ。病気を治して元気にするうさぎなんだ』

きっと泣いている私が興味を惹くように、そのマスコットを “病気を治す特別なうさぎ” ということにして私にくれたのだろう。病気が治ると聞いた私は、ひっくひっくと息を詰まらせながらお兄さんの顔を見た。

『ほんと? ほんとに……ひっく、びょうきが、なおるの?』

『治る』

『このうさぎさんが……ひっく、びょうきをなおしてくれるの?』

『そうだ』

そう言ってお兄さんは逃げるように走り去ってしまった。
あのときにもらったうさぎのマスコットが当時の私にとってどれだけ心強かったことか。

これは病気を治して元気にする特別なうさぎ。
このうさぎを持っていれば、きっと母の病気を治してくれるはず──。

私はそれから毎日そのうさぎのマスコットを片時も離さず、『みみちゃん』と名前を付けて一緒に過ごした。
結局母の病気は治らなかったけれど、今でもそのうさぎのマスコットは私の大切な宝物だ。
そんな思い出を振り返っていると、いつの間にか結婚のことが頭の中から消えていた。

「お母さんが生きてたら、私の結婚について何て言うのかな?」

どれだけ想像したところで母の気持ちはわからないけれど、この薬草園を見ていたら少しだけ気持ちが落ち着いてきた。

そろそろ戻らなきゃ。
紗絵がひとりで大変かも……。

私はラベンダーの花を見て微笑むと、腕時計を確認して踵を返し、紗絵が待っている博物館へと向かった。

定時になり業務を終えた私たちは、博物館の最寄り駅にある商業施設内のタイ料理のお店に向かった。昨年、紗絵と一緒にバンコク旅行をして以来、私たちの中でタイ料理がマイブームになっている。

「彩花、何にする? やっぱり海老のパッタイと生春巻きは外せないよね!」

「うん。私もそれ食べたい!」

案内されたテーブル席でさっそくメニューを捲りながら、二人で何を注文するかを考える。定番のカオマンガイやガパオ、バンコクで食べたヤムウンセンやプーパッポンカリー、そしてマッサマンカレーなど、魅力的なメニューが満載だ。

「他には……うーん、迷うなぁ。全部美味しそうに見えちゃう。でもデザートのマンゴープリンは食べたいな。バンコクで食べたマンゴープリン、すっごく美味しかったもん!」

オレンジ色のマンゴーの果肉がたっぷりとのった濃厚そうなプリンの写真を見ていたら、どうしても食べたくなってきた。

「わかる! だとしたら、あと一品くらいに抑えておいた方がいいよね?」

迷った末、もう一品はプーパッポンカリーに決めて注文を終えると、先に運ばれてきた生ビールで紗絵と乾杯した。カチーンとグラスを合わせ、さっそくビールを口に運ぶ。今日は一日中考え込んでいたせいか、冷たいビールがより一層美味しく感じ、身体中に染み渡っていった。

「あー、美味しい。仕事のあとの一杯って、何でこんなに美味しく感じちゃうんだろう」

同意を求めるように笑顔を向けてくる紗絵の言葉にうんうんと頷きながら、私もグラスをテーブルに置く。

「夏はやっぱりビールだよね……っていうか、また彩花とバンコク行きたいなぁ。去年初めて行ったけど、めちゃくちゃ楽しかったもん」

私も本当に楽しかった。
紗絵と一緒に美味しいタイ料理や南国のフルーツを食べて、世界遺産の遺跡や寺院を観光して、民族衣装を着て写真を撮って、極上のエステを受けて……。
初めてのバンコクということで二人とも最初は緊張して不安もあったけれど、着いてみれば楽しいことだらけで、最終日には「まだ帰りたくない」と二人でバンコクの夜を惜しんだものだ。
だけどそんな楽しい旅行も今後はもう無理かもしれない。
私がこぼした溜息に、紗絵が心配そうに顔を覗きこんできた。
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