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第六章 怨敵
予期せぬ提案(修史side)③
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「藤城社長、僕まで騙して裏切るおつもりですか?」
罵倒しそうになる自分をなんとか抑え込んだが、表情だけはもう隠すことができなかった。藤城を鋭く睨みつける。
「どういうことだね?」
「父を裏切っておいて、よくそんなことが言えますね? 僕が何も知らないとでも?」
「裏切る? 私が雅史を?」
「しらばっくれる気ですか? うちから研究員を引き抜いておいて」
「研究員を引き抜く? 私が?」
この男の中では既に過去のことで、もうすっかり忘れ去られてしまったのだろう。
何のことだかわからないといった怪訝そうな表情で首を傾げている。これが演技なら相当な役者だ。
「父が亡くなる少し前、うちの新薬チームの研究員が三名退職したのですが、その三名の転職先が全員藤城バイオテックでした。おかしいと思いませんか? 揃いも揃って藤城バイオテックに転職するとは」
「……ああ、あれは……」
やっと思い出したのか、藤城は何か言いかけたあと、そのまま無言になった。そして何か考えるような顔つきで、眉間に皺を寄せ、険しい表情をしている。
まさか俺が知っていたとは思ってもいなかったのだろう。
俺は膝の上で拳を握り、感情的になりそうな自分を必死で抑えながら、言葉を続けた。
「やっと思い出されましたか? 表では父の親友を装っておきながら、陰では裏切っていたんですからね」
「雅史が君に……五十嵐社長にそう言ったのかね?」
「いいえ。父はその事実を誰にも話すことなく亡くなりました。ですが親友だったあなたに裏切られ、相当ショックを受けていたようです。そのストレスもあって、あんな急死に繋がったのでしょう」
「なるほど……」
俺が全てを知っていたことに諦めたのか、藤城はそうひと言口にすると、どこか納得したように頷いた。
「どうされましたか? 御託を並べてご自分の正当性を主張されるかと思っていましたが、否定もされないのですね?」
「君が誰からどのように聞いたのかは知らないが、私が雅史を裏切ったことは一度もない。雅史は私にとって今も昔も変わらず大切な友人であり、最も信頼する人間だ。息子である君こそ、雅史という人間をよく知らなかったようだな」
心外だと言わんばかりに射貫くような視線を向けてくる。
外見は全く違うが、どこか父と似たような口調と雰囲気に、一瞬父から叱責されたような感覚に陥った。
「五十嵐社長、君もこの一年、雅史の後を継いでよくわかったと思う。会社を経営していくことがどれだけ大変か。特にIGS製薬ほどの大企業となれば、様々なことが重圧となって君の背中にのしかかってくるだろう」
こんな男に言われるのは腹が立つが、同じ経営者として言っていることは間違っていない。
様々な重圧を抱え、経営に関する全ての最終決定を一人で行い、その全責任を負う。それなのに相談できる相手がいないという孤独感。今までは父という存在がいたが、この一年は精神的な負担が大きく、本当に大変だった。
「今回、雅史の死から一年も経ってこの話を持ってきたのは、君が雅史の信念を継いで堅実に頑張っていることを評価したからだ。私には娘しかいない。だから藤城バイオテックの将来を考えると、私が最も信頼していた雅史の息子である君に、自分の会社を託したいと考えたのだ。だが色々齟齬があるようだし、私も大切な従業員の人生を抱えている。従業員やその家族たちを路頭に迷わせるわけにはいかない。君がこの話に同意できないのであれば、信頼できる他の合併先を探すまでだ」
またしても父が生前話していた言葉が蘇ってくる。
『企業は信用が第一だ。うちにはグループ会社も含めて二万人以上の従業員がいるし、その家族もいる。どれほどの人間の人生を巻き込むことになるかわかるだろ!』
父を裏切った相手だが、この芯のある真っ直ぐな目つきを見ていると信じてしまいそうになる。
どれが本当の藤城なのだろうか──。
思考と感情が揺れ続ける。
俺にはもう何が正しいのかわからなくなってしまった。
罵倒しそうになる自分をなんとか抑え込んだが、表情だけはもう隠すことができなかった。藤城を鋭く睨みつける。
「どういうことだね?」
「父を裏切っておいて、よくそんなことが言えますね? 僕が何も知らないとでも?」
「裏切る? 私が雅史を?」
「しらばっくれる気ですか? うちから研究員を引き抜いておいて」
「研究員を引き抜く? 私が?」
この男の中では既に過去のことで、もうすっかり忘れ去られてしまったのだろう。
何のことだかわからないといった怪訝そうな表情で首を傾げている。これが演技なら相当な役者だ。
「父が亡くなる少し前、うちの新薬チームの研究員が三名退職したのですが、その三名の転職先が全員藤城バイオテックでした。おかしいと思いませんか? 揃いも揃って藤城バイオテックに転職するとは」
「……ああ、あれは……」
やっと思い出したのか、藤城は何か言いかけたあと、そのまま無言になった。そして何か考えるような顔つきで、眉間に皺を寄せ、険しい表情をしている。
まさか俺が知っていたとは思ってもいなかったのだろう。
俺は膝の上で拳を握り、感情的になりそうな自分を必死で抑えながら、言葉を続けた。
「やっと思い出されましたか? 表では父の親友を装っておきながら、陰では裏切っていたんですからね」
「雅史が君に……五十嵐社長にそう言ったのかね?」
「いいえ。父はその事実を誰にも話すことなく亡くなりました。ですが親友だったあなたに裏切られ、相当ショックを受けていたようです。そのストレスもあって、あんな急死に繋がったのでしょう」
「なるほど……」
俺が全てを知っていたことに諦めたのか、藤城はそうひと言口にすると、どこか納得したように頷いた。
「どうされましたか? 御託を並べてご自分の正当性を主張されるかと思っていましたが、否定もされないのですね?」
「君が誰からどのように聞いたのかは知らないが、私が雅史を裏切ったことは一度もない。雅史は私にとって今も昔も変わらず大切な友人であり、最も信頼する人間だ。息子である君こそ、雅史という人間をよく知らなかったようだな」
心外だと言わんばかりに射貫くような視線を向けてくる。
外見は全く違うが、どこか父と似たような口調と雰囲気に、一瞬父から叱責されたような感覚に陥った。
「五十嵐社長、君もこの一年、雅史の後を継いでよくわかったと思う。会社を経営していくことがどれだけ大変か。特にIGS製薬ほどの大企業となれば、様々なことが重圧となって君の背中にのしかかってくるだろう」
こんな男に言われるのは腹が立つが、同じ経営者として言っていることは間違っていない。
様々な重圧を抱え、経営に関する全ての最終決定を一人で行い、その全責任を負う。それなのに相談できる相手がいないという孤独感。今までは父という存在がいたが、この一年は精神的な負担が大きく、本当に大変だった。
「今回、雅史の死から一年も経ってこの話を持ってきたのは、君が雅史の信念を継いで堅実に頑張っていることを評価したからだ。私には娘しかいない。だから藤城バイオテックの将来を考えると、私が最も信頼していた雅史の息子である君に、自分の会社を託したいと考えたのだ。だが色々齟齬があるようだし、私も大切な従業員の人生を抱えている。従業員やその家族たちを路頭に迷わせるわけにはいかない。君がこの話に同意できないのであれば、信頼できる他の合併先を探すまでだ」
またしても父が生前話していた言葉が蘇ってくる。
『企業は信用が第一だ。うちにはグループ会社も含めて二万人以上の従業員がいるし、その家族もいる。どれほどの人間の人生を巻き込むことになるかわかるだろ!』
父を裏切った相手だが、この芯のある真っ直ぐな目つきを見ていると信じてしまいそうになる。
どれが本当の藤城なのだろうか──。
思考と感情が揺れ続ける。
俺にはもう何が正しいのかわからなくなってしまった。
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